Session.25 転送サイバースクワッド
調と紐奈は早速鍵二に会いに向かった。
目的地は、鵜成町に新設された鵜成アミューズメントパーク。
紐奈はうきうきしていた。
「ゲームかぁ。色々あるのかな?」
「紐奈の故郷の人(?)たちって、光みたいな姿してたんだよね。それで、どうやってゲームしてたの?」
「そりゃもちろん、機械の中に入り込んでやってたんだよ。私もそうやってプレイしたことはあったけど、やっぱり人間なんだから手足を動かさなくちゃね」
調は、こういう質問をすることが紐奈の心を傷つけないかどうか何度も考えてから、あえてそれを発言することにした。
「光子生命体って、人間と同じ形ってとれるの?」
「まさか。あいつらは光にしかなれない。私みたいに、複雑な形をとることなんてできないんだ」
一体どのようにして子供を作るのか……そういうことが気になって仕方なかったが、好奇心は時として残酷なものだ。調は、あえてその疑問を秘密にしたまま街の光景を見やった。
いつもと変わらない日常があるように見える。しかし、演奏を聞くことが減ったような気がする。ヘッドホンを付けたり、ジュークボックスに夢中になる人をあまり見かけなくなった気がする。それは決して気のせいではない。みんな、薄々感づきつつあるのだ。音楽を聴いていると狙われるということに。
そして、人々の顔も前よりあまり明るくなくなった。奴らが着々と浸透しつつあるのだ。
いつまたあの強いミューノイズが現れてもおかしくない。今は紐奈の笑顔を守るために目を離してはいけない、と調は自分に言い聞かせた。
鵜成アミューズメントパークは円盤状の銀色の建物だった。入り口の前に、ゲームキャラのドット絵をちりばめたアーチ状のオブジェがあり、そこをくぐりながら人々が建物の中に入っていった。
ホールの中で、調と紐奈は約束の二人とすぐ出会うことができた。
「チャオ! よく来てくれたね!」
注意深く尋ねる調。
「ミューノイズに襲われませんでした?」
「いや、全然そんな気配はしなかったね。無事にここまでたどり着くことができた」
律真は割と深刻な顔を浮かべ、
「とりあえず、俺はこんな雑音がひっきりなしにめくるめく場所なんて離れたいよ。まるで耳がはがれそうな気分だ」
無邪気に尋ねる紐奈。
「律真さんはゲームってよくやるの?」
手を横に振る律真。
「俺はゲームなんて小学で卒業したんだ。ソシャゲなんてましてやるわけがない」
逆に鍵二は、
「僕は今でもゲームはやるよ。さあ、奥の展示室に向かおう」
大きなホールから一気にくぼんだ通路に入りかかった時、偶然にも、篳篥寂乃に出会った。
「あっ、寂乃!」
調たちの姿を見るなり、篳篥寂乃は縮こまってしまった。よほど、弓刃に叱られたことがこたえているのだろう。
「ごめん、あの時は……」
だが調は、寂乃にこの際言わなければいけないことがあった。
「別にいいよ。むしろ都合がいい。あの時の写真、残ってる?」
「えっ?」
焦った声で調。
「まさか、消去したりしてないよね?」
「いや、まだごみ箱に入れただけで、完全には……」
さらに、早口でまくし立てる。
「だったらさ、見せてよ。もしかしたらそれで、あの迫りくる轟音と戦うヒントがあるかもしれない!」
「で、できるの、そんなこと?」
「地図とかの位置情報とか使ってさ……どこがあいつの攻撃を避けることができるかとか、記録してたりしてるんです。実は音代がどこに現れてるかなんてのもノートに描いてたりして……」
興奮する調。
「本当!? じゃあ、全部メールで送ってよ!」
「う、うん……!」 戸惑いつつも上機嫌な寂乃。
わざとらしいくらい、感嘆の叫びをあげる鍵二。
「すごいね! 調がまさかそんなことに思い当たるなんて」
しかし、調はいたって真剣だった。
「でも、いつまたあいつが現れるか分からないんですよ。もしかしたら今だって出てくるかもしれない」
調はそれから表情をリセットし、
「そういや、律真さんって鵜成町あたりに出没してたミューノイズを軸実さんと討伐したんでしたっけ?」
「ああ。そこまで強敵でもなかったぜ」
「どうも、メロディがミューノイズをおびき寄せていたらしい。それで多くの人間が無気力になってトンネルをくぐり抜けてたんだ」
口を挟む寂乃。
「ちょうど、そのことも記録してたんです。現地にいた人は何があったのか分かんなかったみたいですけど」
「その人たちはもう、元に戻ったんですよね?」
「まあな。しかし、轟音のせいでまたそういう奴が現れちまうだろう」
紐奈はしかし、そんなことは我関せずの様子で、
