22 たくましき異世界の女性(×3,5)
半分うとうとしながらも、気力を振り絞ってベッドに潜り込んだらしき翌朝。
目が覚めたらパジャマ姿で、自分の根性に脱帽すればいいのか単なる条件反射と化しているのかちょっぴり悩みました。とりあえず先に目覚めていたヤシチに挨拶して、床の上ですぴーすぴーと平和な寝息を立てているギンを起こしてから服装を替え、タオル代わりの布とコップを持って階下に向かう。
まだ太陽が昇ったばかりと思しき時間帯だけど、すでに起きて身支度を整えている冒険者の姿も何人か見受けられた。さすが皆さん朝が早い。
しかし挨拶した途端、びくっとされたのはなぜなんでしょうかね? のっしのっしと横を歩いてるギンのせいでしょうか?
宿を出て広場の隅にある井戸で水を汲み、顔を洗って口をすすぐ。
もちろん二日酔いの頭痛なんかとは無縁だ。ちらほらと見える村の皆さんにも挨拶しながら宿の部屋に戻り、留守番をお願いしていたヤシチも連れて食堂に向かう。
あ、もちろん部屋に鍵はかけましたよ。泥棒が入る心配はあまりしてないし、そもそもマジックバッグは肌身離さず持ち歩いてるけど、こういうことは普段からの習慣が大事だ。ただでさえ他に人のいないダンジョン生活が長くて、防犯意識が低下している部分もあるし。
すでにいい匂いの漂い始めている食堂に顔をのぞかせると、中では数人の冒険者がせっせと食事を摂っているところだった。
昨日は見た覚えがない顔だけど、夜遅くに村に戻ってきた人たちだろうか? 向こうも「?」という顔をしているので軽く挨拶だけして、厨房の奥に姿の見えるヨーコさんに声をかける。
「おはよう、ヨーコさん! 朝ご飯頼んでもいい?」
「ミコト? もう起きたのかい!? 昨晩あんだけ飲んでたから、今日は絶対寝過ごすもんだと思ってたよ!」
失敬な。いくら度数が高かったとはいえ、十杯も飲んでいないのに私がそんな醜態をさらすわけがない。
私を酔い潰したかったらその十倍は持ってきなさい。ただし、そんなに飲んだら先に金銭面で破滅することになるけどな!
「平気平気、あれくらい飲んだうちにも入らないから。それよりちょっと台所借りていい? ギンたちの朝ご飯作ってあげちゃいたいから」
「それはかまわないけど……食事だったらもう用意ができてるからすぐに出せるよ? その子たちのぶんは、食事のあとにしといたほうがいいんじゃないかい?」
「待たせるのも可哀想だし。それに慣れてるからすぐにできるわよ」
言いながら厨房に入って、昨日保存庫の中に入れさせてもらっておいた肉を取り出す。
あ、マジックバッグの中に入れてある肉も早めに食べちゃわないと。外部の温度に影響を受けないから、普通に放置しておくよりはマシとはいえあんまり長く入れっぱなしにもできない。
なんて考えつつ、バッグから出したナイフで肉をさくさく切って皿に盛りつける。
そろそろギンのお皿も一回り大きなものに換えないと……これより大きな皿は小屋にはないから、村の道具屋で買って帰るか。だったらヤシチのお皿も新調しないと不公平かな。でも、それならジンガにもなにかお土産を買っていってあげないと。
ほとんど無意識にナイフを動かしているうちに食事の準備は終わり、目を丸くしてるヨーコさんにお礼を言って外で待っているギンたちのもとへ向かう。
千切れそうなほど尻尾を振っているギンと、周囲を油断なく見回しているヤシチの前に皿を置いて食堂の中へ戻る。
私が食べ始めるまでは二体も(主にヤシチの眼光のせいで)食事を始められないので、自分から取りに行こうかななどと思ってたらすでに空いたテーブルに料理が! もしやと思ってヨーコさんに目をやると、にかっと非常にいい笑顔が返される。
「冷めないうちに早くお食べ! というか、あんた手際がいいねえ! なんであんなに解体が下手なのか不思議でならないよ!」
「ありがとう! ……解体はまだ勉強中だから。これから上手くなってく予定だから」
微妙に震える声で付け足し、食事の用意されているテーブルにつく。
そうそう、言葉遣いに関しては昨晩「もっと普通に喋ってくれないかい?」という申し出があったため、できるだけフランクな感じで話すようにしてます。
それでも油断すると敬語が飛び出してきそうになっちゃうんだけど。だってヨーコさん、この村の実力者(真)だし……
今朝のメニューは卵のスープに分厚く切ったベーコンのソテー。スープには香味野菜がたっぷり入っているので栄養バランスも満点だ。さらに三個まではお代わり自由のパンまでついて宿代2ズィルにコミコミというお値打ち価格!
