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石橋系マスターのゆったりダンジョン運営記  作者: ひろねこ
第二章 同業者仲間ができました。できた途端にヘルプが飛んでまいりました
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1 そのダンジョン、飼育崩壊中につき

投稿再開いたします! でも書き貯めに余裕がないので、週二回のみのアップです。



 飛び出してきたのは長い黒髪のセーラー服を身につけた女の子だった。


 なんか見覚えがあるような気がしたのは、私の住んでいた市でもナンバーワンの歴史と知名度を誇る私立女子校の制服だったからだ。取り立てて変哲のない紺のセーラー服なんだけど、袖に着いている牡丹の校章は見間違えようがない。


 年齢は十五、六歳といったところか。癖のないストレートの黒髪を背中の中程まで伸ばし、化粧気もないのに色白な顔に黒目がちの大きな目。

 その目いっぱいに涙を溜めて見上げられると、なにも悪いことはしてないはずなのにごめんなさいと言って逃げ出したくなります。とりあえず、現代日本では死滅しかけている清楚系女子校生であるのは間違いない。



 それにしても、私一回目の人生も含めての運全部使い切ったような気がする……だってどう見ても日本人、それも同じ市内の出身者っぽいんだよ?

 宝くじの一等前後賞どころか、その配当金で買った宝くじがもう一回当たるくらいの確率じゃあるまいか。


 いや、まだダンジョンマスターと決まったわけじゃないか。もしかしたらただの異世界トリップ体験者かもしれないし。

 というか今思い出したんだけど、ダンジョンマスターだとしたらこの子も私と同じように死んでいるってことになる。だったら素直に喜べない。だって、まだ十代半ばなんだよ? そんな歳で命を落とすなんて、この子だけじゃなく家族の身になってもやりきれない。


「あの……ちょっと、大丈夫? いや、泣きたいんだったら好きなだけ泣いていいんだけど、ええと、その……日本人、だよね?」

 堰を切ったように私にすがりついて泣いている女の子に、恐る恐る声をかける。張りつめていたものが切れたのか、手放しの泣きじゃくりようでなかなか泣きやむ気配がない。


 落ち着くまでしばらく泣かせておいたほうがいいのかとも思ったけど……泣いてる女の子を前になにもしないでいるわけにも、ね。


「……すみ、ません。やっと……人に、会えたと思った、ら……日本人で、わたしと同じ……ダンジョン、マスターって……」

 しゃくり上げながら、切れ切れに言葉を口にする女の子。かえって無理に話させてしまったみたいで、我慢しなくていいよ、と背中を軽く叩いたらわあっと号泣されました。

 とりあえず好きなだけ泣いていいので、それから説明をお願いします。


 ……しかし、やっぱり私と同じダンジョンマスターか。同じ日本のたぶん同じ市からやってきた人に会えたのは純粋に嬉しいけど、この子がダンジョンマスターとなった経緯を考えると素直に喜ぶ気にはなれない。




「……ごめんなさい。ちゃんと話もできなくて……このダンジョンに人がきたのは初めてで、しかも同じ日本人だったから……やっと話ができるって思ったのと、このダンジョンの状況をなんとかしてもらえるかもしれないと思って……我慢できませんでした」


 やっとのことで女の子が泣きやんだのは、およそ三十分後。

 ぐすぐすと鼻をすする女の子に荷物から取り出した手拭いサイズの布を差し出すと、真っ赤に泣きはらした目でお礼を言ってそっと後ろを向いて顔を拭く。

 ここで豪快に鼻をかんだりしないあたり、さすがはお嬢様学校の生徒さんだ。


 女子力の差というのはこういうところで如実に現れ出るんだよなぁ……などと遠い目になる私に、女の子は申し訳なさそうな顔で向き直る。

「あの、これ……洗って返しますね。本当に、ありがとうございます……」

「いいのいいの、気にしないで。消耗品だから。それより、ダンジョンマスターって言ってたわよね? あなたも……ダンジョンマスターなの?」


「……はい。気がついたら知らない部屋の中で寝てて、その隣の部屋にあった水晶玉みたいなものに手を触れたら、ものすごい量の光が溢れてきて……自分がダンジョンマスターだって、いつの間にかわかってました」


