13 はじめての地上部探索(と書いておつかいと読む)
なんとなく最終回っぽいモノローグを唐突に入れてしまいましたが、現実は変わることなく続いていくのです。とりあえず、夕方になったところでカマキリ先生の部屋を退去して小屋に戻り、いつものように夕食を摂りました。
ジャガイモを塩ゆでにしながら、ああバターが欲しいとかチーズでもいいとかお米があったらなぁとか思うのもいつものこと。
文句も言わずに毎日生肉を食するギンとヤシチを見習え自分! と思っている側から、人のお皿に興味津々なギンの視線を遮りつつ食事を摂るのも含めていつもの風景です。
で、色々考えたのだけど、ギンとヤシチの現在の強さを確認して一つの決断を下しました。次の偵察飛行が行えるようになるまで最短で十日。その間の時間を無駄にしないための方法として考えていたこと。考えてはいたけど、危険度と実益を秤にかけてなかなか実行に移せずにいたこと。それは……
「ギン、ヤシチ、くれぐれも言っておくけど、危なくなったら……というか、危なくなりそうだったらすぐに戻ってくるんだよ! ちょっと試しに戦ってみようとか、強敵見つけたぜヒャッハーとか、そんなことは絶対に考えないように! 特にギン! いいね!?」
翌朝、納屋に擬装した非常口の前で、そわそわした様子を隠せないギンとそれとは対照的に落ち着き払ったヤシチに、何度目になるかわからない注意事項を伝えている。
自分でもどこの心配性のお母さんかと思う有様だけど、これから遊びに行く幼稚園児みたいなギンの姿を見ていると注意が頭に入っているのか不安でたまらない。
……ヤシチはちゃんと聞いていてくれるみたいだから、いざとなったらヤシチが止めてくれるものと信じよう。ごめんね、なにかと頼ってばかりで……でも存在してるかも怪しいギンの記憶力と学習能力より、ヤシチの理性と判断力を信じるほうが現実的なんだよ。
「……ヤシチ、撤退の判断は全面的に任せるから。こっちでも様子は見てるし指示も出すつもりだけど、判断が間に合わない場合もあるからそういう時はヤシチが決めて? とにかく安全第一、しなくていい場面での無理や無茶は厳禁っていうのがうちの方針だからね」
ヤシチに視線を合わせて告げると、コクリと小さいけれど力強いうなずきが返される。この頼もしさのなんたることか……! もはや鷹とは思えない、歴戦の武人を思わせる貫禄さえ感じられるんですけど!
でも、ヤシチも訓練(完全な実戦形式だけど)ではない実戦を経験するのはこれが初めてのことになる。……もし戦闘になればの話だけど。
とにかく、ヤシチを頼りにしすぎるのも問題だろうから、私がしっかり状況を見て判断を下さないと!
すでに想像はついているかと思われますが、その通り「はじめてのおつかい」を今行おうとしているところです。行き先はダンジョンの地上部。第一次偵察部隊にさらっとだけ確認してもらって、そこまで強い生物はいないだろうと判断を下したエリアだ。
一応、ダンジョンマップでも点在する生物の反応をチェックして、ギンやヤシチより強いと思われるものがいないことは確認してある。
ええ、地下一層をマップで確認したらギンたちがどの程度の強さなのかちゃんと表示されましたので! ステータスでしか見てなくてマップで確認するという方法が思いつかなかった私のうっかりミスだ。
ちなみに、ギンとヤシチはやや色の濃い緑色で表示されておりました。地上部の生物はほとんどが白か黄色なので、これならそうそう危険な目には遭わないだろうと判断したのが今回の「おつかい」が実現した理由だ。
「本当に気をつけるんだよ? 知らないものとかうっかり食べちゃ駄目だからね! あとダンジョンの領域内からも絶対に出ないこと! もし万が一強い生物の反応が現れたらすぐ伝えるから、変な気を起こしたりしないで即刻戻ってくること! それから……」
主にギンがやらかしそうなことを逐一注意してたら、いつの間にか十分以上の時間が過ぎていたので仕方なく切り上げて扉に向かう。
心なしかギンの表情がげんなりして、尻尾も力なく垂れていた気がするがまだまだ注意し足りないくらいだ。
いっそ一緒についていこうかと思ったくらいだけど、〈騎乗〉のレベル的にまだギンに乗って走り回るのは難しそうなので今回は留守番だ。無理についていって足手まといになったんじゃ意味がない。
なお、ジンガはおつかい組には入らず、私の側でお留守番が決定しています。別に仲間外れとかいうわけじゃなく、移動力の問題がね……戦力疾走するジンガよりも、小走りで走る私のほうがまだ早いんだ。
うん、種族特性みたいなものだから仕方がない。ギンやヤシチと比べた場合は? なんて残酷なことを聞くんだ血も涙もないのか(迫真)!?