「いただきます!」
思わず両手を合わせてから、添えられていた木のフォークとスプーンを使って食べ始める。
うん、やっぱりヨーコさんの作る料理は絶品! スープの卵はふわふわで、香味野菜の独特の風味とともに食欲を誘うし、2センチ近い厚さに切られた焼きたてのベーコンは噛み締めるとジュワッと出てくる脂の甘さがたまらない。
しかもパンはやはり焼きたてで、バリッと割ると湯気が立つ中身にバターをつけて食べるともうね……もうね!
いっそこのままダンジョンに帰らないで、ずっとこの村で冒険者として暮らしていこうかなとか考えてしまうんですが、割と真面目に。
じっぐりと噛み締めるように朝食を摂っていたおかげで、気がつくと他の冒険者たちの姿は残らず食堂内から消えていた。
かわりにやってきたのは村の皆さん。ただし昨晩の飲み比べに参加していたオヤジどもの姿はない。
「おはよー、ミコトお姉ちゃん!」
朝から元気いっぱいに挨拶してくれるヒヨちゃんに、こっちも笑顔で挨拶を返す。
「おはよう、ヒヨちゃん! こっち来て座る? 今ならヤシチとギンも呼んであげるよ?」
ちらっとヨーコさんを見やって確認を取ると、OKというようにうなずきが返ってきたので窓の外にいるギンたちを呼ぶ。
と、ヤシチはともかくギンは窓から入って来ようとするのはやめなさい! ギリギリ入ってこれなくもないけど、モンスター襲来みたいで絵的に怖いから! あとヒヨちゃんの前で行儀の悪いところを見せるのは教育的にアウトです!
そんな騒ぎをよそにヒヨちゃんは私の隣の椅子に座る。誰にも手を貸してもらわなくても、座面に手をついてひょいと椅子に飛び乗るあたり実に手慣れた様子だ。
手伝おうとして途中で止まったままの手が虚しいけど。自立心旺盛なのはいいことだ、うん。
「おはよー、ギンちゃん、ヤシチ!」
空いた椅子の背もたれに留まったヤシチと、すごすごと入口から入ってきたギンに挨拶するヒヨちゃん。相変わらずヤシチだけ呼び捨てなのはなぜなのか。ちょっと気になるけどヨーコさんが朝食を運んできたのでそのあたりの質問は保留にしておく。
「ほら、ちゃんとこぼさないで食べるんだよ。ミコト、なんだか面倒見させるみたいになって悪いね? いつもだったら、うちの人に面倒見させるところなんだけど……」
「お父さん、まだベッドでうんうんうなってるよ?」
それは百パーセント昨晩の飲み比べでグリンさんを轟沈させた私のせいでしょう。というか起きることは起きたのか、グリンさん……二日酔いで動けなくなってるみたいだけど。
申し訳なさそうなヨーコさんに気にしないでと伝え、食後のお茶を注文してむぐむぐ朝食を食べているヒヨちゃんを温かく見守る。
ヒヨちゃん用の食事は量が少ないだけでなく、あらかじめベーコンが小さく切り分けられているなどヨーコさんの気遣いがあふれている。それでもこぼしてしまうスープや、頬についたベーコンの脂を布で拭くくらいはむしろ役得です。
「本当にすまないね……このお茶はサービスにしとくよ。うちの人も本当にだらしないったら……潰れるくらいなら無理して飲むなって話だよ」
お茶を運んできたヨーコさんの愚痴とも文句ともつかない台詞には、あははと笑って返す他ない。だって無理させたの私だし。
あとどうでもいいけど、ヨーコさんみたいなプロポーションのいい美人が口にする「うちの人」って言葉は破壊力抜群だ。
口では悪く言いながらもそこはかとない愛情があふれているあたりがなんとも。ご馳走様です、と思うのと同時にグリンさんに対する爆発しちまえ、という思いがわき上がってくる。
「ま、まぁ……ヒヨちゃん可愛いから、面倒くらいいくらでも見ま、見るわよ? サービスはありがたく受け取らせてもらうけど」
「しっかりしてるね! でも、女一人で冒険者なんてやっていこうと思ったら、それくらいのたくましさがないとね!」
からからと笑ってヨーコさんが私の背中を強く叩く。ぶっ、息が止まったかと思うほど強烈なんですが。お茶を手に取る前でよかったよ!
