Session.19 音色に静寂はしのびよる
まどろみの中で、調は膨大な思考に曝されていた。
これまでの戦いの記憶。
自分が音代に選ばれた理由。
(どうして、私じゃなきゃいけなかったんだっけ)
ポラリスのみんなが考えていること。これまでに色々とありすぎた。その出来事を、調の無意識は整理しつつある最中だった。
それを打ち消すような音声が急に横から。
「六条調よ、起きるがよい!」 突如、誰かの告げる声。
棚の上に置かれた合体ロボ・ファントムキングが腕を動かしているではないか。
調はびっくりした。しかし、その直後には原因が分かってほっとし、また元のまどろみに落ち込もうとする。
「そういう趣味あったんだ、紐奈」
「だって私、ロボットを動かすゲーム好きだし。こういうことくらいやってみたくなるよ」
ファントムキングを構成する一体のロボに仕組まれたスピーカーから声がした。
そして、ロボから光がほとばしり、女の子の姿になって床にあぐらをかく。
「もうすぐライブなんだからさ。練習に打ち込まないの?」
調は溜息をついて、
「だってそういう時こそ、きちんと休むべきなんだもん。気力を十分にため込まないと」
照俊と切磋の会話で、調は意外と体力を使っていた。
自分のやりたいこと。必要とされていること。
どちらも大事だ。しかし、他人はいつだって二者択一を強いて来る。
調は、就職や進学についても考えねばならない時期にさしかかっていた。ライブを終えたからといって休めるわけではない。人生の重大な選択を迫られ、かえって忙しくなる。
それもミューノイズを倒しながら。調はあらゆる課題をつきつけられ、そのどれも手につかなくなった結果、暇な気分になっていた。
どうせ人生とは思うように進まないのだから、ただ目の前の現実を受け入れて生きて行くしかないじゃないか。ただ、やるべきことはやっていても。
「いや、それもあるけどさ。律真さんたちが金手フェスの警備について話すことがあるって」
「あ~、そうだった」
調はすぐに着替えを済ませた。一方で紐奈は一瞬でパジャマから普段着の姿に変わった。本質が光なので着替える必要はなく、調はそれが少しだけ羨ましかった。
「金手フェスの下見に行くのね」
「そ、そうだね」 本当のことを言えないのがもどかしかった。
「まあ、気を付けて」
「うん、行ってきます!」
夢見は、それを単なる外出としか思っていなかった。
ミューノイズがやって来る気配はまだなかった。
誰もがそれを知らずに、その日を待ちわびている。
依然として都市伝説であり続けている。
会場が用意されつつある。
鉄骨が組み立てられ、座席を搬入し始める。
「いや~すごいね。去年よりも結構豪勢な会場になってるんじゃないのか?」
腕を組みながら、鍵二はせわしなく動き回るスタッフの作業の様子を一瞬も漏らさずに観察している。
「いいや、何も。俺がここにいない時点で花も何もありゃしねえよ」
にやりとする鍵二。
「面白いことを言うね、君が自分を花にたとえるなんて」
「俺が雄蕊で、お前が雌蕊みたいなもんだからな。ああそうだ、調!」
「何ですか?」
俺が忘れているとでも思っていたのか、とでも言いたげな表情。
「もしこのイベントが終わったら、もう一度勝負だ」
調は鎌のように鋭い笑み。
「いいですね。ちょうどこのライブが終わったらどうしようかと思ってた所なんです」
「律っちは張り合うことしか頭の中にあらへんのか?」 指であごをはさむ木枝。
と、その時。
「よう、調! あと……律真先生と鍵二先生?」
「照俊か?」 律真と鍵二が同時に反応。
彼らの前に紀田照俊が現れた。どうやらつい今しがたここに到着したらしい。
「調、何でここにいんだ? あと二日したらもうここでライブするんだろ」
「だから下見に訪れてるんだけど。紀田君こそ、こんな所で何してんの?」
「何してるって、もちろんどれくらい会場ができているか見るためだよ。俺、調の演奏は結構好きだから」
「へー、いつの間に私の大ファンになってくれたんだね。嬉しいな」
「いや、別に。ああ、その子は?」
