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Session.21 天涯孤高オーケストラ

(どうだ。衆人環視の中じゃ、ろくに力を引き出せないだろ?)

 調は絶望した。

(俺の怒りを思い知るがいい!)

 旋律は、何もしてこない。それが一層、調の心を跡が残るくらいしめつける。

 音代たちに何かあったのだ。いや、裏をかかれた。


「敵がまだ……増えてる?」

 尺八から四肢が生えた格好の傀儡がヴァイオリンのリフに切刻まれ、倒れて霧散するのを見ながら、弓刃がつぶやいた。

「そんな。もう六体は討伐したはずよ」

 弦奈が顔をしかめる。

 するとそこに律真の声が混じって来た。

<嫌な予感かもしれないが……あっちにミューノイズが向かったかもしれない>

 同時にそれは、鶴舞姉妹から離れた所にいる律真にも届いた。

「おい、ミューノイズが乗り越えられないように音色の壁を張ってたんじゃなかったのか!?」

 いつまでこの演奏を続けられるか分からない。

 律真は、舌打ちをした。

 だが、鍵二は別の所から違う音を受信した。

<待ってくれ。この声は……音階だ>

「それが、何の意味があるってんだ?」

 やけを起こした声で律真。

<きっと誰かが暗号で伝えようとしてくれているんだ。向こうで何かが起きてる>

「私、見てくる!」

 紐奈が8bitの音を鳴らしながら敵を蹴散らし、進む。


 旋律が轟音を揚げて羽ばたき、調は吹き飛ばされた。調は痛みを覚えながらも何とか立ち上がったが、単なる物理的な打撃だけではなく、自分の音色が外に漏れだしているのを感じていた。だが問題はそんなことではない。絶対に失敗してはいけないところで、大失態を演じてしまったのだから。

 誰もが、沈黙した。

 今、ミューノイズの気配を感じているものなど観客の中に誰もいないはずだ。

(あんたのせいだぞ……調……)

 鼓はバチを震えさせていた。

 一番大切な瞬間でこんな恥をかかせることに、凄まじい怒りを覚えた。

 盤子も倉香も、黙っていた。

「すみません……もう一度チャンスをください!」

 有亜は泣きそうな顔で叫んだ。

 誰もが、それをパフォーマンスだとばかり思っていた。

 いや、そう思い込まずにはいられなかった。明らかに何かの異常が起きている。

 倉香も鼓も盤子も、『奴ら』の仕業だと分かっていた。分かっていたからこそ、離れるわけにはいかなかった。

 旋律の姿は、調にしか見えなかった。

 旋律は、ひややかに笑っていた。そしてそれが調に底知れない絶望を覚えさせた。

 その旋律の背後に、紐奈が一瞬だけ浮かんでいたのを調は見た。


 紐奈が上空を漂いながら、叫ぶ。

「今、見てきたけど本当だった! 『さまよえる旋律』が会場の上空に……!」

<行って来たのか?>

「うん……。でも、霧みたいなのが立ち込めていて、まるで入れない!」

 弦奈が息を切らしながら、

「でも、確かにそういう情報が届いたんです……!」

「今、ちょうど調さんたちが演奏をしている際中ですわ。でも、そこにミューノイズが現れたということは……」

「調さんたちが危ない、ということですか?」

 鍵二の音色を通じて、音代たちは連絡を取り合っていた。

「そう考えるしかないだろ。あいつら、やることやってやがる……」

<作戦を変更するぞ。今から会場の方に向かう>

 紐奈の報告、それからの鍵二の指示に誰もが困惑した。

 律真は憤りながら、

「冗談じゃねえ。ここから向こうに引けってのか?」

 音代たちは、背後にも目の前にもミューノイズがいるという絶望的な境地に立たされていた。

 木枝は、怒りながら笑った。

「ええやん! 全部まとめていてこましたるわ!」


(さっさと負けろ!)

 調たちは、演奏を続け、有亜が歌う。

 調は、凄まじい耳鳴りで演奏もままならなかったが、

「どうだ。ここで力を使うわけにもいかないだろ?」

 傀儡たちの足音が聞こえる。音代たちを近づけさせないつもりだ。

 調は、それが誰かの顔に似ていると思った。しかし、それが誰だったのかについて考える余地などもはやなかった。

 文字通り静寂につつまれた。

(あいつがミューノイズの幹部……まだいたのか……!)