「ケホッ、ところで、ちょっと換金したいものがあるんだけど、この村で買い取りを頼めるとしたら道具屋さんのとこかな?」
「ああ、そういえば昨日そんなことを言ってたね……換金する物にもよるんじゃないかい? さすがにまったく需要のないような物はショウのとこでも買い取れないだろうし。なにを売るつもりなんだい?」
ヨーコさんに尋ねられて、足下に置いていたマジックバッグの中から塩を小分けにした袋を一つ取り出す。正確な重量はわからないけど、だいたい1キロぐらい入っているはずだ。
怪訝そうな顔になるヨーコさんの前で、袋の口を縛っている紐をほどいて中を見せる。
「これ……もしかして、塩かい?」
「うん。これならどこでも需要があると思って。あ、でも塩の売買には制限がかかったりするのかな? 国が独占して売ってるとか、扱うのに資格がいるとか……?」
ちょっと不安になって尋ねると、ヨーコさんは複雑な表情のまま首を横に振る。
「いや、別にそんなこたぁないが……うん、混ぜ物もないしいい塩だ。これならうちで買い取ってもいいくらいだけど……」
「だけど?」
「……あんた、船が難破して海岸に流されてきたって言ったよね? なんで荷物の中にあったはずの塩が無事なんだい? 普通、溶けるか湿気て固まっちまうかするもんだろう?」
「………あ」
むしろ呆れたようなヨーコさんの声に、作戦に根本的ミスがあったことを悟る。
そうだった! いくら荷物の中にあったとはいっても、ビニール袋に入れてあったわけでもない塩が無事で済むわけがなかった!
必死に知恵を振り絞るけど、とっさにうまい言い訳が出てくるわけもなく。現実は非常である……なんて言ってる場合じゃない!
心なしかヨーコさんの目つきが鋭くなってきた気がして、仕方なく次のカードを切ることにする。
「あの……ここだけの話にして欲しいんだけどね? 実は、私……」
ヨーコさんに顔を近づけてぐっと声を落とし、足下のバッグを指で示してみせる。
「マジックバッグを持ってるの。見た目の何倍も中に物が入って、外の環境に影響も受けない特別な鞄。で、その中に入れてあったから……」
通じるといいな~と思いながら、嘘に新たな嘘を重ねる。
ちなみにマジックバッグが外の環境に影響を受けないというのは本当だ。ついでに意図的に出し入れしようとしない限り、外の物が勝手に入ってきたり中の物が出たりすることもない。実はひそかに完全防水防塵仕様だったりする優れものだ。
ただ、色々と気遣ってくれる人相手に嘘で塗り固めた話をするのは地味にきつい。たとえ、本当のことを話したところで信じてもらえそうになかったとしても。
「……なんだ、やっぱりそうかい」
けれど案に相違して、ヨーコさんはあっさりと言って相好を緩めてみせた。
「海を流されたり何日も森をさまよったにしちゃ、ずいぶん身綺麗な格好してたからね。そういうわけだったのかい。まぁ、魔法袋といえばけっこう値の張るものだし、用心するのも当前だと思うよ? 毛布や狩りの獲物をしまわないでおいたのもそのためだったんだろう?」
「……うん」
思わず安堵のため息が洩れそうになるのを我慢しながら、短い言葉だけを返す。
どうやら、マジックバッグ(こっちでは魔法袋というらしい)は珍しいことは珍しくても、そこまでの高級品という扱いではないみたいだ。
「だけど、偽装するならするでもう少し上手くやったほうがいいよ。あんたの格好じゃ怪しんでくださいって大声で言ってるようなものさ。マントも毛布も新品同様だし、服も身体も毎日洗ってでもいるみたいに綺麗だし。それで何日も森の中を歩き回ってたなんて言われたら、誰だってなにかあると思うに決まってるよ」
