23 ダンジョンあれこれ話(冒険者編)
「え、ミコトさんよその大陸の出身なの!? つうか船が難破して流されてきたって、なにその波瀾万丈な人生!?」
「よくあの魔物だらけの海を無事に越えられてきたな~、いくら使役獣がついていたとはいえ普通だったら仲良くあの世行きだったと思うぞ?」
「だなぁ、怪魚だの人食い鮫だのはともかく、シーサーペントくらいの大きさになったら多少強かろうと一呑みで終わりだもんな。本当に運が良かったよ」
「それよりあんたのいた大陸の話を聞かせてくれよ! ニホンって言ったっけ? こっちじゃ見ない魔物がたくさんいるんだろ! アッシュウルフなんて父さんにも爺さんにも聞いたことないし、他にいったいどんな魔物がいたんだ!?」
「それはわたしも気になります! ギンちゃんやヤシチちゃんみたいに可愛い子が他にもいっぱいいたんでしょうか!?」
現在、日暮れ直後の時刻。ヨーコさんの食堂においてなぜか(一方的に)顔なじみのパーティーに囲まれて夕食を採っております。
いや、誘われて断らなかったのは自分なんですけど。しかし何故こんなにも懐かれているのかはけっこう謎。少なくともこっちと違って向こうは初対面だと思っているはずだし、もしかしてラテン民族並みに人懐っこい性格なのだろうか?
朝方ラッカさんの店で対面したあとは、彼らが狩りの帰りだったということもあってすぐに別れました。
女性魔法使いさん改めエッダさんはギンとヤシチに未練たらたらの様子だったけど、弓使いの女の子(後にソラという名前と判明)に「あのちびネズミだってあんたの帰りを待ってるわよ!」と言われてはっとしたようにその場を去っていった。
うん、ネズミ君を本当に可愛がってくれているようでなによりです。
本人ならぬ本ネズミは今朝もちゃっかり食堂に入り込んで、ヨーコさんからパンのかけらをもらってたけどな!
そのあと私のほうはギンたちと村の外に出て、夕方まで周辺の魔物の分布調査というかぶっちゃけ狩りに勤しんでました。
だって、ほら、サルサーギ村に持っていけば蜂蜜が高く売れるってことはわかったけど、当面の資金調達がね? それに〈鑑定〉とか〈解体〉のレベルももっと上げておきたかったし。マジックバッグがそこまで珍しい品物じゃないとわかった以上、狩りで手に入れた素材は全部バッグに入れて持ち運べるわけだし。
ちなみに、私の持っているマジックバッグの容量は4×4×2メートル。ちょっとした倉庫並みの大きさだ。その分DPもかかったけどな!
でも、そのおかげで必要な荷物を全部突っ込んでもまだまだ余裕で、狩りで手に入れた素材もどんどん突っ込んでいけるのだから後悔はしていない!
……まぁ、狩りに出た一番大きな理由が、ヨーコさんとかラッカさんを見返してやりたいという気持ちだったのは否定しない。
馬鹿にされたなんて別に思ってないけれど、やればできるというところを見せてやりたかったといいますか。それで私のスキルも上がる、売れる素材も手に入る、ついでにギンたちも運動ができてご機嫌になる、といいことずくめなんだからやらないという手はない。
そんなこんなで日中は狩りに励み、村に戻ったのは夕方近く。
ヨーコさんの食堂に直行して晩ご飯用の肉は要らないかと持ちかけて、ランナーバード(ランク5)の肉と引き替えに4ズィルゲット。
さらにラッカさん情報で私が蜂蜜を持っていることを知ったヨーコさんが、一壺3ズィルでの買い取りを持ちかけてきたので二壺売却。
サルサーギで売るより安いとはいえ、ヨーコさんにはお世話になっているし、料理に使う蜂蜜が切れそうだと言われたら格安だろうがなんだろうが売りますとも。あの絶品料理が食べられなくなる以上の損失はない!
