Session.23 激走フォンク
「調はさ、楽器の化け物と戦っているの?」
そう言われた時、もう調は超然とした表情で通すわけにはいかなかった。
誰もが音代のことについて関心を抱き始めていた。金手フェスにおいて、会場の近くで化物と、それに対して楽器を鳴らして立ち向かう人々の姿が多く目撃されていたからだ。音代の一部に時間の流れを制御したり、幻影を見せたりすることで戦いを隠している者がいたはずだが、それでもあの激戦では隠しきれなかったらしい。
調は、さすがにしらを切るわけにはいかなかった。何かの雑音に飲み込まれ、無気力になるという怪奇現象はしばしば起きているのは生徒たちにも知られていたし、実際、それを解決してくれる人間がいるのなら、なおさらどうして助けてくれなかったのか、と恨む者がいてもおかしくないと調は不安げな気持ちでいた。
調は、幸か不幸かそういう恨み節に直面することはなかった。
金手フェスまでは、ひたすら練習のことで頭が半分満たされていたから、こういうことで悩むことはなかった。
だがあれが終わってから、音代であることを改めて考えなくてはならなくなった時、彼らを守るべき人間としてどう振舞うべきか、分からなくなってきたのだ。
無論、無邪気な好奇心でそれを確かめようとする者が出てくるのは当然のことだ。
調に正面から、大胆このことを尋ねたのは学級新聞を作っている篳篥寂乃という子だ。
「本当にあれ、ただのめまいなの? ライブ中に急に倒れたっていうけど……」
「めまいだよ! めまいだから」
調は、もう昔のように無邪気に笑うわけにはいかなかった。
「でも調がギター持って戦っている姿を見たって人もいるよ」
どうやらかなり信じている様子らしい。
「ああ……これはスクープになるに違いない!」
恍惚とした顔で手を組む。途方に暮れた顔を下げる調。
(どうしよう……ミューノイズのことさえ世間一般にはきちんと知られてないというのに)
調は、あまりこういうことに触れてほしくなかった。
ポラリスの部室で、調は演奏の練習を始めようとしていた。鼓は、来るのが遅かった。
スマホの液晶画面を占領する紐奈が調の顔を覗き込んでいる。
「もう、みんなにちゃんと教えた方がいいんじゃないかな。ミューノイズがいるってことと、調が音代ってこと」
「そりゃ、このまま隠しててもしょうがないのは分かるんだけどさ」
倉香が助太刀するように言った。
「ちゅなっち(木枝としばしば接するうち、こういう言葉遣いが染ってきた)の言う通りにした方がいいよ。この金手高校も色々な音楽を流してるわけで、ミューノイズに狙われないとは限らないんだし」
盤子は、
「バサラマンも、変身がばれた。けど、みんな助けてくれた」
世を忍んで悪の怪人を退治してきたバサラマンも、ついに終盤で市民に正体が明かされた。
彼らが由緒正しい士族の出ではない素浪人であることを態度を変えたりしなかったではないか――。
「だから、みんなからかったりはしないはず。絶対助けてくれる。きっと」
盤子は、控えめだが自信を含んだ声で。
「ね、有亜もそう思う?」
「え? そりゃ、まあ」
まだ、あの時のことのわだかまりをひきずっていた。
もしかしたらまたうるわしき狂騒に惑わされてもおかしくない。
「あの時の私は心が弱かった。だから、今度は調の役に立たなきゃいけないと思うよ」
篳篥はその話を逃さなかった。
(すげえ! 漫画やアニメみたいな話が本当にあるなんて……これは絶対調べる価値がある)
その、次の日。
曇り空で、あまり外の歩くには楽しみ尽くせない感じの天気だった。
轟音は、音の台の屋上から街を見回していた。ビルが並び、碁盤の目のように住宅地が並ぶ様子が、彼の目に映った。ただし、その見え方は人間と同じではない。音によって構成される生命体として、彼はまず空気中の微細な振動、によってどこに何があるかを認識した。
その中のどこに音色が集まっているかをすぐに轟音は察知した。
「はあーっ!!」
轟音は叫んだ。
人々の頭から音色が吸われた。
そして、誰もが倒れ込んだ。
その光景を、轟音の隣で静寂は聞いていた。
空中を流れる川のようにうずまく音色を眺めながら、低い声でつぶやいた。
「間もなくこの街は沈黙に沈む……か」
その隣、うるわしき狂騒がじっと立って、
「さすがは、『迫りくる轟音』ね。何も容赦がない」
「お前も奴に混じって音色を集めてたらどうだ?」
「六条調が、また現れるかもしれない」
狂騒は、彼に激しい恐れを感じた。
二度も敗れたのもある、が。
それ以上に――人間たちが彼とその仲間に音色を捧げるほど、惹かれたことに。無論それは、協力者がいなければなしえなかったことだ。
(それに引き換え――私たちミューノイズは)
「どうした。さっさと自分のやるべきことをやれ」
狂騒は、まだ静寂に逆らう十分な理由を見つけ出すことができずにいた。
調が授業中の時にそれは起きた。
(え、どうしてこんな時に!?)