「うっ……そんなにバレバレだった? 自分じゃ一応気をつけてたつもりなんだけど」
後ろめたさでドキドキしている胸に、笑いながらのヨーコさんの言葉が突き刺さる。色々と知恵を絞って考えたのだが、それが無駄だったとしたら悲しすぎる。
「まあ、そうだね。魔法袋を持っているか、でなければ自然に汚れを落とすような魔法のかかった服を着ていると思われるか、そのどっちかだろうね。まぁ、そんなものを持ってる冒険者だったら相応の実力もあるのが普通だから、あんまり神経質に隠すこともないだろうよ。とはいえ女だと与しやすしと思われて狙われる危険もあるし……あんたの場合は、見るからに手強そうな護衛がついてるからそうそう狙われる心配はないとは思うがね」
喜んでいいのか残念がればいいのか微妙なヨーコさんの玉虫色の返答。
要するに、私があれこれ考えて行った偽装工作はまったく無駄だったけど、そのおかげで結果的に実力のある冒険者に見られていた、と。
……うん、とりあえず露骨に怪しまれたりなめられたりしなかっただけよしとしておこう。
ええ、結果がよければ万事オーケー! どうせ最初から全部上手くいくなんて思ってなかったし! ファンタジー風私服コスプレの時点でもう色々と諦めていたさ!
だったらいっそ普段通りの服装で来てればよかったんじゃ、とは思っても言わないのが優しさだ。過去の黒歴史の封印まで解いたのも全部無駄だったなんてそこ、絶対に指摘しないように!
結局、持ち込んだ塩はヨーコさんに一袋1ズィルで引き取ってもらうことになりました。
売値がそのくらいなので、道具屋に持っていくよりもいくらか高く引き取れるとのこと。まぁ、確かに中間マージンなんかを考えるとこれより低くなることはあっても、高くなることはないだろう。
というわけで、マジックバッグに入れてあった五袋の塩を売って5ズィルを入手。
騙されている可能性はないかって? すぐ隣にご飯を食べ終わってギンたちと遊んでいるヒヨちゃんがいるのに、母親のヨーコさんが人からお金を騙し取るような行為をすると? もしそうだったら、私の人を見る目がまったくなかっただけという話だ。
それに、2ズィルで宿に泊まれるってことは、1ズィルの価値って少なくとも2000~3000円くらいはあると思う。
もちろん日本とは色々金銭価値が違うだろうけど、それでも1キロの塩に1ズィルって相当高いと思うよ? 逆に高すぎるんじゃないかと心配になって何度も確認してしまったくらいだ。
どうやら輸送費が(護衛がなければ町から町への移動が難しいこともあって)高くつくおかげで、このあたりでは塩は普通にそれくらいの値段になるらしい。
ヨーコさんに塩を引き取ってもらったりと色々あったため、食堂を出たのは太陽がけっこう高く昇ってからになった。他のお客さんの給仕とかもあったしね。もちろん、塩を売ったのはお客さんがある程度引けてヨーコさんの手が空いてからだ。
あんまり忙しそうなので手伝いを申し出たけど、笑いながら「だったらうちでしばらく働かないかい? 賃金は弾むよ」と言われたので渋々引き下がりました。
いや、レストランでのバイト経験もあるし、食堂で働くのが嫌というわけでもないんだけど村に来た本来の目的がね……いずれはダンジョンにも帰らないといけないし。
食堂を出てまず向かったのはショウさんの経営する道具屋だ。
あ、でもショウさん、昨日の飲み比べに参加してたんだよな……今朝も食堂に姿を見せてなかったし。はたして店は開いているのだろうか?
