Session.22 呉越同舟協奏曲
ポラリスはその後数日、金手フェスのことについて一切触れなかった。何となく、縁起が悪い感じがしたからだ。確かにミューノイズを倒せたのは良かった。しかし、それ以外全ては、苦い形で終わってしまった。
紐奈は、金手フェスでの激戦について細々と語ってくれた。調は改めて、旋律を倒すことができたのは奇跡だと思った。そして、音代としてこれからどう生きて行くか、どう周囲と向き合っていくか、葛藤しなければならなかった。
その代わり、苦い記憶を忘れるためにバンド仲間とは努力を怠らなかった。
ポラリスのメンバーは、「傾戦隊バサラマンVS夢幻戦隊ファントムファイブ」を見に行ったあと、珈琲店でその感想について話し合った。
「CGの合成がすごかったよね!」
「ファントムキングの戦闘……かっこいい……」 巨大ロボ戦の光景にひたすら目を奪われていた盤子。
「冥界で亡くなったお母さんに再開した時、男まさりなバサラブルーが、涙を浮かべながら呼びかけた時に一緒に哭いちゃったよね!」
鼓は、まだ忸怩とした感情を浮かべていた。
そういういがみ合いを避けるためにも、とにかく目の前の問題からは目を避けねばならなかった。
帰り際に、鍵二からメールが届いた。
「チャオ! 弦奈さんが、これからの戦いを話し合うためにみんなを呼んでるんだ。すぐ来てくれるか?」
そして再び、調は鶴舞邸に赴くことになった。
姉妹の他に、律真も、鍵二もいた。調は彼らに、音代として深い絆を感じ始めていた。
「何とか金手フェスのことを隠し通せたが、正直音代のことはもはや公然の秘密みたいなもんだ」
「いや、私の周りにも知ってる人がいるっぽいですし。そういう人たちを味方につけないといけなくなるかもですね」
調は言った。
「そういうのは得意な奴に任せておけばいい。ところで……」
そこで律真は部屋の隅を指さした。
「こいつを見てくれ。どう思うよ」
床に一人の少年が倒れていた。よく見ると、頭から角笛が生えており、背中には朽ちたハープが二つ添えられている。
その姿に、調は震え、硬直した。
「こいつ……あの時の……」
「ああ。俺が拾った」 軽い口調で律真。
「ひ、拾った?」
「道路沿いで倒れてたんだよ。見ての通り、ほとんど動かないが……」
ハープの翼を持ち上げ、いじりながらつぶやく。
「しっかし、ミューノイズだから色々調べてみたんだがまるで人間みたいだな。肉といい、骨といい、人間そっくりだ」
鍵二が顔を引きつらせている。
調はそこで、ふと思いを巡らせた。ずっと、ミューノイズを単なる敵としか思ってこなかったし、それ以外の疑問など抱いている暇はなかった。
だが、目の前にいるミューノイズが人間であるかどうかと言われると、これまでやってきたことにふと何ともいえない不快さを覚えた。
「あの、ずっと気を失ってるんですか?」
調は、旋律に近づいたり離れたりして適切な距離を見計らってから、ギターの弦に指を添え、深呼吸をしてから、弾いた。
高熱のつむじ風が横に流れ、旋律の体を煽った。
「うわぁ!」
素っ頓狂な声をあげ、目覚める旋律。それから何が起きたのか分からず、あたりをきょろきょろと見回していた。
そして音代たちに気づくと、観念した表情を浮かべた直後、水に渇くような感じで、叫ぶ。
「ざ、雑音! 雑音をくれ!!」
ラジオのノイズを聞かせた。
「ふわぁ……生き返る……」
スピーカーに耳を当てて、なごむ旋律。
むかっとした律真が音量を一気に上げると、
「急に大きくするなっ!」 かっとなって大声を上げる。
律真は目つきをとがらせて怒鳴った。
「てめえ、ここがどこか分かってんのか? 音代に包囲されてるんだぞ」
「ああ、分かってるよ。あの時俺は音代に敗れ、そのまま律真、あんたに連行されたんだった」
「分かってるじゃないか。さて、これからどうしてくれようか……」
弓刃や調が唇を曲げ、危険な笑みを浮かべている。旋律はやけになった様子で腕を組み、
「ふ、ふん! お前らは今度こそ俺をただの音の響きに変えるつもりだろ!」
