17 調査再開と大誤算からの方針変更
少々お見苦しいところをお見せしました、ダームフライ夫妻がひっそりとお亡くなりになられたことで、思った以上に心にダメージを負ってきたんだなと思う次第です。
超合金のロープにだってクラックが入ることくらいあるんですよ。形状記憶合金でもあるから、放っておけば勝手に直るけど!
まぁ、とにかくこの日は小屋で大人しく明日からの偵察飛行計画を立て、ギンたちが戻ってくるのを待っていつものように夕食を摂って寝ました。
使える食材が増えた分、料理にも力が入りますし! 今日のメニューは塩漬けにしておいた肉とジャガイモと地上で手に入れた白菜っぽい野菜のスープ。トマトっぽい実も手に入れたので、くし形に切ってサラダに。
ちなみに食べられる植物には一応名前があるんだけど、覚えるのが面倒くさいので見た目や味で適当に呼んでます。さすがに紫とオレンジのサイケな色彩の果実なんかは、どう呼ぼうか迷ったけどね……試しにかじってみたら、レンコンみたいな味と食感だったのでなおさらに。
そして一晩寝たら気分がすっきりリセットされるのもいつもと同じで、朝食を摂って草原に行き、昨日よりもさらに数を増しているダームフライ(成体)を呼び集めます。
あ、さすがに第二陣の羽化を見届けるために早起きする元気はありませんでした。だって、このあと十日は羽化が続くわけですし……
「は~い、集合、集合! 成体のダームフライはここに集まって! 幼虫の子たちは大人しく畑でご飯食べてなさい! 今はそれが君たちのお仕事です!」
ぱんぱんと手を叩きながら〈伝達〉も使ってダームフライたちを呼ぶ。
予想通りかなり遠いところまで飛んで行ってたみたいで、三々五々飛んでくるダームフライが全員集合するまでは数分かかった。
「今日からかねてより計画していた外部の偵察飛行第二弾を行いま~す! 君たちは栄えある偵察飛行団第一陣に選ばれました~! 三体一組でチームを作りますので、近くにいる誰かと組んでくださ~い!」
え、前回と比べたらずいぶん緩い? あれはあれで肩肘張りすぎて疲れるので、今回は力を抜いてやることにしたのだ。それに幼虫の頃どころか卵の頃から知っている相手だと、親戚の子でも相手にしてるみたいでつい口調が砕けてしまうし。
それはいいけど、我ながらいきなりぼっち殺しの文句を口にしたもんだと内心戦慄する。ここのダームフライたちにぼっち属性の子がいなければいいんだけど。
幸い、ここに集合したダームフライはコミュ能力に支障のない子たちだったらしく、さっと動いて三体一組のグループを作る。
あ、一体余った子がいた……うん、仕方ないね! 先生と組もう……じゃなくて、君は今回は待機組としてダンジョンに残ってもらおう!
できたグループは一、二……全部で五組か。ということは、ダームフライの総勢は十六体というわけだ。
初日に見た卵の数からいって、一日ごとに七~八体が追加されると考えればいいのかな? 卵の数も最終的には把握できなかったので、実際のところ全部で何体になるのかは不明だ。とりあえず、百を超えることはないだろう……たぶん。
「では、第二次偵察部隊のみんな、非常口に移動するのでついてきて~! よそ見したり寄り道したりしないように~!」
そう言って歩き出すと、ダームフライはグループごとに飛び立って私の後ろについてくる。今日羽化したばかりの子もいるはずだけど、その飛び方に危なっかしさはない。
さすがはモンスターというべきか、それとも野生の生き物のたくましさに感心すべきか。余った一体は私が歩き出すのと同時に飛び上がり、一緒に移動を始めたジンガの肩の上にちゃっかり居座ってたけど。
納屋の前に到着すると、私は前三列後ろ二列でびしっと整列したダームフライに向き直る。というか、特に教えたわけでもないのにきちんと整列しているのはなぜだろう? もしかしてダームフライの習性だったりするんだろうか?