で、ギンとヤシチのご飯を用意して夕食を食べ始めたところで、昼間たっぷり休んだエッダさんたちのパーティーがどやどやと食堂に現れ(エッダさんは私の了承を取るなり外のギンを撫でにいったが)、お互いに名乗りあって現在に至る……みたいな状況。
なお、エッダさんとソラちゃん以外のパーティーメンバーの名前は、黒髪細マッチョの彼がクロウ、マッチョコンビの黒髪がトラン、茶髪がテーボというそうだ。
正直一発で覚えられる自信がなかったので、こっそりウィンドウを立ち上げてメモ欄に入力しておいた。
あ、ウィンドウは私自身にしか見えないらしいので、カンニングはやりたい放題です。……ちょっと受験シーズンに欲しかったと思ったのは内緒だ。
「うちの大陸のことなんかよりも、こっちの大陸のことを聞かせてくれない? なにしろもう国には戻れないわけだし、こっちで冒険者やってくしかないんだから、私。けっこう切実なのよ? この国の名前も知らなかったくらいだし、こっちの冒険者のことについてもなにも知らないから、うっかりルール違反するんじゃないかって心配なのよ。基本的にはそんなに変わらないみたいだけど、でもこっち特有のルールとかあるかもしれないでしょ?」
「ああ、確かにそれは……でもどこの冒険者ギルドでも基本となるルールはだいたい一緒だけどな。自衛以外の目的で人を殺すな、傷つけるな。物を盗むな。公共の建物内では武器を抜くな、あとは……あ~、その、女性や子供に対する性的な暴行は厳禁、とか」
黒髪のトランさんが指を折りながらいくつかの禁止事項を口にしたあと、ちょっと言いにくそうに最後の項目をつけ加える。
うん、気持ちはわかるよ。でも最後の項目があるかないかは私にとってかなり重要だ。
「弱い相手を暴力でどうこうしようなんてタマなし野郎は、物理的にタマなしにしてやったらいいと思うわ。で、どこの冒険者ギルドでも……っていうのは? 冒険者ギルドっていくつもあるものなの?」
トランさんを始めとする男性陣が酢でも飲んだような顔になったのは無視して、気になった部分を指摘する。ちょっと下品な台詞だっただろうか?
でも性犯罪者は徹底的に性根を叩き直すか、でなかったら物理的に再犯阻止しないとまた被害が増えるだけだと思うのだ。
「あ、ああ……というか、そっちじゃ一つしかないのか? 普通は村や町ごとにギルドが作られるもんなんだが……まさか国単位で冒険者を管理してるとか? だったらすごい話だな……そっちにどれだけの数の冒険者がいるか知らんが、国全体ともなれば何百、何千って数になるだろう? それをまとめて管理するなんてどれだけの人手と金が必要になるやら」
おっと、異世界ファンタジーものでは定番の、世界にまたがる冒険者ギルドネットワークはこの世界には存在していないもよう。
まぁ確かに、現代並みのハイテク技術があったにしても何千、下手したら何万って数の冒険者を一つの組織で管理するのは大変だ。というかそれってもはや一つの国並みの管理組織だし、しかも絶大な武力持ちの。
あとトランさん、見た目のせいで脳筋かと思ったら地味に発想がハイレベル。
これが普通の冒険者なんだろうかと思って他のメンバーを見ると、異世界の呪文でも聞いたような顔をして私とトランさんを見てた。あ、はい……トランさんが普通じゃないんですね? 実は学者とかそういうオチなんだろうか?