鍵二は深刻な瞳を向け、
「今すぐにそうしてやりたい所だが、君には教えてほしいことが沢山ある。ミューノイズどもはしゃべれないが君は違うからね」
すぐには命を奪われないと分かり、突然居丈高に笑顔を見せる旋律。
「何だよ。何から訊くつもりなの」
「君たちはどこから来たんだ? 一体なぜ人を襲う? そうして何の得があるんだ」
「おいおい、質問は一つずつやれよ。俺たちだってそうしてる」
その口調に腹を立てた弓刃が、ヴァイオリンを弾く準備を始める。
「私たちを侮辱すると痛い目を見るわよ」
「やめて、弓刃」 たしなめる弦奈。
「まあいいか。どうせあいつらの元には変えれないんだし。じゃあまず答えるぞ。俺はお前らがいつも倒している雑魚どもとは違う。元々はお前らと同じ生命体だったんだぞ!」
「だったらどうして体から楽器が生えてる? 音で栄養補給をするんだ?」
旋律は相手が信じてくれるかどうかなど考えずに、
「とうの昔に、人間としての肉体は捨てたんだ。俺たちもお前らと同じような肉体の組成をしていたんだが、つい数十年前まで、母星がもう住むには適さない環境になっちまってさ。それで肉体を捨てて、音で構成された体に置き換えることにしたんだ」
紐奈が、当惑して目をぱちくりさせている。
調が半信半疑ではあるが、問いただすことにした。
「じゃあ……まるで光子生命体と同じ、別の形の知的生命体になったってわけ?」
「知らないな。俺たちの先祖は別の宇宙からこっちに移住してきたんだ。だから地球人以外の生命体についてはよく知らない」
旋律の語る話を、誰もあまり信じる気にはなれなかった。
紐奈のような例があるとはいえ、地球以外の星には同程度の生命体など存在しないことなど常識的だからだ。
「俺は物心ついた時からもう音でできた肉体だったんだ。だからお前らと同じ姿だったかなんて知らないし興味もない。だが、少なくともこの体は地球の人間に似せて形成したものだ」
「じゃあ、その体から生えている楽器は?」
「逆にお前らこそ体に楽器を生やさないのか?」
旋律は、本気で疑問に思っているらしかった。
「まあいい。俺たちがこの地球に降り立って十数年は惑星や恒星の音を集めてなんとか生き永らえていた。だが、ある日のことだったんだ。誰だか分からない謎の声を。『素晴らしい音楽を聞かせてくれ。お前たちの音色を研ぎ澄ませて、私に聞かせてくれ』って。そしてそれを邪魔する奴がいるから、戦ってるんだ。『ざわめく静寂』と一緒にな」
旋律が言い終わった時、音代の誰もがその情報量の多さによく事情をのみこめなかった。
「『ざわめく静寂』って……君がいきなり攻撃をしかけた相手か?」
「ああ。あいつこそが、ミューノイズの頭だ」
「……どういうこと? 謎の声って」
弦奈が始めに会話を再開した。ミューノイズの頭については気になることが多くあるが、それよりもっと知らねばならないことがある。
「は?」
鍵二が少しためらってから、
「僕達もこの力を手にした時、そういう声を聴いたんだ。『人々の音楽を奪う者たちがいる。奴らから人々を守れ』って言われてたんだが……まさか……」
紐奈が続ける。
「その謎の声の主で、争わされてるってこと……!?」
調は、わけが分からなかった。やけになったような笑みを浮かべる旋律。
「そんなこと知ったことか! ああ、もう一つ言っておくが、お前らが倒している奴は、俺たちが地球人の音楽から抽出して錬成した眷属みたいなもんだ。だから、お前らが奴らを倒すたびに手や脚がもがれるような気分だ」
「だが、そうしなきゃ俺達が困る」 律真は静かに言った。
人間たちは誰一人として律真の言葉に異論を唱える気はなかった。
どちらかが間違っているとかいう次元の話ではない。これは生存競争なわけだ。
弓刃がやおらヴァイオリンを構え、
「じゃあ、あなたにはここで消えてもらおうか」
弦奈が慌てて制止しようとした矢先、
「なるほど、じゃあ相いれない存在なわけだ。だが困ったことに俺も仲間たちからは追い出されちゃってさ。もうどちらにもつけないんだわ」