い、いや一体くらいは私の側に残ってもらわないと困るし。護衛モンスターなんですから。それが今回はジンガだったというだけの話ですよ! 次はジンガにもおつかいに行ってもらう予定だから……あんまり遠くない場所まで!
非常扉に手をかけてギンとヤシチの顔を見ると、すでに準備万端と言いたげな表情で二体が見返してくる。
うう、まだ心配だけど……最悪、入口付近だけちょっと見て回って戻ってきてもらえばいい。無理に最初から広い範囲を探索する必要はないんだ。本格的な探索は次回以降にして、今回は外に出ること自体を目的にすればいい。
「……開けるよ」
自分にそう言い聞かせて非常扉をゆっくりと開ける。
当然ながら、入口付近に生物の反応はない。虫の一匹も入ってきていないところを見ると、ダンジョンの入口には弱い生物を寄せ付けないバリアーのようなものがあるのかもしれない。
なんて思っているうちに、開いた隙間にギンとヤシチが身体を滑り込ませてさっさと入っていってしまう。ああっ、ちょっと待って! せめてお見送りくらいはさせて!
「いい? 危なさそうなものがあったら手を出さないですぐ戻ってくるんだよ! あとヤシチ、大変だと思うけどギンの面倒よろしく~!」
扉から半分身を乗り出して声を張りあげるけど、その時にはもうギンとヤシチは入口の外へ出て行ってしまったあとだった。かろうじてギンの尻尾の先が見えただけだ。
慌てて扉を閉めると〈視野借用〉でヤシチの視野を借りる。
ギンの視野を借りなかったのは……一番見張りが必要な相手がギンだからだよ! まぁ、一応高い位置にあるヤシチの視野のほうが色々見るには都合がいいという理由もあったけど。
偵察部隊のトンボ君たちと同じ要領で、ヤシチの視野で見ているものをウィンドウの画面に表示する。ついでに立ち上げたままのダンジョンマップも横に並べ、周辺の生物反応とヤシチカメラの映像を同時にチェックできるように。
マップに表示されたダンジョンの地上部には、ギンとヤシチを示す明るい緑の点がはっきりと映っている。
『ヤシチ、ギン、入口を出たら右の方向に行ってもらえる? そんなに強い生物の反応はないから、急がないでゆっくりね』
ヤシチカメラとダンジョンマップを同時に確認しながら、心の中で呼びかける。〈伝達〉は一方通行で相手の声や考えなどは伝わってこない。今はそれがちょっと寂しいけど、トンボ君たちの最後を思うと伝わってこなくて助かったのだとも思う。
あの状況でトンボ君たちの心の声まで聞こえてたら、たぶん二度と偵察飛行を行う気にはなれなかっただろうし。
私の指示を受けてヤシチカメラの映像がゆっくりと動き出す。飛んでいるにしてはずいぶん遅いな、と思ったら、どうやらギンの背中に乗っているみたいだ。
なにそのブレーメンの音楽隊(二分の一)! 見てみたいんですがヤシチカメラには写らない、残念!