「今日はまず五組全員で西方面の偵察をしてもらいます。まず注意しておくけど、外は危険な生物でいっぱいです。なにが潜んでいるかわからない森の中や、見通しの悪い場所にはできる限り近づかないように。君たちは空を飛ぶことにかけては一級の能力を持っているけど、戦う力はほとんどありません。だからとにかく危険な場所には近づかない、空を飛んでる間も極力周囲に注意して、自分たち以外の生物の姿を見かけたら隠れるか逃げるかする。それを絶対に忘れないように。じゃないと、あっという間に他の生き物のご飯になっちゃうから!」
ダームフライたちは黙って(発声器官がないから当然だけど)私の話を聞いている。
だけど何体か、心なしか怯えたように羽を震わせたのが見えた。脅かしすぎだろうか?
でもなんの用心もしないでこの地下一層から出て行ったら、下手すればダンジョンの地上層から出られもしないで他の生物のご飯になるのはまぎれもない事実だ。
「私も君たちの視界を借りて周辺の警戒をしてるから、もしなにか見つけたらすぐ注意する。だから指示には必ず従ってね。ただ、私の警戒も完全じゃないから、君たちのほうで危ないと思った時は逃げるなり隠れるなりの行動をとって。ただし、逃げたり隠れたりする先に危険が潜んでいる場合もあるから十分注意すること。慌てている時って、絶対に普段よりも注意力が落ちてるからね」
思いつく限りの注意事項を言い聞かせて、私は納屋に擬装した非常口の扉に歩み寄る。
これ以上ぐだぐだと話していても時間の無駄にしかならない。取っ手を握った手に力を込めて扉を開け放つと、背後のダームフライたちに向かって声をかける。
「それじゃあ第二次偵察部隊、出発! 外に出たらいったん入口の上で待機! 周りには蜘蛛とかトカゲとかいるから、うっかり食べられないように気をつけて!」
ふわりと浮かび上がったダームフライが次々と非常口に飛び込んでいくのを見送り、最後に残った一体までなぜか吊られて飛んでいこうとするのを制止してから扉を閉める。っておい、妙に個性が強い気がするんだけどなんなのこの面白トンボ。
とりあえず個性の強すぎるトンボについては放っておくことにして、ダンジョンの地上層に出たダームフライたちの視野をウィンドウで表示。
同時にダンジョンマップも立ち上げて半径1キロメートル内の生物の位置情報も確認。今日も地上層には黄緑以上で表示される生き物はいない。
入口の側には『ダームフライ:命令可能』と文字の浮かぶ十五の光点。色はかなり白っぽい黄色だ。文字が重なりすぎて見づらいので一度表示を切り、マップで方角を確かめてから頭の中でダームフライたちに目指すべき方向を示す。
さぁ、西に向かって出発だ! 一体でも多く目的地までたどり着かせて、人間の村や人間そのものに関する情報を手に入れるんだ!
その日の偵察は夕方を過ぎて完全に日が暮れるまで続けられた。
途中で脱落した偵察隊員の数は四体。なるべくチームごとに間を空けて飛ぶようにしていても、十五体のダームフライが飛んでいる姿はやはりそれなりに目立ったんだろう。
弾丸のように空を切り裂いてやってきた大型の鳥に、反応する間もなくあっという間にさらわれていった。そんな襲撃が四回。たぶん最初の偵察で犠牲になった一番カメラ君も同種の鳥にやられたんだろうな。
人間の村が近くなってからは、チームごとに散開してそれぞれ別の方向の偵察を行ってもらった。北の方向に2チーム、南の方向に2チーム、最後の1チームは西に伸びていく道らしきものをたどっていく役割だ。
その結果、北の方向に最初に見つけたのと同じくらいの規模の村が一つ、南の方向に最初の村よりもかなり大きい、数十人くらい住んでいそうな村が二つ見つかった。
さらに馬車の轍の跡をたどっていったチームは南にあったものと同じ中規模の村を一つ、そしてしっかりとした石造りの壁に囲まれた、この世界だったら町と呼ばれていそうなサイズの集落も見つけ出した。
すぐ近くで見ることはできなかったので判然としないけど、家の数はゆうに百は超えていたんじゃないだろうか。
北にあった小さな村は、最初に見つけたものより高い塀に囲まれていたけど、人口は少ないらしく家は七、八軒しかなかった。
これで村としてやっていけるのかと正直思ったくらいだ。
