20 初解体と初遭遇(そして初名乗り)
星空を見上げてちょっとセンチになってしまった翌日の朝。
センチと言ってもセンチメートルでもセンチビートの略でもなく……あれ、語源はなんだっけ? というかセンチってもはや死語だよね。
父親譲りの言語センスのおかげでよく年寄り扱いされます。ブリザード発生装置レベルの親父ギャクを言わないだけマシだと思って欲しい。
夜半でギンと交替して仮眠を取り、うっかり寝過ごしたのに気づいて慌てて飛び起きて今は朝食を作っているところです。
どうして起こしてくれなかったの! なんて私が疲れていると思って寝かせておいてくれたギンたちには言えるわけがなく。ダンジョンマスターなんだから睡眠取らなくて平気、とか思っていたけど、どうやらそれもダンジョンの中限定だったみたいです。それと食事も。
目が覚めたら、お腹がぐるぐるきゅ~と鳴り出すほどに空いていてびっくりしたよ。昨日の晩に食べた量じゃ全然足りなかったらしい。
そういえば、無意識にいつもダンジョンで食べている量にしてたけど、あれって普通の食事としては全然量が足りないもんね。
ギンとヤシチもお腹を空かせてうろうろしていたので大急ぎで食事の準備をする。
朝食のメニューは薄く切って焼いたジャガイモに塩漬け肉の野草入りスープ。
ちょっと多いかなと思うくらいの分量だけど、余った分は昼食にするので問題なし。鍋ごと突っ込んでおいてもこぼれたり洩れたりしないマジックバッグは本当に便利だ。さすがに保温機能まではないので、昼にはすっかり冷めちゃってるだろうけど。
ギンとヤシチにはいつもと同じ生肉をちょっと多めに出しておく。今日はまたいっぱい運動することになるし。
食事を摂ったら手早く野営の後片づけをして出発……しようとして、少し離れた場所に転がっている巨大なヘビの死体に気づく。
ちょ、なんですかこれ!? 十メートルくらいありそうなんですが! え、朝方襲ってこようとしたから片付けといた? ギンさん、得意そうにふんすと胸を張るのはいいけど、そういう時は起こしてくださいよ! 私がいても役に立たないのは重々承知の上だけど!
でろんと横たわっているヘビの死体(なお頭は吹っ飛んでしまったらしく見当たらない)をやや呆然と見下ろし、ちょっと考える。
昨日一日でどのくらいの距離を進んだのか、正確にはわからないけどたぶん200キロは超えている。これは途中で休憩を多めに入れたのと、ギンが(それなりに)私を気遣ってスピードを落としてくれた結果だ。
ギンが私を乗せて走れる最大速度で走り続けていたら、多少危険地帯を迂回したりしたところで昨日のうちに村に着いてるだろうからね。
地図を見てみるとここから先は森と草原が半々になっているので、昨日よりも速度を上げて走ることが可能になる。
とすると、順当にいけば二時間ぐらいで村にたどり着くことが可能なわけで……よし、だったらここで〈解体〉の練習がてらヘビの素材を取っていこう! 見た目的にウサギとかの動物でやるよりも心理的ハードルは低いし、ウナギを捌くと思えばなんとかなる……と思う。
え、ウナギを捌いたことはあるのかって? ……父親が知人からもらったと言ってウナギを大量に持ち帰ったことが何度かありましてね。
母親を手伝っていたはずが、いつの間にか一人でも捌けるようになってましたよ……ウナギは美味しかったけど、ウナギ捌ける女子高生ってどうよとかちょっぴり思った懐かしい思い出だ。
ということで、ちょっと出発を遅らせてヘビの解体にチャレンジ。
まず頭……はもうないので、吹っ飛んだ首の断面からナイフを入れて骨に添って切っていく。背開きにするか腹開きにするか一瞬迷ったけど、腹のほうが皮が柔らかそうなので腹開きに。内臓を傷つけないように気をつけながら尻尾の先まで切り開いたら、身を開いて残った骨と内臓を取り除く。
……なんて言ったら簡単そうに思えるかもしれないけど、実際はかなり大変だ!