入口周辺は偵察飛行の時に見た時と同じく、広い間隔で生えている木の間に下草や藪がわっさりと茂った森だ。ギンは下草も藪も無視して進んでいるけど、私だったら100メートル進むだけでも四苦八苦しそう。
梢の隙間から日が差し込んできているおかげで周囲は明るく、見るからにフィトンチッドが豊富そうな気持ちのいい景色だ。
と思ってたら、木々の間に生物発見! いや、ダンジョンマップの反応ですでにわかってたんですけどね。見つけたのは茶色い毛皮と長い耳を持ったウサギ。
ウサギ……だよね? 全長60センチオーバーの大きさは私が知っているウサギとずいぶん違うけど。
ここで気づいて〈鑑定〉を使う。マップの反応を見る限りあんまりランクも高くなさそうだし、レベルの問題なら見られるはず。
出た結果は『ウッズラビット:ランク2:レベル5』。おお、初めて〈鑑定〉がまともに仕事をしたよ! というか、ランク2って最低限の攻撃力は持っているはずなんだけど、ウサギの攻撃……蹴りとか?
首をかしげているとギンが興味を持ったのかそちらに向かって歩き出しかけ、同時にウサギ君はガサッと藪を揺らして逃げました。文字通り脱兎の勢いで。そりゃそうだ、ウサギ君から見たらでっかい狼が舌なめずりしながらやってくるようにしか見えない。
反射的に追いかけそうになったギンをヤシチが一鳴きで止め、再び歩き始める。
警戒しつつ周囲の草や木を〈鑑定〉していくと、半分ほどは『木』とか『草』とかやる気の感じられない表示だったけど、ランクと固有名詞の表示されるものも多かった。
ということは、これもモンスターに分類されるのだろうか? 『エッジグラス:ランク1:レベル1』とか『フレイムパイン:ランク1:レベル7』とか『ルビーベリー:ランク1:レベル3』とか……って、ちょっと待って、ベリー!? もしかして食べられる!?
……残念ながら実はなっておりませんでした。うん、年中実を付けてるわけがないものね。でも、時期になったらまた見に来ようと心に誓いました。って、ギンやヤシチに収穫をお願いするのは無理があるし、その場合は私が自分で出向く必要がありそうだ。
ジンガ? どう考えても摘む端からベリーを潰す(そしてショボンとなる)未来しか見えませんがなにか?
ともあれ、地上部に生えている草木は半分ほどが通常の植物、残る半分はランク1のモンスターに分類される植物だということがわかりました。
これはある意味朗報で、モンスターならダンジョンの知識で毒のあるなしや利用方法、食用になるかならないかの判別もできるのだ。……そう、特に最後が重要。『食用』になるかならないかの判別ができるのだ! 大事なことなので二度(ry
はあ、ちょっと興奮してしまったけど、地上部で食材が確保できるかもしれないというのは私にとっては大ニュースだ。食卓の彩りが! 他にも色々役に立ちそうなものが地上部で採取できるというのはものすごく嬉しい!
……ただ、採取のためには私も外に出る必要があるのですけどね。うん、今回のギンたちの探索の結果に期待しよう。
森の中を歩いているとちらほら他の生き物の姿も見える。マップでだいたいの強さはわかるけど、あえて〈鑑定〉を使用。
『スモールラット』(50センチオーバーでどこかスモール?)に『プラムバット』(好物が梅らしい。梅があるのか!?)、『スモールホーネット』(だから30センチオーバーでなぜにスモール!?)、『バイパー』……って蛇、しかも毒持ち! 戦闘態勢になってないで逃げなさい、早く!!
ちょっと手強そうな生物に遭遇するたび、嬉々として飛びかかろうとするギンを止めるのが一苦労だ。
ほとんどの相手はギンたちよりランクもレベルも低いため、近づこうとするだけで逃げ出すけど、たまに破れかぶれなのかギン以上のバトルマニアなのか、襲ってくるそぶりを見せるものもいるので要注意だ。
今のところ即時撤退を貫いているので、幸い戦闘にはなっていない。
けど……一応、ギンたちが外でどの程度戦えるのか確かめるためにも、一度くらいは戦闘をしておいたほうがいいかもしれないな。
このあたりにはギンたちよりもランクの高い生物は見当たらないし、そうそう苦戦することはないと思うけど、限られたバトルフィールドで一体を相手にするのといつ乱入があるかもわからない外での戦闘はまったく違うものだ。
いざという時に経験不足が祟って戦えない、なんてことになるのは一番困る。
それでも相手は選ぶけど! 毒持ちなんて論外です。私が側にいて回復薬や毒消しをすぐに用意できるならともかく、君たちだけで毒持ちの相手をするなんて絶対に許しません!
