14 戦力増強は順調に、そして脱線も確実に
ふんわりといい匂いの漂うギンの毛皮に顔を埋め、ぐっすり眠って目覚めた朝。
起きた時にはほとんど匂いは消えてしまっていたけど、ギンが自分の身体の匂いをやたらと気にしていたからちょうどよかったんだろう。
私としてはフローラルな香りを漂わせる狼もよかったんだけど。そんなにきつくない、触れるくらいの距離でようやくわかる程度の香りだったし。
ふんふんと自分の匂いを嗅いでほっと一安心した様子のギンと、枕元で手持ち無沙汰なのか羽づくろいをしているヤシチに挨拶したら窓を開け、ボス部屋の番人よろしく扉の前に立っているジンガにもお早う、と声をかける。
ゴ、と短く返事してくれたのは朝の挨拶なんだろう。どんどん芸達者になっていく気がします、うちの癒し系(ただしパンチは腹を貫通する)ゴーレムは。
いつもよりちょっとだけ時間をかけて身だしなみを整え、朝食を摂ったらギンたちと一緒に外へ。
べ、別に女子力の枯渇を気にしてるわけじゃないですよ? いつもと違う服装にしたのも、いくらチェンジすれば汚れは消えるとはいえ、着たきり雀なのは女子の端くれとしてどうかと思っただけですよ?
違う服装といってもくたびれ加減じゃ大差のない部屋着のジャージだし。しかも高校の時の指定ジャージだ! 穴も開けずいまだに着ている物持ちのよさに驚くがいい! ……あ、でも本物は部屋と(ついでに私とも)一緒に潰れてるか。
いささかブラックな方向に逸れた思考を現実に引き戻し、ダームフライ夫妻に挨拶してから卵の数と状態をチェック。ますます数が増えて……全部で四十個くらいかな?
最初に産んだ卵はもう明日には孵ると思うんだけど、特に見たところ変化はない。というか、どれが最初に産んだ卵なのかももう見分けがつきません! とりあえずダームフライ夫妻の夫婦仲のよさと子沢山ぶりに感謝しておきます!
畑のフラップラントも知らないうちに倍くらいに数が増え、かなり余裕があったはずの畑がもう半分ほど埋め尽くされております。
……この繁殖力の強さ、やはり緑の悪魔と恐れられたアレを思い出す。
根から増えていくあたりはクローバーとかドクダミにも近いけど、そっちにしたところで草むしりでどれほど難儀させられたことか! しまいには手でむしるのを諦めて土ごと掻き取ってふるいにかけたりしてましたよ!
……お、落ち着け。多少増えたところでダームフライベイビーたちのご飯になるだけのことだ。卵の数からして足りなくなることはあっても、フラップラントが無限増殖を続けることはないはず。きっと、多分、メイビー。
もし仮に限度を越えて増殖を続けるようなことがあっても、ジンガに頼めば土ごと掘り返して文字通り根こそぎ滅殺してくれる。うん、大丈夫。
よみがえってきた悪夢の記憶を慌てて振り払い、すでにいつものコースになりつつある道をたどって納屋の前へ。
今日はヤシチとジンガのコンビで地上部の探索と、ついでに外での戦闘訓練をしてもらう予定だ。外の生物のランクからいってレベルを上げるのには向かないけど、なにか起こるかわからない状況での戦闘経験を積むのは大事だ。
いくらレベルが高くても、力押しだけでどうにかできる相手ばかりとは限らない。レベルアップのためのものじゃなくて、プレイヤースキル的な意味での経験値も必要だと思うのです。
というわけで、今回はお留守番のギンを側に置いて非常口の扉を開け、ヤシチとジンガを地上部へと送り出す。ギンがしょぼんと尻尾を垂らしているけど今は無視。
どのみち誰かは残すつもりだったし、初めて地上部に出るジンガに同行させるのであればギンではなくてヤシチを選ぶのは当然だ。
昨日の今日で反省しているとは思うけど、いつ大陸間弾道ミサイル(しかも制御不能)と化すかわからない狼を地上初心者と一緒に行動させるのは、不安が残るというより不安しかない。
ええ、なにか見つけた瞬間弾丸のように飛び出していくギンと、ぽつんと置き去りにされたあと必死に追いかけていく(だけど女子の小走り以下の速度)ジンガが頭に浮かんだもので。
想像だけならほっこり笑える光景だけど、それが現実になると思ったら全力で回避したくなるのは当たり前ですよね!? 想像しただけでストレスがマッハで死にそうだよ!!