なにしろサイズがサイズだし。目打ちもできないからギンに頭を押さえつけてもらって、なんとか尻尾まで切り開くことができましたよ!
開きにしたところでほっと一息ついたけど、皮も剥いでおいたほうがいいんじゃないのかと気づいて、皮と身の間にナイフを入れてメリメリ剥いでいく。
イカの皮みたいな感じで簡単に剥がれてくれるのでこっちは意外と楽だった。それでも大きさが大きさなので〈身体強化〉は必須だけどな!
皮と身が分かれたら、皮はくるくるっと巻いてそのへんの草で縛り、身は適当に切り分けて布でくるんでバッグに入れる。ここまででかかった時間は約一時間。解体初心者としては頑張ったほうではないでしょうか。
作業が全部終わったら、出しておいた水袋の水で手を洗って布で拭く。念のために〈鑑定〉して、血や肉には毒のない種類ということを確認してあるけど念には念のため。
というか、血とか体液で汚れて生臭くなっている手をそのままにしとくとか、女子以前に現代日本人としてちょっと無理だ。
なお、ヘビはランク6でチェーンパイソンという名前だった。そういえば剥いだ皮に派手な鎖模様があった気も。
毒はそこまで強くはなく、弱った獲物に巻き付てて絞め殺したあとゆっくり呑み込むという生態のようだ。うっかり胃袋とか傷つけてしまわなくて本当によかった。下手したらR-18レベルのグロ映像に遭遇するところだった。
最後にもう一度忘れ物がないか確認して、待ちくたびれた顔のギンの頭をぽふぽふと撫でて機嫌を取ってから出発する。
最初は興味津々でお手伝いしてくれたギンも、皮を剥いだり切り分けたりという段になるとさすがに飽きたのか、退屈そうにあくびをしたりそのへんを歩き回ったりしていたのだ。
まぁ、暇なのはわかるよ……でも周囲の警戒に余念のないヤシチを見習えとまでは言わないけど、人が一生懸命解体に励んでいる横でゴロゴロ地面を転がりながら「まだ~?」みたいな顔で見てくるのはやめなさい。その上目遣いはけっこう危険です。危うく手を切りそうになっちゃったじゃないですか。
いざという時には君たちのご飯にもなる予定なんだからね! ちょっと多めに出したはずの朝食のお肉をぺろりと平らげて、お代わりまで要求してまだ物足りない顔をしてるギンの顔を見て、用意してきた肉の残量がけっこう心配になった私だ。
その後は特に問題もなく移動を続け、夕方が近くなってきた頃見覚えのある風景が目の前に広がってきた。
これまではダームフライの目を介してしか見ることのなかった、村のすぐ近くに広がる草原だ。映像としてしか知らない景色を目の当たりにして、アニメや映画に出てきた場所に実際に行った時のような感動をちょっぴり覚える。
聖地巡礼って楽しいよね。乗り物に弱いせいで、実際に行ったことのある場所は片手で数えられるほどだけど。
遠目に村が見えてきたところで一度ギンから下り、自分の恰好や荷物を確認する。おかしなところは別にないよね? 髪バッサバサで化粧もしてないけどできる範囲で身だしなみは整えたし、怪しまれそうな荷物も持ってない……あ、マントを羽織っておかないと。
ロープで騎獣具にくくりつけた荷物が何個か増えているのは、途中で(ギンたちが)狩った獲物の素材だ。うん、なにも問題はなかった。通りすがりに襲いかかってきた生物を、ギンやヤシチが返り討ちにしただけだからね!