ただ、住んでいる人間は若い人が多かった。もしかしたら普通の村ではなくて、狩りの時期にのみ利用する狩り小屋の大規模なバージョンなのかもしれない。見かけた人間は揃いも揃って冒険者っぽい装備に身を包んでいたし。
南と西で見つけた中規模の村は、周囲に畑が広がっていて見るからに農村といった雰囲気のある村だった。
村の中心部の建物を囲うように木の塀があり、畑の外側にも申し訳程度だったけど一応木の柵が巡らせてある。畑の面積があるので村そのものはかなり大きく見えるけど、家の数自体は五十~六十といったところ。
倉庫や集会場に使っていそうな建物を抜いて、人の住んでいる家屋に限定したらもっと少なさそうだ。
最後に見つけた町らしきものは石造りの壁や跳ね上げ式の木の扉、さらには町の周囲をぐるりと取り巻く空堀まで完備しているという見事な城塞スタイル。
あなたがたはいったいなにと戦おうとしているんだ、と聞きたいところだけど、この世界だったらそれでも防御力に不安があるのが恐ろしい。なにしろ巨大な虫だのゴブリンだのドラゴンだのが闊歩している世界なんだから。
物々しい外観とは裏腹に、壁の中には割とのどかな田舎町風の景色が広がっている。
面積が限られているせいか家は二階建てもしくは三階建てが中心だけど、家と家との間隔はそこまで狭くはなく畑らしきものもちらほら見える。さすがにちょこちょこと野菜なんかを育てるのが精一杯のようだけど。
町の真ん中には大きな広場があり、広場に面していくつか大きめの建物が建っている。
おそらく集会場とかそんなところだろう。最初の町にも広場に面して似たような建物が建っていたし、村や町の造りも多少の違いがあるだけで基本的には似通っている。
まぁ、別に町おこしの必要があるわけじゃなし、わざわざ手間暇かけてまで独創性の高い建物を作ったりする意味がない。
とはいえ、ちょっと似通いすぎではなかろうかという気もしたけど……まるで新興住宅街の建て売り住宅みたいだ。
見た目や間取りは多少違うけど、基本の造りはみんな同じってアレ。そういえば、村の家はどれもそこまで古そうには見えなかった気もする。……もしかして分譲地なんでしょうか、ここ?
そのあたりの疑問はともかく、この近辺にある村が一つではなく複数、さらに町らしきものまであるとわかったことは大きな収穫だった。
位置関係としては、最初の村が一番東側に位置していて、そこから20キロメートルほど西に行ったところに中規模の村が一つ。南側には50キロメートルほど離れたところにやはり中規模の村が二つ。これはお互いに30キロメートルほど離れている。
北側には最初の村から60キロメートルほど離れた場所に、同じような小規模の村が一つ。これは西の中規模の村からも同じくらいの距離だ。
そしてその中規模の村からさらに西に30キロメートルほど行ったところに、この近隣では一番大きな町っぽい集落がある。
そこから西に関しては調査できなかったので、さらに別の村や町があるのかどうかは不明。轍の跡なんかじゃない、はっきりとわかる道があったので人の行き来があることは間違いないけど。少なくとも10キロメートル以内の範囲には村も町も存在していないはずだ。
……というのも、轍跡をたどって西に行ったダームフライの最後の一体が、そこで撃ち落とされたわけで。
町の防衛網は完璧みたいで、十分距離を取っていたにもかかわらずあっさり発見されちゃいましたからね。
一体を囮にして西に逃げた(一体は町を見つける前に撃ち落とされた)最後の一体が、町から1キロメートル以上離れてほっと一息吐きかけた時に矢に射抜かれた時の衝撃といったら。
あれですかね、人間の皆さんダームフライになにか恨みでもあったりするんでしょうか?
最初の村の冒険者もそうだけど、見つけ次第必ず射落とそうとしてきますからね。もはや条件反射じゃないかってくらいの勢いで。
それともなにか、ダームフライを射落とすとなにかいいことが起きたりするんでしょうか? 経験値がものすごく高いとか、稀少なアイテムを落とすとか、出会いに恵まれたりとか意中の人に振り向いてもらえたりとか宝くじが当たったりするような幸運が訪れたりとか? すごいぞダームフライ、最強の幸運グッズだ!