「あ~、うちの国は冒険者の数そのものが少ないから、まとめて管理してもそれほど事務方の負担にはならないのよ。魔物も少ないし。そのかわり人の数が多いから、そっちのトラブルのほうが厄介なんだけどね。あと技術が一部極端に発達してるおかげでそっち関連の事故も多いし、人が多いせいで起こる病気にかかる人間も多いわ」
「そうか……どこの国も大変なんだな。まぁ、魔物が少ないってだけでこっちとしてはうらやましい限りだが。けど、そっちの冒険者ギルドも基本となるルールは同じようなもんなのか? あんたの反応を見た限り、そう極端には違わないみたいだが……」
「そうね、殺人、傷害、窃盗、暴行の禁止。武器は最初から特殊な場合を除いては所持を禁止されているから、公共の場以前にそこらを持ち歩いているだけで捕まるわね。あと、ギンたちみたいな大型の動物は許可をもらわないと飼えないし」
「……なんか、それはそれで大変そうだな。もし万が一、人里の近くで魔物が出た時なんかはどうするんだ?」
「そういう時はじえ……軍隊とか治安維持組織が出動して対処するわ。災害への対処には慣れてるから、うちの国。専用の装備も多いし、災害対策にはけっこう力を入れているのよ」
微妙にフェイクを混ぜながらトランさんと会話を続ける。昨日の夜にも色々聞かれたので、ある程度は予行演習もできている。
途中からはただの宴会みたいになって、さらに飲み比べに発展していったけど。……うん、昨日の今日だし、お酒はほどほどにしておこう。
「ミコトさん! そんなことよりミコトさんの国の生き物について聞かせてください! ギンちゃんやヤシチちゃんとどんな縁で知り合ったのかも! あと魔物使いになるコツかなにかがあったら教えてください!」
トランさんとしばらく話し込んでいたら、目元をほんのり赤く染めたエッダさんが勢いよく抱きついてくる。うおっ、ワインをこぼすところだったよ! あとエッダさん、どことは言わないけど当たってる! 私だからいいけど男相手にそれやっちゃ駄目だから!
「ちょ、エッダさん……魔物使いって、そんな簡単に転職できるもんなの? あなた魔法使いじゃなかった?」
とりあえず一番無難そうなところに突っ込みを入れる。ギンとヤシチの出会いはまだ設定を考えてないし、もふもふについて語らせたら私一晩でも語り尽くしちゃうからね!
「わかってます! わかってますよ~! 魔物使いも魔法使いも生まれ持った才能がなければなれないなんてこと! でもどうせ持つなら魔物使いの才能のほうが良かった! そうしたら可愛いウサギちゃんを殺したりしないで、仲間にしてずっと一緒に連れて歩けるのに!」
「……やめてくれって。どこまで魔物のお供が増えるかわかったもんじゃないだろ。というか殺さないと素材だって獲れないし」
毎度のことなのか、げんなりした表情でクロウ君がエッダさんの言葉に反論する。
その横でテーボさんがうんうんと深くうなずいているけど、実は酔っぱらっていてほとんど話を聞いていないことを私は知っている。麦酒一杯で酔うとは相当な下戸なのか。
「そういえばあのアッシュウルフ……だっけ? ランク12って相当だよね? よくそんなの使役獣にできたよね。ミコトって実はけっこうレベル高かったりする? それとももしかして一から育てた?」
お茶のカップを傾けながらソラちゃんが問いかける。椅子に斜めに座った姿はいかにも凄腕っぽい雰囲気だが、お酒は苦手で一滴も飲めないらしい。
それはそうと、聞き捨てのならないことを聞いた気がするんだけど?
「ギンたち? もちろん私が一から育てたわよ? 最初からもっふもふでふっくふくですごく可愛かったんだから! ギンなんてこんなに大きくなる前はずっと一緒にベッドで寝てたし、ヤシチだって自分のご飯を私にくれようとするくらいの忠義者なのよ! 寂しい時にはそっと側に来てなぐさめてくれるし、敵は容赦なく一撃粉砕するし、なんでこんなに可愛くて強くて頼もしく育ったのか不思議で仕方ないくらい最強の仲間で相棒で家族なんだから!」
思わず拳を握りしめて力説する私に、ソラちゃんはあちゃーという顔になってエッダさんを見やる。「エッダの同類か」とクロウ君が呟いた気がしたけど気にしない。当のエッダさんは目をきらきらさせて私の前に身を乗り出してくる。
「なんてうらやましい! 私も欲しいです、可愛くて強くて頼りになる仲間! どこに行けば手に入りますか? ギンちゃんやヤシチちゃんみたいな仲間が手に入るんだったら、私どんな山奥だろうと海の向こうだろうと行ってみせます!」
「いや、やめようよエッダ。普通にそれ自殺行為っていうから。あと魔物使いじゃなかったらたとえ出会っても従えられないから」
ソラちゃんの冷静な突っ込みもエッダさんの耳にはどこ吹く風のようだ。そしてうんうんとうなずいているテーボさん、あなたさっきから同じ行動しかしてない気がしますが?