「私と同じだね……でも、じゃあ……もしかして、あなたも……」

 言いづらくて口ごもる私に、女の子はほんの少しだけ哀しそうに微笑んでみせる。


「……向こうの世界のことですよね。そうです、あの地震で……家は無事だったんですけど、近所から火が出て、お母さんと一緒に区民センターまで避難しようとしたところで崩れてきた建物の下敷きになったんです。たぶん、あれじゃ生きてないと思うから……」


「そう……ごめんね、嫌なこと思い出させて」

「平気ですよ。どっちかというと、知らない世界でダンジョンマスターになんてなったことのほうがよっぽどショックが大きかったですし。それに……お母さん、知ってる人に会って少し離れたところでお話してたから、きっと無事だと思うんです。それならよかったかなって……私が死んですごく悲しんだとは思うけど、お母さんだけでも無事ならいいかなって」



 ……なにこの子、天使じゃなかろうか。こっちが思わずもらい泣きしてしまいそうですよ。こんないい子が亡くなった挙げ句に異世界送りでダンジョンマスター?


 今ものすごくいるかいないかもわからない神様を本気で呪いたい気分なんですが。ふざけんなコラ、異世界送りにするんだったらもっと適当な人材がいただろうがよ。極悪人を送れとは言わないけど、せめて異世界に適応しやすそうなオタクに限定するとかさ!


「あの……ええと、あなたもあの地震で……なんですよね? だったらお互い様ですし……」

「ああ、うん……私はアパートの倒壊に巻き込まれたんだけどね。けど、あなた……」


 言いかけて、女の子が言いにくそうにしていた理由に思い当たる。そういえば、まだ名前も名乗っていなかったっけ。

「そうだ、言い忘れていたけど……私のことはミコトって呼んで? 向こうでの名前は覚えてないから適当な偽名なんだけどね」


「ミコトさん……はい、よろしくお願いします! わたしは、ええと……」

 名乗り返すつもりだったのだろうか、難しい顔つきになって女の子は黙り込む。


 考えてなかったんだろうな。私だって人間の村に行こうと思うまで、仮の名前なんて付けようとも思ってなかったし。

 別に今すぐじゃなくても……と声をかけようとしたところで、女の子はおずおずと問いの声を投げてくる。


「ミコトさん、その名前って由来はなんなんですか……?」

「ふえっ!? いや、好きなアニメのヒロインから取っただけだけど……」


 しまった、不意打ちでついオタクの本性を明らかにしてしまったよ。一瞬引かれるかな、と思ったけど女の子はぱっと顔を輝かせる。



「だったら、わたしは『ハル』って名乗ることにします! これなら絶対忘れたり間違えたりしませんから!」


「……ええと、由来を聞いても?」

 ちょっと引き気味になりながら尋ねる私に、女の子改めハルちゃんは笑顔で答える。

「わたしもミコトさんと同じ、好きなアニメのキャラから付けました! 『ダンたん』の主人公のハルキ君です!」


「お、おう……」

 清楚系女子校生だと思ったら、なんとびっくりのオタクでした……いるかいないかもわからない神様、先程の発言を撤回させていただきます。

 オタクだったら誰でも異世界に送っていいってわけじゃないんだよ! いや、オタクでもない普通の女子校生だったら、今の比じゃなく混乱して大変なことになっていたとは思うけどさぁ……


「ミコトさんの名前の由来って……もしかして『と○る科学の~』に出てくる、あの……?」

「違うから! 電撃ビリビリ中学生じゃないから! たぶんハルちゃんが生まれてないころにやってたロボットアニメのヒロインだから!」


 自分の発言に自分でダメージを受ける高度なプレイ。いや、私だって生まれてるか生まれてないかくらいだし。父親のDVDBOXコレクションがなかったら視聴してないし。


 というか、『ダンたん』って確か、美形の男キャラばっかり出てくる腐女子御用達のアニメだった気がするんだけど……うん、追及はやめよう。

 普通に格好いい男性キャラが好きで見ているファンだって大勢いるだろうし。「アニメ好きな女イコール腐女子って最近の風潮はどうかと思う!」と憤然と主張していた友人の言葉もあります。

 ……内容さえ面白ければBLでも男性向け18禁でも手を出す奴なので、説得力は皆無だったけどね!



