12_成体への進化、羨望と“秘密”
昨夜までの「嫌われ者の婚約者」としての静かな絶望は、跡形もなく消え去っていました。
成体へと進化したわたしの身体は、鏡を見るたびに自分でも信じられないほどに輝きを放ち、内側から溢れる生命力で肌の端々までが潤い、発光しているようでした。
「……シャルロット、やはりその恰好で行くのかい?」
学園へ向かう馬車の中、わたしとレインハルト様は隣合って、指先を絡ませていました。
制服は、一晩で成長したわたしの肢体にはあまりに無防備でした。
スカートの丈は膝を上回り、スラリと伸びた十センチ分長い脚を露わにする。
なにより、大きく膨れ上がった胸元は、ブラウスのボタンが悲鳴を上げるほどに張り詰め、少し動くだけで弾け飛びそうでした。
「これしかありませんもの……。お父様に頼んで、今日中に新しいものを仕立てていただきますわ」
「……あまり他の男に、その姿を見せたくないのだけれど」
レインハルト様はそう言って、自分の愛しい恋人を隠すように、自身の大きなマントをわたしの肩に羽織らせました。
彼はまだ少し顔色が青白かったものの、その黄金の瞳はかつてないほどの独占欲を孕んでぎらついていました。
「エリュシオン侯爵邸には昨夜のうちに早馬で我が家にいることを伝えてあるから」
「あ、そう…でしたのね。ありがとうございます」
(婚姻前に外泊をしてしまったわ…)
今更ながら、両家が絡む事態の甘い深刻さに、頬を染めるしかありませんでした。
***
学園の正門を潜った瞬間、そこには異様な静寂が広がりました。
いつもなら、レインハルト様の周りには蝶のように令嬢たちが群がり、わたしは冷たくあしらわれる姿を嘲笑されるはずの場所。
けれど今日、登校してきたわたしたちを見た生徒たちは、一様に言葉を失い、石像のように立ち尽くしました。
「あ、あれ、隣にいる美女は誰だ?」
「レインハルト様が…あんなに親密に肩を抱いて……?」
「まさか、あの緋色の瞳……エリュシオン家のシャルロット様……なのか?」
ざわざわと、波紋のように驚愕が広がっていく。
昨日までの、どこか自信なげで背を丸めていた少女の面影はどこにもない。
背筋を伸ばし、腰の下まで伸びた薄紫の髪をまとめ上げ、歩くわたしの姿は見る者すべてを平伏させるような、圧倒的な風格を湛えているようでした。
(わ、わたし、歩き方変じゃない?)
(スカート、ほんとに短くない?)
(胸ボタン、耐えて……!)
「レ、レインハルト様……。皆さん、見ていらっしゃいますわ」
「いいんだ。僕が君の番であることを、学園中の男たちに刻み込んでおかなければならないからね」
レインハルト様は、わたしの腰を引き寄せ、制服の上からでも分かるほど強く、その指先をわたしの柔らかな肉へと食い込ませました。
彼の魔力が、わたしの身体と共鳴するように熱く脈打ちます。
その瞬間、胸の奥がとくん、と熱を持ち、肌の奥にさらりと何かが走る。
わたしは必死に平静を装い、マントの中で深呼吸しました。
「普通科の教室までは送れない。目立ちすぎる」
「そ、それは……そうですわね……!」
そう、さすがに普通科の廊下まで『最強の魔導師が婚約者を護送』なんてことになったら、わたしは今日中に伝説になってしまいます。
ちょうど校舎へ続く石畳の分岐で、レインハルト様は足を止めました。
「じゃあ、気を付けて行っておいで」
「はい……ありがとうございます」
レインハルト様と別れ、一人で普通科の教室に足を踏み入れた瞬間。
ガタン、と椅子がひっくり返るような音が至る所から響きました。
「……お、おい。あそこに立ってるの、エリュシオン嬢か?」
「嘘だろ……? あんなに、その、デカ……いや、スタイル良かったか?」
「シャルロットさんて、あんな雰囲気でしたっけ?」
男子生徒ばかりか女生徒まで、視線が抗えない引力に惹かれるようにわたしの全身を上から下まで刺していく。
担任の教師までもが、教壇の上で眼鏡をずり落としました。
「エ、エリュシオン君。……昨日の今日で、随分と……その、雰囲気が変わったようだが」
「せ、成長期ですわ、先生! わたし、寝る子は育つタイプなんですの。ええ、急激な成長期ですわ…っ!」
わたしは、はち切れそうな胸元を鞄で隠しながら、顔を真っ赤にして言い張りました。
そんなわたしの元へ、リオネルが複雑な表情で歩み寄ってきました。
「よぉ、シャルロット。……成長期、ねぇ。お前、それ……まさか昨日の夜……………レ、…いや、突っ込まねーよ。オレは命が惜しいからな。……ただ、これだけは言わせてくれ。ボタン、一個飛びそうだぞ」
「ええええっ!?」
慌てて確認すると、上から三番目のボタンが、今にも「パァン!」と弾け飛びそうな極限状態にありました。
「せ、成長期ですわ!」
「……そうか……成長期……そうか……」
そんな疑いの目で見ないでくださいましッ!
無事に今日を終えることができるのかしら…。




