Session.29 闇の轟音鎮め隊
静寂は音によって目覚める。暗闇の中で、彼は音から光を導き、光を凝固させ、人間の形になる。
奏での街を満たす音代たちの調べが、微妙に変化してきているのを静寂は察した。
迫りくる轟音に手痛い打撃を食わされ、音代たちも何か対策を講じてきているに違いない。
だが、こちらには彼らから奪った音色がある。それによってさらに強化されたミューノイズが。
「そろそろ貴様の出番のようだな」
「音代たちがこぞって迎撃に向かうだろう。貴様の腕の見どころだぞ」
「おう。存分に暴れてやる」
「奴らの旋律を急襲して、再構成したその音色を響かせてやれ」
両手を組み、頭を下げる轟音。
「委細承知……!」
静寂は、内心焦っていた。金手フェスでまさかあの敗北を被るとは思わなかったのだ。そして、旋律が離反した。あのお方の命令をこのままでは、達成できなくなるだろう。
おまけに、また一人、疑義を呈している者がいる。
「お前の心は戦いから離れてしまったようだな」
目を細め、にらみつける先には。
「私は、これがいいことなのかどうか分からない」
うるわしき狂騒は、日に日に音色をそぎ落とし、淡い色合いとなっていた。
彼はミューノイズとしての存在を明らかに弱めつつあった。
「彼らは、結束を強めている。私たちがどれだけ強い力を得ようとしても、奴らの絆の固さには到底かなわないように思えるの」
「何を言っている? その絆の固さとやらが、他者を拒絶し、傷つけ、ひいては自分自身を憎み破壊する火種となるのだぞ。俺たちの先祖もそうだったろう?」
うるわしき狂騒は、うつむいたまま何も言わない。
ミューノイズは、孤独だった。
星から星へうつろいつつも、結局そこにいる住民と一切親交を深めることはなく、ただひたすら響きを集めることだけでこの世に存在してきた。
「あの方の言葉に従えばいいのだ。あの方の心を満足させる音楽を集め、差し出せばいい。音代との戦いは、あのお方の喜びを引き出す音色をこの世に生んでくれたのだからな」
静寂は、自分自身に言い聞かせるように言った。
『島沢久米次』を名乗ってこの人間界に溶け込み、しばらくの間、人間たちから奪った音色を彼らを喜ばせたのは、単にこのために過ぎない。
「でも、それは悲しみを生み出すものでしょう? 私たちの種族の復興が、そんなことで果たされるなんて……地球人の真似事と同じじゃない」
「復興? そんなもの、望んじゃいない。俺達はただ、この音を鳴らし続ければいいだけだ。あのお方で俺たちは目的を持てるんだからな」
「それもまた、沈黙の中に沈んでいけばいい」
「もうすぐ旋律が復讐に来るわ」
「奴に何ができる? 我々の助けがなければただの雑魚に過ぎん」
狂騒の寂寥感が、ますます深まった。
ただでさえ数が少ないミューノイズが、決裂しようとしているのに。あの少年は、表向きは復讐を意図しているようだが、何か別の思惑があるような気がする。
静寂たちに対する不満や葛藤にひびが入り、その奥で激しい拒絶感がもぞもぞしているのを狂騒は感じ取らずにはいられなかった。
◇
あの時のポラリスの失態をまだ四人は引きずっていたし、それで誰かに後ろ指をさされはしないかと不安がっていた。
実際、そのことでいまだに質問をされることがある。
「ポラリスの人ですよね? あの時はどんな力を使ったんですか?」
「いや、私たち、音代じゃないんですけど……」
一体いつまでこんなことを聞かれるのだろうと、すっかり鼓は辟易していた。
だが倉香は、少しだけ救われていた。
(寂乃が真実を知っててよかった。あいつが何も知らなかったら今頃どんな質問攻めに会っていたことか……)
とはいえ、それは安心を意味しない。彼らはもう、秘密の作戦を音代たちから聞かされている。
以前、金手高校まで被害を及ぼしたミューノイズの幹部が、再び行動に出ようとしている。そのためのあらゆる対策を講じろ、という命令を。
「金手フェスの時はちょっとトラブルがありましたけど……次こそは百パーセントのパフォーマンスをやってみせますから!」
倉香は、上辺をとりつくように、親指を立てる。
鼓は、浮かない顔をしている。
(部分点みたいなものよ。そんなの)
だがそんな心情など無視して倉香は鼓の肩を叩き、
「鼓ももっとしゃきっとしなよ。私たちだって音代として戦えるんだよ! すごいことだと思わない!?」
「すごいこと。ファントムファイブみたいに戦えるから」
盤子も乗り気だ。
「訳が分からない。あの時はものすごく怖かったんだから」
鼓は、金手フェスの時の経験を、何かに役立てようとかバネにしようとはみじんも思えない。
それ以前、ミューノイズによって心を操られ、調を傷つけてしまったことだって生々しい傷として残っていた。
「有亜もそう思うだろ」
有亜はうつむきながら、
「私は、ミューノイズの誘惑に乗せられて、音代の人たちに傷を負わせた。ただ、調より偉くなりたいってつまらない欲望のために……」
(有亜ったら、本当に調のことが好きなんだから) 鼓は、有亜の真剣なまなざしを、黙って見つめる他なかった。
「そういう消えない過去があるからこそ、私は逃げるわけにはいかない」
四つ星は道を進み続けた。
「さあ、もうすぐ弦奈さんのお屋敷だよ」
寂乃がまとめたノートを、弓刃は通して読んでいた。
「ミューノイズは、硬い壁を通して音色を吸い取ることはできない、と」
「いや、あの怪奇現象については色々と調べてきたんですよ!」
上機嫌の寂乃。
弓刃は、旋律に問うた。
「あなたは私たちをうまく襲えるように眷属を配置していたの?」
「ああ。だがそのたびにお前らが邪魔をして来た」
「当然よ」
今度は旋律は尋ねてきた。
「お前らは、どうやって俺たちの気配を察知してるんだ」
「そりゃ、音が変になるからだよ。水の流れとか風の音がぶつ切りになるからさ」
調が言葉を継ぐ。
「私、戦い始めた時はそんなに感じなかったんだけど、わりと分かるようになっちゃって」
(うわ~すごい。まさか人間以外の知的生命体とこうして対面しているなんて! 解剖したらどうなるんだろう?)
