3 DPのご利用は計画的に
結論から言えば、ハルちゃんのダンジョンに入り込んだ魔物を一掃するのにかかった時間は一時間にも満たなかった。
だって、弱い魔物しかいないんだよ? ランク3のゴブリンが大半で、最大でもランク6のオークやランク7のノームといったところ。
いきなり空中に現れた岩の槍が襲ってくるノームの地魔法にはちょっと驚かされたけど、ギンやヤシチが素早く飛び退いたおかげでかすりもしなかったし。
……私、ギンたちの強さをちょっと過小評価しすぎていたかもしれない。ランク12のモンスターがここまで強いものだったとは。
内心でギンたちに謝りながら、ハルちゃんが表示させているダンジョンマップを見て魔物の生き残りがいないことを確認する。
うん……残っているのはウサギの光点ばかりだ。あるいはウサギと同程度の強さの魔物が紛れ込んでいる可能性もあるけど、共存しているのなら問題はないだろう。
最終確認を済ませたところでギンたちを〈伝達〉で呼び戻し、戻ってくるのを待つ間にハルちゃんにどれくらいDPが入ったか確認する。〈探知〉のスキルが取れるくらい溜まってるといいんだけど。
「ハルちゃん、スキルは取れそう……? ハルちゃん?」
ウィンドウを見つめたままハルちゃんは固まっている。おーい、ハルちゃん? ひらひらと顔のすぐ前で手を振っているのにも気づかない様子だ。
首をかしげながらハルちゃんの視線を追って、ウィンドウに表示されている残りDPを見て私も思わず固まった。
DP:6529/50000
ちょっと待って、低ランクの魔物を百何十体か倒しただけだよね?
なんでこんなにDPが入ってくるんですか? うちのダンジョンでギンたちが地上部の魔物を倒した時だって、こんなに大量のDPは入ってこなかったぞ! 確かゴブリンを十体くらい倒して100ポイントかそこらだったはずだ。
混乱する私にハルちゃんがぎぎぎ、と音がしそうな動きで顔を向ける。長い黒髪が市松人形みたいで、ちょっと似合いすぎるから止めてください。私も負けないくらい動揺しているけど夢に見てしまいそうです。
「ミ、ミコトさん……モンスターを倒すと、こんなにDPって入ってくるものなんですか?」
蒼白な顔で問いかけてくるハルちゃんに私はぶんぶんと首を横に振ってみせる。
いや、普通入ってこないから! こんな異常現象にお目にかかるのは私も初めてです。まさか、知らないうちにメタルなスライムさんでも倒していたんでしょうか?
そう言うと、ハルちゃんは真剣な顔でウィンドウを操作してなにやら調べ始める。手つきが堂に入っているあたり、ただダンジョンの情報を読んでいただけじゃなく操作方法についても色々調べていたのだろう。
横からのぞき込もうとしたところで、頭の中に「入れて~」というようなギンの声が届いたので、ハルちゃんに一言断ってからダンジョンコアの部屋のドアを開ける。
ギンたちが魔物を狩っている間、戦闘力のない私たちはダンジョンコアの間に避難していたのだ。ハルちゃんも戦闘力に関しては私とどっこいどっこい……というか、そもそも運動音痴に近いため最初から戦闘スキルを取ろうという気にもならなかったらしい。
「おかえ……っ!」
開いたドアの間から飛び込んできたギンたちの姿に、思わず身を引いた私は悪くない。
いやだって色とりどりの返り血がですね! 生臭い匂いがむっと鼻を突くし、ウィンドウを睨んでいたハルちゃんも言葉を失ってギンたちを見ている。
予想も覚悟もしていたけど、さすがにこれはちょっと……いや、頑張って魔物を狩ってきてくれたギンたちを誉めてあげないという選択肢はない。
内心で腹を括って、満足そうな表情をしているギンと少し申し訳なさそうな顔のヤシチに歩み寄り、比較的返り血の少ないあたりを手で撫でて「お疲れさま!」と笑いかける。……笑顔が引きつっていないことを祈ろう。
「ありがとう、ギン、ヤシチ! おかげでたくさんDPが入ったよ! 慣れてないダンジョンなのに、本当によくやってくれたね!」
手放しで絶賛するとギンはむふー、と得意そうな表情になって胸を張り、ヤシチはやや照れくさそうに羽をばさばさと羽ばたかせる。
くそう、返り血まみれになっていても最高に可愛い奴らめ。汚れていようと気にせずわしゃわしゃ撫でて首筋にぎゅっと抱きつく。はっはっは、もう返り血なんて気にしないことに決めました! ハルちゃんが勇者を見るような目を向けている気もするけどあえて無視だ。
「あ、ミコトさん。ギンさんたちが倒したモン――魔物のリストができました! 取得DPもこれでわかるはず……」
「なにそれ? そんな便利な機能がダンジョンについてたの?」
「ついてたっていうか……表示できないかなって思ったら出てきました。読みにくかったので表示を調整するのにちょっと時間がかかっちゃいましたけど」
ハルちゃんマジ優秀。私なんかよりもはるかにウィンドウの機能を使いこなしてます。
目の前に表示されたリストを見ると、『ゴブリン:レベル5:14p』といった感じで倒した魔物の名前がずら~っと並んでおり、その中に『オーク:レベル8:63p』や『ノーム:レベル19:107p』の文字がある。
やはりランクの高い魔物は入ってくるDPも多いみたいだけど、それだけで6000を超えるはずがない。他になにか……ないかと思って探したら、見つけました!
