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石橋系マスターのゆったりダンジョン運営記  作者: ひろねこ
第一章 ダンジョンマスターになりました。なお現地調査はセルフで行うもようです
19/40

18 手のひらサイズの潜入捜査員



 幸い事故も事件も起こることなく、全員揃って平和な朝を迎えることができました。


 うん、平和って素晴らしい! だからネズミ君のことをモーニングがわりにしたそうな目で見るのはやめてください、ヤシチ。

 それとネズミ君、ヤシチを挑発するように目の前でお尻をふりふりしながら毛布に潜り込もうとするのはやめなさい。挑発されるのはヤシチだけじゃなくて私もだ。朝っぱらから人を萌え殺す気か!



 朝食を摂って小屋を出たら、いつものようにフラップラント畑に行ってダームフライたちに挨拶。

 空を飛んでいるダームフライの数はだいたい昨日の倍だ。羽化うかに失敗してお亡くなりになる子はいなかったらしい。自然界だとけっこう羽化の際に死亡すると聞いていたんだけど。

 いや、羽化で動けないところを天敵に狙われるんだったか? だとしたら、天敵のいないこの場所で羽化に失敗する子がいないのも納得だ。


 〈伝達〉でダームフライたちに呼びかけて集まってもらうと、その数は全部で十八。

 それと前回ハブ……じゃなかった、あぶれたダームフライが一体。三体一組でチームを組んでもらうと、今回もあぶれるという悲しい事実が判明したけど。

 心なしかダームフライ(あぶれ)君もしょんぽりと羽を落としているようだ。う、うん……次に羽化する子たちが三の倍数ではないことを祈ろう。


 ただ今回は、飛行可能なダームフライ全員に偵察に出てもらうわけじゃない。

 今回も偵察のメインは西の人間の村なので、数ばかり増やしても片っ端から撃ち落とされるだけではっきりいって効率が悪い。ダームフライの視野を使って私が村の様子を観察できる距離は、すなわち村からもダームフライを発見できる距離となるのだ。


 だったら、村の中にいても警戒されにくい生物を送り込んで、近くでゆっくり観察しようというのが今回の偵察の主旨だ。

 農村だったらネズミくらいいてもおかしくないし、コウモリも意外と人のいる場所で見かけることが多い。スズメは言わずもがな。猫はちょっと微妙だけどネズミがいるなら駆除目的で持ち込んでいる可能性が高い。

 まぁ、見覚えのない猫がいきなり現れたら怪しまれるだろうから今回は見送ったけど。



 ダームフライの一体に近くに下りてもらって、肩に乗せて連れてきたネズミ君を地面に下ろしてダームフライに乗るように指示する。

 全長70センチもあるし、ネズミ君一匹くらいなら普通に乗せて飛べると思うんだ。荷重の分だけ飛行速度や飛行距離が落ちる可能性はあるけれど、その分は休憩をこまめに入れればいいし。


 思った通り、ネズミ君を背中に乗せたままでもダームフライは難なく飛び上がった。

 ネズミ君は落ちないよう背中の凹凸に必死にしがみついているけど、ダームフライは荷物の重さなど感じないようにすいすいと飛び回っている。この様子なら人間の村までネズミ君を運ぶくらい支障なくできそうだ。


 ただ、ネズミ君のほうが落ちないようにする工夫が必要かな。なにしろダームフライの飛ぶ速さは巡航速度でもおよそ時速80キロメートル。高速を走る車の屋根にしがみついてるみたいなもので、落ちたら確実に命はない。

 途中で他の生物に襲われたらアクロバット飛行を余儀なくされる可能性もあるし、落下対策は絶対に必要だろう。



 ちょっと考えて小屋まで戻り、布を少し切り取ってきてダームフライの首のあたりに風呂敷状にして結びつける。いわゆる泥棒スタイルだ。

 飛行に影響がないか確かめてからネズミ君に入るよう命じると、ネズミ君は妙に嬉しそうにいそいそ中に入っていった。ネズミだから狭いところのほうが落ち着くんだろうか?


 その状態でダームフライに飛んでもらうと、ネズミ君は風呂敷包みの中からちょこんと顔を出して飛行を楽しんでいる様子。思った以上に順応性高いな! というか、昔の動物アニメの主人公みたいでものごっつう可愛いんですが!