と思ってたら、なんとか店は開いてました。ショウさんの姿は店になく、かわりに奥さんと思しき恰幅のよい女性が店の前の掃除をしていたけど。
私(というかたぶん一緒に歩いているギン)の姿を見とめると、ふくよかな顔に笑みを浮かべて声をかけてくる。
「おや、噂の魔物使いさんかい! 昨日の話は聞いてるよ、なんでも男連中を飲み比べで全員潰したらしいじゃないか! まだ若いのにたいした酒豪だね!」
「お、おう……そのせつは、たいへんなご迷惑を……」
出会い頭にいきなり精神にアッパーカットをかまされ、思わず言葉に詰まる。
別に自分から誘ったわけじゃないけど、村のオヤジどもを残らず轟沈させたというのはなんというかこう、年頃の女性としての外聞があまりにも。
私の反応に奥さん(暫定)はからからと笑い、気にすんじゃないよと軽く言い放つ。
「うちの旦那や村の男連中が、新顔の冒険者が来るたびに酒盛り始めて次の日仕事にならなくなるなんてのはいつもの話さ! むしろ早いうちに潰してくれて助かったくらいだよ。酒代も馬鹿にならないし、だらだら飲み続けられたらヨーコにだって迷惑だからね!」
なんというか、ヨーコさんに負けず劣らず豪快なお人のようです。というか、この村の女性ってこれがデフォルトなんだろうか。
まぁ、魔物がわんさか生息してる森のすぐ近くまで移住しようと思う時点で、豪快な性格してないはずがないんだけど。
「えーと……そのへんにはあまり触れないでいただけると助かります。さすがに私もちょっと昨晩はやりすぎたと思ってるんで……一応、年頃の女子としての外聞とか羞恥心とか、過去の黒歴史とかあったりしますので」
思わず敬語になりながら控えめにお願いする私に、奥さん(確定)は笑顔のまま歩み寄って肩をバンバンと叩いて言った。
「女が酒豪でなにが悪いっていうんだい! 下心満載で酔い潰そうとしてくる男だっているんだから、酒に弱いよりむしろいいじゃないか! 飲み過ぎで身体を壊したり酒代で破産しないように気をつける必要はあるだろうけどね!」
後者はまさに昨日、その危険に震え上がったばかりなので笑えない。塩を売って少しばかり懐に余裕はできたとはいえ、他の買い物のことも考えたら狩りに出て稼がないと。
と、そこでようやくここに来た目的を思い出す。
「あ、それよりお店はもう開いてますか? ちょっと売りたい物とか、あと買えそうだったら買いたいものとかあるんですけど」
「ああ、やってるよ。だけど、その堅っ苦しい言葉遣いは止めてくれないかい? どこのお嬢様だか知らないが、そんな言葉で話しかけられたら居心地が悪くって仕方ないよ! あたしはラッカっていうんだ。あんたの名前は?」
言われて名乗ることも忘れていたと気づき、慌ててぺこりと頭を下げて名前を告げる。
「ミコトで……というの。名乗るのが遅れてすまなかったわね。もう知っていると思うけど、魔物使いで冒険者をやってるわ」
言葉遣いを直したことでラッカさんは満足そうにうなずき、扉を開けっ放しにしてある店の中に私を招き入れる。
店の中は十畳ほどのスペースに棚が並んでいる空間。ギンが入ると狭いどころの話ではなさそうなので、店の前で待っているように告げて中に入る。ヤシチは肩に乗ったままだ。
棚に並んでいるのは素焼きの瓶、紙袋、大小まちまちの紙包みなどの用途のさっぱりわからないものから、紙、布、ロープ、マッチといった消耗品まで種類は様々だ。
ちょっと値の張るものは棚の上のほうに鎮座しており、そこにはランプやマジックバッグと思しき鞄がいくつか並んでいる。
現代のコンビニを見慣れた私の目には商品の量も種類も少なく思えるけど、この小さい村の購買力を考えたらこれでも十分すぎるくらいだろう。値札は付いておらず、私は木製のお皿を一つ手にとってラッカさんに声をかける。
「ラッカさん、このお皿はいくら?」
「ああ、それは一つ1クップだね。まとめて買うなら三つで2クップになるよ」
まとめ買いがお得な方針のようだ。他にもあれこれ手に取りながら尋ね、だいたいの物価が把握できたところでとりあえずギンとヤシチのお皿を買う。
このお店に置いてあるのは冒険者向けの消耗品(瓶や紙袋は薬類、紙包みは保存の利く携帯食料だった)や、村人向けの日用雑貨や調味料、あとは双方に需要のある紙や布などの消耗品といったところのようだ。
服も消耗品の一部であるらしく、それほど数は多くないけど端にまとめて置いてある。一番多いのが男性用の下着だけどな!