『ゴブリンスライム(変異種)ランク-:レベル22:1107p』
……なにこれ? ゴブリンなのかスライムなのかはっきりしろと思うけど、それ以上に驚きの取得DP。
多少の差はあれ、一体あたり約1000ポイントのそれを合計で五体倒している。
取得DPが高いのは変異種だからなのか、それともそういう種族なのか。ともあれ、すでに死体も消えてしまっている以上〈鑑定〉もできない。ダンジョンの知識を検索してみても作成不能なモンスターらしく、ゴブリンスライムの情報は出てこなかった。
……まぁ、DPにはなったし問題はないよね? ギンたちを見る限り特に怪我などないし、苦戦するほどの相手でもなかったのだろう。どうやって倒したのか少し気になるけど……深く考えないでおく。名前からして、たぶんゴブリンに擬態していたのを気づかず他のゴブリンと一緒に片付けちゃったのだろうし。
ただ、次からはもっとギンたちが戦っている相手を真面目に〈鑑定〉しよう。今回はさほど強くもなかったみたいだし、変な特殊能力を持っていたわけでもなかったようだけど、もしも桁違いに強い魔物だったりしたらと思うと背筋が寒くなる。
「……とりあえず、今回はラッキーだったと思うことにしよう? それだけあれば〈探知〉を取るのには十分だろうし」
「そうですね……ええと、〈探知〉のスキルは……」
ウィンドウにスキルを表示してスクロールで〈探知〉を探すハルちゃん。
そんなことをしなくても、脳内検索を使えば一発だと思うけど……いや、使い方は人それぞれだし。
そういえばハルちゃんのウィンドウには、やたらショートカットのアイコンが表示されていた気もする。パソコンはそこそこ使い慣れてるつもりだけど、本気で使いこなしてる今時の高校生には敵わないよなぁ……
などと考えているうちに、ハルちゃんはさっさとウィンドウを操作してスキルを取得する。と、ちらりと一瞬目に入ったスキルのレベルが……10?
ちょっと待って、それって入ったポイント全部使ってるんじゃ!?
「ハ、ハルちゃん!?」
ぎょっとして声をあげた私に、ハルちゃんは不思議そうな目を向ける。
「どうかしました、ミコトさん?」
「いや、あの……まさか、スキルを取るのにDP全部使っちゃったりしてないよね?」
見間違いであってほしいと内心で願う私に向かって、ハルちゃんは胸を張って満面の笑みで答える。
「はい、ぎりぎりだけどなんとか10レベルまで上げられました! これでミコトさんのお手伝いをすることができます!」
のおおおおお~~~っ、やっちゃったよこの子! 予備ポイントを残すとかそんなこと全然考えないで、ありったけ全部〈探知〉を取るのに使っちゃったよ! 端数くらいなら残ってるかもしれないけど、そんなの最初の残存ポイントとほとんど変わらないじゃん!
