Session.26 サウンドヴィヴァーチェブラザーズ
いくつもの通路がある。
「迷宮みてえだ。一体どこが繋がっているのか……?」
紐奈は決して迷った様子を見せず、むしろ楽し気に、
「大丈夫。私が計算して、最適ルートを見つけだしてあげるから」
「よし、待ってて!」
「いや、速いな?」
「そりゃ……光でもあるから!」
紐奈はにっと笑った。
その表情を見ると、調もつられて口角が上がった。
「もっとそういう面を誇ってもいいんじゃないの?」
「人間とか光子生命体とかよく分からないけどさ、紐奈は紐奈じゃんか!」
紐奈ははっとして、調の言葉を嬉しいとは思うが、それを純粋に喜ぶことができない自分自身に何ともいえないもどかしさを感じる。
(でも……父さんと母さんは)
父は、光電子管に入れられたまま、どこかの研究機関でずっと閉じこめられているではないか。
母は、金手を訪れたのは間違いない。しかしどこにいるのか、もう今では知ることができない。どこかにいる、きっと生きている、と確信できるのが、なおさら辛くなる。
こういうことを、いつか調に告げられたらいいのだが。
ミューノイズが現れるや、律真は応戦しようとした。だが、調は直接相手とやりあおうとはせず、ギターを響かせながら、
「とおーっ!」
調が天井に向かってぶつかる。
「うおっ!?」
天井が割れて、上の通路に穴が開いた。
「よし、」
「でも、それじゃいくらかかっても上には行けないって。急がば回れっていうじゃない」
紐奈が先行して進むのに二人は従った。
すると急に、四角形に広がった空間に出た。
それは、四方八方に土管がついており、中から小さなミューノイズが這いだし、壁から生えた足場をのろのろと歩いて行く。
一部の足場は、真ん中の高さで浮遊している。
律真は、その光景に何となく既視感があったが、
「おい、この土管のどれが上に進むんだ?」
「私の憶測だけど、これは敵を全部倒さないと進めないステージだね」
宙に浮きながら空間を見回す紐奈。
「やけに数が多いが、どうする?」
律真はすでに演奏を開始していた。
だが、ミューノイズがひるむ様子はなく、前に向かって跳ねながら進み、下の足場にとびついて土管に入り、上の土管から戻るのを繰り返す。
「ねえ律真さん、さっきから高くジャンプできると思わない?」
「ああ、そうだ。だが気持ち悪い姿だな! とても踏みたいとは――」
突然足元が隆起し、よろめきそうになる律真。
「いきなり何すんだ!」 調も最初はそういう顔だったが、すぐに変わった。
「これこれ! これ使えるから!」
それからというもの、しばらくして、紐奈がうきうきした顔を浮かべながら、青いブロックを持って来た。それは柔らかい感じに見るが、紐奈の手元を見ると固いらしい。
「何だそりゃ?」
紐奈は投げ捨てた。
すると周囲の敵がひっくり返った。
調がすかさず身動きのとれないミューノイズを蹴り上げると、それはポップな音を立てて吹き飛び、背景の向こう側へと吸い込まれるように消えていった。
「なーるほど。敵をひっくり返せばいいんだね!」
「よし、ここから一気に進むぞ!」
三人は雑魚に手間取っている暇はなかった。
狭い通路を進み、さらに白い巨大なイカが現れ、三人に墨を吐いた。
「どうした、律真!」
「何も見えなくなった!」
調と紐奈が、
「私も!」
「よし、なら僕が支援する!」
鍵二が叫ぶ。
「律真! 後ろから敵が迫っている」
「何だって!」
「距離がある。今から数えるから待て」
鍵二が言った。
「三……二……一……今だ!」
律真の音色が飛び、ブブゼラが砕け散った。
「よし、視界が戻った!」
律真の音色が牙のように展開し、敵にかみついて一網打尽に。
「ったく、手間取らせやがってよお。配管工じゃねえんだぞ?」
「とりあえず、残った奴も片付けないと――」
ふと調が目にした方向、音色の煽りをくらって破壊された壁に、何やら隠されていた。
「お? これは……」
紐奈が音色で壁を掘り進めると、
「隠し通路だ! これを通れば上にまで一気に行ける!」
「でかした!」
三人は上の階まで上昇した。
そして、外に出た。
目の前に、音のよどみの原因となっているミューノイズがいた。
それは、機械の塊であった。脱穀機のような輪郭をしており、あちこちから笛やフルートなどが突き出ていた。
「こいつを倒せば、全て解決するんだよな?」
「簡単に倒せるバグ技でもあればいいんだけど……」
機械の表面はピクセルで構成されており、かなり精彩だ。
機械がうなり、重苦しい音色を鳴らした。
突き出た笛から鳴り響く音は、羽の震える音にも似て、調たちの耳をつんざきそうになる。そして、鋼のように鋭い実態をまとい、床に突き刺さる。
それでもと彼らが足を前に進めると、急に体の動きが遅くなった。
機械のグラフィック解像度は高い。なのに……より簡素な情報量しかないはずの音代たちは、まるで金縛りにあったように体が動かない。
(処理落ち……!)
