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石橋系マスターのゆったりダンジョン運営記  作者: ひろねこ
第一章 ダンジョンマスターになりました。なお現地調査はセルフで行うもようです
22/40

21 辺境の村の夜



 あたりに漂う美味しそうな料理の匂いに理性を破壊され、飢えた狼(なんていったらギンに失礼だが)のように食事を要求してしまいました、私ことミコト(偽名)です。


 ヨーコさんもグリンさんも正直引いていました。でも仕方ないんや!

 ダンジョンから出て普通に腹が減る仕様になっているところに食欲中枢をガツンと刺激する料理の匂いなんてかまされたら、理性とか常識とか羞恥心なんて大気圏外まで強制射出されてしまうのは当然や!



 というわけで、ヨーコさんに出してもらったご飯をもっきゅもっきゅと頬張っている現在。

 美味しい、美味しいです……豆とかお肉とかごった煮にしたトマト味のスープなんだけど、具沢山で食べ応えは満点、散らした香草がいい仕事してます。

 パンは焼きたてで皮バリッバリ、中はふっくら、小麦の味が濃くてこれならいくらでも食べられそう。手のひら二つ分はある大きさのパンだけど、あっという間にペロリですよ!


 涙ぐみながらひたすら料理を口に詰め込んでいたら、ハンカチを目元に当てたヨーコさんが「サービスだよ、これもお食べ」と今売ったばかりのウサギ肉をニンニクで焼いたものを追加してくれました。

 うおっ、ガーリックの匂いが脳天を直撃! 口の中のものを呑み込んでから何度もお礼を言って、バッグの中から取りだしたナイフとフォークでウサギのガーリックステーキに取りかかります。


 くうううっ、なんたる美味しさ! あっさりしたウサギ肉とちょっぴり焦がしたニンニクの風味がベストマッチ! 美味しさが天元突破してます! 今なら口からビームも吐けるし多元宇宙にだってドリルで穴を空けられそう!

 あ、本気で涙が出てきた……ヨーコさんの「大変だったね」の一言で危うく決壊しそうになった涙腺が、今度こそダムにドリルを打ち込んだがごとく大崩壊の危機を迎えております!



「本当に大変な思いをしてきたんだね……南の海岸なんて、どこもかしこも危険な魔物の巣穴じゃないか。よく生きてここまで来られたよ……それも、他に頼りになる大人がついてるわけじゃなく、使役獣だけが一緒って……」


 と思ってたら、私より先にヨーコさんの涙腺が崩壊したもよう。

 いや、あの、そこまで大変だったわけじゃないですから! というか私、これでも十分大人ですよ? もしかして:日本人特有スキル(外国に行くと実年齢よりも下に見られる)発動中ですかこれ!?


 内心あわあわしながらも、手は勝手にステーキを切って口に運んでいる。だって美味しくて止まらない。自動タスクに入ってしまってスイッチが切れません。


「というか、これまでいったいなに食って生きてたんだ……? その使役獣がついてたんなら獲物が狩れなかったってことはねえだろ? 採集だってできるっつうし……」

「肉とか、肉とか、肉とか……あとはリンゴとジャガイモ? とっさにつかまったのが食料の樽だったから……でも味付けが塩だけだったのが地味に辛かった。塩もないのに比べたら千倍マシだったけど。トマトっぽい実が見つかった時は嬉しかったなぁ……塩以外の味付けのバリエーションができるって」


 私があらかた食べ終わった頃を見計らってグリンさんが入れたツッコミに、自然と遠い目になりながら答える。

 ところどころに嘘はおり混ぜているけど、感じた気持ちは紛れもない本物だ。本当に今考えると最初の頃はよく我慢できたよなぁ……ダンジョンのことで頭がいっぱいだったから味なんて気にしてなかったけど。