ほとんど一瞬で葬り去ったおかげで私に危険が及ぶことはなく、時間に余裕もあったので解体に励ませていただきましたよ……半分くらいはオーバーキルで原型を留めてなかったけど。
ついでに動物や鳥型の生き物の解体は、思った以上に精神に来る上に難易度も相当高いと実感させられました。いいんだ、半分は練習が目的だったし。
マントを羽織ったあとも何度も服装のチェックをしていると、ギンが焦れたように私を村に向かって鼻面で押し出す。さっさと行けってことですね。
仕方ない、覚悟を決めて行くとするか……あ、でもその前にマントのフードを被らせて! せっかく作ったのにそのまま行ったんじゃ、フード付きマントにした意味がない!
フードを被って完全に旅人スタイルになったあと、もう一度ギンにまたがって村に向かって進み始める。
ヤシチはしばらく頭上で索敵を行ってから、私の肩に下りてきて留まった。全長60センチの鷹はけっこう大きいけど、上手に体重を逃がしてくれているためかそんなに重く感じない。爪が刺さらないように気をつけてくれてもいるし。
しかし、端から見たらかなり怪しい恰好な気もする……でっかい狼にまたがって肩には鷹を留まらせたフード付きマントの人物。
どこの凄腕冒険者ですか? 中身は戦闘能力皆無の知力特化型ダンジョンマスターだけどな! いや、知力がBじゃ特化型とも言えないか……ギンやジンガと同程度の評価ですよ、ハハッ。
なんて考えて緊張を紛らわせながら、徐々に近づいてくる村の入口を見つめる。
大丈夫だよね? いきなり矢を射かけられたりしないよね? ダームフライじゃなくて人間(に見える)なんだし、いきなり村の人たちの中身がヒャッハーと化しでもしない限りそんなことにはならないと思うけど、本当の本当に大丈夫だよね?
あ、ネズミ君を使って村の中の様子を見ればいいのか。でもそれに気がついたのは、村までもう100メートルといった場所まで来てしまったあとだ。
なんたる失態! いいや、ここまで来たなら腹を決めて行くしかない。たとえいきなり矢を撃ち込まれたとしても、ヤシチが〈旋風〉で防いでくれるはず! 信じてます、ヤシチ!
内心ドキドキしながら、開け放たれたままの村の入口に向かってギンを進める。
村の中には何人かの冒険者と村の住人の姿が見える。特に武器を抜いたり警戒している様子はないけど、こっちを見ているのははっきりわかった。あれは鍛冶屋のおじさんと、冒険者の顔役みたいなこともやってる食事処のおかみさんの旦那さんか。
ということは、一緒にいるのは旦那さんと組んでいる実力派パーティーの皆さんかな? 年齢はひとまわり離れているけど、実力は折り紙付きらしくよく大きな猪とか熊とか引きずって帰ってくる姿を見ている。
……って、地味にこの村の最大戦力が揃ってる? やはり警戒されてる?
この怪しい旅人スタイルがまずかったのでしょうか? それともギンとヤシチのせい? お供と言い張るにはちょっと大きさか外見に無理がありすぎたんでしょうか!?
