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黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜  作者: 雪白めると
【第四部 一幕 檻の中の春、戦火の報せ】
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2_崩れた北の均衡

 王城からの急使がもたらした不吉な報せは、別館を包む穏やかな空気を静かに、けれど確実に変えてしまいました。


 あの日から数日が経ちましたが、レインハルト様が王宮の魔法省から戻られる時間は日に日に遅くなっています。

 夜の帳がすっかり下りた頃、コンコン、と控えめに執務室の重厚な扉を叩きました。


「入っていいよ」


 扉の向こうから、少しだけ疲労の滲んだ落ち着いた声が響きます。


「夜分遅くに申し訳ありません、レインハルト様」


 わたしはメイドから温かいカモミールティーの乗った銀盆を受け取り、一人で部屋の中へと足を踏み入れました。


 分厚い絨毯が足音を吸い込む執務室は、魔石のランプが落とす柔らかな光に包まれています。

 壁一面の本棚には難解な魔導書がぎっしりと並び、空気には古い紙とインク、そして夫の持つ圧倒的な魔力の匂いが溶け込んでいました。


 執務机の上に広げられた巨大な大陸地図から顔を上げた夫は、わたしの姿を認めると、張り詰めていた空気をふっと緩めます。


「シャル、君か」

「まだお休みになられないようでしたので、温かいお茶をお持ちしましたわ」


 机の端に盆を置き、立ち昇る湯気からふわりと甘い香りが漂うティーカップを、そっと彼の前に差し出しました。

 レインハルト様は優しく微笑んでカップを受け取りましたが、整った眉間には隠しきれない険しさが残っています。


 完璧に着こなしているはずの公務服の襟元も少しだけ乱れており、彼がどれほど過酷な執務をこなしてきたのかが窺えました。

 彼の視線の先にある広大な地図には私たちが暮らすシルバード王国と、国境を接するベルツ、その北西に海を挟んで位置する同盟国ノルディア王国の領土が詳細に描かれています。


 ノルディア王国は、ジュリアン王太子殿下が急死されたことで、深刻な政治的空白が生まれていました。

 

 王宮の中枢が混乱に陥ったその隙を、虎視眈々と領土拡大を狙っていたベルツ連合軍が見逃すはずはありません。

 彼らはまたたく間に大規模な軍事行動を起こし、指導者を失い脆弱になりきっていたノルディアの国境を突破したのです。


「……状況は、あまり良くないのですね」


 わたしが不安を押し殺して尋ねると、レインハルト様は地図の上に置かれた赤い駒を指先で冷酷に弾き飛ばしました。


「ノルディアは完全に落ちたよ」

「これから、わたしたちはどうなってしまうのでしょう」

「我がシルバード王国は、これまでノルディアに対して物資や魔導支援を惜しみなく行ってきたからね。ベルツ連合軍にとって、目障りな僕たちが次の標的になるのは火を見るより明らかだ」


 淡々と告げられた事実の重さに、わたしの胸はひどく冷たく締め付けられました。


「……彼らが欲しているのは不凍港だからな。同じく雪と氷に閉ざされたノルディアを攻略したとして、南下は避けられないだろう」


 シルバード王国は、この大陸で最大の領土と軍事力を誇る大国です。

 しかしその広大さゆえに、国境すべての警備を完璧に固めることは難しく、手薄な辺境から容易に侵入を許してしまうという致命的な弱点も抱えていました。


 それを誰よりも熟知している王国最強の魔導師である彼だからこそ、この事態を重く見ているのでしょう。

 もし、あの王太子の死が遠因となってノルディアの均衡が崩れ、この国に戦争を招いてしまったのだとしたら。

 そんな罪悪感に押し潰されそうになったわたしを、レインハルト様は逃さずに捕らえました。


「でも、怖がらなくていいよ、僕のシャルロット」


 長い腕が伸びてきて、わたしの腰を強く引き寄せます。

 彼のたくましい太腿の上に座らされると、夫の熱い体温と深い愛情がわたしをすっぽりと包み込みました。


「もし我が国とベルツが開戦状態になったとしても、この王都までは侵入させないよ」


 そう言ってわたしの背中を優しく撫でる彼の手つきは、まるで怯える子どもをあやすようにひどく穏やかです。

 けれど、わたしの肩越しに見える彼の横顔は、甘い言葉とは裏腹に、氷のように冷たく険しいままでした。


 わたしを安心させるために、あえて楽観的な見通しを口にしているのだということが、痛いほどに分かってしまいます。

 彼の瞳の奥では、すでに血なまぐさい戦場の光景と、敵を殲滅するための無慈悲な計算が始まっているようでした。


「レインハルト様……わたしは、あなたがいればそれだけで……」


 わたしがすがるように彼の広い胸元に顔を埋めると、彼はわたしの薄紫色の髪に深く、何度も口づけを落としました。


「ああ、僕も同じだ。君と子どもたちとの平穏な日々を脅かす者は、誰であれ絶対に許さない」


 その甘い囁きには、冷酷な魔導公爵としての底知れぬ狂気と、わたしへの重すぎる執着がどろりと混ざり合っていました。

 彼の屈強な腕の中にいれば、世界のどんな脅威からも守られているような錯覚に陥り、思考が心地よく溶かされていきます。


 ですが、彼が背負う責任の重さと、国境まで忍び寄る戦争の影を、いつまでも無視することはできません。

 レインハルト様はわたしの頭をそっと撫でながら、理知的な黄金の瞳をすっと細め、低く静かな声で告げました。


「事態が動く時は早いだろうから、その心づもりはしておいてほしい」






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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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