Session.13 暮れつ方孤影飄颻
あまり浮かない顔で、調は帰宅した。
もうあのイベントまで時間がないのに、どうやって伝えればいいんだろう。
「ただいまー」
玄関に入ると、
「学校おつかれ!」
紐奈がいた。それは安心できる。しかし――
「おかえり……ってちょっと、どういうこと?」
紐奈は食器を洗っていた。
「ああ、この子? 調のお友達っていうから、手伝ってもらっていたの」
ありがたげに言う夢見。
「ちょっと母さん。この子は――」
「何言ってるの。私はきちんとこの家のために働いているんだから」
夢見は当然のように紐奈と接していた。
「紐奈ちゃんって遠い星から来たそうじゃない。すごいわねー」
「そうじゃなくて、何で普通にいるの? 紐奈の存在は秘密にしといてって言ってたじゃん」
「だって、寂しいんだもん。一人でじっとしてるのって」
紐奈のことを知られるだけでも緊張するのに、こうやって家の中に堂々と居座ってくれているのはかなりのストレスだった。
いつの間にか居候しているのが当然、という風になっていることは重圧だ。
自分が音代である事実を知っており、そのことについて色々と紐奈と話せることは確かに調にとってはありがたい一面はあったが、こうやって過ごしているとなるとさすがにどうかと。
夕食の後、調は部屋で紐奈に説教を始めた。
「あのさぁ、いくらなんでも私に何の相談もなく姿をばらすなんてどうかと思うよ?」
紐奈も、さすがに調が迷惑を被っているとあってはやはり気おくれせずにいられなかった。
「ごめん。私、地球人の家族がどんな物なんだろうって知りたかったの。光子生命体は基本的に地球人みたいな家族って概念が希薄だから、親とか兄弟みたいな区別が全然なかったんだ。だから故郷の星だと肩身が狭かった」
(家族が知りたかったのか)
重い理由があると知って、そこからはあまり責めることもできなかった。
「じゃあ……紐奈の父さんもそんな感じだったの?」
「父さんは変わり者だったんだ。たまたま地球人に近い精神性を持ってて、母星から出たいと思わない光子生命体とは違ってもっと広い世界を見ようと思ってたそうなの。でも、地元だとそういう考えの人は歓迎されなかった」
「じゃあ……聞いていい?」
「おっ、何のこと?」
「光子生命体ってどんな姿をしてるの? もっと純粋な光なの?」
「見た目は光……だね。でも、ある程度は複雑な体の作りをしてるの。人間とも交配が可能だとは誰も思ってなかったそうだけど」
紐奈の父親が、なぜ地球人の女性と子供を作ろうと思ったのか、調は一瞬気になってしまったが、あえて聞かないことにした。それは、紐奈の自身の問題だから。
「でも……父さんが外の世界と交流を持って生きようとした時、あいつらは猛反対したんだ。あいつらはみんな冷酷だよ。私は地球人の心を持ってる。だから地球人なんだ」
全く想像もつかない世界があるものだ、と調は思った。
「もー、こんな話させないでよ。それよりさ、調に言っておかないといけないもっと大切な話があるんだ!」
紐奈は真面目な顔になった。
「実は私、変な声を聴いてさ」
「え?」
「聞こえたの。『君の力が必要なんだ』って。そしたら、楽器が輝き始めたんだ。ほんの一瞬のことなんだけど」
悪寒がする調。
「まあ、ちゃんと聞いた方が話が早いかな?」
紐奈は調と共用の机からキーボード状の機械を取り出し、奏で始める。
一昔前のゲーム機の音だ。それは8ビットの鋭い音であり、律真や弓刃の楽器とは一線を画した音色だ。
しかし、それは単なる音楽ではない。
――銀河を流れる少女。その姿は黄金に輝いている。同じく黄金に輝く戦艦に乗り、遥かに進む。
脳内に響き渡る音色が世界を構築し、はっきりした奥行きと質量を凝固させて脳裏に浮かび上がる。
――惑星を旅し、多くの仲間と共に宇宙の向こうへとさらに進んでいく。
演奏が終わった時、調は悟ってしまった。
紐奈は、自分で説明するより先に調に理解してほしかったのだ。
「……つまり、そういうこと!」
「マジかよ……」
調はやや途方に暮れた顔をした。
「いやー私も音代デビューだよ! 作曲してたけど、それをみんなを守るための力に生かせるなんて!」
「冗談じゃない。音代になったら生活をどれくらい束縛されるか分かってる?」
紐奈はいくらなんでも軽薄過ぎるのではないかと思った。
調をより深刻な気持ちにさせるのは、この事態を誰が生み出したのか、まだ分かっていないということだ。
音代の力を人間たちにばらまいている誰かがいる。
ミューノイズと同じくらい謎めいている奴だ。そいつをまず突き止めねばならないというのに。
「でも、戦力が増えたって点では嬉しいことじゃない? それに私は時間にそこまで縛られてないから、割と自由に戦えるよ」