「ねぇねぇ、すぐにあっちに面白い物があるよ!」
調たちを自分の生きたい方向に誘導しようとする。
「ほらほら、すぐ遊ぼうよ~」
紐奈が調の腕を引っ張る。
紐奈の視線の先には、椅子を備え付け、ごてごてした半球型のドームを上にかかげた複雑な装置が二台設置されてある。
「何でも、バーチャル世界に意識を転送できるっていう噂だよ!」
紐奈は上機嫌で跳ねながら興奮のままに勝手に座席に座ろうとした。
「お待ちください、まだ準備ができていませんので」
「す、すみません!」
その後も客は増え始めた。
昼が近づき、どんどん客が増え、喧騒が激しくなり始めた。寂乃は音代たちに軽く別れの挨拶をすると、自分が興味のある部屋の方に行った。
説明文を読んだが、いかにもものすごいことが書かれていた。人間の意識を電子空間に転送し、直接機械を制御する装置だという。
調は、一体どんな原理でこれらの機械が作動しているのかとんと見当がつかなかった。
鍵二は日進月歩の技術に感嘆する。
「世界がこんなに速くSFに近づきつつあるなんて思わなかったよ」
「いや、文明の進歩なんてもっと有意義なことに使うべきだ」 律真はさして感動した様子でもなかった。
「さっきから、変な音がしないか?」
「でも、喧騒ばっかじゃないですか」
「いや……異常だ!」
ミューノイズがいる。
けたたましい音で、彼らは耳を塞いだ。しかし雑音は耳をつらぬいて頭の奥深くに浸透していくようだった。
「うっそだろ、こんな都合の悪い時に……」
人々はパニックになり始めた。
「おい! さっさと俺たちを外に出せ」
しかし、何度押しても引いても扉は開かなかった。
「大変だ……コンピューターが言うことを聞かない!」
「あいつら、ここでじわじわと音色を奪い取るつもりなのか!?」
スタッフの一人が近づいてきた。
「金手フェスの時の六条調さんに……律真さんですね?」
「え、はい、そうですけど」
「音代なんですね。二人とも」
「ちなみに僕も!」 急いで律真。
「私は助けられたことがありますから、彼らのことはよく知ってるんですよ。そしてこの反応も……ミューノイズが現れた時と違いありません!」
律真は言った。
「さすが、察しが早いですね。でも……どうすればいいんです?」
スタッフは二台の転送装置に目をやり、
「あれを使えば……でも、まだ整備中ですし……」
紐奈が提案。
「私、もしかしたらあれを動かせるかもしれないです」
「え?」
「あまり深くは聞いてほしくないですけど、機械に入って、動かせるので!」
調は紐奈の心境を察し、露骨な作り笑いを浮かべ、
「とにかく、そういうことなんです。ひょっとしたら中のミューノイズをやっつけられるかも!」
律真があきれ、
「おいおい! 俺にゲームをやらせろってのか!?」
「やるしかないでしょう!?」
調の厳しい気迫に、さすがに気おされる。
「分かったよ。やってみるよ! ゲス、ここは俺達に任せろ」
「電脳世界に入ってミューノイズ退治ってやつか……」
鍵二はうきうきして、
「こんな時に呑気だが、あれを思い出すな。そうだな……あれだ。『プラグイン! 鍵二エグゼ・トランスミッション』ってやつか?」
「……すまないが、ロックマンエグゼ6ですらもう二十年前の作品だぞ」
「そんなぁ!?」 横転する鍵二。
「とにかく、あの場所に向かうぞ」
焦る彼らに、スタッフは早口にならないように気を付けて、
「申し遅れました。私は、鈴鳴保といいます」
寂乃は騒ぎをやめない人々に大声で告げた。
「き、聞いてください! この人たちが必ず、何とかしてくださいますから!」
(言いやがった!!) 律真は片手で顔を
「私も、何とかしてみせます!! ほら、律真さんも!」
調は胸を叩いて叫んだ。
「よし、俺たちに任せろぉ!!」
『俺たち』などという言い方は本来律真が嫌う所だったが、彼らを見ると自然にそういう風に口がひらいた。
装置が二台しかないのを見て、鍵二は目を細めた。
たった三人しか、その中に入ることはできないのだ。
「ごめん、三人とも。今回は僕は、ただ祈ることしかできない」
「まさか! 鍵二さんがいるだけで、私、十分心強いですよ」
それで鍵二の心細い感情が少し楽になった。
「ありがとう。君といると、なんだか僕も戦う勇気が湧いてきそうなんだ」
(随分ほだされちまったな、こいつも) 律真は内心ぶつくさ言ったが、口には出さなかった。
だがそれ以上に紐奈が、複雑な心境だった。
(まさか、みんなの前でこんな力を使わなくちゃいけないなんて)
紐奈は今まで、自分は人間だと主張してきた。