扉の向こうに消えていった二体を、ギンとコンビを組ませた場合よりはましとはいえ不安な気持ちで見送ってから〈視野借用〉とマップの画面を立ち上げる。
あ、ジンガはぎりぎりではあったけど出入り口をなんとか通れました。
もし通れなかったら出入り口の扉を両開きにして倍の広さにするつもりだったけど。さすがに1メートルの幅があればジンガの巨体でも通れるか。この先もっと大きくなるようなことがあれば拡張は不可欠だけどね!
ウィンドウの画面を見つめる私の後ろには、定番の背もたれと化したギンの姿がある。
一応暇だったらカマキリ先生のところへ行ってきていいよとは言ったんだけど、私の側から離れるつもりはないみたいだ。ちょっと拗ねているのか顔を背けて、尻尾をぱたこん、ぱたこんと地面に叩きつけている様子がなんとも微笑ましい。
おっと、ギンの姿にほのぼの癒されていないで、ヤシチとジンガのほうに意識を集中しないと。昨日の探索でそこまで警戒する必要はないとわかっていても、いつ不測の事態が起こるかわからないのが地上という場所なんだから。
なんて思っていた割には、大きなトラブルもなく今日の探索も終了しました。泉のすぐ側で戦闘になった際、ジンガがバランスを崩して泉に転落しそうになったのが一番の事件と言えば事件だろうか。
襲ってきたスモールホーネットをパンチで叩き落とそうとしたら、盛大に空振りしてね……あとから思い返したら、そのままドボンといったほうがハプニング動画的に笑える光景だったかもしれない。
けど、その時は本気で焦りましたよ! なにしろ泉に落ちたジンガを引き上げる方法がまったく思いつかなかったし。あ、でも一応木製だから浮くのか、ジンガ?
しかしそのかわりといってはなんですが、ジンガが泉の近くで見つけたリトルホーネットの巣をお土産に持ってきてくれました! 発見したジンガにノータイムで回収してきてとお願いしたのは私だけど!
蜂蜜ですよ、蜂蜜!! 蜂のサイズがサイズなので、1メートルを越える大きさの巣にたっぷりと詰まった蜂蜜が!!
……当然ながら、巣の中にはぷよぷよした白い幼虫とか親とほとんど変わらないサイズの蛹とかもいたわけですが。
そのへんはヤシチに頼んで突きだして捨ててもらいました。さすがに昆虫食にチャレンジする気にはなれなかったんだ……もしかしたらすごい美味だったかもしれないけど、現代人にはちょっとどころではくハードルが高すぎる。むしろ巣の中を見た瞬間に悲鳴をあげなかっただけでも誉めてもらいたいくらいです。
中身(生物)の処分を頼んだあと、ヤシチがなぜかすごく満足した表情をしていたのも気のせいだったと思いたい。中身の数? もちろん確認なんてしていませんよ。すぐに光になって消えてしまったし。
でも一応、今日の晩ご飯の量は控えめにしておいたほうがいいでしょうかね、ヤシチ……?
ヤシチに対する疑惑はさておき、せっかく中身を一掃してもらったのだから蜂蜜を回収しておくことに。
とはいえ、この大きさの巣からどうやって蜂蜜を取るべきか……それ以前に容器さえないということに今気づいたけどね! 前回のリンゴ酒の空き樽は中身がなくなった直後光になって消えましたし!
とりあえず、蜂蜜を入れる容器をDPを使って作成する。あんまり大きすぎても取り回しが大変そうだから適当な大きさの壺か甕で、数はできるだけたくさん……あ、これならちょうどいいかな?