 内心もだえながらも表面上は平静な顔で、ダームフライに下りるように命じるとネズミ君を呼んで手のひらに乗せる。



「君にはこれから、人間の住む村に行って潜入、偵察という任務についてもらいます。危険な任務だけど、君を生きて帰らせるように全力を尽くすから。君も精一杯生きて帰る努力をしてください。大丈夫、君の賢さとあざとさだったらきっと無事に帰ってこられるから」


「……きゅ!」

 首をかしげて考えたあとのいいお返事。本当にもうね、この子なら人間に見つかってもこのあざと可愛さで切り抜けられると思うんだ。

 見つかったのが人間以外だったら保証の限りではないけど。いるかいないかわからないけど、猫にだけは本当に気をつけてね。


 ネズミ君を手のひらに乗せたまま、三体一組になって待機してもらっているダームフライを三チーム呼び寄せる。


「君たちには今回、輸送部隊としての役割を担ってもらいます。任務は人間の村までネズミ君を運んで戻ってくること。偵察は今回行いません。とにかく無事にネズミ君を目的地まで送り届けて、このダンジョンに戻ってくるのが君たちの役目です」


 そう言って、九体のダームフライ全員の首に切り取った布を結びつける。

 これはネズミ君を乗せているダームフライにもしものことがあった時乗り換え可能なようにというのと、ネズミ君を乗せているダームフライだけが目立ってしまわないようにという、二重の目的があってのものだ。



 そして完成したのは首に風呂敷をつけた九体のダームフライ部隊。

 ……なんだろう、一気にシリアス度が下がってギャグ空間になったようなこの台無し感は。いや、ギャグ空間ならもし危険なことがあっても「あ~、危なかった」の一言で無事で済むんだから、むしろこのほうが目的を果たすためにはいいはず!

 今までの私に足りなかったものは優雅さでも速さでもなくギャグ成分だったんだ!


 と自分に言い聞かせて、泥棒スタイルのダームフライたちをなるべく直視しないようにしてネズミ君を搭乗させます。

 だって、なぜかダームフライたちがやる気満々なんです。びしっと一分の隙もなく整列してるもんだから、まともに見た瞬間噴き出す危険が……



 納屋の前まで移動すると、念のためにダンジョンマップを立ち上げて入口周辺の生物反応を確認してから非常口の扉を開ける。

 今回はネズミ君という荷物もあるため、危険は極力避ける方針だ。前回は慣れもあってうっかり確認を忘れたけど、ここは初心に返ってきっちり安全を確認してから送り出す。


 ダームフライたちが入口の外に出たら、いつもの手順でカメラスタンバイ。

 マップも使って森の中を飛んでも安全なルートを示す。生物の位置がわかるダンジョンの領域内に関しては、上空より地上付近を飛んだほうがいくらか安全なはず。速度はその分落ちるけど、ネズミ君が速さに慣れる必要もあるから最初はそのくらいでちょうどいい。


 それでもダームフライの速度なので、十分足らずでダンジョンの領域外へ。ここからはもうマップには頼れないので、カメラ視点を四方八方に移動させて警戒しながら空を行く。



 特に危険な地帯にはマーカーもつけてあるので、ちょっと遠回りになるけど回避して移動。前回鳥に襲われたあたりとか。

 三回目になるのでいかにも危険な生き物が潜んでいそうな森や沼、大型の生物が生息する場所もチェック済みだ。ただ無駄にダームフライを犠牲にしていたわけじゃないんですよ。犠牲を出した分だけちゃんとデータも取っている。


 二時間ほど飛んだあたりで、ネズミ君を乗せているダームフライにちょっと疲れが見えてきたので、一度地上に降りて休憩を取る。

 地上というか、枯れきって幹と枝だけになった木の上だけど。

 もちろん、近くにダームフライを捕食するような生物がいないのは確認済みだ。


 休憩のあと再び西に向かって出発し、さらに二時間ほど飛び続けたところでようやく人間の村が見えてくる。

 そこでダームフライたちにストップをかけて、いったん近くの草原に着陸。

 ネズミ君を乗せたダームフライにだけ、村ではなくそのはるか上空に離れた場所から向かってもらう。



 正直、この高さでも安全という気はまったくしないんですが。それでも普通に近づくよりはマシなはずだと自分に言い聞かせ、完全に航空写真のように見える村に狙いを定めて一気に急降下! ネズミ君、気絶なんてしたりしないでね!