きょとんとした顔をしているハルちゃん。素直というか律儀というか思い切りがよすぎるというか……
「あの……なにか、まずかったですか? できるだけ広い範囲を調べられるようにと思って、上げられるだけレベルを上げておいたんですけど……?」
ちょっと不安そうな表情になって聞いてくるハルちゃんに、私は口に出しかけていた言葉を呑み込む。
ハルちゃんの行為はまぎれもない善意と私への恩義からのもので、それを否定するのはハルちゃんの気持ちそのものを否定することだ。
そりゃ、もっと自分のことを考えたほうがいいとか、そんなんで悪い人に騙されでもしたらどうするんだとか、色々思うことはあるけど……
「ううん、ありがとう! おかげで外の調査が段違いにやりやすくなるわ!」
言いたいことをまとめて呑み込み、まずは笑顔でお礼を言う。ほっとしたように表情をゆるめるハルちゃんに、だけど、と少しだけ口調をきつくして忠告する。
「今回は仕方ないけど、DPがすっからかんになるような使い方は今後しないように! いつなにがあるかもわからないんだから、せめて1000ポイント程度は最低残しておく習慣をつけよう? もしすごい強敵がハルちゃんのダンジョンに入ってきて、罠も仕掛けも全然通用しなかったらどうする? ハルちゃんもウサギもこの世から退場になって終わりよ?」
あんまり脅すようなことは言いたくないけど、これくらいは言っておいたほうがいい。
ダンジョンのお宝を求めてやってくる人間がいるとか、そういう人間にとってのダンジョンコアがどれだけ価値のあるお宝かとか、そういうことは後回しにしておくとしても。
「あ……そうですよね。でも、今回は絶対に必要なスキルだったわけですし。10レベルあれば、効果半径は……ええと、1000キロ? あ、でも探知する対象の条件によって違うみたいですから……複数対象で、実際に見たことのないものが対象の場合は、四分の一の250キロが最大みたいです。でも、250キロでも外の魔物の調査をするには十分ですよね?」
ああ、いや……大は小を兼ねるって言葉もある。どのみちもうスキルは取ってしまったのだし、広い範囲を捜索できるならそれに越したことはない。
結果オーライ、結果オーライというやつですよ! うん……しかし1000キロかぁ。ハルちゃんが言うには、自分の目で直接見たことのある物品もしくは人物(単数)限定とのことだけど、人捜しや物探しについては最強の戦力が誕生した気がしてならない。
ちょっと色々な意味でショッキングな出来事がありましたが、気を取り直してハルちゃんに〈探知〉で周辺250キロの魔物の分布を調べてもらう。
「ええと、ちょっと待ってくださいね……ウィンドウサイズを大きくして、ここの表示を切り替えて……」
難しい顔でぶつぶつ言いながら、ハルちゃんが〈探知〉で感知した魔物の反応を空中に浮かんだ特大サイズのウィンドウに表示してくれる。縦2メートル横3メートルくらいの、大規模ホールで使うプロジェクターのスクリーン並のサイズだ。
スクリーンに映っているのは魔物の反応を示す光点だけなので、近隣の地図をウィンドウに表示して、だいたいの縮尺が合うくらいの大きさまで拡大して重ねる。
大雑把な地形や魔物の分布くらいしか書き入れられてない地図だが、この際ないよりはマシだろう。ハルちゃんの目にもウィンドウは見えているらしく、大きな目をいっぱいに見開いて光点の重なる地図を見上げている。
「こんな地図、どこにあったんですか……? ダンジョンの情報をどれだけ調べてもまわりの地図なんてなかったのに……」
あ~、ハルちゃんにも見つけられなかったんだ。じゃあ調べ方が足りなかったんじゃなく、本当に情報がなかったってことかな……
自分で調べて地図を作ったことをハルちゃんに伝えると、目を瞬かせてから勢い込んで私に詰め寄ってくる。
「作ったんですか、この地図を!? だってこれ、半径300キロはあるじゃないですか! これだけの範囲を自分で調べて!? どうやって……!?」
「自分でっていうか、偵察用のモンスターを飛ばして調べたのよ。さすがにこの距離を自分で歩き回って調べるのは無理だって……途中で魔物に襲われたりして、何十体ものモンスターが犠牲になっちゃったし」
私の声のトーンが少し下がったのに気づいたのか、ハルちゃんが軽く口元に手を当ててから「ごめんなさい」と顔を曇らせて謝る。
「ううん、それは別にいいけど……それより、魔物の分布状況は……ああ、やっぱりこのダンジョンが中心になってるのか。東方面は……むしろ数そのものは減ってるし、餌がなくなった魔物が別の餌場を探してうろついて……で、玉突き事故が発生してるっぽい、と」
スクリーンと重なった地図を睨んで呟く私に、ハルちゃんが驚いたように目を向ける。
あ、しまった……このダンジョンが魔物の移動を引き起こしてる原因だとしても、ハルちゃんには伝えないでおくつもりなんだった!