 思い出に浸っていると、とっくに食事を終えていたギンが立ち上がってぺろりと頬をなめてくる。その目には心配そうな色が宿っており、私は「大丈夫だよ」と言ってギンの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 最初の頃は本当に色々大変だったけど、ギンたちがいてくれたおかげで精神的に追い詰められてしまうことはなかったのだ。どれだけ感謝してもし足りない。


 ヤシチも手招きしてもふもふと首や背中を撫でていると(ヤシチはすでに悟り顔)、グリンさんとヨーコさんが目を見合わせてふっと笑み崩れる。


「本当にいい使役獣に巡り会えたんだね。その子たちもあんたのことを心から大事に思ってるみたいだし……よかったね。難破して流されたっていっても一人じゃなくて」

「だな、見たところ武器の一つも持っていないようだし、そんな恰好で果ての森を一人でうろついてたんじゃ、あっという間に魔物の餌食だ。本当にあんた、運がよかったよ。船が沈んで運がいいって言うのもおかしな話だけどな」


 ヨーコさんの言葉にまた胸が詰まって涙ぐみそうになるけど、グリンさんのどこまでも現実的な意見のおかげでかろうじて泣き崩れるのは免れる。

 ありがとう、グリンさん。情緒もへったくれもないあなたの発言に救われました。

 でもヨーコさんの抉るようなエルボーが容赦なく脇腹に突き刺さっているのは、夫婦間のコミュニケーションだから見なかったふりをしていいですよね? いやぁ、夫婦仲がよくてけっこうなことで(棒読み)。



「づううう……と、ところであんた、これからどうするつもりなんだ? 船が沈んじまったんじゃ国元にも戻れないだろうし、こっちで冒険者を続けていくつもり……あ痛っ!」

「そんな話、別に今すぐする必要ないだろう! ゆっくり休ませてやってからでいいじゃないか! 本当にあんたは無神経なんだから。さんざん大変な目に遭って、やっとまともな食事にありつけたところなんだよ!」


 目の前で夫婦喧嘩が勃発しかけたのまでは、さすがにスルーできなかったので慌てて仲裁に入る。

「あのっ、国元にはどっちみち帰ることはできないんで、こっちで冒険者やってくつもりではいます! 稼がなかったら食べてくこともできないし! ギンたちがいればこの近辺の魔物は問題なく狩れるってこともわかったし!」


「……そうかい? でも無理するんじゃないよ。宿だったら、本当にうちに泊まってもいいんだからね。たまに金のない子を泊めてやったりもしてるから、別にあんた一人だけが特別ってわけでもないんだ」

「……もし本当にお金に困るようなことがあった時はお願いします」


 ヨーコさんの太っ腹な発言にかろうじてそれだけ返す。お金のない子の面倒まで見てあげているなんて、ヨーコさんマジ肝っ玉母さん。

 だけど、あんまり親切にされてしまうと嘘の話でごまかしていることが申し訳なくて仕方ありません。あと、どう考えても私十代くらいに誤解されてますよね? すみません、私もうお酒も飲める年齢なんです。



 この誤解は解くべきだろうかとひそかに頭を悩ませているところで、食堂の出入り口の扉が勢いよく開く。


「ただいま~! お母さん、お腹減った!」


 元気いっぱいの声とともに飛び込んできたのは三歳くらいの女の子。あ、娘さんの姿が見えないと思ってたら、外に遊びに行ってたのか。


 ヨーコさん譲りの砂色の髪を肩の下まで伸ばした可愛い子だ。私とギン、ヤシチの姿に気づくと驚いたように一瞬止まり、直後にぱーっと顔全体で笑って「いらっしゃいませ!」と挨拶してくれる。

 なにこれこの可愛い生き物。どっかの白いワンピで鉈振り回す女の子が「お持ち帰り~!」と叫ぶ気持ちが今、心の底から理解できたんですが!