それなのに、都合の良い時だけ光子生命体の部分を発揮してきた。でも、それは身勝手なことだったかもしれない。
紐奈は一呼吸置いてから、衆人環視の中で人間の少女から一筋の閃光となり、二台の転送装置を結ぶケーブルに入り込んだ。
突如として起動音が鳴り、装置の液晶や照明が青白い光を走らせ始める。
「行きますよ、律真さん」 もはや調に迷いはなかった。
「おう」 静かに律真。
それからは二人は何も言わず、それぞれの座席に座り、もたれた。
装置に備え付けられた天井が低くなり、ヘルメットを二人に装着させる。
調は、体が軽くなり、自分を真上から見下ろすような感覚にとらわれながら、意識が急に遠のいていった。
「ここは……?」
視界の隅に青い光がちらちらと散っていた。
四方は箱のように角のくっきりした空間であり、見た所金属でできているようだが、材質はそれとも厳密に異なっているように見える。
調は隣を見回した。
律真もいた。そして横に紐奈もいた。だが二人とも、現実とは異なった姿をしている。
荒い解像度で、ゲーム用にデフォルメしたような頭身だ。
「律真さんと……紐奈、だよね?」
「調もずいぶん背が低くなったな? だいたい、なんだその顔は? 全然変わっちまったようだが」
紐奈が進み出て、説明。
「ゲーム上の姿になったんだよ、二人とも!」
「つまり、ここはゲームの中ってこと?」
「電脳世界だ。君たちは今、この施設のメイン・コンピューターに潜入しているんだよ」
鍵二の声がする。イヤホンから聞こえるような感覚だ。
「えっ、どこ?」
「聞こえるか、三人とも?」
宙に透明な板が浮かび、そこに鍵二の顔が映し出される。
「聞こえます。どうやって連絡とってるんですか?」
「装置につけられたスピーカーを通して会話してるんだよ。みんな、部屋にすえつけられたスクリーンから君たちの様子を見ている」
奥の方からひどい不協和音が聞こえてくる。そこだけまるでテクスチャが剥がれ落ちたようにまがまがしい色合いの傷が広がっている。
「どうやらあの部分がミューノイズのせいで汚れているらしい……しかし、すごいな。どうやって楽器を持って来た? 音代としての力が楽器だけではなく、機械にも及ぶなんて」
「そんなことよりさっさとミューノイズを倒しに行くよ!」
紐奈が楽器を抱えて浮遊した。
「さぁ、ついてきて!」
急ぐ調と律真。
「ちょっと、待ってよお!」
保が、部屋の一方に取り付けられた大型のモニターに、三人の姿を映し出した。
寂乃も鍵二もその画面にくぎ付けになっていた。
保が話す。
「元々みなさんがいらっしゃる空間は、デバッグできるように設置されたものなんです」
「バグではなく、ミューノイズが異常を起こしているとなると、いっそう何が起きるか分かりません。お気をつけて……!」
まるでゲームのような光景だ。しかし、これは遊びではない。
しばらく進むと、腕と脚の生えた角笛の大群が飛んできた。虫のような気持ち悪さに調は思わず顔をしかめた。
「うわ、何あれ?」
「ありゃあブブゼラだな」
「ブブゼラって何!?」
律真は答えるのも面倒そうに、
「ああいうのを焼き払うのは調の得意技だろ。やってやれ!」
「もう、無理無理無理!」
調は半分泣きそうになりながらも、ギターを鳴らす手を自然に動かしていた。
――迷宮を疾駆する少年がいる。ずっと敵から逃げることで背一杯で、後ろを見ることもできない。
調は、音色の中に逃亡する少年の姿を表現し、頭の中に念じる。
――いや、逃げるだけではない。彼は武器としてギターを抱えている。血を流しつつも、ギターを鳴らし、その音色の鋭さが持つ刃で敵を切り裂く。そしてその敵から取り出したアンプを取り付け、ギターを強化していく。
――これこそ音楽を目指す者の魂だ。
調も律真も、現実世界とは身体の勝手が違うことにとまどっていた。
紐奈がミューノイズの大群の周囲をめぐりながら、8bitの音声を彼らに聞かせ、足止めを試みる。
ギターの音色に電子音が載った時、少年のギターにはさらなる力が加わった。
もはやそこは少年の独擅場となった。
やや離れた場所、光る網模様を表面に走らせた塔の上。空は、煙のように薄暗い雲で覆われている。
音代の気配を感じ、周到なフィナーレは目覚めた。
ざわめく静寂から、周到なフィナーレは調のことを聞かされていた。
音代の中でも、一際強い音色を彼は隠している。ならば、一目見ずにはいられない。
だが、まだ戦うには早い。彼は、音代にとっておきの敵を用意し、その上に立っていたのだ。