「ちょいと止まってもらっていいか?」
村の入口についたところで旦那さんに声をかけられる。のんびりとした声にほんの少しだけ安心するけど、胸はパンクしそうにドキドキしたままだ。
そういえば人と話すこと自体、この世界に来てから初めてのことですよ。一ヶ月以上他人と一言も会話してないなんて、向こうの世界だったら相当レベルの高い引きこもりじゃなかろうか。実際、家というかダンジョンからほとんど出ないで暮らしていたけど。
そんなことを考えながら、身体は無意識に動いてギンを停止させる。
旦那さんの後ろに立つ冒険者たちがちょっと肩の力を抜いた。あ、やっぱり警戒されていたのかと思いつつ、被っていたフードを脱いで顔を見せる。せっかく作ったフード付きマントだけど、怪しまれるくらいなら素直に顔を見せたほうがいい。
……せいぜい洗顔が精一杯で、化粧もしてない非常にお見苦しい状態で申し訳ないですが。
「……なに?」
フードを脱いだ途端ちょっと冒険者たちがざわっとして、旦那さんが目を丸くする。そんなにも酷かったのかと内心落ち込みながら首をかしげると、慌てたように旦那さんが手を振ってみせた。
「あ、いや、まさかそんな別嬪さんとは思わかったんでな。ところであんた、果ての森の方角からやってきたみたいに見えたが、いったいどこから来たんだ……? まさか道に迷ったとか言うわけじゃあるまい?」
「……その、まさかなんだけどね」
肩をすくめて言うと、旦那さんの目がますますまん丸く見開かれる。
「道どころか、どこに人里があるかもわからなかったし。乗っていた船が沈んで、南のほうの海岸に流されてきたのよ。ていうか、ここどこ? たぶん私の住んでた大陸じゃないと思うんだけど?」
私の言葉に旦那さんどころか、後ろの冒険者たちまであんぐりと口を開けている。こっちは嘘八百並べるのに精一杯でそれどころじゃないんだけど、余裕があったら虫が入るよとか突っ込みたいところだ。
「………流されてきた?」
お、やっと旦那さんが再起動。顔には信じられないといいたげな表情が浮かんでいる。
「あの魔物がうようよしてる海を? あんた、よく生きてたな……普通だったら運がよくても溺れてるか、でなきゃ魔物の腹の中に収まってるぞ?」
「この子たちが一緒だったからね。でなかったら、私とっくに生きてないわよ」
ギンとヤシチを示してこればっかりは本気で胸を張る。ええ、彼らがいなかったらここまで来るどころか、ダンジョンの地上部から無事に出られる自信すらありません! 蜘蛛にだって負ける戦闘力しか持ち合わせていないからね!
ただ問題は、ギンが泳げるかということだけど……火の属性持ちって水に入っても平気なんだろうか? そこは突っ込まれないことを祈ろう。
「この子? それって……あんたの使役獣か? 見たことのない魔物だが」
「そう。アッシュウルフとゲイルホークって言うんだけど、こっちの大陸じゃ珍しい種類なのかしらね。あ、名前はギンとヤシチ。見た目はちょっと怖いかもしれないけど、私の言うことはちゃんときくから心配しないで? とっても優秀ないい子たちだから」
「アッシュウルフ……初めて聞いたな。ゲイルホークのほうは魔素の濃い山奥なんかで、ごくたまに遭遇することがあるっていうが……」
知っているか、と旦那さんが仲間たちに顔を向けると、ほとんど全員がぶんぶんと首を横に振ってみせる。
唯一首を横に降らなかったのは魔法使いの男性で、まさか、と呟くのと同時に集まった視線にたじろぎながらも淡々と説明する。
「首都の図書館で読んだ書物の中にそんな名前があったと思います。ほとんど見かけることがないため、性質や能力については不明とありましたが……ランクは12。ゲイルホークと同じくらい強力な魔物です」
ちょっと幸薄い感じのする男性魔法使いの言葉に内心で胸を撫で下ろす。
よかった、詳細は不明で……属性のこととか突っ込まれずに済みました。いや、火属性だって泳ぎが得意な子がいるかもしれないけど。最悪それで押し通そうかと思ってたし。
というか、ランクって普通に人間の間でも用いられているんだね。あとモンスターのことは魔物というのが普通らしい。
私の知らない知識を次々によこしてくれる魔法使い氏にひそかに感謝だ。雷○ポジとか一瞬思ってしまってごめんなさい。
「12か……そりゃ、ダイが騒いでも仕方のないランクだな。ああ悪い、ダイってのはそこの髭面のおっさんだ。〈感知〉持ちでな、森のほうから強力な魔物がやって来るっていうから、ちょっと警戒してたのさ。まさか向こうから人が来るなんて思わなかったしな」
旦那さんが目で示したのは鍛冶屋のおじさん。この人、そんなスキル持ってたのか。
ただの鍛冶屋じゃないとは思ってたけど……バトルハンマーとかアックスとか似合いそうな外見で、実はシーフ系だったとは侮れない。
「別にそれはいいけど。で、私、村に入ってもいいの? ここしばらく魔物のいる領域をうろついてたから、できれば安全な村の中で休ませてもらいたいんだけど」
「ああ、それは問題ない……が、その前にもう一つだけ聞かせてもらってもいいか?」
ほっと肩の力を抜きかけた途端に質問が飛んできて、内心びくっとしたのを隠すために軽く眉を寄せる。非常に心臓に悪いのでやめていただけませんか、旦那さん?