「ヒヨ、入ってきたらまず手洗っておいで。あとお客さんに挨拶できたのは偉いね、こっちのお姉さんは……あ、名前をまだ聞いてなかったね?」

「ミコトです、ヨーコさん。それとヒヨちゃん……だったよね? これからしばらくお世話になると思うからよろしくね?」

 ヨーコさんが名乗る手間を省いてからヒヨちゃんに向き直ると、ちょっと身を屈めて目線を近づけてから挨拶する。


「はい! よろしく、ミコトお姉ちゃん! それとそっちの大きいわんわんととりさんは? お姉ちゃんのおともだち?」

 ギンとヤシチを見て首をかしげるヒヨちゃん。見た目も名前も可愛いなんて最強だ。しかも体長1,8メートルの狼にまるで動じない強心臓。

 というか、この世界の子供もわんわんと言うんだなと思ってちょっぴりほんわかする。



「そう、こっちのわんわん……じゃなくて狼さんはギン、鳥さんはヤシチって名前なの。大人しいいい子たちだから仲良くしてあげてね?」

「うん! ねえ、ギンちゃんとヤシチにさわってもいい? すっごいふわっふわ!」

 目を輝かせてヒヨちゃんが聞いてくるので、ヨーコさんにちらりと目をやって苦笑混じりにうなずくのを見てからOKを出す。


「いいよ。でも、痛いのは可哀想だから、毛を引っ張ったり羽をむしったりしないように気をつけてね?」

「大丈夫だよ! わたし、ちゃんとお客さんのきじゅうのお世話だってできるもん!」


 簡素なワンピースに包まれた胸を張ってそう言うと、ヒヨちゃんはギンに走り寄っていってそっと手を伸ばす。小さい子供の割には慎重な手つきで、動物の相手をするのに慣れているという言葉に嘘はないようだ。

 ギンを驚かさないようにそっと肩のあたりを撫でたあと、もっふもふの感触に魅入られたのか満面の笑みを浮かべて身体全体を撫で回す。うん、その気持ちはよくわかるよ。あと、どうしてギンだけちゃん付けなのかちょっぴり気になります。


「うわ~! ふっかふかしてる! 可愛い~! お姉ちゃん、ギンちゃんに乗ってきたの? わたしも乗れる? わたし、ギンちゃんに乗りたい!」

 思わず反射的にいいよ、と答えてしまいそうになったところでヨーコさんが素早くインターセプトを入れる。


「こら、会ったばかりのお客さんに勝手なおねだりするんじゃないの! それにもう晩ご飯の時間だよ! ミコトお姉ちゃんにお礼言って、手を洗っておいで!」

「は~い、お姉ちゃんありがとう! ギンちゃん、またあとでね!」



 最後にギンの首にぎゅっと抱きついて、厨房のほうへと走り去っていくヒヨちゃん。スルーされたヤシチは寂しそうともほっとしたともつかない表情だ。しょうがないよ、小さい子には君の魅力はまだわからないんだよ、とかわりにちょっと撫でておく。


 そうしているうちに、食堂の入口からはぞろぞろと何人かの冒険者らしき男性が入ってきていた。

 グリンさんのパーティー仲間ではなく、まだ冒険者になって日が浅い感じの若手の集団だ。彼らはギンを見てぎょっとしたように足を止めたあと、ヨーコさんとグリンさんが普通に接しているのを見て恐る恐る食堂の奥へと入ってくる。


「ああ、今用意するからちょっと待ってておくれ。あとこの子は今日村に着いたばかりの冒険者だよ。そっちの二体を見りゃわかると思うが魔物使いだ。変な気起こしたらガブッとやられちまうだろうから気をつけなよ! あ、ミコト、飯時はけっこう混むからギン……だっけ? 悪いけど、そいつだけでも外に出しておいてもらえるかい?」



 若手冒険者たちと私の両方にそう声をかけると、ヨーコさんはきびきびとした動きで厨房の中へ入っていく。まぁ、確かに混み合っている食堂内にこのサイズの生き物がいるのは、ギンには申し訳ないけど邪魔としか言いようがない。

 外で待ってて、とギンに伝えると少ししょんぼりした感じで尻尾を垂らして出て行った。寂しそうな背中が哀愁を誘うが、サイズがサイズなので仕方ない。あと、ずっと目が私の食べているステーキをロックオンしていたことも見逃してはいないよ?