 自由加速度に羽ばたきも加えて、時速200キロメートルは超えたんじゃなかろうか。

 あっという間に間近に迫った村をなめるようにかわし、草原の方向へと一直線に向かう。ネズミ君は降下から離脱に移ったタイミングで、ダームフライの背中から飛び降りて村のすぐ側の草地に着地している。

 なるべく草の深いところを狙ったのと、体重が軽いおかげもあってまったくの無傷だ。


 村の上空から風呂敷を広げて自由落下してもらう案もあったのだけど、風で流されてしまう危険性もあったためこのアクション映画ばりの方法に。

 とりあえずダームフライもネズミ君も無事であったことに胸を撫で下ろす。こればっかりは、さすがに何度も練習してみるわけにはいかなかったからだ。



 ネズミ君には周辺に警戒しながらの待機を命じ、その間にダームフライに集合してもらって帰還を命じる。いつまでも人間の村の側に留まっていたところでいいことはない。誰かに見つかって片っ端から撃ち落とされる前に逃げるが勝ちだ。


 同時に、ネズミ君のほうにも柵の隙間から村に侵入するように指示を出す。

 猫、人間、その他気をつけるべきものは山ほどあるから、とにかく警戒だけは怠らないように。あと、万が一人間に見つかった時は、得意のあざと可愛いポーズで切り抜けなさい。

 相手がよほどのネズミ嫌いか、この村でペストでも流行っていない限り腰砕けになると思うから。


 ネズミ君が無事に村に潜入したのを見届けたあとは、ダームフライたちのほうに意識を集中して帰還のための安全ルートを探す。

 そう、今日の任務はダンジョンに帰ってくるまでがお仕事だ。やると決めたからには、一体も脱落させずに帰還させてみせます!



 ……と、意気込んではみたものの、ダンジョンまで残り数十キロという地点で一体が巨大なバッタもどきに襲われて脱落いたしました。

 まさか空じゃなくて地面から来るとは。保護色で草むらと完全に一体化していたため見落としたのが運の尽きです。ごめんよ……


 でも、残り八体は無事にダンジョンに帰還して参りました。送り出したダームフライをダンジョンで出迎えるのはこれが初めてだと思うと感無量です。

 非常口から次々に飛び込んでくるダームフライを見た瞬間、ちょっぴり涙がこみあげてきたのも致し方ない。本当によかった。そして無事に帰ってきてくれて本当にありがとう。



 ……そこで終われば綺麗に締められたんだろうけど、帰ってきたダームフライたちがなぜかフラフラしてるのに気づいて、ウィンドウで状態を確かめると『空腹』の文字が。


 モンスターには食事がいらないんじゃ? と思って慌てて確認したら、それはダンジョン内にいればの話であって、領域の外に出ると普通に食事が必要になるらしい。えっ? それじゃこれまで外に送り出したダームフライたちは……?

 う、うん、今回以上の距離を飛行したダームフライはこれまでいなかったし、空腹を抱えたまま死んだわけじゃない……と思おう。

 だけどトンボ塚になにか食べ物をお供えしておこうと思った自分です。


 あと、ダームフライの主食はやはり小型の虫だったため、ダンジョンの地上部に送り出してご飯は自力調達してもらいました。

 くれぐれも食べるのに夢中になって、他の生き物に襲われないように言い聞かせた上で。

 一応、マップで安全も確認しながらだったので(やはり食べるのに夢中になって、蜘蛛の接近に気づかなかったのが一体いたし)全員欠けることなく戻ってきてくれたのが幸いです。




 その日の夕食は、初のダームフライ部隊の帰還をお祝いする意味も込めてちょっぴり豪華なものに。

 いや、食べるのは私であってダームフライじゃないんですが。もしかしたらギンたちみたいに食べるかと思って、調理した肉とか与えてみようとしたけど見向きもしなかったし。


 今日のメニューは塩漬け肉と何種かの野草を入れたジャガイモのポタージュに、潰したリンゴに漬け込んで焼いたステーキ。

 デザートにはリンゴの蜂蜜漬けも付けました! ステーキは多めに焼いて、ギンとヤシチにも少しずつ出してあります。お祝いのご馳走ならみんなで食べないと!