というわけで『壺(10l:10個):1p』を作成。巣は素手で一部屋ごとに解体することができたので、バラした巣にナイフで穴を開けて壺の口に差し込んでおく。ちょうどぴったりはまるサイズだし、中身が落ちきったら手で絞って捨てればいいだろう。
あ、いや巣も蜜蝋の材料になるんだったっけ? だったら取っておいて、あとで蝋燭を作れないか試してみてもいいかもしれない。
蜜蝋の取り方はうろ覚えだけど、材料は山ほどあるからいくらでも失敗できるし。本当に駄目だったらその時こそ捨てればいいわけだし。
その結果、小屋の台所のテーブルの上には六角柱のような小部屋を差し込んだ壺がずらりと並んでおります。
小部屋の数は全部で七十~八十くらいになったので、まだまだ未処理の小部屋が山のようにあるけど! これ、全部の蜜を取り終えるまでにどれくらいかかるんだろう……取らないで捨てるなんて選択肢はとうていあり得ませんが! ポップしても全力で見なかったことにする所存。それを捨てるなんてとんでもない!
ところでちょっと気になったんだけど、こうして蜂蜜が取れるということは、この大きさの蜂が蜜を集められるくらい大きな花がどこかに咲いてるということですよね?
それってどう考えてもモンスターだと思うんだけど……ちょっと発見するのが怖い気もいたします。蜂蜜は食べても大丈夫だと思うけど! 念のために一応〈鑑定〉してみたら、ちゃんと『蜂蜜(ネーブルトレント):食用』って出たしね!
……え、カッコの中? 私はなにも見ませんでしたがなにか?
その夜は蜂蜜の味見も兼ねて、刻んで叩き潰した(洗って布で包んだ薪及びジンガを使用)ジャガイモで作ったパンケーキもどきと、塩を振ったあとで薄めた蜂蜜を塗ってじっくり焼き上げたお肉の二品となりました。
パンケーキには刻んで叩き潰した(以下略)リンゴと蜂蜜で作ったソースもかけてあります! 力持ちでなおかつ人型の仲間がいると本当に便利……じゃなくて料理がはかどって助かります!
ええ、間違ってもキッチングッズではないのです。おめでとう、ジンガ。君は私の調理助手という肩書きを手に入れました!
台所に入ることのできない調理助手だけどね……窓の外でボウルに入った食材を黙々と叩き潰している姿に、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになった私です。
いつかきっと、ジンガも入れるサイズの台所を作るからね。その時は一緒にエプロンかけて料理をしようね! ……ピンクのフリル付きエプロンにするか、定番のヒヨコのアップリケ付きエプロンにするか、それが一番の問題だ。
そんなことを考えながら夕食を摂って寝たせいか、夢にフリフリピンクのエプロンを付けたジンガが登場してくれました……なぜか身長2メートル近いイケメンと化して。
ゴーレムの姿よりはるかに腹筋に与えるダメージが大きかったです。無表情で黙々とネギを刻んだりプロ顔負けの手つきで卵を割ってかき混ぜたり素手でリンゴを粉砕したりするんです。
爆笑しながら目が覚めたのは初めての体験でした。目が覚めたあともしばらく笑いが止まらなくて困りました。さらに窓を開けて外に立つジンガを見た瞬間、心の準備をしていたのにもかかわらず噴き出すのをこらえ切れませんでした。
朝からこんなに(腹筋に)ダメージを入れられるとは……ジンガ、恐ろしい子!
だけどおろおろ困惑しているジンガと、きょとんとしているギンと、どこか呆れたヤシチの視線を受けて、変な想像をするのはもう止めようと心の底から誓いました。
腹筋が……腹筋が死ぬ! 笑えるネタの貯蔵はもう十分すぎて溢れ出してます!! 思い出しただけでも腹筋崩壊するレベルで!!
笑いの絶えない非常に縁起のいい朝を迎えたあと、油断すると噴き出しそうになるのを我慢しながら朝食を摂ってダームフライ夫妻のもとへと向かう。
心なしかギンとヤシチに引かれている気がするけど、あえて普段通りの振る舞いで。ジンガがなにか自分に非があったのだろうかと思い悩むそぶりを見せているので、いつも通りに振る舞わないといけないのです。
君にはなんの落ち度もないんだ、ジンガ……ただ夢見が悪かっただけで。あ、思い出すとまた噴き出してしまう! 忘れろ自分、素数を数えて耐えるんだ! 2、3、5、7、11……
必死に心頭滅却しながらダームフライ夫妻のところへたどり着くと、挨拶もそこそこに池の中をのぞき込む。
卵は……っと、もう孵ってヤゴっぽい幼虫が池の壁にへばりついています。さらに増えた卵の間をもそもそ移動する姿は……正直あまり可愛くはない。
いや、あの普通に巨大なヤゴなので。虫を見ただけで悲鳴をあげたりはしないけど、決して好きというわけじゃないので虫を見て可愛いとはどうしても思えないのです。芋虫とか幼虫とかは特に。必要なら触れないこともないけど、ちょっと心の準備がしたくなる程度には苦手だったりする。
ま、まぁ無事に卵が孵ったのならなにより! この調子ですくすく育って立派な偵察部隊員となってくれることを願いましょう!