どんな理由にせよ、派遣した偵察隊員全員(途中で脱落した四体は除く)がことごとく弓矢とか魔法とかで撃ち落とされたのには正直参りました。
人里ってダームフライにとってはドラゴンの住む山や魔王城近郊風の森や人魚トラップのある海以上の鬼門じゃなかろうか。いや、エンカウント率が違うだけでどこも危険ということにかけては大差がないか。
ああそう、魔法も目撃しましたよ。前回目にした杖を持った女性はやはりマジックユーザーだったみたいで、同じようなローブと杖装備のおっちゃんが派手なアクションとともに放った炎の矢でダームフライが一体昇天いたしました。
初めて魔法を見たことより、初めて見た魔法を使う人物が五十近い天然アフロのおっちゃんだったことが衝撃でしたが。
アフロなのに、アフロなのに魔法使いなの!? おっちゃんなのは百歩譲って許せても、ミスターサ○ンか某南の島出身の元世界チャンピオンかビション・フリーゼみたいなアフロヘアで、物理職じゃなくて魔法使いというのには納得できない!
アフロの衝撃で吹っ飛んだ初魔法のインパクトでしたが、正直驚きよりも「やっぱりか」という思いのほうが強かったです。
だって至るところをモンスター扱いされるような生物が闊歩している世界だし、魔法の一つや二つなかったら人間の生活圏なんて確保できないよ。いくら人外レベルの身体能力の持ち主がゴロゴロしてるからって。
うん、最後の一体を葬った弓矢の使い手にしても、もとの世界だったらびっくり人間としてテレビに出てるレベルだし。他の人たちにしたところで、恐ろしいほどの視力かつ命中率かつ速射力でしたよ。
こっちからは鉄道ジオラマの駅員くらいの大きさにしか見えないのに、弓を構えた次の瞬間にはもう頭とか胴体を正確に射抜かれてるという。もうね、どこのヘラクレスかと問いたくなったよ。それともロビンフッドか、ゲイか、那須与一か?
そんなびっくり人間どもに偵察部隊が壊滅させられたところで今日の偵察は終わり、しょんぼり小屋に戻って塩ゆでした芋をもそもそ食べて寝ました。
なんかもう、今日はご飯作る気力すら湧いてこないほど疲れました。十五体分の視野モニターに注意を払いつつ指示を出すっていうのは、よく考えなくてもけっこうな難行だしね。
しかも、ダームフライの視野を通して人間相手に〈鑑定〉を使おうとしたら、久しぶりに『??:レベル??』の表示にお目にかかりましたし。
大分レベルは上がったと思うんだけど、相手のレベルがさらに高いのか人間相手だと〈鑑定〉が難しくなるのかは謎だ。
元気のない私を心配するようにギンが側にぴったりと寄り添い頬を舐めてくれる。気持ちは嬉しいけれど、晩ご飯を食べたばっかりなので生臭いです。
ヤシチはベッドの枕元で水鳥スタイル。目を閉じて半分眠っているみたいに見えるが、時折目を開けてちらちらとこっちをうかがっている。心配かけてごめんね。ジンガも小屋に戻る際、あまりにも疲れ切っているように見えたのかお姫様抱っこで運んでくれようとしたし。
うん、もう少し小屋が遠かったら頼んでいたかもしれないと思うくらい疲れました。主に精神的に。
というわけで、今日は後片づけもそこそこに寝ます。とりあえず明日は石碑に手を合わせてから、次の偵察飛行に必要なものを用意しようと思います。あと、ギンたちに偵察の間ずっと側についていなくてもいいと言っておかないと……それから、ええと……
寝ようと思った端からあれこれと考えることが湧いてきて、寝付けなくなりそうだったのでリンゴ酒を一杯だけ呑んで寝ました。
これで酔えたら苦労はしないけどね。ザルを通りこしてワクとまで呼ばれた自分の体質が、ちょっぴり恨めしい今日この頃です。
翌日、あんまりすっきりしない気分で目覚めたあと、ギンとヤシチの朝食を用意して自分は昨日の残りの塩ゆで芋を食べる。
せっかくジンガのおかげで食材がちょっとだけ充実してきたのに、料理する気分が湧いてこないのが悔しい。というか、メインの食材が足りていないのが一番のネックなんだけどね。
小麦か米がどこかで手に入らないものか。あと卵とか牛乳とか。さすがにカレーをスパイスから調合するほどのスキルはないけど、シチューくらいなら小麦粉と牛乳さえあればルーから手作りできるんです!