 ……ジンガの分だけはどうしようといつも思うのですが。食べられないとわかっているのに出すのも可哀想だし、だけどなにもないのも仲間外れみたいだし。いっそ木とか土とかで食品サンプルみたいなダミー食でも作ってしまおうかと思う昨今。

 いや、私の造形能力じゃろくなものが作れないか……塗料やらなにやら色々足りないしなぁ。



 夕食を終えたら、寝る前に一度ネズミ君にコンタクトを取ってカメラを繋ぎます。

 一応時々様子は見てたんだけど、夕食の支度を始めたあたりから連絡を取っていないのでちょっとだけ心配。まさか、あっさりネズミ取りにかかってたなんてオチはないよね……?


 幸い、ネズミ君は無事でした。というか、ものすごく歓待されているんですが。

 なにが起こったのか誰か説明してくれませんかね? 人間に囲まれてパンとかチーズとかもらってご満悦なんですが! 貴様、ちょっとそこをかわれ! パンとかチーズだなんて私だってこの世界に来てから一度も食べてないんだぞ!


 ……失礼。思わず取り乱しましたが、どうやらネズミ君、空腹に耐えかねて人間の家に侵入するのとほとんど同時に見つかり、叩き出されそうになったところでお得意のポーズを決めたもよう。

 見つけた人間がそこまでネズミ嫌いではなかったのと、仲間の中に可愛いものに目がない女性がいたことから餌付けが始まり今に至る、と。

 前後の事情なんてわかるわけがないので、推測オンリーなんですが。



 しかも、ネズミ君を餌付けしている男女五人のグループにはとっても見覚えがあります。

 男性三人、女性二人。ネズミ君を手のひらに乗せて、とろけそうな笑顔をしている女性のすぐ横に置いてあるのは長い木の杖。もう一人の女性はその様子を苦笑して見ながら、手元の弓を布でせっせと拭っている。


 ネズミ君、その人たち冒険者だから! 第一次偵察部隊のダームフライの仇だから!

 君もモンスターだとわかったら狩られちゃうかもしれないから! 逃げてー、ネズミ君逃げてー、超逃げてー!



 ……いや、こうして普通に接しているということは、モンスターだとは気づかれていないんだろう。このままペットみたいな立場を確保することができれば、冒険者の生活や性質をすぐ側で観察できるかもしれない。

 村の調査という当初の目的からは外れるかもしれないけれど、冒険者の調査だって重要なことには変わりない。


 そう、調査対象に取り入るなんてのは潜入捜査における基本中の基本だ。ネズミ君はむしろいい仕事をしてくれた。恐るべしネズミ君……リハーサルもなしであれだけのスタントアクションを決めた件といい、実は007並みのエージェントなのではないだろうか?


 そんなネズミ君は今、いっぱい食べてお腹がくちくなったのか女性の手の上でふくふく丸くなって寝てます。

 こ、これは……女性をメロメロに籠絡するヤツの罠だ! なんて優秀なエージェントなんだ! でもお願いだからそこかわってください! その子、一時貸し出ししてるだけでうちの子なんです! たった一晩しか一緒に寝てないんです!



 とりあえずネズミ君の無事は確認できたので、ギンとヤシチをお供にベッドに入る。

 悔しくなんてないんだからね! うちのもふもふメンバーはネズミ君だけじゃないのだ。ギンなんて思いっきり抱きついて全身でもふもふを堪能できる大きさなんだ。


 だから別にネズミ君を取られて悔しいなんて思っていないんだからね! うう、まさかこんなところでNTRを体験することになろうとは思わなかったよ……




 翌日からはしばらく潜入したネズミ君を介して冒険者の様子を探るのと、西方面以外の偵察飛行を行う日々が続いた。偵察のほうはすぐに打ち切りになったけど。

 帰還を前提に偵察する場合どうしても距離に限界があるし、北と東に関しては一定の距離を超えた途端生物の強さが跳ね上がり、ダームフライではまったく歯が立たなかったのだ。


 もちろん正面から立ち向かうような愚は冒さず、逃げて逃げて逃げまくりましたよ!