「だって……!」
「それにさ、エッダあんなにちびネズミのこと可愛がってたじゃない。それでも他に使役獣が欲しいの? こんなに頭のいい子見たことない、使い魔にするんだってはしゃいでたよね? あの子じゃ不満? もし好みの使役獣を手に入れられたら、あの子は捨てるの?」
……どう見ても年下のソラちゃんにエッダさんが諭されている現実。ソラちゃん、あなたの実年齢っておいくつなのでしょうか? 実はハーフエルフでこの中で一番年上とかいうんじゃないだろうか?
「それは……」
「なに、エッダさん使い魔がいるの? ネズミ? ちっちゃくて可愛いんだろうな~、見せてくれない?」
言葉に詰まってるエッダさんに助け船を出すべく、笑顔でやや強引に話を変える。朝方からネズミ君の姿が見えないのも気になってたし。
途端にエッダさんはぱっと顔を輝かせて、羽織っていたローブの懐に手を入れた。
「この子です! ルドルフって名前なんですよ! とっても珍しい魔物のネズミなんです!」
懐(たぶん内ポケット)の中で丸くなっていたらしいネズミ君は、エッダさんの手のひらの上でものすごくバツが悪そうに目を逸らしている。そういえば朝もお客さんがほとんどいなくなるのを待って入ってきてたよね……もしかして、私避けられてる?
なんかそのほうが、ルドルフとかいう名前のインパクトよりある意味ショックだよ。
どこのゴー○デンバウム王朝創始者だとか、イッパイ○ッテナという名前の相棒はいないのかなんて突っ込みも入れられない。
「へ、へぇ……いい、名前だね? ところで魔物のネズミって? 普通のネズミとなにか違うわけ?」
「え? ああ……ミコトさんの国には魔物ってあんまりいないんでしたっけ。魔物って魔力の濃い土地でしか生まれないんですけど、ネズミみたいな弱い動物の魔物は他の魔物にすぐ食べられちゃうからめったに姿を見ないんです。でも、普通のネズミよりずっと頭もいいし寿命も長いし、使い魔にするなら最適だって言われてるんですよ?」
エッダさんの話によると、魔物と普通の生物の一番の違いは魔力を帯びているかどうかで、魔力を帯びている分魔物のほうが高い能力や特殊な力を持っているのだそうだ。
ちなみに使い魔というのは戦闘力のない使役獣のことで、魔物使いの素養がなくても長い時間をかけて教え込むことで手紙の運搬くらいはできるようになるらしい。というか、それってただのおつかいペットじゃ? という言葉はあえて呑み込んでおく。
「でも、魔物使いになることを諦めてるわけじゃないんです! ダンジョンではごく稀にですけど、スキルを会得できる巻物や石板が出るって話ですし! せめて〈伝達〉だけでもあれば、弱い魔物だったら使役できるようになれるんです!」
それなら持ってるとはちょっと言えない雰囲気。いや、ここでは魔物使いってことになっているから、むしろ持ってないほうが不自然なのか。
「やめてよ、そんな魔物いつ制御を離れてこっちに襲いかかってくるかわからないじゃない。第一、スキル板だのスクロールだのが出るダンジョンなんて、今の私たちが入ったらまず無事じゃ済まないわよ? あんたの欲望のためにメンバー全員を危険にさらす気?」
そこで再びどこまでもクールなソラちゃんによる正論のメイスが入る。思わずうっと言葉に詰まったエッダさんを救うように、会話に割り込んだのはクロウ君だった。
「だけどよ、将来的にダンジョンを目指すっていうのは悪い目標じゃないだろ? 普通にこのへんで稼ぐよりずっと儲かるし、強い魔物を相手にできるから腕だって上がるし」
「安全で稼ぎのいいダンジョンなんてこの大陸にいくつあると思ってるの。せいぜいサルバの大迷宮か、国で管理されているいくつかのダンジョンくらいでしょ? そういうところは順番待ちで何ヶ月も待たされるっていうし、入場料だって取られるのよ!」
なにやら気になる話をしているお二方。ダンジョンって、つまりダンジョンのことでしょうか? この世界には私が作った以外にもダンジョンが……あるだろうね、普通に考えて。
私の作ったダンジョンが世界で唯一のダンジョンと考えるよりも、無数にあるダンジョンのうちの一つだと考えるほうが納得がいく。
ただ……だとすると、私以外にもダンジョンマスターっているんだろうか?