敵の腕が迫って来た。
にも拘わらず、音色の響きの伝わるのが遅い。いや、それが敵に届く前に床に落ちて無力に霧散してしまう。
機械からある程度距離を取ると、体は自由になる。しかし今度は敵に攻撃を当てることができない。
「だめだ! これじゃ奴に近づけない!」
機械は自分からは
調は咄嗟に言い放った。
「じゃあ……解像度を低くすればいい!」
紐奈が手を打った。
「そっか! その手があったね!」
「だが、可能なのか?」
「もちろん! だって二人は電脳世界の中にいるんだから」
紐奈は再び高い音を鳴らし、
「ボスステージってわけかぁ」
「ねえ調、律真さん、多分こいつは厄介な敵だ!」
ギターの音が変わってしまったことに律真は驚いて不満げに、
「おい! よくも俺のギターの音をファミコンみたいにしやがったな!」
調はドット絵と化した自分の姿を見て驚いた。
「あははっ、でもこれも意外と悪くないかも!」
楽しげに調。
だがそれでも機械はなかなか頑丈で、よほど防御力が高いらしく、音代たちの攻撃にも一切屈する様子がなかった。
「あの――調!」
急に寂乃の言葉が飛んできたので調は驚いた。
「寂乃!?」
「防御力が異様に高いなら、きっとどこかに弱点があるってことなんじゃないかな?」
それで紐奈は気づいた。
「外からの攻撃が通じないなら――内部からぶっ壊せばいいんだ!」
紐奈をさらに甲高い、ピコピコとした音を鳴らした。
律真は一体何が始まるのかと目をひそめた。
――冒険の出発の初めに、主人公が小さくなる。リアルな人間の姿の頭身が低くなり、どんどんデフォルメされ、ごくわずかなピクセルで構成されただけのドット絵と化していく。
――フィールド画面。上下左右に未知の空間がプレイヤーを期待させる。
律真はしかし、戦うためなら個人の嗜好など気にしていられなかった。
紐奈のリズムに合わせ、ギターの弦を鳴らす。
――戦闘が始まる。敵を倒す。
スキルを獲得し、レベルアップし、武器を手に入れてどんどん強化していく。
「あれが核か!」
「行くよ、二人とも!!」
核の周囲に翼を生やしたハンドベルが飛び回り、近づけないように音を鳴らす。
「とにかく、数が多いんだよなー……じゃあ、プログラムを変えるよ。数値をいじればいい。それまで私を守ってくれる」
「うん!」(紐奈って、やろうとすれば何でもできるんだ……)
調は、紐奈の多才さにひたすら感心していた。
律真は、ふと慄然とした。この少女は、存在そのものが人類の可能性であり、脅威でもある。
(コンピューターを自在に操る力……悪用されれば怖ろしいことになりかねないな)
そして、今の所は、誰かのためにそれを使えて、決して邪な目的に用いようとしない紐奈の善性に安堵した。
――星を手に入れる。無敵状態だ。今やプレイヤーは無数の敵の大群を当たるだけで蹴散らすことができる。
「チートってのは私が好きなものじゃないんだけど……よしっ!」
彼らは虹色に光った。
「つっこむよっ!」
核へと三人はまとわりつき、
調も律真も、紐奈のリズムに合わせて音色をかき鳴らした。
機械は爆散した。
その直後、現実世界でも、あの禍々しい感覚が消失した。
「やった! やったぞ!!」
人々は喜んだ。
その直後、三人は、元のサイズにまで巨大になり、グラフィックも元の状態に戻る。
律真はよろめいた。少しも痛くなく、なのに頑丈そのものの床を叩きながら、
「ここが電脳世界で良かったぜ。現実だったら吐きそうになってた所だ」
「そう? 私は割とこういうこと、経験あるけど――」
ミューノイズの気配がして、紐奈はその方向を向いた。
「見て! あいつ……」
老紳士の姿をしたグラフィックが宙に浮かんでいた。くすんだ色の燕尾服を着て、帽子は、頂点の部分が太鼓を張ったようになっている。
「てめえが今回の件の首謀者だな!」
しかし、敵はさして悔しがる様子でもなく、悠悠と、
「今回の事件はほんの小手調べでございます。皆様方にはさらに面白いお遊びをご案内するつもりでございますから」
「冗談じゃない……これから何をしようっていうの?」
ミューノイズの幹部は、不思議な笑みを隠したまま、
「それは、これからのお楽しみであります」