「……やっぱり、ってどういうことですか? まさか、わたしのダンジョンが原因でモンスターが暴走してるってことなんですか……?」
内心焦る私に向かって、怖いほどに真剣な顔でハルちゃんが問いかけてくる。
「いや、暴走ってほど危険な状態じゃないから。ただちょっと数が増えて、もとの生息域から大幅に移動してるってだけで……」
「でも、放っておけば人間の村にも被害が出かねない事態なんですよね? だからミコトさんだってわざわざ調べに来たんでしょう? これを見れば、わたしのダンジョンを中心に魔物が集まっていることくらいわかります。正直に教えてください! 今回の魔物の移動って、わたしのダンジョンが原因で起きていることなんですか……?」
ハルちゃんの目はどこまでも真剣で、適当にごまかすことも嘘をつくことも無理だと理解せざるを得なかった。
「……百パーセントそうと決まったわけじゃないわよ? ただ、このダンジョンを出て行った六百体以上のウサギが、近隣の魔物を呼び寄せる餌になった可能性がある……そう思っていただけで。十体や二十体ならともかく、さすがに六百体ともなると影響が大きいじゃないかって思ったから……」
言葉を選んで慎重に答えたけど、それでもハルちゃんの顔色は目に見えて悪くなった。
「じゃあ、やっぱり……わたしのダンジョンが原因じゃないですか! これだけの数の魔物がわたしのダンジョンを中心に集まってるんですよ! それに、餌って……ダンジョンから追い出されたウサギさんたちを食べた魔物が、繁殖して増えた可能性だってありますよね? 中で増えたくらいなんですから、外でだって……」
「だとしても、ハルちゃんが全部の責任を背負い込む必要なんてないから! ウサギが増えた原因はハルちゃんにあるかもしれないけど、そうしようと思ってしたわけじゃないでしょ? ただちょっとミスが重なっただけのことでしょ!?」
蒼白な顔で涙ぐむハルちゃんを見ては黙っているわけにもいかず、語気を強めて叩きつけるように言う。
「あのね、私だって体験してるから言わせてもらうけど、異世界でダンジョンマスターなんてやる羽目になって、冷静に万全の手を打てる人間なんてどこにもいないわよ! そんな状態でしでかした失敗を理由に人を責めるような奴には、だったらあんたも同じ状況下でダンジョンマスターやってみろと言ってやればいいのよ!」
乱暴な理屈だけど、あんな異常な状況で一つのミスもしないで完璧にダンジョンマスターの仕事をやり遂げろなんて、無茶振り以外のなにものでもない。
思い返せば、私だって数え切れないくらいの失敗をしてるし、自分で気づいていないミスも山ほどあるだろう。
なにより、自分なりに精一杯やれるだけのことをやった年下の女の子を、ミスを理由に責め立てるようなことなんてできないししたくもない。文句があるなら同じ状況下で百パーセント完璧な仕事をやってみろ、というのは掛け値なしの私の本音だ。
「とにかく、状況はわかったんだから次は対処方法を考える番よ! このダンジョンを中心に魔物が集まっているなら、それを片付ければひとまず収束はつくはず……うーん、魔物が繁殖しているのなら、餌になっているウサギも間引かないとまた同じことのくり返しよね。だけど餌が不足して他の場所に魔物が移動すれば、また玉突き事故が……」
考えれば考えるほど、次の問題が出てきて頭が痛い。スクリーンを見上げたまま唸っている私を、心配そうにギンとヤシチが見守っている。
うう、こと頭を使う作業にかけては君たちの助力は当てにできないからね。戦闘面ではこの上もなく頼もしいけど……でも心配してくれるだけでも十分心強いよ。
ハルちゃんは私の言葉にも完全に納得しきれていないのか、泣き出しそうな表情のまま唇を噛み締めている。気持ちはわかるけど、今は自分を責めてる場合じゃないんです。
年下の子を頼るのは年長者として情けないというプライドをあえて蹴飛ばし、ハルちゃんに協力を求めることにする。
「ハルちゃんも一緒に考えてくれない? 単純にこのあたりの魔物を一掃することもできないわけじゃないけど、それをやったら生態系が崩れてまた魔物の移動が起こりそうだし……どうやったら、影響を最小限に抑えながらこの事態を収束できると思う?」
「え……?」
自分でも相当の無茶振りだと思う質問を投げかけられ、ハルちゃんは目を白黒させる。半分ほどは答えを期待するというよりも、自責の念に捕らわれているハルちゃんに他のことを考えさせるためだけど。
ただ、残り半分は本気でアイディアを求めていたりします。だって一人で考えるにも限度があるんだよ! 考える頭はいくらあってもいいんです!