 外に出て行ったギンは、私が座っている近くの窓の近くまでくるとだらりと横になる。

 窓は小屋と同じ、覆いをつっかい棒で支える形式なので開けっ放しだ。あからさまに食休みを決め込んだギンにヤシチがもの言いたげな目を向けたが、私の横の椅子の背もたれから動こうとはしなかった。



 食堂には次々と外から人が入ってきて、それに比例するように段々にぎわいを増してくる。

 食べ終わった私がいつまでも座っているのは邪魔かと思って席を立とうとしたら、厨房で手を洗って戻ってきたヒヨちゃんが同じテーブルに陣取り、これから食事を摂るというグリンさんにも座っていていいと言われたので浮かせかけた腰を下ろす。


 村に滞在している冒険者の大半がこの食堂で食事を摂るが、泊まりがけの狩りに出ている者や帰りの遅い者もいるため、席が足りなくなることはめったにないそうだ。

 たまに総出で飲み会みたいになることもあるけど、そういう時は食堂の前にある広場に予備のテーブルや椅子を出して席を確保するとのこと。


 この時間に夕食を摂るのは村の住人か休みを取っている冒険者が中心で、言われてみれば見知った顔がいくつも混ざっている。道具屋のおっちゃんに村の入口でも顔を合わせた鍛冶屋のダイさん、グリンさんの仲間のパーティーの皆さん。

 あいにくネズミ君がお世話になっている女性魔法使いさんのパーティーは、まだ狩りから戻ってきていないみたいで姿はない。



 食堂に入ってくる人のほとんどが物珍しそうな目を私に向ける中、グリンさんがそつのない対応で私を皆に紹介してくれる。外に寝そべるギンや窓辺に移ったヤシチのおかげで私が魔物使いだという説明はすんなり受け入れられたようだ。

 いまだに魔物使いという職がどんなものなのか理解できていないけど。細かいことに突っ込まれそうだったら、必殺「こっちの国では色々違うみたいね」を駆使して乗り切ることにしよう。


 とりあえず今は、向かいの席でグリンさんに世話を焼かれつつ、口よりも大きいスプーンで一生懸命晩ご飯を食べているヒヨちゃんをによによと見守りながら、村人や冒険者の皆さんとコミュニケーションを深めたいと思います。

 ……というわけで、ちょっと軽いお酒とおつまみくらいなら頼んでもいいよね? 


 宿代とは別? 全然OKですとも。今晩の宿代はもう払ってあるし、明日以降の宿代だっていざとなれば魔物を狩って稼ぐよ! ギンたちの戦闘力におんぶに抱っこだって? HAHAHA、私には解体という大事な仕事があるのだ!

 解体した肉を見せた途端「うわぁ……」という顔をされる程度の腕だけどな! いいんです、まだ修行中なんです!




 その後、狩りから戻ってきた冒険者も加わる中、けっこう遅い時間になるまでグリンさんや他の人たちと色々と話をしてから食堂の隣にある宿に向かった。宿のほうには簡単な調理設備しかなく、本当にただ寝るための施設のようだ。


 村には当然街灯なんてものはないため、月や星の明かりだけが唯一の光源。

 かろうじて物の輪郭だけがわかるような暗がりの中を食堂から宿に向かって歩く。ヨーコさんが食堂で使っているランプ(ガラスの覆いのついた本格的なもの)を貸してくれようとしたけど、〈暗視〉があるので断った。

 うっかり落として割ったりでもしたら申し訳ないし。本来なら有料のものを無料で貸してくれるというのも心苦しい話だし。


 ただ、ランプも大量生産が可能なのでそこまで高価な品というわけでもないようだ。

 魔法の応用で作られているらしく一定の規格品に限るようだが、庶民でも手の出しやすい価格で販売されているという。さすがにぽんぽんと買い換えがきくほどの値段ではないらしいけど。



