Session.20 背水機動演奏陣
ついに金手フェスの開催される日となった。
六鹿区曽野にある会場には続々と人が集まって来ていた。音の台がすぐその背後に鎮座し、赤や青、緑など、様々なライトを照らして観客を歓迎するように輝いていた。
だが、音代にとってはこの日ほど警戒すべき日はなかった。
ここ数日、それまで薄まっていたミューノイズの気配が強くなってきていた。
音代たちは、会場周辺のいくつかに分かれて集まっていた。まず三丁目。
いい戦いができそうだと期待する木枝は得意げに腕をまくりながら、
「殲滅ならうちに任しとき」
「おお、頼みますで」 軸実の言葉にはいささかの不安もない。
「す、すごい自身ですね……木枝さん……」
二人の会話を、縮こまりながら八火紐奈が聞いていた。
「そら音代にとっての晴れ舞台やで!?」
調からは、今日のために警備についてほしいと言われていたのだが、どうも本格的な戦いになりそうだと
「だから――しらっちのことは心配いらへん。うちがいれば百人力や」
「まあ、それをいうなら『うちら』でっしゃろ?」
紐奈は、二人の頼もしさに、思わず期待を寄せずにはいられなかった。
鍵二は、仲間たちの様子を見やりながらも、内心はどうしても調のことが気にかかった。もちろん、調の仲間たちのことも。
(無事で済むといいが)
すると無論、律真から声をかけられた。
「調のことを考えているんだな?」
「ああ、もちろんだとも。できることなら生で聞きたかったんだけどな……彼の演奏を」
「どうしても聞きたいならそう言っときゃよかったのによ。全く……てめえらが巻き込むせいでゲスどもに俺の音楽を聞かせられないじゃねえか」
「音代たちに聞かせられるだけでも満足だと思うがいいさ」
「お前や木枝なら外にいる奴に響かせることはできるだろう?」
鍵二は顎をくいっと上げ、
「悲しいけど、プログラムにないことを突っ込むわけにはいかないからね」
彼はすぐ楽器小屋の中に入り、チェンバロの前の椅子に座った。
金笛伊吹がその隣に控えていた。
「頼みますよ、伊吹さん」
「お任せください、鍵二さん!」
四丁目。
「お姉様……」
弓刃の目がうるんでいた。弦奈は慰めるように、
「安心して、弓刃。私はもう、あいつらに屈することなんてない」
「しかし、鶴舞姉妹と共に戦えることは実に光栄でございます」
大弓鳴我が二人に近づき、微笑を浮かべる。
「私もですわ、鳴我さん」
弦奈も笑顔で答えた。鳴我とはもう何度も共演した仲なのだ。
さまよえる旋律は、ハープの翼をはためかせながら会場を空から見上げていた。
「へえ、沢山人が集まってるじゃん」
ここに傀儡たちを突入させたら面白いことになりそうだとは思いつつも、そうするには音代たちが邪魔だ。
幸いなのは、以前手痛い傷を負わせてきた六条調がこのイベントに出演する予定であり、戦闘には加われないということだ。
うるわしき狂騒も、調への復讐を激しく望んでいた。
しかし旋律は、調の討伐は自分がやるべきことだと焦っていた。
(あの女なんかに手柄を横取りされてたまるか。あいつから音色を奪うのは僕だ!)
情緒の幼い所がある旋律は、狂騒とこの苦しみを分かち合って協力しようとは考えなかった。以前の決闘は、ただ利害の一致で手を組んでやっただけのことだ。
旋律は自分から進んで暴れたい所だった。だがまだ調にあけられた『音色の空隙』が深手となって、また回復しきっていなかった。
ゆえに、今回は部下に任せるしかない。
その調は、本来ならフェスのことだけ考えていたい所だったが、そうするわけにはいかないことが何とももどかしかった。
観客たちが何も知らずに浮かれているのを見ても、一切調は全く喜ぶ様子がなかった。
「敵が……来ますわ!」
鶴舞姉妹が控える四丁目でも、情勢がいよいよ緊迫し始めた。
弦奈の音色が炸裂し、雑音を切り払うと同時にその音源である敵を切り裂いていく。
「次は、私が!」
弓刃がそれにならって奏で、ピチカートで、とどめを刺す。
(お姉様の音色は鋭い。やはりかなう者はいないわ)
しかし、姉の方は妹ほど実力に安んじていなかった。
(全然いけない。前の私だったら一撃で彼らをしとめられたはず)
ミューノイズによってぽっかりと空いたブランクを痛感する。
律真は敵の姿を確認した。空を飛ぶミューノイズといえば、あの少年しかいない。
「さまよえる旋律だな! 今度こそ覚悟しやがれ!」
だが、旋律は苦笑いを浮かべ、
「悲しいけど、今日の僕は本調子じゃないんだ。最前線で戦うのは控えさせてもらうよ」
頭から生えたホーンからよどむような音色が飛び散る。
すんでの所で回避し、舌打ちする律真。
三丁目にも、傀儡たちが近づいてきた。
紐奈には、心なしか以前戦ってきた傀儡よりも一層大きくなっているように見えた。きっとこの間に多くの音色を襲って吸い取って来たのだろう。
「いてこましたる!」
マリンバを鳴らす木枝。
(前より強くなっとる!?)