どこの世界にもぎりぎりになるまで服を買わない男性や、荷物を持たずに歩いて出先でパンツを買う男性はいるようです。
「ところで、売りたいものっていうのは? あんまり高価なものだったら、うちじゃ買い取れないけどね?」
「高価かどうかは……ちょっと見てもらわないとわからないんだけど」
きょろきょろと店内を見回している私にラッカさんが声をかけ、慌ててマジックバッグから蜂蜜の壺を一つ取り出す。傾けないよう気をつけながらカウンターの上に置いた壺を、ラッカさんは小首をかしげて見やる。
「なんだい、これ……蓋を開けてみてもいいかね?」
どうぞどうぞ、と思わず身振り付きになって答えると、大げさだねぇと苦笑しながらラッカさんが壺の首にかけていた紐をほどいて蓋を開ける。いえいえ、ただの条件反射みたいなものですからどうぞお気にせずに。
「……これ、もしかして蜂蜜かい?」
蓋を開けた途端、ふわりと漂った匂いだけでラッカさんは壺の中身を見破る。まぁ、蜂蜜の匂いなんてそうそう他のものと間違えたりはしないと思うけど。
「それもこの匂い、普通の蜂じゃなくて魔物の蜂の巣から採った蜂蜜だね? これならうちの店で売るより、サルサーギに持っていったほうがいい値で売れるよ? うちじゃヨーコのとこくらいしか卸す先はないから、色を付けてもせいぜい2ズィルってところだし……」
うぉ、いきなり塩の倍額がきたんですが! というか、元手(DP)のかかっている塩より蜂蜜のほうが高いという現実。いや、壺に入っている量を考えたら蜂蜜のほうが割安なのか。
でもこれがマジックバッグの中にまだ五個あるということを考えると、資金面のことはあまり心配しなくてよさそうな気がしてきましたよ。
「サルサーギ村だったらもっと高く売れる……? いくらくらいになるかな?」
「そうだね、普通に売っても5ズィルは固いよ。首都のほうでは10ズィルかそれ以上で取引されてるって話だしね。魔物の蜂蜜は風味がいいし、長期保存にも向いているから人気があるんだよ」
念のためにと聞いてみたら、思いがけない値段が返ってきて思わず目が点になる。
塩の五倍ですか!? ええと、バッグの中の蜂蜜まで全部換金したら30ズィル!? 手持ちの分も合わせたら半月以上宿に泊まれるんですが!