余計に張りつめた顔で弓刃。
「それがどうしたというの? あなたはミューノイズ。私たちの敵。決して分かり合えることはないし、話し合う必要もない」
鍵二が落ち着いた声で言った。
「いや弓刃さん、もっと重大なことがあるだろう。謎の声の正体は何だ? 本当に僕たちに戦わせているのなら、それを止める方法はあるんじゃないのか」
律真と紐奈は、何とも言えない表情で鍵二を見ていた。
弓刃が、反論したそうな顔をしていた。
弦奈と調は、そう怒ってもない目つきで鍵二の話を聞いていた。
「ああ、俺もこれまではお前たちから音色を奪うことに何の疑問も感じていなかった。だが色々演奏を聞いてから、それに疑問を感じちまってさ。もうこの戦いを続けることにあきれが来ちまってた所だ」
「あきれって……」
「とりあえずあの謎の声の主を突き止めるのが最優先なんだろ?」
旋律は音代たちから会話の主導権を握ろうとはやった。
「よし、ならこうしよう。俺とお前らで手を組もう。まだミューノイズの方には『ざわめく静寂』や『うるわしき狂騒』とか、人間の音楽を奪おうとする奴らがいる。あいつらは俺を締め出した。だから奴らを倒して、俺がまた向こうに戻れるように協力してくれ。そうすりゃ――」
「……冗談じゃない」
叫ぶ弓刃。
彼ははっきり怒っていた。彼にとってミューノイズは全て排除すべき敵であり、そもそも交渉の対象になどならないものだった。弓刃は、姉はミューノイズに襲われてからずっと、彼らに対する譲歩など捨てていた。
「ミューノイズと共闘など、できるものですか!」
「やめて、弓刃」
弓刃は眉間にしわを寄せて、さまよえる旋律を厳然と指さす。
「お姉様はミューノイズがこれまで何をしてきたか分かっているの!? 私はこいつらを一匹残らず鎮めることだけを目指して戦ってきた!」
旋律も気炎を吐く。
「ああ! 俺だってお前らと仲良くしようとなんか思っちゃいないさ!! 単に俺が戻れるための道具として利用するだけのことだ。だからお前らも利用するがいい」
さまよえる旋律は、ぷいと顔をそむける。
しばらく沈黙があった。
調は、旋律に対して深い恨みがあった。とはいえ、旋律が嘘をついていると見なすわけにもいかなかった。調は、戦いを終わらせたかった。これ以上金手の街に音色を奪われる人を増やしたくなかった。そして、そのための糸口が、ついに見つかった気がしてきたのだ。
「ねえ、さまよえる旋律」 調はできるだけ穏やかな声にしようとつとめた。
「お前、六条調か? 校庭で負わされた傷、まだ忘れちゃいねえぞ」
旋律は、相手の顔も見たくなさそうな様子だった。しかしそれは調とて同じだった。
「私だってあの時に笛で突き刺された時のことを忘れてないから」
再び調は口を開いた。
「ずっと……ミューノイズを敵だと思って来た。ずっと戦って、滅ぼすしかないと思ってた。でも私だって闇雲に力を振るいたいわけじゃない。早く平和な毎日に戻りたい。『うるわしき狂騒』だってやりたくてあんなことをしたわけじゃないって分かった以上、今は力を貸して。それからいくらでもお返ししてやる」
弦奈は言った。
「この人を信じるの……調?」
律真は言った。
「調がそういうくらいなら、従うしかないだろ」
真面目な声で、鍵二。
「同意見だ。音代だって無駄にミューノイズとの戦いに時間を割いてはいられないからな」
「鍵二さんの言う通りですわ。私たちは戦いを終わらせるための戦略を立てるべきですから」
弓刃は舌打ちしてから、
「皆さんがそうお思いなら私も否定するわけにはいきませんわね……」
「交渉成立ってわけか。じゃあ、これからよろしくな」
突然弓刃が旋律の肩をつかみ、
「でも、その前に人間界に慣れてもらうための訓練と行こうかしら?」
「おい、何をする!?」
反射的にハープの翼をはためかせようとすると、律真がギターの先端を旋律の背中に押し付け、
「動くな。また暴れられると困るからな」「や、やめろおおお!」
呆然とする紐奈と調。