あ、ダームフライ夫妻、お子さんの離乳食は足りそうですか? 足りなくなりそうだったら教えてくださいね、畑にはまだ余裕があるからその時はどんどん生やしますので! 見たところその心配はなさそうですが!
朝の日課が住んだら、ギンたちにはカマキリ先生の部屋に行ってレベル上げに励んでもらうことにして、昨日の蜂蜜の処理の続きに取りかかる。
普通の戦闘に慣れることも大事だけど、レベルもできる限り上げておいてもらいたいというのが正直な気持ちだ。ギンとヤシチがどれくらいでランクアップするのかはわからないけど、次のランクに進化した姿も見てみたいし。もちろんジンガもだけどね!
……ただ、ジンガはランクアップにけっこう時間がかかるんじゃないかという予感がする。
ギンやヤシチと違って無生物系のモンスターだし、今のウッドゴーレムの段階でもそれなりに強いのだ。
まっとうに進化すれば次はクレイゴーレムの予定だけど、それだとランク8なのでかなり格上のモンスターになるし。まぁ、通常進化するとは限らないけどね。ギンとヤシチにしたところで、ギンはともかくヤシチはすでに通常進化のバトルホークから外れている。
おそらくランクアップするまでの経験や、そのモンスターの性格によって進化する先が変わってくるのだと思う。
だとしたら、ギンやヤシチ、ジンガがこれからどんな進化をするのかはまったく不明で、だからこそ進化するのが楽しみだ。どんな進化をして、どんな姿になったとしても目一杯可愛がる気持ちに変わりはないし!
できれば、もふもふを堪能できる姿からあんまり外れすぎないで欲しいとは思うけど……
午前いっぱいかかって未処理だった巣の小部屋から壺に蜂蜜を移し終える。小部屋の下だけでなく、上のほうにも穴を開ければ作業はあっという間でした。
考えてもみれば当たり前の話で、そこに思い至らなかった昨晩の自分の頭にチョップを入れたい気分だ。こう、斜め四十五度で。蜂蜜に浮かれきってたとはいえ頭が回らないにも限度があるだろう。
蜂蜜が落ちきったあとの小部屋は、きっちり手で絞ってから鍋に放り込んでいく。
が、鍋があっという間にいっぱいになってしまったので、仕方なく大鍋(破壊不能・30l:10p)を作成。ふふ、見て驚くがいい! 直径約40センチの野外イベントなどでしか使わないような大鍋だ!
あ、いや別にノリだけで作ったわけではありませんよ! これに加えて人が入れる大きさのタライを作れば、念願のお風呂に入れるなどとちょっぴり思ってしまっただけで……はい、邪念が入りまくりました。
でも、せっかく作ったのだし有効活用するためにもタライは作っていいよね? ただDPを無駄に消費しただけという結果に終わらないためにもね? ちゃんと蜜蝋は作ってからにするから……ね?
などと誰にともなく言い訳しながら、蜜を絞りきった巣の残骸をぽんぽんと鍋に放り込む。最終的には大鍋でさえもいっぱいを通りこして山盛りになるほどの分量があったが!
これに水を加えて加熱すれば蜜蝋が取れたはず……と思ったところでギンたちが帰ってきたのでいったん作業を中断する。蜂蜜の壺にも蓋をしてしまっておかないといけないし。
というか、壺の数はなんとか足りたけどどこにしまっておこう、これ……? 台所に並べておいたら床が足の踏み場もなくなってしまいそうです。
……あ、そういえば忘れかけていたけど地下室の存在があった! いやしかし、壺を抱えて梯子を下りるのはあまりに危険……そうだ、ジンガ! ロープかなにかで壺を縛ってジンガに下ろしてもらえば!
ロープの材料? そこにまだまだ使い切れていない布が山ほどありますが?