 自爆ダメージやら疑惑やらをまとめて横に押しのけて、ハルちゃんに気になっていたことを尋ねる。

「そ、それより……なにか困ったことになってるのよね? いくら日本人だって思ったにしても、いきなり『助けてください!』って相当な事態じゃない? 私が助けてあげられるような事態かどうかはわからないけど、もし差し支えなければ話して……」


「……そうでした」

 笑顔の戻ったハルちゃんの顔が、先程までよりはましとはいえはっきりと曇る。


「もう、どうしたらいいのかわからなくて……誰でもいいから、助けて欲しいと思ってた時にミコトさんが来たんです。本当に……嬉しくて……」

 見る見るうちに大きな目に浮かび上がってくる涙を見て、慌てて大きな声で話を遮る。


「じゃあ、その困りごとってなにか話してもらえる? 私の力で解決できるようなことなら、いくらでも力を貸すから! もし駄目そうなら、その時は……一緒になにか解決方法がないか考えよう!」

「……はい!」


 目元ににじんだ涙を拭ってハルちゃんは笑う。うん、ちょっと魔物の移動についての調査を後回しにしてでも、この笑顔を守りたいって思うのは仕方ないと思う。


「その……実は、このダンジョンって『ダンたん』で出てきたダンジョンを参考にして作ったんです。さすがに百層以上……原作でもまだ五十一層までしか到達してないけど、そんなダンジョンは再現できないので三層だけなんですけど。でも一番ストーリーが盛り上がった五層と十七層と三十三層だけは外せなくて!」



 ……時折、熱い『ダンたん』語りに脱線しそうになるハルちゃんの話をまとめてみると。

 要するにこのダンジョンで目を覚ましたあと、タイムリミットの十日後までにダンジョンを作るため、ハルちゃんは『ダンたん』のアニメの設定資料集に載ってたダンジョンの構造を参考にしたらしい。


 ああ、正式名称は『ダンジョンで出会った僕たちの英雄譚』だったっけ……いや、もう少し長かったか。とにかく、異世界のダンジョンに飛ばされた男子高校生が主役の物語ってことはうっすら覚えている。

 ……最近はアニメの本数も多くてチェックしきれないし、話題になったアニメくらいしか見てないんです。あとは相当好みの要素があるアニメでもないと……と、それはおいといて。


 なんとか十日以内にダンジョンを作成することには成功したハルちゃんだけど、そこで一つ問題が発生。


 ダンジョンの構造物とか罠とか仕掛けとかを再現するのにDPを使いすぎてしまい、モンスターを作成する余裕がほとんどなくなってしまったのだ。

 けど、ダンジョンにモンスターがいないのは片手落ちだと思ったハルちゃん、とりあえず残ったDPで作成可能な低ランクのモンスターを作れるだけ作って突っ込んだ。


 その時作ったのが、あまり見た目の怖いモンスターは嫌だったということでランク1のラビット。全長50センチほどの大型のウサギだ。

 餌が必要ないのはわかっていたけど、まったく与えないのも可愛そうだと思って、ボスルームの予定で作った部屋を一つまるまる畑に変えてウサギの餌になる植物モンスターを用意したらしい。


 で、ひとまずダンジョンは完成したということで、ハルちゃんはコアルームの隣に設置した自室にこもってダンジョンの情報を片っ端から読みあさってたそうだ。

 もともとインドア派の上今は食事も風呂も睡眠すら必要ないため、気がついたらついつい熱中してしまって半月以上部屋から出るのを忘れ……


 ふと思い出して、ダンジョン内に放ったウサギたちがどうなったか様子を見ようと思った時にはすでに遅かった。自然繁殖によって増えたウサギが、ダンジョンのいたるところを我が物顔で闊歩し、餌不足による喧嘩まで起きている始末。

 慌ててハルちゃんは餌場を増やしたけど増え続けるウサギに対して絶対的に数が足りず、ウサギの群れ同志が激しく争った結果いくつもの群れがダンジョンの外へと追い出されていった。


 そこでウサギの数はちょっと安定したように思えたんだけど、それも束の間。

 どんどん繁殖するウサギはまた群れ同志の争いを引き起こし、負けた群れが外に出て行ったらまたすぐ数が増えて……の無限ループ。


 なにが一番厄介かって、最初のウサギを作成した時DPを少しでも節約するため、『命令不可能』の状態で作り出してしまったそうで。

 しかも作成した数はなんと百体。まさか勝手に繁殖するとは思っていなかったため、「バランスが取れていたほうがいいかな」くらいの感覚で、雄雌五十体ずつを作り出してしまったというのだから……もう目を覆うしかない。



 というか、それってもう完全な飼育崩壊としかいいようがないよね!?