「みんな、隠れて!!」
調は叫んだ。
「防音室の方に急いで。音色が吸われる!」
一同は、驚いた。だが、誰一人として調の言葉を変だとは思わなかった。
すでに音代のことであることを誰も疑っていなかった。
「どうしよう……ちょっと、紐奈!?」
光が広がり、窓を覆う。
「えっ、誰?」
しまった、と調も紐奈も思ったが、起きてしまったからには仕方がない。
「ほら……」
「細かいことはいい! さもないと……!」
調は言った。
「やっぱり調、あなたは音代なのね!?」 篳篥が場違いにも楽しげな声を揚げる。
「いや……その……ちょっと!」
「みんな、調の言う通りにするんだ!」
切磋が彼らの前に進み出て言った。
「とにかく……私は外の様子を見てくるから。大丈夫、そう簡単にやられはしないよ」
そう言うとギターを背負い、調は廊下を駆けて行った。紐奈はそのまま壁を通り抜けて、敵がいる元へと飛んで行った。
照俊が当惑する気持ちと褒める気持ちの半分ある声で言った。
「しかし肝が据わっているよ、調は。あんな怖ろしいことがあってからまだ一週間も経ってないんだぜ」
切磋は、彼に比べればもう少し冷静に、
「でも、あいつはあんなことをこれまでずっと経験してきて、誰にも言わなかったんだ。やっぱり強いよ……」
「ファントムファイブにあこがれてんのかな、あいつ」
「その通り。今はあいつがファントムファイブの一員なの!」
息せき切って、倉香が言う。
(調は――ますます私たちの知る調から遠ざかってしまう)
だが彼らの複雑な思いなど無視して、
「えっ、すごいすごい! 見せてよ!!」
スマホを片手に、彼らを追いかける。鼓が大声で呼びとどめようとしたが、だめだった。
調は校舎の外に出て、音色が収束してく先を見ようとした。そしてそれは、あるビルの上へと集まっていくと分かった。
あれは相当に強いミューノイズであるに違いない。
「おう、ええとこにいるやん、調!」
両手でマリンバを抱える木枝が、そこに通りかかった。
(うわぁ、すごい怪力!)
「ちょうど、ミューノイズの強い気配がするから様子をうかがおう思うてた所やねん。しかしまさかはよう来るとは……!」
「でも、調はんは授業中と違いますの?」
「いや、こんな事態でそんなこと言ってられないですよ。さっき、学校のみんなには避難するように言っておきましたから」
「いよいよ、奴らがなりふり構わなくなってきたんやな……」
木枝は、苦々しい表情を浮かべた。
するとそこに、さまよえる旋律が滑空しながら着陸する。
「俺も協力するぞ」
「は!?」
さまよえる旋律を見て、木枝と軸実はむっとした。
「何でミューノイズがここにおんねん!」
調がその間に立つ。
「待ってください。これには事情があって――」
旋律は居丈高に、
「俺はお前らの味方になったわけじゃない。あくまで向こう側に戻るために一時的に力を貸してやるだけだ」
「向こう側?」
弓刃が近づいてきて、
「御心配には及びませんわ。彼は私がうまく手なづけましたから」
「ああ? 俺がお前なんかに――」
「旋律、あの言葉を言ってみなさい」
突然旋律は顔色を改め、
「はい! 私たちの弦奈お姉様は永遠に最高です!」 堂々と叫ぶ旋律。
「一体何を吹き込まれたん?」 困惑する木枝。
「ち、違うんだ!! これは……奴の演奏の効果だ!」
「弓刃はとてつもないことをこいつに吹き込みやがったのさ。全くあの時の光景と来たら俺ですらぞっとするよ」
弓刃が肩を叩き、
「へへっ、こいつの教育なんて大したことはないぜ。俺はちっともこの小娘のことなんて――」
「言ってやりなさい」 弓刃。
一瞬で、傀儡のように旋律の顔と声色が制御される。
「はい! 私たちの弦奈お姉様は永遠に最高です! ……っておぉい!!」
旋律は屈辱感で顔をゆがめた。
あの時、律真と弓刃の手で部屋の奥に連れ込まれた後のことを旋律は何としてでも脳の外に排出したかった。だがそうしようとすればするほど、あの記憶はかえって鮮明になってしまう。
(こんなことで俺は人間ごときに操られるのか!)