「あんたの名前は? 俺はこの村で冒険者をやってる、グリンだ」
「……ミコトよ。一応、私も冒険者」
前もって偽名を用意しておいてよかったと思いながら答える。これがいきなりだったら絶対口ごもるか、でなきゃ焦って突拍子もない名前を名乗ってしまうに違いない。げろしゃぶとかふーみんとか。目一杯頑張って東野国勘左右衛門とか。
なお、名前の元ネタはとあるビリビリ電撃中学生ではなく、某勇者王のヒロイン兼ラスボスから拝借いたしました。
あんなに未来に生きてる髪型してないけどね。ついでに「承認!」と叫びながらスイッチの安全カバーを叩き割ったりもしないけどね……しないけどね、ええもう二度と。
すでに記憶も残ってない幼少のみぎり、スーパーの非常用ボタンでやらかしたことを延々と言われ続けたらやれるわけがありません。私の人生に置ける初の黒歴史だよ。
「……一応? なにか訳ありとかか? ああ、答えたくなかったら答えなくてもかまわないんだが」
おっと、つけ加えた余計な一言に旦那……じゃなくてグリンさんが首をかしげている。
「狩りに関してはこの子たち頼りだから。私一人じゃウサギだって狩れないわね。まったく威張れた話じゃないけど。私にできるのは採集と、解体……それに料理くらいかしら?」
「はは、それで一応ってわけか。なに、戦闘のできない冒険者ってのも数は少ないがまったくいないわけじゃないさ。特に、あんたみたいな魔物使いなんかだとな」
笑って言いながら、グリンさんはさりげなく立っていた私の進路から退いて、村の中に入るように身振りで示してくれる。そのまま進みかけて、ギンに乗ったままであることに気づいて内心焦りながらもさりげなさを装って下りた。
いきなりのことで緊張していたとはいえ、馬上から失礼、を素でやってしまうとは。
私がギンから下りると、肩に止まっていたヤシチがはばたいてギンの背中に移動する。
私の肩はそんなに居心地よくなかったでしょうか? いや、ヤシチのことだから私に負担をかけるとか考えたに違いない。ほとんど重さは感じなかったし、気にしなくていいんだけど。
「ところで、その荷物は? 難破して流されたにしちゃずいぶんな大荷物だが……もしかしてここに来るまでに狩った素材か?」
「そうよ。別に狩りをする気はなかったんだけど、襲ってくるのを返り討ちにしているだけでこの量になっちゃったのよ。まぁ、この子たちの食料はいくらあっても困らないし、もし人里でも見つけられたら売って換金できるかとも思ったから捨てずに持ってきたけど……この村で素材の買い取りってできる?」
「ものによりけりだな。肉なんかはけっこう消費するから食堂に持っていけば買い取ってもらえると思うが、皮とか牙、爪なんかはそんなに需要がないからな。そういうのは定期便が来た時に買い取ってもらうか、サルサーギあたりまで自分で持っていって売るしかないな」
「サルサーギって? ……というか、この村の名前もまだ聞いてないんだけど?」
村の中心に向かって足を進めながらグリンさんと会話してたら、地名っぽい固有名詞が出てきたので思わず食いつく。
「ああ、サルサーギってのはそうだな……ここから西に50キロほど行ったところにある村だ。このあたりの開拓村の中じゃ一番大きくてにぎわってる。この村は……まだ名前はついてないな。東、とか東の端とかでだいたい通じるし、きちんとした名前がつくのはこの近辺の魔物の数がもっと少なくなって、本格的な入植が始まる頃になるんじゃないか?」
なるほど、西のほうにあるあの町っぽいのがサルサーギ村か。この世界でもあの規模の村は村と呼ばれるものらしい。すみません、ちょっと異世界を馬鹿にしすぎてました。
あと、この村はまだ正式に村としては扱われていない様子。東の端、と言うと古式ゆかしいファンタジー風だけど、イーストエッジ、なんて呼んだら最近のラノベにも出てきそうな名前だ。
……って、うっかり聞き流しそうになったけど、今グリンさん、とっても耳に馴染みのある単位を口にしませんでしたか?