 生き物を飼う前にはちゃんと特性を確かめようよ! そりゃダンジョンのモンスターが勝手に繁殖するとか普通は思わないだろうけど! けど色々確認を怠った結果が増えすぎたウサギの仁義なき抗争とか、飼い主としてそれはどうよと思わざるを得ないですよ!



「……でも、特にこのへんにウサギは見当たらないよね? 命令聞かないんだったら、どこにいてもおかしくないのに……」

「今は入口の階段の手前に扉を作って、勝手に出ていけないようにしてあるんです。でないと大変なことになるってわかったから……」


 目を伏せて沈痛な顔で告げるハルちゃん。その表情の意味は、話の後半を聞いたことでようやく理解できた。


 どんどん増えるウサギにダンジョンが占領されていっても、ハルちゃんはほとんど部屋から出なかったし、正規ルートとは別の移動ルートも確保してあったのでそれほど困ることはなかったらしい。


 もちろんウサギの群れ同士の抗争には心を痛めたし、なんとかできないかと思ったこともあったけど、相手はランク1とはいえモンスターでしかも命令不可能。

 すっかりDPを使い果たしてしまっていることもあって打てる手はなにもなかった。


 ただ、増え続けるウサギと抗争に負けた群れがダンジョンから出て行くのを放置した結果、さらにまずい事態が発生してしまった。……ダンジョンからウサギが出てくることに気づいた外の魔物が、次々とダンジョン内に入り込んできたのだ。


 当然ながら、ランク1のウサギが外からやってきた魔物に勝てるわけもなく、どんどん狩られていったのだけれど、そこで困ったこと第二弾。

 ダンジョンを格好の餌場だと思った魔物が居着いてしまい、豊富な餌のおかげもあって繁殖を始めてしまったのだ。


 こっちもどんどん繁殖していった結果、群れ同士で餌を巡っての争いが起きて負けた群れがダンジョンを追い出され……のループ開始。しかも外に出て行った群れがまた他の魔物の餌となって、餌を求めて入り込んできた魔物がダンジョンに居着いて……



「……ええと、一つだけ聞かせて欲しいことがあるんだけど」

 ちょっと頭が痛くなってきたような気がして、ぐりぐりとこめかみを指で揉みほぐしながらハルちゃんに尋ねる。


「扉を作ったってことは、今はDPがあるのよね? ウサギが増え始めた当初は使い果たしていたから仕方なかったにしても……DPを使って、増えすぎたウサギとか入り込んだ魔物とか始末するモンスターを作ろうとか思わなかったの? 少なくとも100ポイントもあれば、最低限の戦闘能力を持った言うこときくモンスターは作れると思うんだけど……」


「……それは、その……」

 言いにくそうに視線を逸らして言葉を濁すハルちゃん。いや、別に怒ってるわけじゃないし怒る気もないから言ってごらん?


「モンスターを使って……生き物を殺すのは嫌だったんです。だって、外から入り込んできたのはともかく、ウサギさんはわたしが作ったモンスターの子孫だし。勝手に作って勝手に殺すなんて、いくらなんでもひどすぎるじゃないですか。だから……」


 ……ごめんなさい、復活可能なモンスターをレベル上げのために延々殺させ続けてた私にはハルちゃんが正視できない。薄汚れた大人で本当にごめんなさい。外の偵察のためにがんがんモンスターを使い潰してた極悪人でごめんなさい。


「それに、外から入ってきたモンスターからウサギさんを保護するのに色々作ってたせいで、DPも足りなくて……〈鑑定〉のスキルを使うのに使ったりもしてたから、今はもう40ポイントくらいしか残ってないんです」

「あ~、それは……どうしようもないわね」


 そもそも最初のダンジョン作成時にDPをほぼ使い切ってるわけだから、ウサギが増えても対処のしようがなくて、さらに外のモンスターが入ってきて滞在することでDPが入るようになっても、ウサギを守るために使わずにいられなかったと。


 こうなってくると、ダンジョン作成前(だろう、たぶん)に〈鑑定〉のスキルを取っていたのは不幸中の幸いとしか言いようがない。

 それがなければ私がダンジョンマスターだと気づくこともなかっただろうし……って、〈鑑定〉で私の情報を読み取れたの? 〈偽装〉もかけているのにどうやって?