人間、一度贅沢を覚えるとどんどん欲求がエスカレートしていくんだね……最初は味なしの肉だけでも平気だったのに。
でも、色々とストレスを感じる一方で娯楽らしい娯楽もない状況だと、食べることくらいしか楽しみがないんですよ。あともふもふに癒しを求めるしか。そのうち撫で回しすぎて、ギンやヤシチがハゲてくるのではないかと心配だ。
なんてことを考えながらフラップラント畑に行くと、今日も羽化したばかりのダームフライたちが悠々と空を飛び回ってます。
その数十体ほど。今日のところは偵察はお休みにする予定なので、彼らに挨拶をしたあとで石碑に手だけ合わせて小屋へと戻る。
今日は昨日の偵察飛行で得られた情報をまとめて、次の偵察の予定を立てる日だ。
ギンたちにはレベル上げに行ってくるように告げ、ほとんど調理台としてしか活躍してないテーブルに椅子を寄せてウィンドウを立ち上げる。
別に場所はどこでもいいんだけど、机があったほうがなんとなく仕事している気分になれるんです。会社員の悲しい性というやつだろうか。
就職する前は机に向かうとむしろ眠くなるので、ベッドや床に座って勉強やレポート作成をやってたものですがね! 入社した直後はデスクワークの最中に眠くなってきてちょっと大変でした……忙しい時はいいけど、ちょっと手が空くとそれはもう顕著に。
そういう時に倉庫に商品サンプルを取りに行く仕事や資料を探しにいく仕事が入ると、本気で天の助けだと思ったものだ。
まぁ、私の会社員時代(退職扱いになっているかは不明)の話はさておき、今は昨日の調査結果をまとめる作業に集中しないと。村の位置や家の配置、住んでいる村人らしき人間の風体人相。服装や使っている道具から推測できる文明レベル……
空中に浮かべたウィンドウに記憶から引っ張り出してきた情報を片っ端から入力する。
昨日偵察の合間にも書き留めてはいたけれど、視野カメラの映像やダームフライに指示を出すのに意識が大半持っていかれてたおかげで本当にメモ程度でしかない。
今思い出すヒントにはなるけど。なんだ『一家に一台お買い得レゴラス』って。弓にショック受けすぎだぞおい。
寝ぼけた頭で書いたみたいな自分のメモにツッコミを入れつつ、村ごとにファイルを分けてデータを作成する。村同士の位置関係や家の配置なんかは図面を作成。きっちり測量したわけでもないから道案内でさっと描く程度の大雑把な地図だけど。
村人の姿は遠目にしか確認できなかったけど、男性はシャツにズボン、女性は裾の長いワンピースといった中世農民風スタイルだ。
冒険者は皆ズボンスタイルだったから、女性の男装を禁じるような法律もしくは慣習はないのだろう。
農作業で使っていた道具は木製の柄に金属の刃がついた鎌やフォーク。
ということは、金属製品はそこまで貴重なものではなく、少なくとも普通の農民が手に入れられる程度には普及が進んでいる。畑の作物はおそらく麦かなにかの穀類……だと思う。すでに収穫が終わって積み上げられているのを見ただけなので。
他に野菜などを作っている畑もあったけど、面積的には全体の一割にも満たない。完全に自家消費用といった感じだ。
牛や馬などの役畜の姿は見当たらなかったが、単純に今の作業では必要なかっただけなのか役畜を使う習慣がないのかは不明。轍の跡があったし、荷馬車っぽいものも発見したので馬を飼っているのは間違いないだろうけど。
昼過ぎまでかかって思い出せる限りの情報をまとめ、一段落したところでお茶を入れて外へ出ていく。
お茶? 剥いたリンゴの皮を乾して作りましたが? 思いついた時には手を叩いて自分を誉めたくなったのと同時に、ドヤ顔で「リンゴは丸かじりに限る」とか言ってた過去の自分の後頭部をはたきたくなりましたよ。
まだギンたちはリビメイ教授のところから戻ってきていないらしく、小屋の外に彼らの姿はなかった。相変わらず熱心なことだ。
草の上に腰を下ろしてリンゴの香りのするお茶を啜り、コップが空になったところで立ち上がって小屋に戻る。休憩終わり。次は明日の偵察の予定を立てて……ああ、でも計画自体はすでにできているから、先に計画に必要不可欠なものを調達してしまおうか。
ウィンドウを立ち上げて呼び出したのは、けっこうお久しぶりなようにも感じるモンスター作成画面。
作るのは最低の消費ポイントで足りるランク1のモンスターだ。
マウス(ランク1:命令可能・復活不可能・成長可能):20p
攻撃力:F 敏捷性:C 耐久性:F 生命力:E 知力:D 精神力:E
現れたのは手のひらに乗るサイズの薄茶色のネズミ。現代日本でも割と見かけることのあるごく普通のネズミだ。