「……50キロ?」
「ん? ああ……遠いと言えば遠いが、間に一つ村があるからな。大人の足ならぎりぎり一日でも着けるし、こんな辺境の村としちゃ妥当な距離だろ」
「………50キロ?」
「それに、あんたの使役獣の足ならもっと早く着けるんじゃないか? 見たところ、けっこう足の速そうな魔物だしな。ランクも高いし、二、三時間もあれば余裕だろ」
「…………うん。そうだね。ギンだったら一時間くらいで着いちゃうんじゃないかな」
思わず素の口調に戻ってしまったけど、たぶん〈翻訳〉効果で私が理解しやすい単位に変換されたものだと理解することにしました。
あ、というか〈翻訳〉使ってない……言語チートは存在していたもようです。
〈翻訳〉に使ったDPが無駄になってしまったけど、人と話をするだけでDPを消費しなくて済むんだからありがたいと思おう。思おう……くっ、スキルを返却して消費したDPを取り戻すことができたなら!
ちょっと悲しい出来事もありましたが、グリンさんの案内で村で唯一の食堂へとたどり着きます。ここに来るまでにグリンさんの仲間や鍛冶屋のダイさんは解散したため、一緒に食堂に来たのはグリンさん一人だ。
「よお! 客連れてきたぞ、ちょっとでっかいオマケ付きだがな! あと肉が多少あるらしいから買い取ってやれや!」
扉を開くなり中に向かって大声を張りあげるグリンさん。笑い混じりだけど側で聞いてると耳が痛い。と思った瞬間、中からグリンさんの声に負けない大声が飛んできた。
「うっさいよ、あんた! ジジババじゃあるまいし、奥にいたって普通の声で十分聞こえるんだからバカみたいな大声出さないでもらえるかい!」
……さすが肝っ玉母さん。仕込みの途中だったのか、奥の厨房からおかみさんが濡れた手をエプロンで拭きながら出てくる。
麦わら色の髪を首の後ろで一つに束ねた目鼻立ちのはっきりした美人だ。年齢は三十に届くかどうか、といったところだけど子供一人産んでいるとは思えないナイスプロポーション。う、うらやましくなんてないやい……
なお、グリンさんのほうは灰銀色の髪を後頭部で束ねた三十代半ばのナイスガイ。
軽妙さと鋭さの溶け合った表情や物腰はいかにもできる大人の男、といった感じであと十年もたったら渋いダンディになるのは間違いない。娘さんには激甘だけどな! 狩りから戻った直後に抱き上げようとして「パパ、汚い!」と怒られてものすごくへこんでたけどな!
ともあれ、美男美女のカップルであることに間違いはなく、娘さんの将来も非常に楽しみなところだ。
「……ああ、悪かったね。そのへんの好きなところに座っておくれ。珍しいね、こんな田舎に女の冒険者が一人でなんて。そっちの狼と鷹があんたのお連れさんかい?」
「あ、はい……」
グリンさんを怒鳴りつけていたのとは同一人物とは思えないくらい、愛想のいい表情で声をかけられて食堂に足を踏み入れる。
中は二十人ほどが一度にできそうなくらいの広さで、ダンジョンの小屋にあったのと似たような頑丈さが取り柄のテーブルが五つ、そのまわりに椅子が四、五脚適当に置かれている。
特に咎められる様子もなかったのでギンたちにも入るように促し、手近な椅子に手をかけたところで気づく。
「そうだ。魔物の素材の肉なんだけど、買い取りってお願いすることはできますか? ウサギとかなんだけど……」
素材を換金しないことには、食事どころかお茶の一杯だって飲めないよ!