 でも逃げた端から別の生き物にエンカウントし、隠れてもあっさり発見され、犠牲になったダームフライの数が二十を超えたところでこの二方面の偵察は断念しました。


 かわりに安全圏と言えそうな場所はしっかり調査したから、ダンジョンの周辺300キロメートルくらいは地形含めてばっちり把握済みだ。〈鑑定〉のレベルが上がって遠くからでも生き物の名前くらいは判別できるようになったため、ランクの高い生物が生息している地域も判明している。


 その代償として、やはり十体以上のダームフライがお亡くなりになったけどね……どれだけ警戒しても、不意の襲撃を完全に回避するのははっきり言って不可能だ。

 トンボ塚の裏にひっそり刻んだ亡くなったダームフライの数が増えていくのに、ちょっぴり心が挫けそうにもなりました。それでも偵察は止めなかったけど。ダンジョンの安全のためにも、次の目標を叶えるためにも、周辺の情報収集は決して止めるわけにはいかなかったのだ。



 一方、ネズミ君の様子はというと……ものの見事に女性魔法使いを籠絡し、完全にペットと化しておりました。布で作った小さな首輪を付け、冒険者パーティーが村の外に出ている間は自由に村の中を歩き回ることもできるという好待遇。

 いや、調査をしやすいという点ではこの上なく都合がいいんだけど! でもなんか納得がいかない! 人間の村に送り込んで、危険な目に遭ったらどうしようかと思い悩んだ時間を返せ!


 他の村人もネズミ君には好意的で、そのへんをちょろちょろ歩き回っていても危害を加えるどころか、ちょっと可愛くおねだりポーズをしただけでおやつまでくれます! なんてうらやましい、じゃなかった恐ろしやネズミ君!

 冒険者パーティーだけじゃなく村人まで籠絡にかかってますよ! 可愛いは正義が通用するのは日本人だけじゃなかったのか!



 まぁ、ネズミ君のおかげで村の中の様子や村人たちの生活もわかってきました。

 ネズミ君を潜入させたのはダンジョンから一番近い、最初に発見した村なんだけど、予想通りここは冒険者が狩りを行うのに滞在するキャンプ地のような場所のようだ。


 村の建物は冒険者用の宿泊施設が何棟かと、朝夕の食事を出してくれる食堂、それに道具屋っぽいお店と武器や防具の修理を行う鍛冶屋。

 村人の数は冒険者を入れて三十~四十人程度で、純粋な村人はそのうちの十人ほどといったところ。冒険者はパーティーごとにコテージを一軒借りるか、個人で宿の一室を借りるかしているらしい。村人は店に付属している住居で寝起きするか、個別の家を持っている。


 食料は村での自給自足ができないため、他の村や町からの供給に頼っているもよう。肉類は狩りに出た冒険者が獲ってきているみたいだけど。

 あと村の中に家庭菜園みたいな小さな畑があって、野菜類はそこで育てているみたいだ。数日に一度馬車がやってきて、食料や調味料、お酒や日用雑貨の類を売っていく。帰りに積んでいくのは冒険者が獲ってきた肉や皮、あとは乾した野草や木の実、茸などといった素材類だ。



 他の方面の偵察と平行して数日観察を続け、なんとなくこの村の役割と産業がわかった気がする。要するにこの村は、冒険者が狩りにいくためのベースキャンプのような存在だ。

 近くの村まででも片道20キロメートルはあるし、その距離を狩りに出るたびに歩いて往復するよりキャンプで宿泊しながらまとめて狩ったほうが断然効率がいい。その頻度が高く、狩りをする冒険者の数も多ければキャンプ地がそのまま村になっても不思議はないだろう。


 冒険者たちには畑など作っている余裕はないので、当然食料はよそからの供給に頼ることになる。かわりに、冒険者たちが手に入れてきた様々な素材がこの村から運ばれ、他の町や村で消費される。

 取り引きのレートとか細かいことはわからないけど、冒険者たちも村の人たちも苦しい生活をしているようには見えないし、表情もみんな明るい。

 ネズミにおやつを与えたりするくらいだし、不当な取引や税金で苦しめられているということはなさそうだ。



 冒険者の生活については、村の外に出る時は置いていかれてることもあって狩りについては不明のまま。ただ、村にいる間のことについてはけっこう詳細にわかった。なにしろあの女性魔法使いさん、村にいる間は常にネズミ君を肩に乗せて歩いているからね。

 本当にネズミ君のことが気に入ったらしい。……潜入捜査が終わって、ネズミ君が村を去ったあとのことがちょっぴり心配になるくらい。で、でもネズミ君はうちの子ですから! いくら可愛がってくれる人でもほいほいあげるわけにはいかないんです!