寂乃の興奮をよそに、
「警察の人たちとも連絡を取って事に当たれとあるけど……どうやって説得するのよ」
「いや、それは心配ないんだ。僕も色々と水面下でがんばってたんだよ」
したり顔を浮かべる鍵二。
(来ちゃいけない所に来ちゃったみたい) 不安がる四人。
◇
「ポラリスのライブがあります! どうぞどうぞ!!」
必死で通行人にチラシを配る照俊。
友人に負けじと、切磋も宣伝文句を張り上げる。
「さあ、みんな始まりますよ!」
男子たちのがんばる様子を見て思わず顔がほころぶ調。
人々がうまく警官の誘導を受けて、敵がいる場所から離れていく。
まさか誰も、彼らが戦いの準備を始めているとは思わないだろう。
できるだけ誰一人不安にさせないように努めねばならない。
「まさか警察の中に音代がいたなんてね……」 奏での街なのだから別におかしいことではない、とは思いつつも。
「ええ……おかげで誘導作戦が非常にうまくはかどるわ」
調は、粛然とした。
もはや音代とミューノイズの私的な戦いなどではなく、社会に認知された戦争なのだ。
そして、彼らの総大将を倒さない限り、終わらない。
その片腕ともいえる敵がこの街に現れている。この機を決して逃してはならない。
調は、気を引き締めた。
だが、無論、彼らだけではない。
防音処理を施したトラックが、マリンバを輸送していた。
助手席に座った木枝は、
「本当助かりますわ。おおきにやで」
木枝は、満面の笑みを浮かべた。
「いや、これくらいたいしたことじゃありませんよ。何せ仲間と会うまでは一人で戦ってきたんですから」
トラックは十字路で止まった。
木枝はマリンバを担いで、ビルがよく見渡せる場所に置いた。
これだけの怪力があっても、ミューノイズを倒すには役に立たない。彼は、敵の本質が音であり、物理的な攻撃をすり抜けてしまうことを経験で知っていた。
「全く、ここは貸し切りのライブ会場やありまへんて! でも、怪物にんなもん聞いてもらえるわけもあらへんか」
それから後ろを向き、同胞を鼓舞する。
「しらっち、りつっち! 気を引き締めていくで!」
「はい!」
轟音は以前よりも明らかに巨大になっていた。
険しい山々を覆ったようにとげとげしく、あの時よりもおどろおどろしい格好をしている。
「やったるでえ!」
木枝がマリンバを打ち鳴らし、
轟音の肩の装甲が砕け、そこから様々な楽器の音色があふれ出す。
轟音の胸や腹が割れ、灰色の巨大なパイプオルガンが露出する。
不協和音だ。
調は、頭が割れそうになった。
木枝も激しい衝撃に呻吟しつつも、マリンバを叩くのをやめなかった。
それが少しだけゆるやかになり、調は何とか動けるようになった。
金笛伊吹のサックスだ。
周囲に壁を築き、轟音が人々を巻き込めないようにしている。
だがそれとても心もとない――と誰もが思っていた矢先に、光がビルの合間を通って曲を演奏し始める。
紐奈だ。
が音を鳴らし始めた。
――黒い背景。左右から。中央の枠線で覆われた本拠地に敵が入ればゲームオーバーだ。
紐奈は、自分がゲームのプレイヤーになったような感覚で動いていた。
――青い冒険者が敵が侵入してこないように、壁を積んでいる。足場に飛びあがり、時には敵を踏みつけて倒しながらゲームを進めていく。
「すごいな。紐奈の奴……」
「ありがと、紐奈!」
仲間たちの官舎に無言で微笑する。
紐奈の音色を載せて、サックスの演奏が拡散していく。
「よし、俺たちは奴の元に向かうぞ」
木枝は、言った。
「鶴舞姉妹が最後の切り札や。それまで頼むで」
そして、紐奈の背後から旋律が空を横切り、共に轟音に向けて飛んで行った。
旋律は、あくまで自分自身のために笑っていた。音代たちは、旋律にとって単なる道具でしかなかった。
静寂を倒した時にはずっと、彼らを裏切るつもりでいた。あのお方の命令を履行するためにも、そうするしかない。
ただ、ずっと釈然としないことがあった。音代の戦いぶりについてだ。
(彼らは、助け合っている)