「落ち着きはり、木枝はん!」
氷漬けにし、そこから降って来る巨大な木の球が粉々にする。
「軸っち、ナイス!」
木枝は、自分の音色は強力だが、同時にそれが長く響かせられるほどの持続力を持たないことを知っていた。本来、このような長期戦を行うには
歌手たちの歌声が聞こえている。
だが、音代たちにそれを悠長に聞いている暇はなかった。
――戦場に従軍する司祭が、敵味方問わず死後の安寧を祈る。誰もが敵を蹴散らし、功績を揚げることに夢中になっている中、司祭だけがかろうじて理性を保ち、一歩引いた視線から全てを観ようとしている。
音代たちの心音までもが聞こえ、その中に、会場での浮かれ具合も伝わって来る。
鍵二の頭の中に会場と、その周辺の状況についての詳細がひっきりなしに流れ込み、他のことについて考えている暇はない。
<第四班、鶴翼の陣だ!>
鍵二は、ポラリスの演奏を現場で聞けないことを彼らに心から申し訳なく思った。
(またリサイタルをお願いするよ、調……)
ミューノイズを足止めするための騒音となる。これもまた、罪深いことだ。本来なら人を感動させるための音色を、破壊のために使っているのだから。
だが、人間を守るためならば仕方がない。音色を壁のように溝のように変え、傀儡たちを足止めする。
音代たちが次々と演奏を披露する。
ポラリスのメンバーが集結している控室は、重々しい空気に包まれていた。
流行の音楽を流すラジオに、時折異様なノイズが混じる。電波の状況が悪いわけでもないのに。これは間違いなく、ミューノイズの来襲。その気配が強まるのを感じ、音代が苦戦しつつあるのを調は察した。
調は、悪寒がした。
(どうしよう。もうすぐ本番なのに)
誰よりもまず調の内面を見抜いたのは、
「戦いたいんでしょう? あいつらの仲間として」
その場で足摺する調。
「じゃなかったら、何なの? 音代たちが戦ってる……」
このままではいけない。しかし、行くわけにもいかない。
「ちょっと! もう十分で私たちの番なんだよ!?」
鼓は、唇を尖らせながら言った。
倉香は腕をわなわなと震わせながら、
「私たちは五つで一つの北極星じゃない。それなのにまだ……まだ……」
調は静かに、しかし重々しく。
「押し付けるものじゃないよ」
結局、どうなろうとも鼓が理解者であることに変わりはないのだ。これは認めざるを得ない。
鼓の苦しみを思えば、そう簡単に言い返したいと思えない。
調は、どう答えて良いか分からず、うつむいたまま途方に暮れてしまった。
有亜が言った。
「ねえ、調。ミューノイズと戦ってるのは、音代だけじゃないんだよ」
調は、驚いて有亜の顔を見る。
「確か、盤子だったよね。ミューノイズから私を引き離す方策を教えてくれたのは」
「えっ!? た、確かにそう」 はにかむ盤子。
「盤子が教えてくれなかったら、私はいよいよミューノイズの元に連れ去られて戻れなくなってたかもしれない。盤子も音代みたいに戦ったんだよ」
「それは……あ、ありがと……」 顔を赤くする。もし目元が見えていたら、どんなに恥ずかしがっている顔だったろうか。
「へぇ、そんなことがあったんだ」
鼓は軽い声で言った。
「私にとっては、全部信じられないことだけど。今だって、私が楽器で律真さんに攻撃してたなんて信じられない」
調は言った。
「信じるかどうかなんて大切じゃない。今、音色を奪われている人がいる。そういう人たちがこれ以上増やさないために、私たちが今ここで奏でないといけないんだ。だからさ、私たちもこの音で音代の人たちを応援してあげようよ……!」
「その通りっ!」 倉香が叫ぶ。
五人は、少しずつ共通の目的の元に立ち上がろうとしていた。
「ばらばらのまま、打ち勝ってやろうよ。こんな所でいじけてないでさ!」
鍵二は、いつ背後からミューノイズに襲われるか、戦々恐々としながら演奏に打ち込んでいた。
伊吹が鍵二の所にまで敵の雑音が届かないようにしてくれていた。だが、それもいつまで持つか分からない。
鳴我が鶴舞姉妹の元にいるのは、彼こそがこの戦いを一般人の視線から見えない所に保つ、重要な役割を果たしてくれているからだ。