いや待て、ジンガは小屋の中には入れない……だったら外まで届くくらいの長さのロープを作って、窓から出したロープをゆっくり下ろしてもらえばいい。
上げ下ろしのタイミングだって〈伝達〉を使えばばっちりだ! よし、これならいける! ジンガクレーンの完成……ゲフンゲフン、人型で力持ちの仲間がいるって本当に素晴らしいなぁ!
閃いたアイディアに浮かれきって、小屋を飛び出して帰ってきたジンガの手を取ってダンスしてしまったのは、あとから考えるとちょっとした黒歴史かもしれない。い、いいんだ、別に誰に見られたわけじゃないし(震え声)。
ギンとヤシチ? ヤシチはそっと目を逸らして見なかったことにしてくれましたし、ギンは一緒にはしゃいで周りをぐるぐる回ってくれましたよ!
ジンガは戸惑った様子ながらも私に合わせて不器用にステップを踏んでくれましたし(地響き付き)、本当に仲間って素晴らしいです!
25歳にして黒歴史の更新をしたあとでお昼の休憩を取り、午後から蜜蝋を取る作業に入ることにする。
蜂蜜の壺に蓋をするにしても、ただの布でするより蜜蝋を塗った布でしたほうがいいんじゃないかと思ったのだ。地下室に置くんだったら、食料庫と違って自動的に品質保持してくれるわけじゃないし。
というわけで、まずは普通サイズの鍋に入っている巣の残骸で蜜蝋を取る実験。
いくらなんでもいきなり大鍋いっぱいの巣から蜜蝋を取ろうとするほど、私のチャレンジ精神は満ち溢れすぎてはおりません。それは挑戦というよりむしろ蛮行だ。
まず巣の残骸を水で洗って、火をおこしたかまどで水と一緒に加熱する。煮立ってくるのにつれて、巣がちょっとずつ溶けていってるみたいです。
お玉を使ってかき混ぜていると蜜蝋の部分はすっかり溶けきったみたいなので、ボウルにかけた布で漉しておそらく不純物であろう溶けきらなかった部分と、蜜蝋が溶けている液体とに分ける。
これをそのまま冷えるまで放置しておけば、固まった部分が蜜蝋になる……はずなんだけどあまり自信がないのでちょっとだけ工程を早めさせてもらう。
洗って水を張った鍋にボウルを入れ、水が温くなったらどんどん交換! そうしているうちにボウルの中身が黄色く固まってきたので、下に残った水を捨てれば蜜蝋の完成……のはず。たぶん。
念のために黄色い塊を鍋に戻して火にかけると、みるみるうちに塊は溶けていってオレンジ色の溶液になる。うん、たぶんちゃんと蜜蝋になってるはず……なので、蜂蜜の壺の口に合う大きさに切った布に塗ろうとして気づく。筆も刷毛もないという事実に!
え、ええと、なにか代用になるものは……ないですね! いや落ち着け、別に筆の形をしてなくてもいいわけだから……別の布に染み込ませて塗ってもかまわないわけだ!
よしよし、じゃあ適当な布を丸めて染み込ませて……なんとかなりました。布の汎用性の広さには本当に助けられてばかりです。あ、ロープも作っておかないと。
塗った蜜蝋が固まったら、蜂蜜の壺に被せて細く切った布でぐるぐる巻きにして縛る。中に落ちるかもしれないので蜜蝋を塗った面は外側だ。
最初に鍋に入っていた巣の量に比べると、取れた蜜蝋の量はほんのわずかだったので十個の壺の蓋に塗ったらぎりぎり足りるかどうかでした。大鍋で作っても意外と使い道に困るほどの量にはならないかもしれない。
まぁ、今のところ他の使い道なんて思いつかないわけなんですが。とりあえず蜜蝋だけ取っておいて……気が向いたら蝋燭でも作るかなぁ。
あと、作ってから気がついたことなんですが、これって作業以上に後片づけが大変でした。鍋とかボウルとかお玉とか、しっかり洗わないと料理に使えない!
いや、多少蜜蝋が残っていてもお腹を壊すわけじゃないし、平気といえば平気だけど……けど、あの白いぷよぷよしたモノが中で暮らしてた家の残骸だと思うと、ね。
うん、料理に使う道具をそのまま使うんじゃなく、専用のものを用意したいと思っても仕方ないことだと思うんだ。そんなことにDPを使うわけにもいかないからそのまま使うけど! そのまま使うけど! 気が済むまでしっかり洗ったあとになるけどな!