弓刃は危険な笑みを浮かべ、悲痛な叫びをあげる旋律に構わず奥の部屋に連れ込んでいった。
弦奈はひたすらにあっけにとられていた。鍵二は苦笑していた。哀れではあるが、同情に値しないとでもいうかのようだ。
「何だかすごいことになっちゃったね!」
色々な感情をこめて、紐奈は言った。
「うん。私も。正直今でも、何がなんだか」
調は肩をすくめていた。まさかミューノイズを率いている幹部の一人が協力してくれるなどとは、夢にも思わなかったからだ。
やはり世の中、きちんと計画を立てて生きようとするものではない。
弦奈とのあのやり取りをふりかえりながら、いつもの道を進むと、自販機の前に一人の男が座っていた。よく見ると、それは島沢久米次だった。
すぐ調は叫んだ。
「久米次さん!? お久しぶりです!」
久米次はすぐ調だと分かり、にこやかに手を振る。
「やあ、調! 金手フェスでは大変だったそうだね」
「いや、本当に……。でも、みんなのおかげで無事に終わらせることができました!」
とびっきりの笑顔を見せる。それに対して、久米次も嬉しそうな顔をした。
「君は強いよ。どんなことがあっても、めげずに立ち向かうことができる。こんな時代にそういう人はめったにいない」
「ありがとうございます……」
すると、久米次は調の隣で所在なさそうにしている紐奈に気づき、
「ええと、そこの女の子は?」
お辞儀をする紐奈。
「八火紐奈です。人間です!」
奇妙な言い回しに一瞬久米次は不思議そうな顔をしたが、
「この子も久米次さんのファンなんですよ。ずっと久米次さんに会いたいと思ってたんです!」
「へえ、それは良かった! 実は次に販売するアルバムの題名が……」
「えっ、そういうこと知っていいんですか?」
「ちょっと、私も知りたい!」「紐奈はだめだよ……」
二人の口論を聞いて、久米次は最初無邪気に笑っていた。しかし、次第にうらやましそうな顔を見せ、
「いいね、君たちがそうやって軽口を飛ばしあえるのは」
それで調と紐奈はゆっくりと久米次に顔を向けた。
「時折、思い切り誰かと感情をぶつけ合いたい。自分のことをどう思っているか、はっきり打ち明けて欲しいって思うこともあるんだ」
「久米次さんでもそう思うことあるんだ……でも私、そういう所も含めてすごいと思います」
二人は少しも、久米次から何が怪しげな雰囲気を感じ取ることはできなかった。
旋律がいなくなった。ミューノイズのセッションを構成する音色が一つ欠けた。そろそろ本格的な戦いの時間だ。
調と紐奈がいなくなると、久米次は体中を雑音で包み、ざわめく静寂へと姿を変えた。
そして、虚空に呼びかけた。
「『迫りくる轟音』、『周到なフィナーレ』。そろそろ君たちの出番だ」
すると虚空から耳鳴りのような音が膨らみ、二つの人影を凝固させた。
『迫りくる轟音』は黒い鎧に身を包んでいた。まびさしの向こうにはただ一つの光があり、それが格子を通して二つの目に見えた。
「私を期待させてくれるのだろうな、ざわめく静寂よ」
「当然だ。我々の活動は新たな局面に入った。金手の街に音代は増え続け、誰も彼らの存在を疑うわけにはいかない所まで来ている。だから、我々も急がなくてはならないのだ」
「では、この私の役目はまだということですかな?」
「失望はさせないさ、『周到なフィナーレ』。君にも近い内にしかるべき任務を与える」
『フィナーレ』は黒い帽子をかぶり、灰色のスーツに身を包む老紳士だ。轟音に比べればその姿はもっと人間に近かった。だが、瞳はイヤホンの端子のように黄銅色に光っており、人間には似ていない。
「君には、電子音楽から音色を吸い出してもらうよ。ちょうどあれに関して格好の敵がいるのだからな」
「八火紐奈ですな」 フィナーレは、静寂からこれまでの戦いについてよく聞かされていた。
「そう、その通りだ。全ては、あのお方の意志を達成するためだ。そうしなければ、我々は空しく響き続けるのだから」
二人は、静寂に対して恭順の意志を示すように頭を下げた。そして再び微細な音に変じ、何事もなかったかのように消失した。