重い楽器を抱え、敵に当たる音代はそうそこから動き回ることはできない。律真や木枝のように、固定した楽器で演奏している者たちならなおさらだ。
だが、紐奈だけは、一点の閃光となり、夕陽が照らす中を縦横無尽に動き回って8ビットの音色を轟かせていた。
――戦艦が宇宙を疾駆する。目的は、敵の宇宙船だ。正面から迫って来る無数の障害物をくぐり抜け、戦艦は宇宙船の元にたどり着き、装甲に穴をあけて接舷。
――銀色の服に身を包んだ男女たちが通路を駆け抜ける。ビームが交差し、爆発が起きる。
閃光から四方八方に鋭い音色が鳴り響き、ミューノイズたちを次々となぎ倒していった。
だが、彼らは倒れる前よりもさらに数を増やしているように見えた。
「ちゅなっち! いや、はちっちか!?」
思わずつっこむ軸実。
「呼び方なんて気にしてられへんて!」
木枝は、マリンバを鳴らしながらも同時に紐奈に対して叫びながら聞く。
「ちゅなっち! 鶴舞姉妹の方は大丈夫か!?」
光の球と化していた紐奈は敵の攻撃がゆるんだ隙をついて、やや人の姿に近づき、
「大丈夫! ……と言いたい所だけど」
振り向くこともせず、一瞬の間を置いて告げる。
「まだ傀儡たちが迫ってる……数が多い」
「せか。なら単独で戦い続けていても埒が明かへん。そこで提案や。うちとちゅなっちでリフを合わせてアレンジするというのはどや? 二つの力が混じり合って強力な音色になるで」
「そ、そんなことが可能なの?」
木枝は笑って紐奈に言った。
「音代同士、音色は通じ合えるさかいな」
軸実は敵を凍らせるリフを奏で続け、
「マリンバに8ビット……面白い組み合わせどすな。やってみなはれ。私が足止めしたるさかい」
「時間はあらへん。頼むで」
「う、うん!」
マリンバというのは単純な楽器ではない。流れるように叩くか、あるいは段を飛ばして打つか、それだけでも音色に無限の広がりと差異が生まれる楽器である。
紐奈がまず基本となるメロディを奏で、木枝がそれに合わせて演奏する。すると、互いの音楽のイメージが脳裏にすぐ流れ込んできた。
紐奈には猛獣の精巧なドット絵が目に見えるようだった。
星のように輝き、傀儡たちをなぎ倒していった。
紐奈は、リフその物が持っている力の重さが直に心の音色に浸透し、疲労感を覚えた。
「またか……またしても奴らは……」
わなわな震えさせる旋律。
このまますぐにでも飛び出して、奴らに一泡吹かせてやりたい所だった。しかし、急に肩に誰かの手が載る。
「まだだ。君の出る幕じゃない」
「おっ、静寂」 その名の通り、彼は何の前触れもなく、音も出さずに旋律の隣。
「さすがだよ。音代の諸君」
『ざわめく静寂』が立っていた。
「君が手を出したいのは奴らじゃない。六条調だ」
「ああ。だがこいつらが邪魔なんだ」
旋律は遠くを指さして。
「ミューノイズの力を用いる者同士、磁力みたいに惹かれ合うもんだ。こんな状況ですぐに奴の元に向かえないよ」
「だったら私に任せておけ。あいつは今音代としての力を使っていない。奴の音色を吸い取るのには絶好のチャンスだ」
こんな親切を施されると思っていなかった旋律は、にんまりと笑い、
「静寂、君は僕のことを見下しているとばかり思っていたが、意外と力を貸してくれるじゃないか」
「もうそろそろだろう。奴らが自分の音色を引き出しているその瞬間に、君と私で尋ねて行こう」
静寂の指示を待っていたとばかり、
「へっへ……合点承知の助!」
旋律はすぐ闇に包まれ、その場から消えた。
(ようやく、君にまた会えるな) 心の中、ほくそ笑みながら。
フェスは何の問題もなく進行し、ポラリスのメンバーの番になった。
だが突如として調はミューノイズの強い気配を覚えた。
しかしこのギターを彼らと戦うために鳴らせば、多くの人々を戦いに巻き添えにするだけでなく、ミューノイズの存在をいよいよ世間に公にしてしまうだろう。
そんなことをしていいのかどうか、調には決心がつかなかった。
(来る……あいつが……!)
倉香が調の手を握った。
調は、冷静さを取り戻した。彼らの力を信じなければならない。
島沢久米次の歌『ネクスト』。
逆境にいる人々を励ます歌だ。久米次の歌の中では二番手というべきか、人気は一段劣るが、調はむしろこの歌の方が好きだった。