 まぁ、可愛いもの好きの魔法使いさんはともかく、村にいる間の冒険者の生活は次の狩りのための準備が中心だ。

 武器や防具の手入れをして、使った消耗品を補充し、食事や睡眠をしっかり取って疲れを癒してから次の狩りに出発する。狩りは日帰りの時もあれば、何日もかかる時もある。

 日帰りの時はともかく、長い狩りに出たあとはしばらく村で休養を取るのが普通になっているようだ。



 村で休んでいる時は武器や魔法の訓練をしたり、村の食事処でお酒を飲んで騒いだり、騒ぎすぎて食事処のおかみさんに叱られて薪割りをさせられたりしている。あと、村の回りを囲む塀の修理とか、鍛冶屋の手伝いとか道具屋の荷物運びとか。

 おかみさんマジ最強。まだ若くてけっこう美人なのに、村の男どもは冒険者やってる旦那さん含めて誰一人逆らえません。三歳くらいの娘さんも将来はあんな女傑になるのだろうか? だったら非常に楽しみだ。


 女性魔法使いさんは小物作りが趣味らしく、村にいる時はちくちく縫い物をしていることも多い。ネズミ君の首輪も彼女の手作りだ。


 なんだろう、ものすごい親近感を感じるのにもかかわらず負けたような気もするのは……縫ってるもののせい? それとも見た目でしょうか?

 ちなみに女性魔法使いさんは栗色のストレートヘアを腰まで伸ばした、実に女性らしい(体型含めて)容姿をした二十代前半の美人さんだ。


 パーティーの他のメンバーは、弓使いの赤毛の女性、ガタイのいい黒髪の男性、やや細いが十分マッチョの茶髪男性、俊敏そうな細マッチョの黒髪男性の四人。年齢は十代後半から二十代前半くらい。

 最年少なのは細マッチョの黒髪男性だが、見た目で判断しているので実は三十代とかだったりしてもおかしくはない。食事処で酒呑んで大騒ぎして薪割りを命じられたのも彼だし。


 茶髪と黒髪のマッチョ二人組は二十代前半(推測)で、割と真面目そうに見えるが酔っぱらってストリップを始めたことは忘れない。

 ちなみにこの二人はそれぞれ鍛冶屋の手伝いと道具屋の荷物運びを命じられていた。他の冒険者を巻き込んでの大乱闘を起こした二度目の時は、三パーティー合同での塀修理だ。ちょっとは懲りろと言いたい。


 弓使いの女性はたぶんまだ十代。オレンジがかった赤毛を三つ編みに編んで、いつも身軽な服装をしているため溌剌とした印象だ。

 ちょっときつめの見た目の割に面倒見がよく、食事処の娘さんにもよく懐かれている。お酒を飲まないのにもかかわらず、パーティーメンバーの不始末の尻拭いで柵修理に参加していたあたり苦労人の素質もあるかもしれない。



 と、ここまで来るとおわかりでしょうが、ネズミ君の潜入調査には一つの大きな欠点がありました。

 ……うん、〈視野借用〉で映像を見ることはできても声が聞こえないんだ。よっぽど〈聴覚共有〉あたりのスキルを取ろうかとも思ったけど、見ているだけでもなんとなく状況はわかるし、知りたいことを都合よく話していてくれるとも限らないので見送った。今はあまりDPを使いたくなかったというのもあるし。


 あ、DPは毎日ちょこちょこと地上部から入ってきてくれるおかげで、現在12000ポイントほどに増えている。もちろんギンたちのご飯なんかで消費している分は差し引いて。

 これならなにもしなくても、五ヶ月くらいで初期ポイントと同じだけのDPが稼げるんじゃないだろうか。ただ、今ひそかに温めている計画のことを考えると、DPはいくらあっても足りないので温存の方向だ。



 その計画というのは……はい、私が直接人間の村まで行って情報収集したほうが、ネズミ君より効率よく情報を入手できると思ったんです。

 少なくとも私ならネズミ君とは違って、聞きたいことを直接聞くこともできるし物品のやりとりもできるし、売れる物を換金してお買い物だってできる! もし言葉が通じなかったら、その時は〈翻訳〉スキルの出番だ!