紐奈は胸を張る。
「紐奈って言います。人間です!」
「人間なんだけど、半分」
むすっとする紐奈。
「ちょっと……それは言わない約束でしょ」
「ああ、ごめんごめん。切磋君はどうしてる? 悩みは解決したの?」
「したといえるし、してないともいえるな」
顎を指でおさえる照俊。
「それよりさ、調こそこれが終わったらどうすんの?」
「え? それは……」
どっちが大事かと言われれば……。調はそれが心残りだった。
鍵二が安心させるように、
「後で考えればいいさ。今のことに全力を出さないと」
「でも、ミューノイズの襲撃が……」
木枝はあきれるように口を曲げ、調の肩を叩く。
「しらっちは心配せんでええねん。うちらがどんな強敵でもぶったおしたるさかい」
調は、しかし不思議と嫌な感じはしなかった。
「やから、うちと軸実がおれば――」
その時、調の頭に急な金属音が生じ、ずきんと痛みが走った。
その原因を、調はすぐに察した。
「分かったんか?」 木枝に対し、黙ってうなずく
「行くぞ」
「頼むよ!」 心強そうにする鍵二と紐奈。
「えっ、何?」 照俊は、全く分からなかった。
「ごめん、また後で!」
「ちょっと待てよ!」 困惑する照俊に、もう調は反応しなかった。
「ったくよぉ……こういう時に奴らは来るんだからな」
律真も、同じ感覚を経験していた。そして、驚いた。調が『これ』に反応することなど今までなかったはずだ。律真や弓刃が『これ』に遭遇しても、調は何のことかさっぱり分からなかったのを何度が見ていたからだ。
「どうやら、音代として着実に成長しているらしいな。後生畏るべしだぜ」
そこに向かえば向かうほどミューノイズの気配が強まっていった。そして、荒々しくうごめく人影。
「おい! 何勝手に調律を乱してやがる」
「うるせえよ!!」
人々の怒号が飛び交っていた。
急に、調は心の動きが鈍くなる感じがした。まるで、誰かに心の中をこじ開けられそうになる感覚を。
律真は、少し後ろに後ずさりして、低い声で調にささやく。
「どうやら人間の感情を高ぶらせているらしい」
「ど、どうすればいいでしょうか……」
「無理に近づくなよ。下手に奴らの音色に巻き込まれたくない」
影のように暗いタンバリンが、鳴っている。
そこから音色が有刺鉄線の形となって、人々の心臓を拘束している。
「ゲスども! 俺の演奏で落ち着きやがれ!!」
律真がギターをかき鳴らし始めた。
「何なんだお前は!」
誰もが瞳に異様な文様を浮かべていた。
本人に最初その自覚はなかったろうが、すぐに彼らは知ることとなった。
「うわぁ、何だ化け物は!」
タンバリンを目撃した。
律真が叫んだ。
「分かったらさっさと逃げろ!」
それから、誰もいなくなったのを見計らい、
「よし、どいつもこいつもいなくなったみたいだな。じゃあさっさと片付けるぞ」
「私に任せてください!」
調はこの程度の敵に立ち向かうことにもう緊張など感じていなかった。
調が体を旋回させ、ギターの先端を叩きつけると敵は簡単にひるんだ。その背後から別のタンバリンが横に長い体をぬっと出すが、律真が放った一撃の王道コードで粉砕された。そして調はその曲調をアレンジしながら継承し、熱く光る衝撃波を残りの敵にまで走らせ、片付けた。
(こいつより、強い奴がいる) 調は、倒した敵にほとんど何の感情も抱いていなかった。
ミューノイズを指揮しているあの二人のことを思い出した。
数分後……。
照れ笑いを浮かべながら駆けてくる調を見て照俊は、ほっとした。
「わ~ごめんごめん! さっきの話の続きだったよね!」
調はわざとらしく手を振りつつ笑いかける。
「えっと、一体何があったんだ?」
「それはねー、忘れ物を取って来たの!」
「全く……追うのに大変だったぜ!」 律真の声にも、照俊は若干のいわかんを覚えた。
「話の続きをしようか」
「自分を変えるよりは、他人を変えることの方が大事だと思うんだ」
照俊は、それは自分には到底できることではないと思った。
切磋なら、
(俺にそんなことが可能なのか?)