私の問いかけにおかみさんはちょっと呆れたように目元をほころばせる。視界の端でグリンさんが「すいぶん俺の時と態度が違わないか?」とかぼやいてたけど、無視だ無視。私だってハッタリきかせていい人間と、そうでない人間の見分けくらいつくんです。
「そんなに慌てなくったって、水の一杯くらいは出すってのに……ああ、ウサギの肉かい? うちは男ばっかりの所帯だから肉はいくらあっても余るってことはないけど……どのくらいの量だい?」
「ウサギ、というかチャージラビットが五匹。それとワイルドドッグが三匹とスピアクロウが五羽……多かったら、全部買い取りじゃなくてもいいです。この子たちもけっこう食べるからそっちにまわせばいいだけだし……うちもお肉に関しては、どれだけあっても余る心配はしなくていいんで」
本当に、おかみさんの気持ちがよくわかります。用意した食べ物がダイ○ンのごとき勢いで平らげられていくのって、見ていて気分がいいけど残量が限られている時はちょっと心配にもなってくるんです。
おかみさんは私の言葉にあはははっ、と大きく口を開けて笑ったあと、軽く片目をつぶってウィンクを決めてみせる。
「じゃあ、あんたんとこの大食らいたちの分を残して、ウサギ全部とスピアクロウ三羽の肉を売ってもらえるかい? スピアクロウはなかなか獲れないんでね。そろそろ鳥肉のシチューを作ろうかと思ってたんだけど、あれなら煮込み料理には打ってつけだ」
「その話くわし……っと、そうじゃなくて。全部でいくらになりますか? なにしろ今、一文無しなんで。多少は換金できるものもあるけど、今夜の宿代にも足りなかったら外で野宿するしかないです」
しょぼんと肩を落とすのは演技じゃなくて本気だ。だって、奥の厨房のほうからいい匂いが漂ってきてるんですよ! この匂いを嗅いだあとで、外で野宿して自分の作った粗末なご飯をもそもそ食べるのは悲しすぎる!
ベッドとかお風呂とかはこの際どうでもいい。私は切実に自分以外の誰かの作ったご飯が、とても、本当に、ものすごく食べたいのです!!
「なに馬鹿なこと言ってんの! そりゃあウサギ肉なんて駆け出しの冒険者でも取ってこれるけどね、五体分もありゃ宿に一泊する程度のお金にはなるよ! それにスピアクロウだったら狩るのが難しい分、ちょっと色をつけて……全部で8ズィルでどうだい? この村の宿なら、一晩2ズィルで十分泊まれるよ!」
「……食事は別? それとも込みで?」
「そっちの連中のは別として、あんた一人の分だったら朝と晩両方付いてくる。ただし食べるのは宿じゃなくてここになるけどね。そっちの子たちの分も出すんだったら、朝晩で5クップ追加してもらおうか。どっちも食べるのは肉でいいんだろう?」
問いかけにはうなずきを返すけど、肝心のお金の単位がわからないという問題が……困った顔でグリンさんを見ると、彼は苦笑しておかみさんに口添えしてくれる。
「あのな、ヨーコ。こいつは他の大陸の人間なんだ。船が難破して南の海岸に打ち上げられたんだとよ……でもって人里を探して歩き回ったあげく見つけたのがこの村だ。だからこっちの単位でまくし立てられても金額がわかんねえよ」
途端におかみさんがぴたっと口を閉じ、かわりに目を大きく見開いて私を見つめる。ええ、そうなんです……とは言えない雰囲気。
というか、おかみさんの名前はヨーコさんっていうんですね。某赤毛の美人スナイパーと同じ名前だ。ナイスバディかつ豪快なおかみさんにはよく似合ってるけど。
ええ、おかみさんもライフル銃を持たせたら1000メートルショットくらいあっさり決めてくれそうな気がします。
それはそうと、私を見つめるおかみさん改めヨーコさんの目に涙が浮かび上がっているのは気のせいじゃないよね? なんか、ものすごく同情した目を向けられてるんですが……
「あんた……それは大変だったね? いくら使役獣がいるにしたって、女の子一人で……なんなら宿じゃなくて、うちに泊まっていったらどうだい? うちには小さいのが一人いるけど、人一人泊められるくらいの余裕はあるよ? ちょっと手伝いでもしてくれればお金なんていらないから……」
「あ、さっきの金額でいいです! あと宿の部屋の予約お願いします! お肉は台所に持っていったらいいですか!?」
ヨーコさんの言葉に被せるようにまくし立てる。嘘八百の身の上話をしたらうっかり本気で同情されてしまったでござる……なんて洒落にならないくらいいたたまれない! 嘘だと言うこともできないのが余計に!