「おい、待て!」
しかし、周到なフィナーレは闇に包まれどこかに消えてしまった。
戦いは終わったが、調は、不安な気持ちを隠せなかった。
「電脳世界にも入れるなんて、ミューノイズは一体どんな手をつかったんだろう……」
「さまよえる旋律が教えてくれたんだけどさ、彼らって音の生命体なんだって。だから音をコンピューター上の信号に変換すればもしかしたら電脳世界にも行けるのかもしれない……」
律真は調の言ったことが今一つよく分からなかったが、とにかくミューノイズが想像上の脅威であることだけは分かった。
「おいおい、奴らはそこまでできる奴らなのか? 手の込んだ真似をしてくれるじゃないか」
調は言った。
「私たちも音で戦うし、彼らも音で戦う。もしかしたら本質的には同じ存在なのかもしれない」
「あいつらと同じ? 冗談じゃない。あんな化け物と同じだなんて」
「複雑なことはいいからさ、戻ろ。ねえ、私の手をにぎって」
三人は手を繋いだ。そして、紐奈の全身がまばゆい光に染まり、二人もその中に吸い込まれ、閃光が青白い海のような天井に向かって昇って行った。
「……あ……?」
装置のヘルメットの重みで、調は目が覚めた。
電脳世界での感覚がまだ抜けていないせいで、人間の身体がかえって違和感のあるものに感じられた。重いし、だるい。
「律真さん?」
横を見る。律真は、急に目覚め、立ち上がろうとするが、ふらふらしてすぐに倒れ込みそうになる。
「よせ、律真。まだ体が慣れてないんだ」
鍵二がすぐそばで、律真の腕を支えていた。
「調はもう大丈夫?」
一方調のそばには紐奈がいた。
「これが光子生命体……?」
ざわざわと声がした。
「あの……どうやって潜入したんですか?」
調は、これから起きることの面倒くささに辟易するしかなかった。
「ポラリスのギター担当の調です」
「ほら……もっと」
「この六条調って人なんです!」
調は、慌てた。
(あんまり知って欲しくなかったのに……)
紐奈は若干恥ずかしがってから、
「ええと……そういうことができるんです。」
彼らは紐奈にひたすら感心していた。
鍵二は調と鍵二の真ん中に入り、肩に腕を巻いて寄せる。
「二人とも僕が見込んだ人間だからさ。もっと誇っていいじゃないか!」
調は人々をまっすぐ見て、いつまでこうやって向き合えばいいか分からないことにひたすら耐えた。
律真のストレスはその比ではなかった。
「この人たちは音代だ。この街を守るために――」
ざわめく静寂は険しい表情を浮かべ、紳士をにらみつけた。
「よくぬけぬけと戻ってくれたな、周到なフィナーレ?」
「私は彼らの特性をつかむことができました。そう簡単に勝利はさせませんよ」
静寂よりもっと気が立っているのは迫りくる轟音だ。
「貴様など、所詮は使うことでしか戦えぬ惰弱な輩ではないか!」
「四騎士がおります。彼らと私は一心同体……決して戦う力を持たぬ身ではございませぬ」
「ぬかすな!」
轟音は両手を揚げようとしたが、途中で止めた。
四体の黒い影が周囲から囲んでいた。
トランペットを構え、轟音に向けていた。
轟音はその危険性をとっさに悟り、何も言えなくなった。
「……お分かりいただけましたか?」
「そこが貴様の卑怯な所なのだ」
この謎多き老紳士について狂騒はほとんど知ることがない。
周到なフィナーレは元々物質的な身体を持っていたが、後に捨てたという。
だが、狂騒は同胞に関心を持つことができずにいた。敵である音代への理解が深まっていくばかりだ。
(彼らは日々、強くなっている)
うるわしき狂騒は、逡巡する。
(彼らの仲間も増え続けている。しかし、私たちは……)
ミューノイズは、眷属を増やすことはできても、信じあうことなどできない。静寂たちは、ただ目先の目的のために協力しているだけであって、信頼関係や打算を越えた連帯を育むことなどできはしない。
ポラリスの面々を初めて目にした時、彼らの中にあったものを、狂騒はよく理解できなかった。ミューノイズが掴み取ることができなかったものをやすやすと築き上げている人間たちが、不思議でならなかった。
(私は、何がしたかったのだろう……?)