ダンジョンの成り立ちが同じなら当然いることになるけど……だったら、もしかして、私と同じように他の世界から呼ばれたダンジョンマスターもいたり? いや、より正確に言うのであれば……同じ日本人のダンジョンマスターがこの世界にいたりするんだろうか?
「……どうしたの、ミコトさん?」
コップを持った手をぴたりと止めた私に気づいて、エッダさんが不思議そうに声をかける。
その声ではっと我に返る。いかんいかん、ちょっと思考が先走りすぎた。変に期待してあとでがっくりする羽目になるのは避けたいところ。今はまだ、可能性の一つとして心の隅に置いておく程度にしておこう。
「ううん……それより、こっちには国で管理してるダンジョンなんてものもあるの? それに大迷宮って……名前からしてなんかすごそうだけど、どんなダンジョン? というか、普通のダンジョンとどう違うの?」
コップの中のワインをぐっと飲み干して波立った心に蓋をすると、なんでもないふりをしてクロウ君たちに問いかける。
「国で管理してるっていうか……基本的にダンジョンは見つけたら必ず国に届けることになってるのよ。ただそのあと調査して魔物の湧き具合とか罠の凶悪さとか、あとはお宝の手に入りやすさなんかを考慮して、比較的安全で稼ぎやすいダンジョンに限って冒険者向けに整備して開放してるわけ。ただし有料で、だけど」
「大迷宮っていうのはサルバって国にある百層を超えるダンジョンの通称だな。もう何百年も前から攻略が続けられてるけど、いまだに最奥には到達してないっていう伝説級のダンジョンだ。サルバの迷宮都市っていったら冒険者の間では有名だぜ? 迷宮都市で名を挙げた冒険者パーティーも多いしな!」
口々に説明してくれるお二人さん。かなりの事情通……かと思いきや、冒険者をやってればこれくらいの知識はあって当たり前なのだそうだ。
昨日の飲み会じゃ、私にもあれこれ質問が飛んできたせいもあってこの近隣の情報を聞き出すので精一杯だったからなぁ。
とりあえず彼らの分まで飲み物と料理を追加注文して、話を聞き出すことに専念する。
「おお、悪いな。こいつらが今言った以外にもダンジョンは数多くあるが、ほとんどは魔物の巣みたいになっているか、でなければ凶悪なトラップが仕掛けられているかのどっちかだからな。しかも苦労して潜ってもろくなお宝がなかったり、とっくに荒らされてなにも残っていなかったり……そんなダンジョンに潜るのは相当の馬鹿か、自殺志願者くらいのもんだ」
運ばれてきたおかわりの麦酒を手に、ほろ酔い加減で機嫌良く語るトランさん。
「まぁ、そこまで危険度が高くないダンジョンだったら、奥まで行ってダンジョンコアをぶっ壊してコアクリスタルを手に入れるという手もあるけどな。そしたら一攫千金、下手なお宝を手に入れるよりもずっと莫大な金が手に入るって寸法だ」
そんな都合のいいダンジョンはもう残っちゃいないが、とトランさんは苦笑する。
ちょっと待って、なんかすごくやばいことをサラッと言いませんでした? 背筋が冷たくなるのを感じながらも、表面上だけは平静を保って問いかける。
「……なにそのコアクリスタルって。そんなに高く売れるもんなの?」
「知らないのか? ダンジョンコアを壊すと、かわりに現れるのがコアクリスタルって莫大な魔力の結晶だ。ダンジョンの大きさによって宿っている魔力はまちまちだが、できたばかりの小さいダンジョンでも並の魔法使いの何千人分って魔力を持っているからな。魔力装置のいい動力源になるんだよ。それこそ小さいものでも売り払えば一生……いや二、三代は遊んで暮らせるくらいの金になる」
「へ、へぇ……すごいわね、それは」
ほとんど棒読みになりながら、それだけ返すのが精一杯だった。
つまりお宝がまったくないダンジョンでも、危険度が低かったらそのコアクリスタルとやらを狙いにやってくる冒険者がいるということだ。