 宿は二階建てで、一階に八部屋、二階に十二部屋。今は空き部屋が多いとのことで、二階の一番奥にある広めの部屋を用意してもらえた。使役獣の連れ込みはOKで、ただし部屋や家具などに傷を付けたり汚したりしないことが条件だそうだ。


 一階には調理設備と風呂(というかお湯を使えるだけの水浴び場みたいなもの)、トイレがあるけど、男女共用なので使いたい時は家に来て使ったらいいとヨーコさんは言ってくれた。うん……気持ちはありがたいんだけど、少なくともトイレは必要ないんだ。

 ダンジョンを出て食事が必要になったとはいっても、どうも普通に消化するのではなく魔力みたいなものに変換して取り込んでいるみたいで、食べる一方で出ていくものはないんです(汚い話で失礼)。


 なので、ギンを見張りに立てるから大丈夫と言ってそのあたりも断りました。

 あ、でも調理設備だけは食堂のものを貸してもらおうかと目論んでる。火をおこしたりする手間が省けるしなにより調理器具が、パン窯が、オーブンが……っ!

 たとえ追加料金を払ったとしてもあの設備を借りられるのだったら文句などあろうはずがない! お金が足りなかったら稼げばいいんです、(以下ry



 階段を上って一番奥にある部屋の前に立つと、先払い料金と引き替えに渡してもらった鍵で扉を開ける。

 中は八畳くらいの広さで奥にベッドが一つ。その手前の壁に寄せる形で小さめのテーブルが一つ、椅子が一つ。反対側の壁には物入れらしき蓋の着いた箱も置いてある。


 ベッドに腰を下ろしてみると、おお、ふんわりと腰が沈みます!

 この感触は憧れの干し草クッション! 積み上げた干し草をシーツでくるんでマットにしている感じで、シーツはごわごわした感触の(とても見覚えのある)荒い布だが洗濯が行き届いてあるらしく清潔だ。


 即座に寝転がりたくなる欲求と戦いながら、ギンにくくりつけたままの荷物をおろして騎獣具も外す。

 ギン、昨日今日と本当にお疲れ様でした。ずっと騎獣具もつけたままで窮屈な思いをしてただろうから今日はゆっくり休んでね。……なんて思ってる側から、床に転がってごろごろしてるけどね! 相変わらずの大物っぷりだな!



 ヤシチは部屋の中を検分するようにあちこち移動したあと、ベッドの頭部分に留まって一声「キッ」と発する。これはあれか、SPがベッドの下とか花瓶の中とかチェックして「異常なし」とやるような行動か?

 とりあえずヤシチもお疲れ様……索敵とか見張りとか、色々大変だったから今日は気を抜いて休むといいよ。


 私は下ろした荷物の中から、当座使わなさそうな毛布とかたたんだマントとかを荷物入れにしまい、ベッドに腰を下ろしてジンガに〈伝達〉で連絡を取る。

 一応、昨晩も無事でいることだけは一言伝えてあったんだけど、今日はばたばたしてたせいでまだ連絡を取ってない。心配していないといいんだけど。


(ジンガ? そっちはどう、変わりない? こっちは無事目的地の村に着きました。今のとこ危ない目には遭ってません。今日一日だけでもけっこう情報は集まったけど、明日からもっと積極的に情報集中に取り組む予定です。十日くらいはこっちにいるつもりだけど、なにかあったらすぐ連絡してね? ひとっ飛びで帰るから)


 村に入る前に、ここからダンジョンまで〈帰還〉できる距離であることは確認済みだ。使えない場合はスキルの表示に『使用不可能』の文字が加わるのですぐわかる。


 ジンガから返されたのは無事でよかったというようなニュアンスの思考と、ジンガもダームフライも元気だというイメージの映像だった。畑でせっせと雑草取りに励むジンガとその頭の上を飛び回っているダームフライ。