……見かける時はネズミ獲りにかかって昇天済みの場合が多いけどね。
あんまり直視したくない頭の中の映像をぱたぱたと手を振って追い出し、つぶらな黒い目で見上げてくるネズミに屈んで手を差し伸べる。
おいで、と呼びかけるよりも早く素早い動きで手の上に乗るネズミ。いきなりすぎて思わず飛び退きそうになったけど、ぎりぎり踏み止まってネズミを胸のあたりまで持ち上げる。こうして見ると、ほとんどハムスターと差が感じられないな。
ひくひく動く鼻に濡れたような瞳。もこもこの毛は腹側だけが白くて、しゅるりと伸びる長い尻尾。……可愛い。
頭に浮かびかけた思いを強く首を横に振って慌ててかき消す。駄目駄目、うっかり感情移入なんてしてしまったらあとが辛すぎる! この子はペットではなく、これから死地に送り込む予定の偵察要員なんだから!
しかしぶんぶんと首を振る私を首をかしげて見上げるネズミ。……可愛い。
いやいや違う、わざわざDP使って愛玩動物作り出したわけじゃないんです! これは偵察要員、偵察要員。ダームフライたちと同じ使い捨て前提の偵察用モンスターなんです。多少見た目が可愛いからって、特別扱いなんか……
「きゅ?」
鳴き声まで可愛い! 畜生、完全にモンスターの選択間違えた!
こんな可愛いモンスターじゃ心を鬼どころか悪鬼羅刹、地獄の獄卒に弟子入りしたって使い捨てになんてできない! そんなことをしたらネズミ塚を作った程度じゃ立ち直れないくらいの、再起不能レベルのダメージを心に受けてしまう!
思わず地面に片手をついて(片手はネズミが乗っているので)失敗したorzのような体勢でうなだれる私。
手のひらの上のネズミがわけがわからない、という顔で鼻をひくひくさせてるのがもう……どうせなら「わけがわからないよ」とか無表情に言ってのける似非マスコットのほうがマシだった! 少なくとも使い捨てにしても心が痛まないという点では!
駄目だ……計画が根元からぽっきり折れてしまう。でもたぶん、他のモンスターを作ったとしても同じ結果となる可能性が高い。
だってネズミ以外の候補にしたところで、コウモリとかスズメ、猫……うん、無理。作成した時点で愛着が湧くのが目に見えている。
いっそ虫にでもすれば話は違うんだろうけど、この世界じゃ普通サイズの虫なんて完全に他の生物に食われるだけのタンパク質だ。ダームフライのサイズがあってさえ、捕食エンドを何度となく目撃する羽目になったのだから。
……うん、覚悟を決めた。次の計画にはどうしても人の生活圏にいて不自然ではない動物が必要だ。
それもできるだけ生理的嫌悪感を与えない(例外はあるだろうけど)外見の。ただ、そんな外見の動物を使い捨てにするのは私の精神衛生にとって非常によくない。
ダームフライたちには申し訳ないけれど、それはどうしようもない事実だ。
だったら、考え方を変えればいいわけですよ。使い捨て前提にするのではなく、生きて帰らせることを前提に計画を立てればいいと。
これまでダームフライたちを犠牲にして情報収集を行ってきたからって、この先もずっと犠牲にしなきゃいけないという道理はない。
これまでに死んだダームフライに申し訳ないとか思うほうが間違ってるんです。犠牲を出そうが出すまいが、死んだダームフライにはまったくなんの関係もない話なんだから。
よし、だったら計画案を最初っから練り直してやろうじゃありませんか。
嫌な思いをしながら仕方ないと自分に言い聞かせて偵察するのと、難しかろうが厳しかろうが自分の望むやり方でやるのとじゃ天地の差だ。
「よーし! 私、ちょっとしばらくやることがあるから部屋で大人しくしててね。ベッドでもどこでも好きなところにいていいから!」
ネズミ君を片手に小屋に戻り、テーブル前の椅子にどかっと勢いよく腰を下ろす。
ネズミ君にはとりあえずテーブルの上に下りてもらった。ふんふんとそのへんを嗅ぎ回り、テーブルの上に置いてあるリンゴ酒の樽に上ったり蜂蜜の壺に顔を突っ込もうと(布で蓋してるので未遂だったが)したあと、樽の下の隙間に入り込んでそこで落ち着いた様子。
「あ、隠れるのはいいけど間違って潰したりしたら嫌だから、どこにいるかはちゃんと鳴いて教えてね。でなかったら潰されないように逃げるか。OK?」
「きゅ!」
ああもう可愛すぎる。だけど日が暮れるまでネズミ君をかまい倒しているわけにはいかないので、両手で頬を叩いてウィンドウを呼び出す。
よーし、ネズミ君のおかげでやる気も湧いてきたし、夕方までに頑張って行動計画案の修正を終わらせるぞ! そして今日はちょっと手の込んだ夕食を作って、お風呂にも入って明日からの偵察に備えて英気を養うんだ!