 不思議に思って問いただしてみると、ハルちゃんの〈鑑定〉はレベル18を超えたところで上位スキルの〈看破〉に進化して、たいていの生物の情報は読み取れるようになっているとのこと。


 そうか、スキルも成長すれば進化するのか……じゃなくて。〈鑑定〉として使っていた期間が長いせいで、つい癖で〈看破〉じゃなくて〈鑑定〉と言ってしまうとかいうのもこの際おいといて。


「ええと、つまり整理してみると……ハルちゃんが困っていることっていうのは、放っとくとどんどん増えちゃうウサギをどうにかしたいってことと、ウサギを狙ってダンジョンに入ってきたモンスターをどうにかしたいってこと?」

 自分で脱線させた話をなんとか本筋に引き戻すと、ハルちゃんも思い出したように「はい」と大きくうなずく。


「今はウサギさんと外のモンスターを隔離して、外への入口にも扉をつけたおかげでなんとか落ち着いてるんですけど……外から来たモンスターはともかく、ウサギさんはまだ増え続けてますし、群れ同士の衝突もどんどん激しくなってきてて……」


 まぁ、これまでは弱い群れが外に追い出されることで数の調整ができてたわけだし、それができなくなったら生存競争が激しくなるのは当然のことだろう。



「……でも私にできるとしたら、単純にダンジョン内のモンスターを追い出すか間引くかすることくらいよ? ウサギの増殖についてはどうしようもないし……」

 私の手持ちのカードといったら、いくつかのスキルとギンやヤシチの戦闘能力くらいのものだ。この場合、役に立ちそうなスキルはまったく思い当たらないので、貸せる力はギンたちの戦闘能力に限られるだろう。


 実際、今のこのダンジョンの問題は戦闘能力だけで片付けようと思えば片付けられる。

 ダンジョンに入り込んできた魔物を追い出すか殺すかして、元凶のウサギも間引いて数を減らした上で、餌を与えることを止めればさらなる繁殖は食い止められるだろう。


 ただ、問題はそれをハルちゃんが許容できるかということで……外のモンスターはともかくウサギを処分するのには抵抗がある様子だったし。



「とりあえず、もうちょっとダンジョン内の状況について詳しく教えてもらっていい? 中に入り込んできた魔物がどれくらいの強さなのかも気になるし。ギンたちで対処できないような魔物がそうそういるとは思わないけど、相手の強さもわからない状態じゃ簡単に引き受けられないから」


「あ、はい……」

 言いかけて、ハルちゃんはちょっと考える仕草を見せてから階段を手で示す。


「あの、それなら私の部屋でお話しませんか? ずっと立ち話というのもなんですし、それにここ、入口ですから……たまに外からモンスターが入ってきたりするんです」

 まだここを餌場だと思ってるモンスターもいるみたいで……と続けるハルちゃんに一も二もなく同意する。


 いや、別に魔物が怖いわけじゃないですよ? ギンたちがいれば大概の魔物は一撃粉砕(文字通り)だし。

 ただ、低ランクの魔物でも私やハルちゃんにとっては十分な脅威だし、ランクの高い魔物が入ってこない保証もない。避けられる危険なら避けたほうがいいというのが私の方針です。




 奥の階段を下っていくと小さなホールがあり、岩がむき出しになった壁にハルちゃんが手を触れるとそこが四角いドアになって開く。

 私のダンジョンの非常口と同じような造りだ。誰しも考えることは同じってわけか。


「こっちです」

 違うのはハルちゃんに続いて入っていったドアの向こうが廊下になっており、複雑に曲がりくねった廊下を歩いていくということ。


 空間を接続させれば一瞬なのに……と不思議に思ってハルちゃんに聞いてみたら、ダンジョンの正式ルートを造るのにポイントがかかりすぎて裏のルートにまで回している余裕がなかったと、ちょっと恨めしそうに答えられました。

 ああ……空間接続より廊下のほうが安く済むものね。なんともせちがらい話だ。



 あと、私がダンジョンマスターとわかったのは〈看破〉を使ったからにしても、なぜ日本人だとわかったのかも疑問だったので尋ねてみる。

 ダンジョンマップ越しでそこまでわかるものなんだろうか?