 ……うん、なんかものすごく癒される光景だ。ダンジョンにも異常はなく、向こうは平穏そのもののようだ。



 だったら安心、と〈伝達〉を解除して今度こそベッドの上に寝転がる。

 薄い敷きパットとは比べものにもならない快適な寝心地。干し草がガサガサ言うのも一種の風情だ。ああ、このまま寝てしまいたい……けれど、その前に今日得た情報のまとめと明日からの行動計画の作成をやっておかないと。


 むくりと起き上がってテーブルの前に移動し、備え付けの椅子に腰を下ろす。どっちもダンジョンの小屋にあるものと同じ実用重視の頑丈そうなものだ。

 この椅子だったら振り回したら確実に武器として使用できそうだし、テーブルは倒せば盾というか壁として使用可能……って私はなにと戦おうとしているのだろうか。


 とりあえず、食堂であれこれと聞いてくる村人&冒険者の皆さんに当たり障りのない答えを返しつつ、容赦なく質問させていただいてだいたい次のようなことがわかった。


 この村のある国はバールハイム王国といって、比較的歴史の浅い立憲君主制の国だという。

 冒険者が中心となって作り上げた国であるため身分制度や階級の縛りがそれほどきつくなく、奴隷も基本的に禁止されている開明的な国という印象だ。

 ただ、未開の原野に近いところを一から切り拓いて作った国であるため、今でも開拓が奨励されていてこの村も開拓村の出張所のようなものとして作られたらしい。


 この一帯の開拓村の中心となっているのが、先に話題に上がったサルサーギ村。

 似たような開拓村は国のあちこちにあるけど、ここは魔物の生息地となっている『果ての森』に一番近いこともあって、魔物の素材の供給地兼、魔物の大群が群れをなして襲ってきた時近隣の都市に危険を知らせる監視台としての役割を担っているそうだ。



 ……そこまで危険な森だったのかとちょっぴり冷や汗をかきましたけどね。

 どうやら森そのものよりも、ずっと東に行った先にある『魔の断崖』という場所から湧いてくる魔物が危険らしい。

 このあたりにいるのとは比べものにならないほど強力な魔物が、餌となる魔物を追って移動してくることがごく稀にあるのだそうだ。そうなると近隣の魔物も大移動を始め、結果魔物の大群が開拓村どころかその先の都市まで押し寄せてくる、と。


 聞いた瞬間はうわぁ、という言葉しか頭に浮かばなかった。なにその玉突き事故的大惨事。ただ、ここ数十年はそうした魔物の大移動はほとんど起こっていないらしく、小規模な移動が数年に一度あるかないか程度らしい。

 それでも場合によっては村の一つや二つは一晩で消えることになるそうだけど。


 この村は大丈夫なのかと心配になって聞いたら、移動の予兆が確認された時点で見張り役の冒険者だけ残して村人全員が近くの村まで待避。最終的には頑丈な防壁に囲まれたサルサーギ村まで逃げて、非常招集された冒険者や王軍が駆けつけてくるまで立てこもる手はずになっているそうだ。

 一年に一、二度は避難訓練もやっているというのだから、現代日本の防災対策も顔負けだ。


 ついでに、魔物の移動の予兆とされているのが行動範囲の広い虫系の魔物の出現だそうで、最近は村の近くでダームフライが度々目撃されているため、他の魔物の生息地域に変化がないかどうか調査中とのこと。


 ……すいません、それうちの偵察チームだったんです。なんて言い出せないけど。しかし親の敵のように撃たれまくった謎が今ようやく解けました。



 虫系の魔物の中でも繁殖力が強く、なおかつ他の魔物の餌になりやすいダームフライなどは見かけ次第駆除しないと、他の魔物を呼び寄せるもとになるのだそうだ。

 最初は弱い魔物でもそれが数を増やしてさらに別の魔物を呼んで……で、最終的には魔物の大移動に繋がることもあるので見敵必殺状態で狩っているらしい。



 で、この国のある大陸の名前はスキアード大陸。バールハイム王国以外にもいくつかの国があるらしいけど、普通に生活するぶんにはまったく関わりがないので詳しい知識を持っている人は少ない。