夕方よりもちょっとオーバーして行動計画案の修正を終わらせたあと、すでに特訓を終えて帰ってきてたギンたちにネズミ君の紹介をして夕食の支度を始める。
時間にあまり余裕がなかったので手の込んだものは作れず、毎度お馴染みの簡単ガレットが精一杯だ。でもサイケレンコン(仮称)を刻んで入れて、作り置きしておいたトマトソースをかけたらシャキシャキした食感とトマトの酸味が嬉しい一品に仕上がりました。
くっ、ここにチーズがあったら……一瞬DPを使って作ってしまおうかと思ったくらいだ。
食事の間、ネズミ君は私の膝の上に乗って時折食べ物をおねだりするあざと可愛さを見せていた。別に特別扱いしてるわけじゃないんですよ?
ただ、そのあたりに放しておいたらうっかりギンに踏まれるんじゃないかとか、ヤシチが獲物を見る目で見ていたとかそういう不安があっただけで。いや、ヤシチも本気じゃなかったとは思いますが。
いくらなんでも、私の作った仲間をおやつ代わりにしちゃったりはしない……よね?
そんな微妙な緊張感をはらんだ夕食を終え、大急ぎで沸かしたお湯をタライに移して入浴を済ませる。
今回サービスシーンはございません。いや、そんなものは最初からなかったけど。まったくなんの自慢にもなりませんが、私の胸部装甲は平均以下の上普段の行動のガサツさもあって男友達からは「最強キャラと思ったことはあっても女と思ったことはない」と断言されております。なんだよ最強キャラって。
お湯の始末を済ませて小屋から顔を出すと、待ちくたびれた顔のギンたちがいそいそ小屋に入ってくる。
あ、ネズミ君はちゃっかりギンの頭の上に乗ってました。確かにそこならギンに踏まれる心配はないもんね。でも、たまにやらかしてヤシチのアイアンクロー(本物)が来ることもあるから、そういう時は巻き添え食らう前にさっさと逃げてね。
誤爆も怖いけど、間違えたふりしてネズミ君だけさらわれてしまうのではないかと心配です。ヤシチのことを信じてないわけじゃないんだよ! ただ抗えない本能とか誘惑とかがあるんじゃないかと!
ベッドに横になる際、ヤシチがいるのとは反対の側に寝るようネズミ君に指示してしまった私はたぶん悪くない。
ええ、ヤシチの目が暗闇でも爛々と光っているように見えたのだから仕方ないんです。寝ている間に事故発生なんてのは勘弁してもらいたいんです。
そっちにはギンがいるから、うっかり潰されてしまわないようにだけ気をつけてね。それと私にも。
身の危険を感じたら棚の中でもベッドの下にでも逃げ込んで。でも竈の中だけは却下で。火種を残しているから入り込む心配はないと思うけど、朝起きたらネズミの蒸し焼きが完成してたなんてヤシチしか喜びません。
……生食のほうが好きだったらヤシチも喜ばないか。ともあれ、色々心配だけど本日はもう寝ます。おやすみなさい。