 調は、さまよえる旋律とは明確に格が違う、と感じた。

 もはやこの男こそがミューノイズの統領であったとしてもおかしくない。

(また会ったな――六条調)

 静寂は調を見下ろした。

「さっさとやらないのか、静寂?」

「まだだ。奴がどう反応するか見たい」

 静寂は、ただ黙ったまま何もしない。彼はただそこにいるだけで、凄まじい沈黙を場に生み出している。

 だが、完全な無音ではなかった。

 無数の方向から駆け上がる音の声援が残存し続けたからだ。

 照俊と切磋は、会場に戻ろうとしてもひたすら音が何もできなかった。


 紀田照俊と型貫切磋は、この中にいた。

 ミューノイズのしわざであるということは分かった。だが、どうやって彼らと戦えばいいというのだ。音代でもないというのに。

「どうする……逃げるか?」

 切磋は、照俊に。

「逃げたって……無理だ。きっと奴らの仲間が遅いに来る」

「じゃあ、どうするってんだよ」

「そんなこと言われたって……」 返答に困り、途方に暮れる切磋。

「おい、あいつら何をしてんだ?」

「演奏を忘れちまったのか?」

 観客の方こそ、明らかに異様な物を感じていた。

 音が、ほとんど響かなくなっていることを。数メートル先の音すら、聴き取れなくなっていることを。

 鼓は、やぶれかぶれになった。

(もういい! あんたたちがやらないなら、私だけでもやる!)

 鼓は奏でた。

 有亜の周りだけ、音が響いた。

「聞こえる?」

 盤子が尋ねる。

 倉香が、うなずく。

「もしかしたら、あいつらの音を跳ね返せるかも」

 有亜は言った。彼らは、不安な気持ちではあったが、どこかでひとつかみの希望によりかかって、逃げたい気持ちを抑えていた。

「私たちがやるしかない」

 調は、その原因を推論して、はっとした。

(そうか……有亜はミューノイズの影響を直に受けてたから。なら、まだ希望はある)

 しかし、まだそれをほとんど誰も聴き取ることができなかった。


「聞けよ……鼓が演奏してる」

 照俊は言った。

「でもほとんど聞こえてない。これがミューノイズじゃないなら誰のしわざなんだ?」

 切磋の声には絶望がにじんでいる。だが照俊は、まだ希望を捨てられなかった。音代たちが、確かにこの近くにいる。

「どこかに行くつもりか、切磋?」

 切磋は、うなずくかうなずかないか、どちらとも取れない様子。

 照俊は、迷った。

(俺に、何ができる?)

 ポラリスのように、音色で誰かを変えるなんてできはしない。

「俺も行く。何もしないわけにはいかない」

「もしかしたら、俺に続けて歌え、いいな?」

「やってみる!」 照俊は言った。

「俺、調から聞いたんだ。他人を変える方が面白いって。今、ここで絶望で自分を変えるのは簡単さ。でもそれじゃ、面白くない」

 話を聞いている内に、切磋の顔が変わり始めた。

「なら今、この現実を変えるしかないだろ!」

 照俊は大声でハミングを始めた。

 すると、隣の人間もそれにつられてハミングしだした。

 照俊は、スマホの画面を見せた。

「歌詞だ! それに合わせて歌え!」

 聴衆は何が起きているのか皆目わからなかったが、北極星と二人の気迫にそこから離れることができなかった。

 旋律は怒りに任せて叫んだ。

「そんなことをして何になると思ってんだ、人間ども!!」

 笛から矢を乱射した。そして、確かに二人、三人と、再び沈黙しだす者は増えだした。


 無数の音が湧き上がるのを見ても、静寂の力によってなかなか音は大きくならない。

 旋律は、胸の奥がざわざわするのを感じずにはいられなかった。

(あんたらは音代じゃない。それなのになんで抵抗しようとする)

 彼らの姿が、旋律にとっては理解できないものに移った。

(何なんだ、こいつらは!)

 再び吹き矢を吹こうとした。

 だが、止まった。

 突如として葛藤が起きたからだ。

(こういうのがあっての、音色なんじゃないのか?)

 自分たちには決して持てない物。いや、持てないとばかり思っていた物。

(分からない。分からないぞ!)