とりあえず、勢いで流すことにはなんとか成功して、ギンの背中から下ろした荷物を持って厨房に入る。食品を扱う場所なのに、外から来たままの汚れた恰好でいいのかなと少し心配になってマントだけ脱ぐ。敷物代わりにしたりしてけっこう汚れていたし。
同時になぜかヨーコさんが驚いたような目で私を見たけど、やはりファンタジー風現代ファッションには無理があったのだろうか? 軽く首をかしげたら、なんでもなかったようにそれまでと同じような態度で接してくれたけど。
そして肉を包んでいた布を開いてみせたら、先程とはまた違った意味での同情の視線を向けられました……うん、苦心のあとが至るところに残っているからね。
解体が下手な分肉の量を増やすと申し出たら、遠慮なくスピアクロウ一羽分の肉を要求されました。そこまで酷かったでしたか……すまぬ、すまぬ。
かわりに肉の代金として、銀色に光る丸い硬貨を八枚受け取る。
これが一枚1ズィル。この下の単位になるのが銅貨のクップで、10クップが1ズィルに相当するとのこと。十円玉と百円玉みたいなものか。貨幣価値としてはこっちのほうがずっと高いけど。
なお、ズィルの上の単位は金貨のゴルで、そっちは100ズィルが1ゴルに相当するらしい。
ただ10ズィルに相当する大銀貨というものがあるため、普段の生活で金貨を使うことはめったにないようだ。また大きさの違う半ズィル銀貨、半クップ銅貨などといったものもあり、細かい買い物にはそっちを使うことも多いとのこと。
それはともかく、ギンたちの食事も出してもらうには一日あたり5クップ……半ズィルかかるということで、当面は手持ちの肉を食べさせることにして食事は断った。
マジックバッグの中にはダンジョンから持ってきた生肉もあるしね。適当に村の外で狩ってきたふりをして食べさせよう。
というわけで……なんとか村に到着し、それほど怪しまれることなく村に入り込むことにも成功しました! ミッション達成! まだ村での情報収集も無事にダンジョンまで帰るという重要ミッションもあるけど、ひとまず一つ目だけでも無事にクリアできたことを喜ぼう!
なので成功を祝って、ヨーコさん謹製のご飯を食べても許されるよね?
肉を売ってお金もできたことだし、もう夜の営業の準備もできてるというし。あ、ギンとヤシチの分の肉も用意しないと……ちょっと厨房貸してもらっていいでしょうかね、ヨーコさん! ちゃんと使ったあとは掃除しておきますんで!
とにかくもう、今は食堂に漂うこの匂いのもとで頭がいっぱいなんです。ハリーハリーハリー、可及的すみやかに自分で作った以外のメシを私に食わせろ。匂いだけでも美味しいことは想像がつく。さぁ、早く、私にそのメシを食わせろください!!
20話にしてようやく主人公の名前(偽名)が登場。