いや、マジで勘弁してほしい……もし私のダンジョンの存在が人間に知られたら、最悪ただ追い返すだけじゃなく生きて帰さない仕掛けも必要になってくるってことになる。
1000キロの通路も1000ピースのパネルも、欲に駆られた人間の前では時間稼ぎにはなっても決定的な歯止めにはならない。
なにをどうやっても攻略不可能と諦めさせる仕掛けか、でなければここに立ち入ってはいけないと感じさせる恐怖。
そのどちらかが、いつか必要になる日がやってくるのかもしれない。
「ミコト……どうしたの? なんか顔色が悪いけど……?」
私の顔色の変化に気づいたソラちゃんが、料理をつまむ手を止めて問いかける。唯一お酒を飲んでいないこともあるんだろうけど、本当に人の気持ちの変化に敏感な子だ。
「ううん、なんでもない……それより色々聞かせてくれてありがとう! ソラちゃんもクロウ君もまだ若いのに、しっかり冒険者やってて偉いわね! 何事においても情報収集って一番の基本だもんね!」
笑顔になって手放しのつもりで誉めたら、当の本人に微妙な表情で顔を見合わされました。
「……いや、若いって。ミコトだって俺らとたいして歳違わないだろ?」
「だよねぇ……十も離れているならともかく。その言い方ってちょっとおばさんくさいよ?」
ぐふっ、クロウ君はともかく、ソラちゃんの台詞はけっこう鋭くボディに突き刺さってきましたよ! というか、やっぱりここでも日本人特有スキルが発動して私の年齢が勘違いされていたもよう。
「……あのさぁ、私これでも二十五歳なんだけど?」
変に取りつくろうのもあれなので率直に実年齢を告げたら、一瞬の沈黙のあとで食堂全体に響き渡りそうな驚愕の声をあげられました。しかも四重奏で。
本来なら加わっていたかもしれないテーボさんはすでにテーブルに突っ伏して寝息をたてている。
すぐ側で四人分の大声がわき上がっても平然と寝ていられるあたり相当の強心臓なのか、単に慣れているのか。
「いや、嘘だろ!? その見た目でテーボより年上とかあり得ねえって!」
「本当にあたしの十歳上!? ミコトってまさか長命種の血でも引いてんの!?」
「嘘……同じくらいの年齢だと思ってました。まさか七つも上だったなんて……」
「……いやいや、さすがに嘘だろう? でも二十五はいくらなんでも見栄を張りすぎだって。せめて十八くらいにしておいたほうが……」
口々に驚きの声をあげる皆さん。しかもテーボさんに至ってはまったく信じてくれていないという。
というか、私としてはエッダさん……いや、エッダちゃんが実は十七歳だったということのほうが衝撃だ。なに食って育ったらそんなに大きくなるんでしょうか……主に一部特定部位が。それとも異世界の女の子は総じて発育がいいのか?
……いや、ソラちゃんを見る限りそんな事実もなさそうだ。まだ成長期が来てないだけかもしれないけど……うん、ごめん。そしてソラちゃんにかけていた外見詐欺の疑いを逆に自分がかけられたという現実。
わいわいと騒いでいる皆さんに反論がてら確認すると、エッダちゃんとソラちゃんは本人が申告した通り十七歳と十五歳。
クロウ君は十六歳で、トランさん……いいや、もう呼び捨てでトランは二十三歳。気持ちよさそうに寝ているテーボが二十四歳とのこと。最年長者がお酒に一番弱いんですか、このパーティー……
私の年齢に関しては半信半疑といった様子だったけれど、昨日の顛末を誰かから聞いていたのか、トランやクロウ君が必要以上に食い下がることはなかった。
それが正解です。だいたい他人の年齢なんてそこまで気にするようなことでもなかろうに。それともあれか? どこから見ても小学生な子が「私は二十歳すぎてます!」ってお酒を飲もうとしてるようにでも見えたんだろうか?