「……え? だって、見るからに日本人の顔立ちだったし……喋っていたのも日本語でしたよね? それに、私と同じダンジョンマスターなら日本人だと思って……」

「いやいや、どうやって顔を確かめたの? それに言葉だって……」


 きょとんとするハルちゃんに重ねて聞いてみたところ、ダンジョンの機構の一つに指定した場所の映像を送る『ビジョン』というものがあるのだそうだ。

 あと音声を送る『フォン』なるものも……なにそれ? カメラとマイクじゃいかんのか、と思う一方でそこまでチェックしてなかった自分のうっかり加減に頭を抱えたくなる。むっちゃ便利やん!


「あ~、そっか……それで入口の映像を見て……って、言葉がわかるから日本語ってちょっと安直すぎない? 異世界に来たって言葉だけはなぜか通用するのが定番でしょ? 実際、この世界の人たちと話してみても普通に言葉が通じたし」

「えっ!? ミコトさん、この世界の人間に会ったことがあるんですか!?」

「あ、うん。けどそのへんの話をしたら長くなりそうだから、あとでゆっくり話そう? 先にこのダンジョンの問題を片付けたほうがいいと思うし……ああ、でも外の問題もまだ解決してないしなぁ」


 魔物の調査がまだ途中だったことを思い出して、ちょっとげんなりした気分で呟く。

 問題を一つ片付けてもまだ次があるという。なんだろうね、なにか起きる時は一気に起きなきゃならないという法則でもあるんだろうか? ドミノの法則?



「外の問題、ですか? あの、外でもなにか起こって……」

 心配そうに顔を曇らせるハルちゃんに、大丈夫だと力づけるように笑ってみせる。

「ちょっと魔物が増えたり移動してるだけよ。あんまり強くない魔物がほとんどだし、扉の中まで入ってくることはないと思うから……ここの扉、ちゃんと鍵かけているんでしょ?」


「あ、はい……ダンジョンマスターが壁のあの部分に触れた時しか開かないように」

 やっぱり私と同じことを考えたみたいだ。違うのは偽装されているドアのどこでもいいか、決まった部分に触れるかの違いだけで。

 ここでも私の大雑把さが現れたような気がするが……いや、もし急いで開けなきゃいけないような時にはドア全体のほうが便利なはずだし! 〈帰還〉を使えば一瞬だからそんな場面があるかどうかはともかく!


「あ、やっぱり私と同じこと考えたんだ。外に直通する扉はやっぱり自分にしか開けられないようにしておくよね? 間違っても勝手に開けられないように」

「ミコトさんも、ですか? ……実は『ダンたん』にもキーパーってダンジョンマスターみたいな人物が出てきてて、ハルキ君が仲間のところに急いで駆けつけなくちゃいけない時、壁に手を当てて裏の通路を通してくれるってシーンがあったんです! 敵か味方かわからない謎の人物なんですけど、『内緒だよ』って笑った顔がすごく格好良くて……!」


「あ、うん……」

 こんなところにも『ダンたん』の影が。まぁ、そのおかげで裏口ルートを作ることまで考えられたんだから、ハルちゃんのことを思うならよかったのか。

 さすがにハルちゃんが自分から出てこなかったら、初見のダンジョンの奥まで入り込もうなんて絶対考えなかっただろうし、そしたらハルちゃんと会うこともなかったわけで。



 そんな話をしながら廊下をしばらく歩き、長い階段を下りきったところで行く手に飾り気のないドアが見えてくる。

 ビルの非常口なんかでよく見るような灰色ののっぺりとしたドアだ。ハルちゃんは先に立ってドアを開け、私とその背後のギンたちに向かって少し照れくさそうに笑って「どうぞ」と声をかける。


「本当になんにもなくて恥ずかしいんですけど……でも、片付けとかお掃除しなくていいだけもとの世界の部屋よりちょっとマシかも」


 うん、まぁ、同じオタク女子としてその気持ちはよくわかる。一人暮らしするようになってからはできるだけ蔵書を増やさないようにしてたけど、それでも気がついたら趣味全開の本で本棚がいっぱいになってたりするし。

 部屋にものが増えると掃除もつい手抜きがちになって、気がついたら本棚の上とか部屋の隅とかに埃が溜まってたりするんだよね……


 なんて思いながら部屋に入ると、とても見覚えのある正四方形の部屋だった。

 薄ぼんやりとした光に満たされた白い部屋。隣室へと続く扉のない入口。部屋の隅にはそこだけやたら現代風のシングルサイズのベッドが置いてある。可愛らしい水色の花柄のカバーが掛かった布団と枕も完備されており、他にはなにもない部屋の中で見事なまでに浮いている。