旋律の心が、ややゆらいだ。
金手フェスの時からずっと彼らはそうだったではないか。だがずっと人間を単なる音色の元としか思ってこなかった旋律は、それに気づくのにあまりに遅いことを悔いた。
(そうか。これこそ俺たちがやってこなかったことだ)
音代たちが、一人一人は弱いのに決してくじけなかった理由。
(でも、今更どうする? あいつらにそれをするだけの能があるとも思えない)
自分自身が、何か別の物に変わっていくような気がして、
「旋律! 次の支援をお願い!」 チェンバロの重々しいBGMを伴って、調の声が飛ぶ。
「分かってるよ!」
いつもなら、彼らを弄ぶような余裕のある声で言うはずだが、妙に食い気味だった。
(違うだろ! こいつらはただの道具だ……!)
旋律は、笛を吹き始めた。
轟音にとってはそれはささいな攻撃でしかない。
「うせろ、裏切り者めが!」
だが、轟音はその音色を弾くことはできなかった。けたたましい音を鳴らしているにも関わらず、旋律の矢の形をした音色は轟音の肩や胸に当たり、そのまま内部にじわじわしみこんでいった。
轟音は、体が少し鈍ったのを感じた。
「俺とお前は同じミューノイズだ。だからこういうこともできるのさ」
ミューノイズの音色の効果は、ミューノイズ同士では制御することができない。同胞だからだ。
「貴様、許さん……!」
轟音のパイプオルガンの音色が、ツタのように伸びて旋律の胸を貫こうとする。
「おっと!!」
旋律はすんでの所で回避。だがもう一つがその横から――
紐奈の音色が稲妻のように冴えわたり、ツタが光の筋に消失する。
「やった! ボーナスポイント!!」
紐奈が音を鳴らす。
――迫りくる宇宙人軍団の背後に垣間見えるufo。あれに攻撃を当てれば、高得点が狙える。
旋律をモブ敵の一つに見立て、紐奈は音色の一撃を放った。
そのまばゆい光で旋律は驚き、意図は分かっていても、やや腹立たしさを感じないではいられなかった。
「あんたを助けるなんて、私にとってはすごく嫌なんだけど!」
「ああ、俺も嫌さ! 何せ二回も苦杯をなめさせられてる奴なんだからな!」
「それくらいあんたに私たちも苦しめられてるんだから!」
言い争いはするが、しかし楽器から少しも注意をそらすことはない。
「お前も下見てないと――」
パイプオルガンから伸びるツタを回避しながら、紐奈が、
「あんただって、正面見なよ!」
それを見越していたかのように、紐奈と旋律は、体をねじらせてツタを回避した。
調は、二人の掛け合いに息を呑んだ。
(意外と、息が合うんだ)
そのまま笛を鳴らし、轟音のまびさしにいくつか当てる。
轟音は一時、視界を封じられ、その甲高い音色も中断した。まさにこの時を紐奈は外さなかった。
紐奈はまばゆい光へと姿を変え、パイプオルガンの中に忍び込んだ。
「行っくよぉー!!」
会心の一撃を決められたことで得意げになり、叫ぶ紐奈。
内部は雑音に満ちていた。だが、そのどれもが元から不快な音だったわけではない。
(私の手で、この音色たちを解放してやる!) さらなる力を紐奈は、解き放った。
轟音の表面から光が漏れ出て、姿勢を崩した彼はそこから落ちた。
文字通り轟音が鳴った。アスファルトに亀裂が走った。
だが轟音はすぐに体を起こし、パイプオルガンの音を再び鳴らし始めた。
木枝は焦り、マリンバの音量をさらに上げた。
彼の演奏は一瞬だけパイプオルガンの音色を上回り、轟音の壁龕の中を傷つけた。
轟音は音色の叫びをあげ、激しく街を揺らした。
(何て力……!)
調は苛立ちを募らせた。
もう、後先がない。これほどまでに強いミューノイズは今まで遭遇したことがなかった。となると、あれが敵の首魁なのだろうか。
紐奈の光が轟音の体内からほとばしり、調の元に駆け寄る。
「ごめん、みんな! やっぱり私じゃあいつのとどめは……!」
調は、途方に暮れた顔をした。
「ここからは、私たちに任せて。あの時の借りを、ここであの人に帰すから」