絶句した私の顔を見てラッカさんは小さく笑い、手際よく蜂蜜の壺に蓋を被せて縛る。
「まぁ、そういうわけだからこれはサルサーギに持っていって売るといいよ。あんたの狼なら半日もあれば着くだろう?」
「え、でも……」
「別に今すぐ金が必要ってわけでもないみたいだし、だったら少しでも高く売れるところまで持っていって売ったほうがいいよ。定期馬車が来るのを待って売ってもいいけど、行き帰りの運送代とかで色々差し引かれる分やっぱり安くなるからね」
笑いながら蜂蜜の壺を私のほうに押し返すラッカさん。知らん顔して買い取ってもいいはずなのに、自分より私の利益を優先してくれるとはなんというぐう聖人。
というか、私この村に来てから善人にしか会っていない気がするんですが! ヨーコさんといい、ヒヨちゃんといい(ヒヨちゃんはむしろ天使)、この村には心の綺麗な住人しかおらんのか! ……あ、ただしオヤジどもは除く。
「ああ、でも森の中で採れる薬草なんかがあったら売ってもらえないかね? 薬の類はいくら作ってもすぐに売れちまうし、特に今日は二日酔いの薬の消費が激しいだろうからね。補充の分を作り足しておかないと」
「お、おう……」
陽気な見かけに反してラッカさんは調薬師さんだったもよう。ついでに私のできたばかりの古傷を抉るように打ち抜いてくれる。ぐふっ、いいパンチだったぜ……
しかし残念ながら、森の中を移動している間は採集どころではなかったので薬草などの持ち合わせはない。ダンジョンの地下一層で育てているのも食材になる植物ばかりだし。せいぜいハーブが何種類かある程度だけど、自分で使う分くらいしか持ってきてない。
それを(ダンジョン云々は除いて)告げると、ラッカさんはなんだか残念な子を見るような目で私を見てからぽんぽんと肩を叩いた。
「解体が苦手だとは聞いてたけど、採集も苦手なんだね。まぁ、数さえこなせばできるようになってくもんだから、諦めないで根気強く取り組みな? 仮にも冒険者を名乗るんだったら、どっちも絶対に必要な技術なんだからね?」
むしろ力づけるように笑顔で励まされて、精神的ダメージが追い打ちできました。ぐはっ、ラッカさん、私はできないんじゃなく場数が足りてないだけ……うう、自分でも言い訳にしか聞こえない。ラッカさんの経験を積めという説教が適確なだけに。
い、いいもん、この村にいるうちに解体の練習をして、ヨーコさんもラッカさんも見返してやる! 私には〈解体〉スキルもついているのです! 〈鑑定〉スキルだってあるし、採集も頑張ってラッカさんにはぎゃふん(死語)と言わせてやる!
なんてひそかに闘志を燃やしていると、店の外がちょっと騒がしくなってきた気がして窓のほうへ目をやる。
わいわいと何人かの話す声。誰かがギンに驚いたのだろうかと思ってたら、開いたままの入口から飛び込んできた人が大声でラッカさんを呼んだ。
「おばさん、外の狼って誰の騎じゅ……っ!?」
頬を紅潮させて目をきらきらと輝かせた娘さんが、店内にいる私を見て動きを止める。
……とても見覚えのある人物です。サラッサラの癖のない栗色の髪とか、素っ気ない男物の服を着ていてもわかる女性的な身体付きとか、手に持ったままの長い木の杖とか。
衣服や顔は少し汚れているけど、相変わらず少し垂れ気味の目が優しそうな美人さんだ。
「あ、あの……外の狼さんってあなたの騎獣? それに、その鷹も……」
おっと、私をガン見してると思ったら見ているのは肩に止まったヤシチでしたか。
私よりもヤシチに目が行くあたりお目が高い。鷹だけに……とは言いませんよ? 言った瞬間、魔法も使っていないのにブリザードが吹き荒れることになるのは過去の経験から学んでます。
ラッカさんは女性魔法使いさんの様子にも苦笑を浮かべるばかりで、助け船を出してくれる様子はない。うん、日常茶飯事ですか。なんとなくわかります。
「外の狼……ギンだったら私の仲間よ? こっちはヤシチ。ついでに自己紹介しておくなら、私はミコト。魔物使いで冒険者をやってるわ……あなたは?」
とても親近感が持てるというか、むしろ一晩くらい可愛いもふもふについて語り明かしたい心の同士に向かって、一応初対面ということでちょっとだけ格好を付けて挨拶する。
「わたし、エッダといいます。ギンちゃんにヤシチちゃんですか? 変わっているけど可愛い名前ですね! 本体はもっと可愛いけど……あの、もし差し支えなかったら触らせてもらっていいでしょうか!?」