気が遠くなりそうだった。
「私だって、他人に変えられたから。だから今度は他人を変えて生きていけたらなって思うんだ」
照俊は力のない声で。
「すごいよ。誰かを変えようと思えるだけで十分凄い」
調はなんとも表情に困って、
「まさか。それができたら、こんなに苦労はしないって」
鍵二と律真は、少年少女の会話の様子をうかがいながら、
「僕もああいうことに悩んでた時期があったよ。自分のやることが誰かのためになってるかどうかってこと、よくさ」
「何言ってんだ? たとえ自分が何をしようが現実を生きるだけだろ」
二人はそこで議論を交わし始めた。木枝は自分だけが流れから取り残されてしまったことに不満げな顔を見せた。
照俊とはそこで別れた。
「だいぶん話したな。二人とも」
「いや、新鮮な経験でしたから」
紐奈はようやく調に話しかけることができた。
「あいつ、ミューノイズのことを知ってんのかな」
紐奈は言った。
「まるで、誰かから聞いたみたいな感じ」
「最近では段々噂にはなってるけど、信じてくれない人がまだ多いよ」
そこから木枝が、
「ちょっと話しとったみたいやけど……あの男の子は調と仲がええんか?」
「いや、別に! たまたま昨日、進路相談とかちょっと振られたくらいの仲ですよ」
木枝は興味津々に、
「進路相談っちゅうことは、それくらい信頼を寄せられてるってことやろ。そう気後れする必要はあらへんて」
「まだ、学校で起きたこと、信じてくれない人が多いくらいですから」
鍵二が会話に介入する。
「ポラリスのみんなが直にミューノイズと接触したんだ、みんな信じない訳にはいかないよ。有亜や鼓とは仲直りできた?」
「う~ん、演奏には問題はなさそうですけど……」
鍵二は自信をもって言った。
「とにかく、僕たちが何とかする。調は心配しなくていいさ。その音色でみんなを楽しませてくれ」
微笑を浮かべる木枝。
「また、聞かせてーな。調の演奏」
「……はい!」
ため息をつく律真。
「どいつもこいつも、仲良くなりやがって……」
しかし、さほど嫌そうでもなかった。鍵二がやけににやついていた。
調と紐奈は、会場の建設を一通り見終わった後で、
億束町のあたりまで来ると、人が大勢いた。
「前よりも観光客とか増えてるみたいだね」
「そりゃ、フェスが近いからね」
調はそういう所で演奏ができる、ということに少しだけ誇りを感じることができた。
ファントムファイブの新しいグッズについての雑談をとりとめもなくした。これからまたどこかで食事を取ろうと。
雑踏の中で、紐奈が、ふと止まった。表情がこわばった。
調は、それに異様な物を感じ、
「ど、どうした?」
戸惑うように声をかける、しかしもう紐奈の様子はいつもと変わりなかった。
「いやっ……何でもないよ」
「らしくないなぁ、紐奈が何かを秘密にするなんて」
紐奈は、迷った。
(いや、言わないでおこっと。私のことは、そう簡単に他人に教えられるもんか)
母さんがいたかもしれない。
それは何かの見間違えもしれないと思った。
調がいる隣で、そんなことを確かめるわけにはいかなかった。
人間であるということに紐奈は自負を抱いていた。人間に囲まれて生きたいと紐奈は思った。
音の台のスタジオで、島沢久米次は収録を終えようとしている所だった。
「『金手フェス』が楽しみですね! それではまた来週!」
人間に対してはずっと賑やかに話し続け、実際ある程度はその感情を覚えはするのだが、こうやって話を終えると、自分が本来どういう存在なのかを思い起こしてすぐにふさぎ込む。
スタジオの中で、頬杖をついて静まり返る久米次。
決して他人には見せない、愁えを含んだ顔。
人間を騙して、音を奪って、自分の音楽のように見せかける――こんなさもしい生活をいつまで続けねばならないのだ。
音代との戦いはますます激しさを増し、その存在を認知する者も増えてきている。そして、もうすぐやって来る出来事で、それはさらに明らかとなるだろう。
(奴らとの決戦か)
静寂は、ミューノイズが人間と相いれない存在であることに絶望していたが、それを永遠の摂理として受け入れてもいた。
あの声を聴いてしまっては。
――音楽を知れ。私に音楽を知らせてくれ。
それは声というよりは、意味と意志を持った音だった。あの音が今でも静寂の脳裏にこだまして、離れない。その音によって刻まれた強烈な呪縛が、ミューノイズたちを暴れ回らせているのだ。そしてそれを音代たちが邪魔している。
音の台は、睥睨している。
もし、それを音を奪う人間がそこにいるとは誰も知らない。
静寂は、この街が音に満ちていることも、そこに自分が単なる雑音として存在していることも、共に不快だった。
たとえ『島沢久米次』という人間がどれだけ周囲から賞賛を浴びても、それはミューノイズ『ざわめく静寂』にとっては何の関係もない。
こうして、生きて行くしかない。
あのお方がそれを望んでいるのなら。
そんなあきらめの感情で震えた時、ノイズが生じた。
ノイズが灰色の靄となって久米次を包み、その中からざわめく静寂の姿が立ち現れた。
その時、後ろから、扉を開く音が聞こえた。
「収録お疲れ様です!」
それは聞きなれた声だったが、その次には聞いたこともないような怪訝さ、いや恐怖をこめた音色に代わる。
「あの……久米次さん?」
マネージャーは声を失った。
「これを見られたからには、仕方がないね」
久米次は、黒い外套に身を包み、白い肌に染まった。
久米次はマネージャーの胸倉をつかみ、いともたやすく持ち上げると、口を開き、マネージャーから音色を吸い取り始めた。
それが終わると、久米次はそっと手を離した。マネージャーは声もなく床に倒れ込んだ。
(ふん。そこまで上質な音色でもないようだな) 次に目覚めた時には、もう彼から音楽を理解する力は失われているだろう。何を聴いても、もう雑音にしか聞こえず、何を弾いても、ただの騒音にしかならないはずだ。
だが、そうするしかないのだ。彼には自分自身で磨く才能などしかないのだから。
ざわめく静寂は、次の瞬間には、また元の島沢久米次に戻っていた。
そして、最初から何もなかったかのように、スマホで電話を始める。
「もしもし? 杉野がちょうど失神してしまいまして……」