……ぐふっ、地味にこっちの世界に来てから最大級の精神的ダメージを受けた気がするんですが。
女性陣は意外にすんなり私の言葉を信用してくれたみたいだった。なんて素直ないい子たちなんだろう……と思ったら、同世代にしてはちょっと落ち着きすぎているような気もしていたとのこと。うん、正直に言っていいんだよ、年寄りくさいって……
なんとなくやけっぱちな気分でお酒を飲んでいたら、食堂にいた他の冒険者や村人なんかも集まってきて、結局昨日と同じような宴会の流れに突入していた。
飲み比べだけは断固として断ったけどね! あれは肝臓よりも財布にダメージが大きすぎる!
グリンさんを始めとしたオヤジどもも復活して食堂に姿を見せていたけど、さすがに昨日の一件で懲りたのか苦笑いしながら見守るだけで積極的にからんでくる様子はなかった。
反省という文字が辞書に載っているようでなによりです。
ショウさんは若い冒険者をけしかけて飲み比べに持ち込もうとしてたけど、「ラッカさんに言いつけるわよ!」の一言であっさりと引き下がっていった。
どんだけ奥さん怖いんだ! ……いや、ラッカさんの口撃の恐ろしさは身をもって思い知ったけどさ。無自覚ハードパンチャーはマジで怖い。
そうこうしているうちに、誰かがギターっぽい(むしろ形的にはマンドリン?)楽器を持ちだしてきてかき鳴らし、歌を歌う人が現れたり踊る人が現れたり。
知らないうちに杯を重ねていい感じに酔っぱらったトランと、やっと目を覚ましたテーボが裸踊りを始めようとしたのでソラちゃんと一緒にぶん殴って制止したり。
私にもなにか一曲歌えと笑いながらグリンさんが言ってきたので、「私が歌ったらぺんぺん草も生えない勢いで場が盛り下がるけど?」と事実を告げてお断りさせていただいた。
ええ、自慢じゃないけど親も教師も医者まで匙を投げた天災レベルの音痴ですので。
私の顔があまりにもマジだったせいか、誰もそれ以上強要しようとしなかったのは幸いだ。歌っていたらこの場の全員に忘れがたいトラウマが刻まれたことだろう。
かわりになにか芸をということで、あまり気は進まなかったけど持ち芸の『ラジオ体操般若心経』を披露。ただ般若心経に合わせてラジオ体操をするだけのものだけど、長いので途中で「中略!」と入れるのが案外ウケた。
なにをやっているのかはさっぱりわからなかったらしいけど。まぁ、そりゃそうだ……むしろ理解されたらこっちが驚く。
エッダちゃんは気がついたら外に出てギンに抱きついて幸せそうに頬をすりすりしてるし、クロウ君は他のパーティーの冒険者と喧嘩をおっ始めそうになるし(水をぶっかけて制止したけど)、もはやにぎわいを通りこしてなかなかのカオスだった。
ヨーコさんに言わせると、これでも騒ぎ方としてはまだ大人しいほうなのだそうだ。
年長の村の男性陣が加わっていない分……うわ、昨日飲み比べで潰しておいたのがこんなところで役立つとは思わなかった。これ以上の騒ぎなんて心底勘弁してもらいたいです。
あと昨日はまだ新顔がいるせいで手加減されていたという言葉にも納得。というか、昨日の時点でこの騒ぎっぷりだったら……あんまり結果は変わっていないか。飲み比べに持ち込まれた時点で全員撃沈して終わりだし。
そんなこんなで騒いでいるうちに夜は更け、適当なところでヨーコさんに目配せして料理とお酒の代金を置いてこっそり食堂を出て行く。
鍛冶屋のダイさんとは目が合ったけど、さりげなく手を振って見逃してくれた。さすが斥候職。そしてグリンさんやショウさんにも見習ってもらいたい余裕ある大人の態度だ。
ギンたちと連れだって宿の部屋に戻り、荷物を置いてごろりとベッドに横になる。ちょっと遅くなったけどジンガに〈伝達〉で連絡を取り、今日も一日異常なしとの報告を受ける。色々聞いたのでちょっと心配だったけど、なにもなかったようで本当によかった。
とりあえず、今日もそれなりの成果があったことだし、ある程度記録をまとめたらさっさと寝ることにしよう。明日はちょっと足を伸ばしてサルサーギ村にも行ってみたいし。