 せいぜい、グリンさんのパーティー仲間である○電ポジ……いやいや、物知りの魔法使いさんがいくつか国の名前を挙げたくらいだ。


 サルバ、エイアール、ベルゲン、ファセル……いずれも多少交易がある程度で、国の体制や文化などに関しては大雑把にしか知られていない。

 ほとんどの国が王国で、あとは貴族による合議制だったり議会が置かれていたり神殿が大きな影響を持っていたりするという差異がある程度。とりあえず、東の果てに独自の文化を持つ島国がない(というか知られていない)ことだけは確認できた。


 このあたりは魔物が至るところに生息していて、国と国との間の移動が難しいという事情も大きく影響しているそうだ。

 特にバールハイム王国はこの近辺の国の中で一番魔の断崖に近いためあって、国内の移動でさえ冒険者などを護衛に雇わなければ無事では済まない。他の国との交流なんてとても……と思ったら、恐ろしいことにそんな環境でも陸路どころか海路まで使って交易が行われているらしい。


 さすがに航路は限定されており、ついでに十便に一便くらいは魔物に襲われて沈むらしいが成功した時の利益が莫大なため手を出す商人はあとを絶たないそうだ。

 まぁ、基本的にそれで身代が傾く心配のない大商人か、あとがないほど追い詰められた商人が起死回生のために打つ大バクチ、と一般的には受け取られている様子。


 私の「船が難破した」という説明があっさり受け入れられたのも、そういう背景があってのことのようだ。そんなに沈むのか、船。船酔いしなくても絶対に乗りたくない気がしてきたぞ。



 皆さん競い合うように色々と教えてくれたおかげで、たった一晩でここ一月を上回るほどの情報が手に入った。かわりに私も色々聞かれたけど、あまり踏み込んだことについてはヨーコさんがストップをかけてくれたおかげで答えずに済んだ。

 どうして船に乗り込んだとか、家族はどうしているとか。後者については私が聞きたい、と思ってちょっぴり涙ぐみそうになったら、聞いた鍛冶屋のダイさんがヨーコさんに拳骨食らって悶絶してた。


 あと、私が解体が苦手だということを知ると、何人かの冒険者さんから自分が教えてやるという申し出があった。私の場合は単純に場数不足だから、数こなしても上達しなかったらその時は頼るといって断ったけど。妙にがっくりと肩を落としていたのが印象的だった。


 冒険者さんからは自分たちのパーティーに入らないかというお誘いもあったが、ギンたちが目当てなのは明白なのでそれも断った。

 さすがに知り合ったばかりの相手をそこまで信用する気にもなれなかったし、行動が制限されるのも避けたかったし。ヨーコさんが睨みをきかせていてくれたおかげで、しつこく食い下がられなかったのは幸いだ。



 その冒険者の強さについてはピンキリで、冒険者になりたての新人なんかはランク2のウサギを倒すのが精一杯だけど、強い人になるとワイバーンやキマイラなんかを一人で撃破したりすることもあるそうだ。

 ランク17に18か……うん、ただ強いモンスターを配置するだけのダンジョンにしなくて正解だったと心から思いました。


 ついでに、こっそり村の人や冒険者に〈鑑定〉を使ってみたけど、表示はやはり『??;レベル??』のまま。……もしかして〈鑑定〉って人間に対しては使えないのかな?

