11_返らぬ手紙
レインハルト様からいただいた最初の手紙に、わたしはすぐに返事を書いて送りました。
王都から彼が布陣している国境沿いまでは早馬を飛ばしても片道四、五日はかかります。
無事に届いてすぐにお返事をいただけたとしても、最短で十日前後は待たなければならない計算でした。
それでも、わたしは彼の手紙を胸に抱き、その日を今か今かと待ちわびていたのです。
しかし十日が過ぎ、二週間が過ぎても、彼からの二通目の手紙が届くことはありませんでした。
気がつけば、あの出征の朝からすでに一か月という長い時間が経過しようとしていました。
毎日、お昼過ぎになると本館へ続く回廊を見つめ、侍女が赤い封蝋の書状を持って現れるのを待つのが、わたしの新しい習慣になっていました。
今日も手ぶらで現れた侍女の姿を見て、わたしは密かにため息をこぼします。
「奥様、申し訳ございません。本日も旦那様からの書状は届いておりません」
「そう……ご苦労様でした。戦況が芳しくないのかしら」
わたしが不安を隠しきれずに呟くと、傍らに控えていたライゼン様が一歩進み出ました。
「奥様、どうかご案じなさいませんよう。前線での局地的な魔力衝突により、伝令の馬が狙われたりといった遅れが生じているという報告が王国軍に入っております。閣下のご無事は間違いありません」
「ええ、分かっているわ。彼は王国最強の魔導師なのですもの、負けるはずがないわよね」
ライゼン様の理路整然とした慰めの言葉に、わたしは無理に微笑んで頷きました。
彼はとても誠実で、わたしの不安を拭い去ろうと常に気を配ってくれています。
それでも、手紙が来ないという事実が、真綿で首を絞めるようにわたしの心をじわじわと追い詰めていました。
レインハルト様が最後に残していってくれた手紙のインクの匂いも、彼の魔力の残り香も、何度も抱きしめ、何度も読み返したせいで、すっかり薄れてしまっています。
夜更けに一人でベッドに入ると、彼の深い愛撫と熱い吐息を思い出しては、身体の奥がシクシクと疼いて眠れない日が増えていきました。
そして、彼が王都を発ってからひと月半近くが経過した頃。
わたしの身体に、明確な異変が現れ始めました。
***
「はぁ……っ」
その日、わたしはいつものようにサロンで領地の書類に目を通していたのですが、唐突に激しい動悸に襲われました。
胸の奥で心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、息をするのすら苦しくなります。
手にしていた羽ペンを取り落とし、わたしは胸元を強く握りしめました。
「奥様?いかがなされましたか」
異変に気づいたアンナが血相を変えて駆け寄ってきます。
わたしは答えようと口を開きましたが、声の代わりに熱い吐息が漏れただけでした。
視界がぐらりと揺れ、まともに座っていることすら困難になります。
「だめ……少し、めまいが……っ」
「奥様!お顔色が真っ白ですわ!すぐにお医者様を……っ!」
「待って、アンナ……大げさにしないで……」
わたしは震える手で彼女の腕を掴み、必死に止めました。
ただでさえ夫が不在で不安な公爵邸で、わたしが病に倒れたとなれば、使用人や子どもたちを無用に怯えさせてしまいます。
少し休めば良くなるはずだと言い聞かせ、わたしはアンナの肩を借りて立ち上がろうとしました。
しかし、足に全く力が入りません。
それどころか、下腹部の奥底から、これまで感じたことのないような焼け付くような渇望が込み上げてきたのです。
それは単なる熱や病気とは違う、もっと根源的で、本能そのものが何かを強烈に欲しているような恐ろしい感覚でした。
(どうして……こんなに身体が熱くて、苦しいの……?)
まるで砂漠で水を求めてさまようように、わたしの身体は夫から与えられていた「何か」を枯渇させ、悲鳴を上げています。
原因不明の強い動悸と、立っていることすらできない立ち眩みに、わたしは恐怖でガチガチと歯を鳴らします。
視界が暗く狭まっていく中、甘く危険な香りが、自分の身体からふわりと濃密に漂い始めたことなど、気付くこともできずに。
「奥様!」
アンナの悲鳴のような声を最後に、わたしの意識は深い闇へと沈んでいきました。