「え、ええ……? 事態の収束……ですか? 外の魔物を一掃するだけじゃなくて、まわりに影響を与えないように……?」
目を瞬かせながらも、ハルちゃんは真剣に考え込んでいる様子。よかった、年上の私に考えつかないようなことが自分にわかるわけがないとか、変な逆ギレされないで。こういう反応を見ると、本当に育ちのいい子なんだなと思う。
……世の中にはごく稀に、普通のことを普通に頼んだだけで「なんで私がそんなことやらなきゃいけないんですか!」とか逆ギレする人種もいるんですよ。
しばらく二人で考え込んで、色々アイディアを出し合った結果到達した結論は『強さのバランスをとりながら均等に魔物を減らしていくしかない』というものでした。
幸いハルちゃんの〈看破〉は〈探知〉に重ねがけすることもできるようなので、スクリーンに映る光点からその魔物のランクやレベルを判別することができる。
それをもとに私が間引きのプランを考えて、ギンとヤシチで実行……するしかないか。他に方法がないし、このまま放っておくわけにもいかないし。問題はギンたちでは狩れそうにないランクの魔物がいた場合だけど、それに関しては原則放置の方針だ。
「……あの、ちょっと考えたんですけど」
だいたいの方針がまとまったところで、ハルちゃんがどこか遠慮がちに提案してきた。
「このダンジョンの周辺が一番魔物が多いんですよね? だったら、ダンジョンの中に魔物を追い込んでもらうことってできませんか? 罠を再起動させればそれで魔物の数を減らせると思いますし……それでDPが溜まったら、わたしもモンスターを作って外の魔物を減らすお手伝いができると思うんです」
「ハルちゃん……」
「わたしにばっかり都合のいいことを言って申し訳ないんですけど……でも、ここまで来たら借りられるだけ手を借ります! 借りた分はしっかり働いて返します! 少しでもギンさんたちの負担を減らせるように……お願い、できませんか?」
食い入るように私を見つめるハルちゃんの目に言葉を失う。なんていうか、この子は本当にもう……
「……なに言ってるの? そんなの……こっちからお願いしたいくらいよ! そんないい方法あるなら使わないわけないでしょ!」
「え……え、じゃあ……?」
「このダンジョンに魔物を追い込めばいいだけなんでしょ? それでこの近辺の魔物は一気に減るし、罠にかかって魔物が死ねばDPだって入る。一挙両得じゃない! ……いや、確実にDPを入手するためには、きっちりトドメを刺したほうが」
思わず考え込む体勢になる私に、ハルちゃんが慌てた様子で手を振りながら言う。
「そこまでしてもらうわけにはいきません! ギンさんたちにはダンジョンから離れた場所の魔物の駆除もしてもらわないといけないんですから! ミコトさんだって言ってましたよね、100ポイントもあればちゃんと命令を聞くモンスターが作れるって」
そりゃ言いましたが、あくまでぎりぎり魔物と呼べるランク2のモンスターの話だ。戦力として当てにするのなら、もう少しDPを費やして強い魔物を作ったほうがいいに決まってる。それに、ダンジョンの中にただ魔物を追い込んだ場合……
「そしたら、ダンジョンの中に残ってるウサギたちが、また外の魔物に襲われるかもしれないのよ? それでもかまわないの……?」
あえて強い口調で確かめるように問いかける。ハルちゃんは唇を引き結んで少し目を伏せてから、私と視線を合わせてはっきりとした口調で言い切った。
「……かまいません。もしそうなっても、ウサギさんたちが外にあふれ出すくらい増えるのを止められなかったわたしが悪いんです。外のウサギさんたちも、他の魔物の餌になるなら間引いてかまいません。いえ……DPでモンスターを作れるようになったら、わたしが自分の手で間引きます。それが、わたしがやってしまったことに対する責任の取り方だと思うから」
ハルちゃんの表情は強張ったように硬く、だけど揺るぎない決意がその声には満ちていた。まいったなぁ……まだ十代半ばの女の子にここまで覚悟完了されてしまったら、年長者としてもう二度と泣き言なんて言えないじゃないですか。