「戦うことにも覚悟が必要だよ」
調は頭を抱えたくなった。
紐奈にはおおよそ、戦士としての真面目さが欠けているとしか思えなかった。
「できてるよ、それくらい。アクションゲームとか得意だから!」
危機感のなさに、唖然とする調。
「ゲームじゃないんだよ。音代としての戦いは」
「そんなの経験値積んで強くなればいいだけの話じゃん! じゃ、こっちから質問するよ」
(そんな覚悟じゃ絶対後で後悔するよ)
しかし、紐奈は調の心労などお構いなしに質問攻めをしかけてくる。
「ポラリスのみんなとはどうしてる? 有亜とは仲直りできた?」
自分のペースで畳みかけてくる紐奈に調はたじたじだったが、心配してくれるのは事実なので冷たくあしらうわけにもいかない。
「うん! ……とは言いたいところなんだけど」
「けど?」 調は、紐奈を心配させないように気を配る。
「まだ有亜はまだすねたままなんだ。みんな、わだかまりを残したままでさ。私がどんなにみんなを元気づけようとしても、大して奮起してくれないんだもん」
学校で、調は必要以上に明るく振舞わなければならなかった。
オーバーな手ぶりを用い、軽口をたたく。
「ちょっとみんな話し合ってよ! 私、あの時のことは全然悪く思ってないんだからさ!」
「あ、うん。話すよ……」とおずおずしながら盤子。
「倉香もそんなんじゃさ~! みんなを笑顔にできないよ」
「ご、ごめん!」 倉香も、調の急な変わりように当惑しながら。
「ちょっと有亜も~!」
だが有亜はまるで調をにらむように、無言で眺めるばかり。
鼓だけは、何とか調に同調して、
「ほら、調はこんなにみんなと一緒に演奏ができることを嬉しがってるんだから! 私たちも頑張らないと!」
有亜の歌声はまだくぐもったままに思えた。間違いなく、ミューノイズに音色を吸われたからではない。
いまだに、調に対してやましいものがあるからだ。
調は、本番まで日数が残っていないことにひたすら焦っていた。
(何なんだよ。お前らも必死になれよ。私がこんなに苦労してるのにさ……!) 間違ってると分かってはいても、調は自分の中にとげとげしい気持ちが荒れ狂うのを隠せなかった。
「お~、あんな所にいるのか。音代が二人も!」
『さまよえる旋律』がハープでできた羽をはばたかせ、空を飛んでいた。彼の真下には六条家が見える。
「でもまだ戦うには早いな。僕のおもちゃと戦うためにはもっと立派なリーグが必要なんだ。もっと沢山の音代を巻き込まないと……」
調は紐奈のことを律真たちに伝えなければならないと思った。
そこで背中のギターケースをがちゃがちゃと揺らしながらあわただしく億束町に行った。果たして律真は、路上で演奏をしていた所だった。
声をかけるよりも前に、律真の方から調に反応した。
「おう、調か。一体何の用だ?」
「実は、かくかくしかじかで……」
「俺はそんな音は音楽として認めねえぞ! 音楽っていうのはな、もっと苦労して鳴らすものなんだ。この時代ではな、AIに演奏させたような安易な音楽が横溢している! だからこそ人間様が苦労して鳴らした音楽がもっと評価されるべきなんだ!!」
調は、律真の話が感情的には理解できた。
「いや、人の手で鳴らす音楽が大切なのは分かりますけどね。ゲームの音楽だって音楽じゃないですか」
「いいか、一回の演奏が大事なんだ! 一回で受け取るインパクトが全てなんだよ。何度も繰り返せる音は――」
ギターの音色がくぐもった物に変わりつつあった。強烈なミューノイズの気配で、二人に悪寒が走る。
見ると、少年が空に浮かんでいる。
「ああ、みんないい音色を鳴らしている……」
なまめかしい溜息をつきながら。
「それを、何としてでも僕の物にしなければ……」
巨大な甲冑が背後にいた。リコーダーを無造作につづり合わせたような、ひどく歪な造形をしていた。
傀儡の胸についた扉が開き、人々の体から音色を吸い上げていく。誰もがうめき声をあげ、苦しみ出す。
「くそ……よりによってこんな時に襲撃かよ!」
悪態をつく律真。
だが、その時少年が何かに気づき、あどけない声をあげる。
「おや?あの時の光子生命体か」
光が空を突っ切って、調たちに向かって降りて行った。
光はすぐに伸び、いくつかの方向に曲がって人の形をなしていく。
「ちょっと、紐奈!?」
「良かった、間に合った!」
少年は思い切り目を見開いて、興奮したように、
「僕、君の音色を聞きたかったんだ!」
「なぜ……この子のことを知ってるの!?」
「何言ってるんだ。音代とミューノイズは同じ処から生まれた存在なんだから」
さまよえる旋律は特に特別なことでもないように言った。しかしそれは調にとっては衝撃だった。
(どういう意味? 同じ所から生まれた……?)