「その……睡眠を取る必要はないとわかってたんですけど、せめて寝るところだけは確保したくて……ちょっとDPの無駄遣いって気はしたけど、向こうと同じベッドがあればほんの少しでも気分が楽になるかもって……」


 私がまじまじとベッドを見ていることに気づいて、ハルちゃんはやや言い訳がましい口調になる。いや、責める気なんて毛頭ないから。精神衛生は大事。

 というか、私なんてそのためにベッドどころか小屋一つ作ってついでに毎日料理までしてるくらいだし。


「うん? ベッドくらいいいんじゃない? むしろベッド以外なにも作ってないことに驚いたくらいよ。私なんて自分のために空の見える階層一つ作って、小屋や畑まで作って生活してるわよ? その程度、贅沢のうちにも入らないって」


 笑ってちょっと大袈裟に言うと、ハルちゃんは目を丸くしてから控えめに笑みを浮かべる。空つきの階層を作った理由は他にもあるけど、精神衛生のためというのも嘘じゃない。

 むしろ、こんな部屋で一月以上過ごしてきたハルちゃんの精神力に頭が下がる思いだ。他に誰もいない、意思疎通のできないモンスターだけのダンジョンで、よく精神のバランスを保ったまま過ごせたものだと思う。


「……じゃあ、このダンジョンの現状について教えてもらえる? モンスターの数とか居場所とか……あ、ダンジョンの構造を知られたくないならそこは伏せても」

 そのあたりについて深く考えると、思わずもらい泣きしてしまいそうな気がしたのであえて本題を口にする。


「いいですよ、ミコトさんにだったら知られても。あ、よかったらベッドに座ってください。椅子がなくて申し訳ないんですけど」


 勧められたベッドに素直に腰を下ろす。おお、クッションの弾力が。申し訳程度のパッドや麦わらクッションとは段違いです。……麦わらベッドを通りこして、現代日本のベッドを作りたくなってきたのは内緒だ。


 私がベッドに腰を下ろしたところで、ハルちゃんも「失礼しますね」と一言断って隣に腰掛ける。やっぱり育ちの良さが端々ににじみでてるなぁ……伊達にお嬢様学校に通っているわけじゃないってことですね。


 ギンはベッドの前の床に伏せの体勢で座り込み、ヤシチはその背中から飛び立ってベッドのヘッドボードに留まる。

 爪の跡が付くかと思ってヤシチに肩に移動するよう命じかけたところで、ハルちゃんの「気にしないでください」の一言があったためそのままにする。


「ええと、今のこのダンジョンの状況ですけど……」

 言いながらハルちゃんが立ち上げたウィンドウを横からのぞき込む。


 自分以外には見えないはずのウィンドウだが、同じダンジョンマスターだからなのかハルちゃんが見せてくれようと意識しているせいなのか、自分のウィンドウと同じように普通に見える。

 ただ、ウィンドウの色が私のはわずかに紫がかった青なのに対し、ハルちゃんのは桜の花みたいなごく淡いピンク色だ。

 個人のイメージに合わせて変えてるとか? 確かにハルちゃんには似合ってるけど……女子力の差が基準になっているようでなんか複雑な気分だ。



 まぁ、そのあたりはともかく、ハルちゃんが表示してくれたダンジョンマップとビジョンで映し出された画面を目にして……思わず目が点になった。

 いや、あの……増えすぎたとは聞いていたけどね? ダンジョンの部屋も廊下も埋め尽くす勢いでウサギがいるとは思っていなかったわけで。これ、全部で何十体……いや、何百体いるわけ?


 しかもダンジョン内にいるのはウサギだけじゃない。ボスルームなのか広々とした洞窟風の部屋を占拠しているのは、緑がかった灰色の肌をした人型モンスター――ゴブリンだ。


 これも数十体か、下手をすれば百体を超える群れを作っている。さらに別のエリアを映し出している画面には、ゴブリンより二回り以上大きな人型モンスター。

 これは……オーク? 〈鑑定〉で見てみると『オーク:ランク6:レベル5』と表示される。けっこうランクの高いモンスターじゃない!


 ……うん、ちょっと思ってたよりもこのダンジョンの問題解決は大変そうです。というか、本当になんでこんな状態になっちゃったんだろうね……現代でも社会問題になってたけど、異世界での飼育崩壊恐るべし!




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