でも、そこまで言うなら私だって覚悟を決めましょう。ちょっとしたことでへこむ豆腐メンタルだけど、せめてハルちゃんの前では情けないところを見せないように。
「OK、わかった。でも、ダンジョンに追い込んだあと魔物を始末する余裕があったら、片付けられる限り片付けるわ。そうすれば、より強いモンスターをハルちゃんが作り出せるようになって、結果的にギンたちも楽ができるようになるんだから」
「でも……!」
思わずといった様子で反論しかけるハルちゃんに、にこりと笑って言葉を投げかける。
「さて問題です、弱いモンスターと強いモンスター、どっちが大量の魔物を間引きしなくちゃいけない時に役に立つでしょうか?」
うっと言葉に詰まるハルちゃんに向かって、さらにたたみかけるように言う。
「次の質問です。弱いモンスターを魔物と戦わせて、もしあっさり死んでしまった場合使ったDPは返ってくるでしょうか? ちなみに、ダンジョンの外に出ると復活可能なモンスターも死んだらそれっきりです」
「それは……」
言いよどむハルちゃんに、笑顔のまま最後の駄目押しとばかりに告げる。
「このダンジョンに入り込んでいた魔物は最大でもランク7くらいだったけど、外にはもっと強い魔物がいるわよ? 下手すればギンたちだって敵わないような相手に遭遇することもあり得る……そういう時、勝てないまでもせめて逃げられる程度には強いモンスターじゃなかったら、ただDPを無駄にするだけだと思わない?」
ハルちゃんはがっくり肩を落としていた様子だったが、やがて顔を上げると少しだけ恨めしそうな口調になって言う。
「……そんな言い方されたらもう断れないじゃないですか。ずるいですよ、ミコトさん」
はっはっは、大人はずるいものなのだ。特に年長者ぶって見栄張りたい時には、ありとあらゆる手を使って相手の逃げ道を塞ぐくらい朝飯前にやってのけるのだよ!
にんまり笑う私につられたように、ハルちゃんの顔にも苦笑じみた笑みが浮かぶ。
「でも……だったら、遠慮なく思惑に乗らせてもらいます。だけど今回だけですから! 今度からはなにがあっても、ミコトさんの戦力に頼ってDPを稼ぐようなことはしませんから!」
「OKOK、私だって別にハルちゃんのためだけにダンジョン内で魔物を狩ろうって言ってるわけじゃないし。少しでも戦力が欲しい時に戦力を供給できる当てがあるのなら、ちょっとの労力くらい惜しまないでしょ?」
まぁ、実際に魔物を追い込むのも狩るのも私じゃなくてギンたちだけど。
いいんです、私とギンたちは一心同体――じゃなくても、ちゃんと働きに対しては感謝と報酬で返すギブアンドテイクの関係が成立している。愛情? それはプライスレスなので対価には入りません。
「じゃあ、まずは魔物の大きな群れのランクを見て、間引きの優先順位をきめていきましょうか。ハルちゃんにはしっかり働いてもらうわよ? なにしろハルちゃんの〈探知〉と〈看破〉だけが頼りなんだから!」
いや本当に。そもそもハルちゃんがいなければ、目の前に表示されている魔物の分布状態も一から自分で調べる必要があったわけで、どれだけの時間が短縮できたかなんて考えるにも及ばない。
まして、その魔物を強さごとにグループ分けしてバランスよく狩っていくなんて……仮にできたとしても何ヶ月かかることになっていたか。
そう考えれば、むしろこっちがハルちゃんにお礼をしてもいいくらいなのだ。だからいくらハルちゃんが遠慮しようと、DPは受け取ってもらいます。あとは、彼女が入ったDPを全部モンスター作成に注ぎ込まないよう厳重に監視するだけだ。
私のそんな内心には気づかない様子で、ハルちゃんは少し頬を紅潮させて「はい!」と元気よく答える。
よし、私もここは一つ年長者としての面目を保つためにも、しっかり役に立つところを見せようじゃないですか! 戦闘面じゃギンとヤシチに頼りっぱなしですが、根気勝負の雑務ならちょっとは自信があるのです!
「それじゃ、ハルちゃん。魔物の反応に重ねた地図を枠線で区切ってくから、指定した場所の魔物のランクとレベルを表示させて! あと、スクリーンの指定部分を拡大できるんだったらそれもお願い! 魔物の数の多いところから、どんどん仕分けていっちゃうわよ!」