 いや、別にネズミ君の潜入捜査に不満があるわけじゃないんですよ。

 むしろネズミ君はよくやってくれたと言いたい。彼のおかげで村に住む人たちの容姿や生活習慣がわかったし、冒険者の装備や生計を立てる手段もわかった。

 それになにより、この世界の人間にも私とほとんど変わらない感情や仲間意識、罰として命じられたことにきちんと従うだけの理性があることもわかった。


 特に最後の一つは大きいんですよ。見た目が同じでも中身が北○の拳世界のヒャッハーどもみたいだったら、とてもじゃないけど人間の村に行ってみようだなんて気は起きなかったですから。

 まぁ、そんなんだったらネズミ君は今ごろダーツの的にでもされてるか、悪食な誰かの晩ご飯にでもなっていただろうけど。



 少なくとも私の見た限り、この世界の人間は見た目も精神的にも私の世界の人間とそんなに変わらない。嬉しいことがあれば喜び、悲しいことがあれば泣き、腹の立つことがあれば怒る普通の人間だ。

 お酒を飲んで失敗することもあるし、可愛いものにめろめろになったりもするし、子供と一緒に遊んで笑顔になったり、奥さんに怒られてしょんぼりしたり、叱ったあとでこっそり旦那さんの機嫌を取ったりするごく普通の人たちなんだ。


 もちろん、私たちの世界の人間と同じということは皆が皆いい人ばかりとは限らない。人を騙して自分だけいい目を見ようとする人間だっているだろうし、人を傷つけたり殺したりする人間だっているだろう。

 でも、この村にはそういうタイプの人間はほとんど見当たらないし、現代日本に生きていたってそういう危険は常に隣り合わせに存在する。

 むしろ人口的に見たら割合から言って、こっちの世界のほうが危険は少ないくらいじゃないだろうか。


 とまぁ、色々と理屈は付けてみたけれど、要はこの世界の人間との接触のチュートリアルとして、あの村に行ってみようと思ったのだ。

 もし私の見立てが甘くて、騙されたり殺されたりしそうになったら即座に逃げて二度と関わらないようにすればいいし、その時は徹底的にダンジョンを強化して誰も立ち入れないようにするつもりでいる。


 引きこもり生活一直線だけど、そんな危険な住人がご近所に生息しているんじゃ仕方がない。なにしろ現代日本のご近所トラブルとは違って引っ越しという最終手段を取ることもできないのだ。


 でも、そんなことにはならないだろうと心のどこかで確信してる。だってこの村の人たちはネズミ君を可愛がってくれたのだ。

 女性魔法使いさんのペットとしてではあっても、自分の得しか考えないような人や理由もなく他人を傷つける人が、なんの力もないか弱い生き物を本心から可愛がるとは思えない。

 そして私の見た限り、ネズミ君を可愛がってくれた人たちの行動には嘘はない。



 ……甘い考え方なんだろうな、とは自分でも思うんですよ。動物好きの悪人だっていることくらいわかってます。

 でも、ここ十日ほど村の人たちの様子を観察して、冒険者たちに接する態度も見てきて、この村だったら身元不明の人間がふらりとやってきてもいきなり危害を加えたりすることはないと、少なくとも話をすることくらいは可能だろうと思ったんです。


 まぁ、ギンとヤシチをボディーガードに連れていくのは絶対不可欠の条件ですけどね。

 もし危害を加えられそうになって逃げるにしても、私一人じゃあっさり捕まって終わりだし。それ以前に、私一人じゃ村まで到達することだってまず不可能だ。

 300キロの距離を戦闘力皆無のレベル1ダンジョンマスターが一人で歩いて越えられるわけがない。燦然と輝く攻撃力Fの一文字をなめないでいただきたい。戦闘力で言ったら1以下のゴミですよ。


 ギンたちを人間の村に連れて行くことに関しては、大きな狼(犬?)をお供に連れて歩いている冒険者を見かけたのでたぶん大丈夫だろう。

 すぐに村を出て行ってしまったので〈鑑定〉し損ねてしまったけど、特に騒がれたり警戒されてる様子もなかったし、同じようなものだと説明もしくは強弁すればなんとかなる……はず。いざとなれば勢いで押し流そう。



 というわけで、次の目標である人間の村の調査(なお行くのはダンジョンマスター)を無事成功させるためにも、色々と準備を行う必要があります。準備は大事、これ絶対。

 私になにかあったらギンたちが悲しむと思えば、念入りに準備を行って起きなくてもいい事故やトラブルなどは絶対に阻止してやらなくてはならないのです。


 ……悲しむよね、たぶん? 一晩寝たらケロッと忘れてるなんてことはないよね? ずっと悲しまれるよりはそのほうがいいけど……悲しんでくれるのかな? ちょっと複雑な心境だ。




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