残った大鍋いっぱいの残骸から蜜蝋を取る時は、せめてお玉だけでもなにか別のもので代用しようかな……うん、そうしよう。
たぶん長さ的にも足りないと思うし、ジンガに外の森から適当な木の棒でも拾ってきてもらおう。そうしよう。
後片づけに時間がかかったこともあって、気がついた時にはもう夕方だ。
午後から再びカマキリ先生のところへ行っていたギンたちも帰ってきて、小屋の外で追いかけっこをして遊んでいる。遊んでいると思っているのはギンだけで、ヤシチはけっこう真面目に戦闘訓練をしてるつもり、ジンガは半分ただの障害物みたいになってるけど。
ジンガ、哀れな……でも楽しんでいるみたいだから問題ないことにしておこう。
「おかえり~! 今晩ご飯の準備するからね!」
窓から声をかけると三者三様の返事があって、急いで夕食の準備を始める。
昨日手をかけた分今日はちょっと手抜きすることにして、塩を振って焼いただけの肉とジャガイモのソテー。フライパンを使うメニューになったのはただの偶然で、別に鍋を使うのを避けたとかそういうわけではないですよ? しっかり綺麗に洗ってありますし。
ギンとヤシチの分の生肉も用意して、外に広げた布の上に運んだら夕食の時間だ。
ちゃんと今日はジンガに声をかけて扉を開けてもらいましたよ。私だって学習するのだ。晩酌を欠かすつもりはないけどな! 一杯だけ、リンゴ酒一杯だけなので勘弁してください。
毎日せっせと戦闘訓練に励んでいるギンたちに比べたら働いているうちにも入らない身ですが、この一杯を楽しみに頑張っている部分もあるのです。
草の上に敷いた布に座って、次第に暗くなっていく空を身ながらゆっくり夕食を摂る。
真っ暗になるまでにはまだ間があるけど、小屋に戻るのが面倒なので手元のランプにはすでに火が入っている。
空を染めるオレンジ色の光に比べたらちっぽけな頼りない明かりだ。だけど夜の闇の中ではなによりも頼りになる、たった一つの大切な明かりだ。〈暗視〉もあるけど、闇の中に明かりがあるのとないのとじゃ安心感が全然違う。
ぼんやりコップを傾けていると、夜中でも光に溢れていたもとの世界のことが頭をよぎっていく。顔も思い出せない家族のこととか、友人のこととか、上司や同僚のこととか。婚活脳の新人のことは思い出すのを全力で拒否したけど!
本当に大変だったんだよ、仕事は覚えないわ、男女で態度を使い分けるわ、イケメン(当社比)の社員にまとわりついて離れないわ……きつめに注意したら泣き出すし、叩かれたとか水をかけられたとか騒ぎ出すし、脅迫メールを送ったとか私服を破いたとか財布を盗んだとかまったく身に覚えのない濡れ衣まで着せられたし。辞めてくれて本当に心の底からほっとしましたよ!
そんな相手の顔だけはっきり覚えているのがすごく虚しい……あ、でもしんみりした気持ちがちょっとだけ薄れた。そういう意味では役に立ったのか。すごいぞ○川、仕事ではあんなに役に立たなかったのに。
しかし別種のダメージを心に受けた気もするので、やっぱり今日も早めに寝ることにいたします。なるべくなら夢も見ずに……って、今朝の夢を思い出しちゃったよ! 駄目だ、今すぐ忘れるんだ! 二夜連続シリーズで見たりしたら絶対に腹筋が保たない!!
忘れろ忘れるんだ忘れずんば忘れた時は忘れよう……うう、五段活用してみてもジンガ(イケメン)のエプロン姿が頭から離れてくれません!! 頭を強打すれば今すぐ忘れられるんでしょうか!?
ジンガ、ちょっと私の頭を……殴ってくれなんて頼めませんねわかります。
うん、落ち着け自分。ジンガを見た瞬間に噴き出しそうになったのを寸前でこらえた精神力をフル動員して、そのまま粛々と小屋に戻ろうと思います。
心なしか肩が震えているのは見なかったことにしておいてください。それだけが私の望みです。
調理器具(ジンガ)
そして目先の誘惑に負けて脱線を始める主人公。