 〈鑑定〉持ちであることを明かすのはちょっとためらわれたので詳しいことは聞けなかったけど、どうやら〈鑑定〉みたいなスキルは人間相手には効果が薄いようだ。というか、人間の強さを数値化すること自体に馴染みがないらしく、レベルと言ったら怪訝な顔をされました。慌てて私のいた大陸独自の表現だと言ってごまかしたけど。


 しかし、だったら〈鑑定〉対策で〈偽装〉を取る必要もなかったかな……?

 いや、万が一にもダンジョンマスターということが知られるのは避けたいし。というか、あくまで〈鑑定〉できないのは人間であってダンジョンマスターは人間じゃないからね! ええ、すっかり人間気分でいたけどとっくに人間やめてたんでした畜生!



 ちなみに、ネズミ君がお世話になっている女性魔法使いさんのパーティーは、今日は泊まりがけで狩りに出ているらしく食堂には姿を見せなかった。ネズミ君本体は現れたけど。

 すごく馴染んだ様子で窓からひょっこり姿を見せた途端、ヤシチと目が合ってぴしっと音がしそうな様子で固まってました。幸い、周りの皆さんは餌にされると思って固まったと思った様子だったけど。いや、ある意味間違ってはいないのか?


 そういえば、私が村に行くということはネズミ君には伝えてなかったんだよね。

 出発直前は準備が忙しくてうっかり失念してました。ということは、ネズミ君にとっては事前連絡なしで上司と怖い先輩がいきなりやってきたみたいなもので……それは固まるわ。うん、申し訳ないことをしてしまった。


 なので村の皆さん(特にヒヨちゃん)の食事にちゃっかりご相伴してることとか、心なしか全体的にもっちりしてきていることは不問にして、ダンジョンに帰る時は一緒に連れていくということだけ伝えておきました。

 涙目でなにやら訴えられましたが、あいにく私はネズミ語はワーカリマセーン。というか、君の実家はここじゃなくて私のダンジョンなんですが? そのへんのこと忘れてませんか?



 まぁ、ネズミ君のことはともかく、村に来た最大の目的である情報収集については問題なく進んでいる。

 特に怪しまれている様子はない……どころか、むしろ作り話の境遇に同情されているくらいだし、これなら何日か村に滞在して色々見て回ったり話を聞いたりしても不審がられるようなことはないだろう。

 顔の造りがこのへんの人種とは違うこともあって、他の大陸から来たという話を皆さんすんなり信じてくださった様子……


 ただ、お酒を頼んだ以上話さないわけにもいくまいと思って明かした私の年齢は、最後まで信じてくださいませんでした!

 ちょっと待て、本当に二十歳過ぎてるんですから! まさか十も年下に見られてるなんて思いもしませんでしたよ!?


 なお、お酒に関してはよほど度数の強いものでない限り、十代でも普通に飲んでいいことになってるそうだ。中毒の危険があるから十歳以下の子供には飲ませられないけれど。昔のヨーロッパと同じで水の質があんまりよくないのかもしれない。



 ところで、いくら実年齢のことを説明しても信じるどころか「子供が背伸びしてるな~」と微笑ましく見守ってくださった村の皆さん、特にオヤジ連中を短気起こして飲み比べで軒並み撃沈させてやったのは別に大人げなくないですよね? 信じない連中が悪いんだし。


 目を丸くしてるヨーコさんに自分の分だけのお会計を渡して、ちょっとビビッた様子の冒険者たちを尻目に悠然と出て行った私はなにも悪くない。


 でも飲み比べで頼んだ度数の強いお酒の代金が地味に痛かった。買い物もしたいし、サルサーギ村にも一度は行ってみたいからギンたちに頼んで狩りに出る必要があるかもしれない。あと、持ってきた塩が換金できないかヨーコさんかショウさんに明日聞いとこう。


 ……なんて考えているうちに眠くなってきたので、今日のところは無理せずもう寝ることにいたします。

 あー、歯ブラシとか櫛なんかも道具屋で手に入れられるかな? 目立たない衣服なんかもできれば手に入れたいし……明日はまず道具屋さんに、行ってみないと……




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