表情に困り、アルカイック・スマイルで答えるしかない一同。
弦奈は顔を覆っている。
「とにかく、鶴舞姉妹はなぜそいつをかばうんか聞いとんねん」
「理由は簡単だ。あいつらの所に戻るためだよ。仲間からつまみ出されたから、とっちめていくわけだ」
旋律は得意げに語った。この時ばかりは弓刃にかけられた呪いなど簡単に忘れた。
「だから、目的を達成すりゃまた敵同士だ。ほんの短い間の関係だよ」
「そういうことよ。少なくとも、音代にとっては敵が減るってことだから、いいことだと思わない?」
まだ、釈然としない表情の木枝。
「よう分からへんけど、とにかく込み入った事情がありそうやな」
「御託は必要ありまへん。今はあそこで霞食ってはるのにお邪魔せなあきまへんさかい」
弦奈が冷静に指示を下す。
「私と調さんと軸実さんが音の台に向かいます。木枝さんは後方の支援を……それから、弓刃はみんなをミューノイズから遠ざけて」
「はい!」
「うわ~すごい。これをみんなに見せたら大スクープ間違いなしだ」
篳篥は音代とミューノイズ一人が話し合っているのを目撃していた。しかし、決して声を揚げたりすることはなく、一部始終をじっと見ていた。
音代たちは、さすがに動揺を隠せなかった。これだけの音色を奪うミューノイズなど初めてだった。明確に、彼らは本腰を入れてきている。
だが誰が敵であろうとも、ただ倒す他ない。彼らは億束町を疾駆した。
旋律は傀儡を音代の前に出し、盾のように先行させた。
そしてその間隙から調と軸実の音色が刃のようにほとばした。
――装束をまとった女性が、薙刀で怪異を斬り倒していく。
その傷口から氷を噴き出した。そして、それが全身を包み、砕いていく。
調の音色が、軸実の琵琶の演奏に呼応してリフをアレンジしていく。
――常にその心の中にあるのは熱い意志だ。仲間がいるからこそ、進んでいける。
軸実は、調の音色は変幻自在だと思った。
調もまた、軸実の繊細な音遣いの高さに、驚くばかりだった。
「調はん。私の氷とあなたの炎を合体させて、奴らを一網打尽にさせまひょ」
軸実は言った。
「そんなことができるんですか?」
「音代同士は共鳴し合えますんよ。互いの音が重なった時には強力な音として響かせることができますさかい」
「……やってみます!」
弓刃に会った。
「弦奈さんの妹さん? どうしてここに……?」
弓刃は、普通なら大声で怒鳴りつけたい所だったが、姉の指示ではそうすることもできなかった。
彼らを不安にさせずに戦いから逃がさなくてはならないのだ。
「私の演奏を聞いてみませんか?」
「で、でもちょっと見たいものがあって――」
弓刃は、ヴァイオリンを掲げて、他の人々にも誘うように言う。
「いいんですよ。ほら、みなさんも!」
傀儡が大型のミューノイズを足止めしている内に、弦奈が先行し、調と軸実がその後ろからついていく。
旋律は笛から矢を放ち、体中にトランペットやラッパを生やした黒い影を一つずつ砕いて行った。
「すまないな、兄弟」
本気で旋律は辛そうにしていた。まさに、同族をあやめていることに他ならないからだ。
弓刃は何も思わないような顔をしていた。
ミューノイズに助けられた所で、さして嬉しいとも思わない。
旋律も、音代に対して苦々しい気持ちだった。
(こんな奴らに、俺の眷属)
「おい、音代ども! 今音を吸い取っているのは『迫りくる轟音』と言ってな、ミューノイズを率いている幹部の一人なんだ。そしてボスからの信頼も得ている。あいつは……(少しためらうように間を置いて)強い。心してかかれよ」
ミューノイズは、一体どれくらいいるのだろう。
傀儡がミューノイズを足止めする。
「今まで苦しめてきた敵に助けられるなんて、なんだか複雑な気分やね」
「そうですか? 私にとっては、むしろ一緒に戦えるのが嬉しいくらいですけど」
話しながら弓を振るい続けるのは奏者にとっては至難の業だが、音代としての長い鍛錬で、このような行動を並行して行うことは何ら苦ではなかった。
「冗談やありまへん。私はあの方々に心を許したことは一度もありまへんねんで」
軸実は珍しく、感情的だった。
そして二人を横から襲おうとミューノイズが建物から身を乗り出した時、
「さあ、出血大サービスやでぇ!」
マリンバの音が聞こえてきて、鉄球の下に押しつぶされていく。音色による効果であり、敵以外への損害は一切与えない。
だが同じミューノイズである傀儡もそれに巻き込まれそうになった。上空の旋律がいらだった。
「おいっ、俺の大切な玩具を巻き込むんじゃない!」
「あ~? 何でうちがミューノイズの意見を聞いてやらなきゃあかんねや?」
「俺はお前らの味方になったんじゃなくて、あくまで利用してやっているだけだ。互いに好き勝手にやればいい。ただ邪魔はするな」
ミューノイズの気配が一際強い場所へと近づいて行き、ビルの屋上に誰かの影が見えた。
その影に向けて、多くの人間の音色が流れ込んでいる。
「おいでなすったな、ミューノイズの旦那」
軸実が言った。
奴をどうやって叩き落すか――と誰もが思案しているとき突然、そこにたたずんでいた人影が跳躍し、虚空を飛んで弦奈の目の前へと移動した。
たちまち、アスファルトに亀裂が生じた。
「久しいな、鶴舞弦奈」
突如として、弦奈の呼吸が荒くなり始めた。