 そして、調と目が合った。

 調はもう、擦り切れていた。息も荒かった。

 なのに、瞳の奥にスピーカーはさらに全く衰えを見せなかった。むしろさらに生命力にみなぎってくるのを感じさせた。

 旋律は恐怖を感じた。

(俺は……こんなことをしてていいのか)

 別に良心に目覚めたわけではない。

 ただ、今のままでは、決して彼らのようにはなれない。

 静寂と狂騒と同じようなことをしていて、その追随者以上になれない自分自身への殺意だった。

 突然旋律は静寂を殴った。

 静寂は驚いた。

「何をする!」

「こいつらの音色は、俺が分捕る! お前ごときに渡してやるか!!」

 旋律は叫んだ。

「音代どもも――それ以外の人間もだ! 俺がこいつら全ての音を奪ってこいつらと同じようになってやる!」

「貴様は、あの方の命令を忘れたのか!?」 憤りに身を任せ、静寂。

「忘れちゃいないが、お前らみたいなやり方じゃ満足できないんでな!」

 調は、驚愕のあまりギターの演奏をやめそうになった。

(なぜ!? なぜミューノイズ同士が戦っているの?!)

 調は理解できなかった。なぜ、突如としてミューノイズが仲たがいを始めたのか。彼らはただ一つの目的のために無慈悲に力を行使しているのではなかったのか。

 静寂も、最初は調と同じくらいに目を見開き、おののいた。しかしその次の瞬間にはもうほとんど平静を取り戻していた。

(こいつは、惹かれたのか。人間に)

 静寂は、静かに失望した。

 ただ凶暴で幼稚なだけのさまよえる旋律が、これほどまでに人間の繊細な感情におののくとは。


 静寂の音響制御により会場の様子をほとんど探察することができなかった鍵二も、何やら異変が生じていることに気づき始めた。

<ミューノイズの気配に……乱れが生じた>

「そりゃどういうことだ?」

<分からない……ただ、何かが起きていることは確かだ>

 鍵二は、冷静に。

<とにかく、助けに行くぞ。彼らを>


 しばらくして、状況が変わり始めた。

 ただわずかに寂しく鳴っていたに過ぎない音の中に

 音代たちの奏でる音色だ。

 この会場に向けて、音代たちの音色が収束している。

「みんな! 乗っていこう!!」

 有亜は叫んだ。

 聴衆は興奮した。そして、それぞれの音を奏で始めた。

 沈黙の力が弱まり出した。

 音が次第に、大きくなり出した。だが、まだ音楽と呼べる物にはなりきっていない。

 だから照俊は叫んだ。全力の声で、何度も。

「音を絶やすな!!」

 伝言ゲームのようにその言葉が群衆の間に広がっていった。

 たとえ、騒音であっても構わない。そこからきっと、リズムが生まれると信じられる限り。

 調は、奏でた。

 熱気だ。

 調は、幸福を感じていた。

 彼らと一緒になっているというこの感覚が。

 有亜も歌い続けた。

 誰かが新たに歌った。ミューノイズが音色を吸い取っていった。

 ミューノイズがある程度音代の打撃を浴びて砕け散っても、すぐまたどこかに

 音代の攻撃が、容赦なく旋律にふりかかった。

 だが、その攻撃を回避することはせず、ひたすら旋律は静寂に立ち向かうことに徹した。

 有亜はひたすらに歌い続ける。

 他のメンバーも演奏を続けた。これがどう終わるかなど誰も知らなかったが、それでもやるしかなかった。

 有亜が歌詞を力の限り歌い上げる。


 古ぼけたページに薄れた鉛筆の跡

 一字一字が何を語ってくれる?

 これまでの日記は破り捨てて

 行こう、無限の明日へ!


 聞こえることに必死なあまり、音程が狂ったようになっていたが、もはやそれを気にする場合ではなかった。

 旋律は笛を吹きならして静寂に歪んだ音色を叩きつける。

 しかし静寂は避けた。いや、避ける必要もなかった。彼がその力を増幅させれば弱くなる程度の音でしかない。

 だがそこから離れるわけにはいかないのは、何が何でも旋律が近づき、その音色を体に直接叩きこもうとして来るからだ。

 ミューノイズ同士の戦いは、旋律にとっても静寂にとっても慣れないものであった。ゆえに静寂にとっても旋律の放ってくる笛の吹き矢や、角のようについたホーンから放出される煙は厄介なものであった。


 同時に、それまで沈黙の中に閉ざされていた音が少しずつ本来の力を取り戻し始めた。

(音代の音が大きくなってる。みんな、助けに来てくれてるんだ!)

