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黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜  作者: 雪白めると
【第四部 一幕 檻の中の春、戦火の報せ】
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3_父と息子の盤上遊戯 レインハルトside


 大理石の小卓の上に広げられた精巧な盤上には赤と黒の細工駒が入り乱れ、擬似的な戦場を作り出していた。

 この『会戦盤ウォー・ボード』は単なる子ども向けの遊戯ではない。

 実際の地形と軍の配置をシミュレートし、指揮官としての戦術眼を鍛えるための軍事教練用の品だ。

 僕が意図的に仕掛けた右翼への陽動に対し、黄金の瞳を持つ我が息子は盤面をじっと見つめた後、迷うことなく中央突破の駒を進めてきた。


「……ほう」


 思わず心底からの感嘆の吐息が漏れる。


「父上、右翼の守りが薄くなったのは罠ですね。そこに釣られて兵を割けば、背後の森に伏せている魔導兵に側面を突かれます。ですから、被害を最小限に抑えつつ最短で本陣の首を狙います」


 まだ九歳だというのに、リオンの指先は冷酷なまでに的確に僕の急所を突いていた。


 父親譲りの黒髪と金色の瞳を持つこの長男は、どうやら僕の予想を遥かに超える速度で成長しているらしい。

 魔導の才能はもちろんのこと、盤上遊戯においてすら、すでに並の軍人では相手にならないほどの冷静さと先読みの力を身につけつつある。

 我が息子の聡明さに、父親としての純粋な誇らしさが胸を満たす。


 しかしそれと同時に、心の一番暗い底のほうで、ぬるりとした冷たい恐れが鎌首をもたげるのを感じていた。


(この子は、賢すぎる)


 静かに次の手を考えるリオンの整った顔立ちは、僕によく似て涼やかで理知的だ。

 今はまだ、純粋に僕や母親であるシャルロットを慕い、公爵家の跡取りとしての自覚に満ちた愛らしい子どもに過ぎない。


 だが、この恐るべき慧眼がいずれ成長し、僕の隠してきたもの――この公爵邸の奥深く、甘い日常の裏側に沈めてある凄惨な真実に辿り着いてしまったらどうなるだろうか。


 僕がシャルロットを生かすため、その身体に魔力と精気を注ぎ込み、この命を燃やし続けているという事実。


 不用意に誘惑の香りを撒き散らす彼女を他人の目から隠すため、そして僕だけのものにするために、別館をまるごと『黄金の檻』にしたこと。


 そして何より、妻に近づく害虫たちを人知れず処分してきた、僕自身の罪に。

 あまりにも賢い彼は、きっとすべてを見透かしてしまう日が来る。


(そうなった時、僕はこの愛しい我が子を……)


 脳裏に浮かんだ黒くドロドロとした最悪の想像。

 もし息子が、真実を知って僕からシャルロットを遠ざけようとするならば、たとえ我が子であろうと……。


 そこまで考えた自分に気づき、僕は微かな首の動きで強引にその思考を振り払った。


(いや、いま考えすぎるのはよそう。まだ彼は幼い子どもだ。僕の愛する、シャルロットとの大切な息子なのだから)


 僕が密かにそんな狂気めいた思考の淵を覗き込んでいることなど露知らず、リオンは金色の瞳をわずかに揺らし、少しだけ誇らしげに僕の次の手を待っている。


「見事だ、リオン。その歳でこれほど正確に戦況を読むとはね。僕も本気でやらなければ、足元をすくわれそうだ」


 僕が穏やかな父親の顔を作って微笑みかけると、リオンは「ありがとうございます」と年齢相応の嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その時、小サロンの分厚い扉が静かにノックされた。


「レインハルト様、リオン。お茶のお支度ができましたわ」


 銀の鈴を転がしたような愛らしい声と共に、僕の最愛の妻が姿を現した。

 彼女の背後にはティーセットを乗せたワゴンを押す侍女のアンナが控えている。


 シャルロットが足を踏み入れた瞬間、部屋の空気が一変した。

 星屑を砕いたような緋色の瞳がふわりと細められ、彼女の真珠のように白い肌が窓からの光を受けて淡く発光しているかのように輝く。

 歩くたびにしなやかに揺れる薄紫色の髪からは、僕の理性を容易く焼き切ってしまうほどに甘く、官能的な香りが漂ってきた。


 ただそこに存在するだけで僕の心臓は鷲掴みにされ、身体の奥底からドクドクと重い執着が湧き上がってくる。


「母上、今ちょうど、僕が父上を追い詰めたところです」

「まあ、リオンが? それはすごいわね」


 シャルロットがパッと花が咲いたように笑い、息子の頭を優しく撫でる。

 その無防備で少女のような微笑みを見るだけで、僕の胸には言い知れぬ独占欲が渦巻いた。


 本当なら今すぐ彼女を僕の膝の上に抱き寄せ、その甘い唇を塞いでしまいたい。

 だが息子の手前、僕は辛うじて紳士的な夫の仮面を被り、立ち上がって彼女の華奢な腰に腕を回した。


「君が淹れてくれた紅茶なら、敗北の苦みも甘く感じられそうだ」

「ふふっ、レインハルト様ったら。まだ負けたわけではないのでしょう?」


シャルロットが楽しげにくすくすと笑いながら、僕の胸元にそっと身を預けてくる。

その柔らかな感触と温もりに、先ほどまでの暗い思考が嘘のように溶けていくのを感じた。


アンナが手際よく三つのティーカップに紅茶を注ぎ、湯気と共に芳醇な茶葉の香りがサロンを満たす。

僕の腕の中には愛する妻がいて、目の前には利発な息子が笑っている。

これ以上ないほどに完璧で、甘く幸福な家族の風景。

僕が何としても守り抜き、永遠にこの黄金の檻の中に閉じ込めておきたいと願う、至高の時間だった。


だが、その完璧な平穏は唐突に鳴り響いた重々しいノックの音によって破られることとなった。


「旦那様。お寛ぎのところ、申し訳ございません」


扉の向こうから聞こえたのは、ただならぬ緊張を孕んだ執事の声だった。

入室を許可すると、足早に歩み寄ってきた執事は深い一礼と共に一通の書状を僕に差し出した。


「王城より、魔法省長官である公爵閣下宛に、緊急の親書が届けられました」


差し出されたのは幾重にも厳重な封が施された、金色の封蝋が押された書状だった。


「国王の印章じゃないか」


先日のノルディア敗戦の報せから嫌な予感はしていた。

シャルロットが不安そうに見上げる中、僕は冷え切った指先でそれを受け取った。






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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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