「くだらねぇ! どいてろ、ゲス」
紐奈は怒った。
「どけだなんて失礼な!」
その片手にはキーボード。
「せっかくいい所見せられるってのに、私だってうまくやれる!」
紐奈は鍵盤を操作し始めた。
黄金の光があたりに散った。そして、音色の力が調の脳裏に入り込み、詳細な幻覚を脳裏から首の骨に至るまで走らせる。
――広大な宇宙空間を、銀の艶を輝かせながら疾駆する戦闘機。その周囲を敵の宇宙船が幾重にも取り囲んでいる。
光は弾やミサイルの形をなして、周囲に飛び散り、旋回する。
――母星を取り戻すための壮絶な戦いも、これで最後だ。
調はこの音色が誰の作品に似ているかを知っていた。あのティム・フォリンのように複雑極まりない音の洪水を、彼は一切飲み込まれることなく制御し、自分自身の作品として従え、整然とした清流に作り変えている。
律真ですら、このようによどみなく続くビット音を耳にしては、ブーブー鳴る騒音だと馬鹿にするわけにはいかなかった。
紐奈は自分がシューティングゲームの機体にでもなったように、敵の攻撃を回避していた。そして、鍵盤から絶えずエネルギー状の音色を発射し、四方八方を覆う。
――回復アイテムを獲得し、ライフが回復する。
WORNING! 巨大な機械に身を固めたボスが接近する。弾幕が激しくなり、宇宙戦闘機が縦横無尽に回避する。
光となった紐奈が放つ音色が弾幕のようになった。
旋律は羽を伸ばし、高く飛ばして回避するのがやっとだった。
「逃がさないんだから!」
紐奈は再び光となってさまよえる旋律を追った。
紐奈の機敏な動きに驚く旋律。
(光子生命体は宇宙精密に動けないはずだ。それなのに――なぜこうも精密に動ける?)
地上ではまだ傀儡たちの戦いが続いている。
エネルギー弾はさらに厚みを増し、地上にも容赦なく降り注ぐ。それは、決して音代を傷つけることなく、傀儡にだけ効果を及ぼす。
傀儡が稲妻に打たれたように静止した。
「よくも……僕のおもちゃを!」
激昂する旋律。
「さあ、行け! あいつらを叩き潰せ!!」
旋律の角から霧のような音色が、傀儡に向けて流れ出した。
傀儡たちは激しく暴れ出した。
紐奈は調たちを気にかけたかったが、旋律を先に何とかしなければならないという気持ちの方が優先してしまった。
旋律のハープの羽がはばたき、轟音をとどろかせる。
それは遥か地平まで続く軍勢の足音のように重々しく響き、紐奈を威圧した。
「さあ、君の力はそんなものかい!?」
(どうしよう……このままじゃ私、調たちを……!)
律真の音色が猛獣となって展開し、一機を撃破する。
調は、音色の火をたぎらせ、傀儡たちが近づかないようにめぐらせつつも、律真の戦いを補佐する。しかし、戦局がうまく進んでいるとは到底思えない。
旋律に勢いに気おされた紐奈は光から人間の姿に戻り、地上に降下。
顔に、明らかに疲労が見える。音代としての力に、肉体がまだ追いついていないのだ。
(言わんこっちゃない……!)
紐奈の体から人間としての造形が次第にあせていき、まるで溶けているように見えた。
「てめえは十分頑張った! こっからは俺のステージだ!!」
律真が叫んだ。
紐奈は不満げな顔を浮かべたが、戦いに手慣れている律真の前には何も反論することなどできなかった。
「君たち程度じゃ、こいつらには勝てないさ」
旋律はほくそ笑んでいる。
(くそ……敵が強い!!)
撤退しようにも、傀儡たちが阻んでいる。
調は焦った。紐奈を何とかして助けねばと思っていたが――
その時、足音が響いた。
「お?」
「ん!?」
褐色の女が両手にマリンバを抱えながら歩いている。あまりの重さに、地面のコンクリートに穴が開く。
女はほとんど何の苦労もなく、マリンバを地上に降ろす。人間たちはみなその非現実的な光景に目を見張った。
「よしっと……!」
マリンバを置いた女はさして疲れた様子もなく、腕を組みながら、戦場の光景を眺める。
「なんかえらいことになってみるみたいやが……」
軸実が横で、不敵な笑み。
「木枝はん、いつもと変わらへんて。私らのやることは」
木枝は軸実の言葉を聞いて、にっとした。
「まあ、そやな。ぼちっと行こか!」「はんなり行きまひょ!」