 確信があったわけではないが、それを否定することはできなかった。

 鼓は、調がひたすらにギターを鳴らし続けるのを聴きながら、音代という傍迷惑な存在への恨みをひそかにつのらせた。

(いっつも調はこうだ。私たちを厄介なことに巻き込み続ける)

 しかし調が、決してみんなを困らせようとしているわけではないことを否定するわけにはいかなかった。今、この会場では彼しか頼れるものがいないのだ。


 誰が放った音色で、静寂の肩が砕けた。

 静寂は、さすがにあせった。

(動けない?!)

 音代の響きに、二人はさらされていた。ヴァイオリンの響きが斬撃のように頭をかすり、ギターのリフが牙のようになって彼らを襲う。

 トランペットの鳴る音が障壁のように広がって動作を拘束し、そこに

 旋律は、静寂にさらなる打撃を叩きこもうとした。しかし、静寂にすでに戦いを続ける意思はなかった。

「もはや、こんな遊びに付き合っている暇はない」

 静寂は旋律をつかみあげ、盾にする。

(――まずい!)

「おい、何するんだ静寂!」

 旋律はあがこうとしたが、もはや遅かった。

 静寂はすでにそこにいなかった。

 無数の音色が、人間の応援を載せて炸裂した。旋律は音の爆発に呑まれ、消し炭と化した。


 ミューノイズの気配が途端に消失した。

 調と有亜はその場に倒れ込んでしまったが、誰も驚く者はいなかった。

 倉香と盤子は、ミューノイズが消え去ってもしばらく演奏を続けていたほどである。あきれた顔を浮かべた鼓に小突かれることでようやく気付いたが。

「終わったのか」

 進行係は、途方に暮れていたが、誰も責める者はいなかった。

「皆さん、大丈夫ですか?」

 誰もが、起きたことが現実かどうか確かめるすべがなかった。だが尋常ならざる事態であったことは、ポラリスのメンバーの様子を見れば明らかだ。

「調なんて、大っ嫌い」

 ドラムによりかかるようにして、鼓は言った。

「なら私も、鼓のこと嫌いだから」

 有亜が責任のなすりつけ合いをなじる。

「何だよ。ミューノイズが悪いって言えないのかよ」

 倉香が大声をあげる。

「ちょっと三人とも、聞こえてるって――」

 だが、誰も彼らの口論を止めようとしなかった。調の足元に、謎の光がともっていた。


 表向きは、ポラリスが演奏を一時中止する事態になったが、きちんと進行することはできた、という風に流された。

 金手フェスはその後も一応は続けられた。だが、もうポラリスの応援に力を使い果たした聴衆はもう他の音楽を聞く余力すらなく、出演者たちも音色を吸い取られてしまった者が多く、全力のパフォーマンスを発揮できたものは全くいなかった。

 ほとんどの人間は、ポラリスがトラブルを起こしたのを不思議そうに思ったが、しかし誰もその理由を聴こうとはしなかった。

 人々の中には音代のことを噂としては知っている人間もいたが、実際にその戦いを目撃するともうそれをただの都市伝説として否定することはできなかった。

 この奏での街を、歪んだ音色で満たそうとする者がいると、そして彼らから情熱の音を守り抜こうとする人がいることを。

 噂の主である当の音代たちは、そんな誉を気にするどころではなかった。静寂の全てを打ち消す沈黙に打ち勝つために彼らは全力を注いでしまい、もうほとんど立てるものがいなかったのだ。

「勝ったの?」 弓刃は、言った。

「どうやらそのようね」

 弦奈はつぶやくようにいらえた。

「鶴舞姉妹がなぜこんな所に……?」 すぐ通りかかった人々が不思議そうに思うが、姉妹は戦いが終わったことでの安心感で立ち尽くし、周囲の視線にほとんど気づかなかった。


 持ち場を離れ、入り口付近にふらふらと現れた木枝。ほとんど呂律の回らない声、アスファルトの上にへたり込んでいる軸実に、

「軸っち~、どうする?」

「もうええわ。さっさとお茶飲みに行きまひょ」

 軸実は珍しく、投げやりに。


 鍵二は、敵を撃退することができたことに喜んだが、もうそれ以上の感情を覚えるだけの余裕もなかった。

 鳴我はほとんど寝ぼけている。

 鍵二は急に部屋に誰かが入って来たので驚いた。

 律真が角を生やした、一人の少年の髪の毛をつかみあげながら。

「――彼は」

 少年の虚ろな顔をじっと見て、不敵な笑みを浮かべる律真。

「捕虜だ。後できっちり尋問してやるからな」

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