もし勝手に戦闘を始めて、君たちが毒状態にでもなったらそこまで私走るからね! ジンガが追いつけなくても全速力ですっ飛んでいくからね!!
ダンジョンの入口(というか、正確には地下部への入口なんだけど)を中心にあちこち見て回り、地上部の地形や住んでいる生物をひととおり把握する。
幸い、人間や知的生物が住んでいる気配はなかった。生物も強くてランク3のグレインディアくらいのものだ。立派な体格をした淡褐色の鹿で、何頭か群れていたのでとりあえず戦闘は避けました。
ギンは妙にやる気で唸ってたけど、それってまさか食欲的な意味だったりしないよね?
地形は平坦で、何カ所か水が湧き出して小さな泉を作っているところを見つけた以外は池も川もなかった。そこそこ水は潤沢みたいで、この一帯が森林となっている理由の一つはそこにあるのだろう。
川や湖があったら、魚が釣れたかもしれないのに……という思いは胸の奥底に封印しておくことにする。今、うっかり魚なんて手に入れたら、かなりの高確率で薫製にして夜な夜な酒のアテにする未来が待っている。そんな危険は冒しませんよ!
薫製なんてそんな簡単に作れるのかと思ったそこのあなた。酒飲みの執念を甘く見てはいけません。大学時代に川遊びに行って、釣った魚を段ボールと金属バケツでそこそこ食べられる薫製に仕上げた先輩を見てそう学びました。
ついでに薫製の作り方も実地で学びました。煙でいぶされまくって私が薫製になるかと思ったけどね!
まぁ、食(と酒)へのあくなき執念の話は置いておいて、ダンジョンの地上部にそれほどの脅威はないとわかったところで、ちょっと肩の力が抜ける。
これくらいならギンたちを護衛に連れていけば、私が地上を出歩いても大丈夫かもしれない。いや、別に食材を集めて回りたいとかそんなこと考えていませんよ? ダンジョンの領域の外ぎりぎりまで行けば、〈帰還〉のレベル上げができるかな~とか思ってるだけですよ?
そのついでにちょこっと食材を集めてくるくらいなら問題ないよね、とか思ってるだけで。ついでですよ、ホントウダヨ?
またもや思考が脇道に逸れてしまいましたが、この様子ならちょっとギンたちに戦闘を経験してもらうのは問題なくできそう。
ギンもずっと我慢し続けてストレスが溜まっているみたいだし、最後に一暴れさせてあげたほうがよさそうだ。というわけなので、ギン、ヤシチ、次に手頃そうな相手を見つけたら、毒持ちとかでない限り今度こそ逃げないで戦闘に入っちゃっていいからね!
……そう念を送った瞬間、弾丸のように飛び出していった狼が一匹。
おい、次に「見つけたら」って言ったのであって、「探せ」って言ったんじゃないんですよ!
背中から振り落とされたヤシチが慌ててギンを追いかけていく。ちょっとこれは戻ってきたら説教案件ではないでしょうか? 完全にドッグランに放された犬(しかも数時間のドライブ後)にしか見えないけど、さすがにお馬可愛いとか言ってる場合じゃない気がする!
かっ飛んでいったギンがダンジョンの領域ぎりぎりで発見したのは、緑がかった灰色の肌をした小人……ゴブリン!? このあたりにもゴブリンがいた!?
って、ステイステイ! 無闇に突っ込んでいい相手じゃない、そいつら! ランクは低くても道具を使う知能があって連携も取れて……って聞いちゃいないし! ヤシチ、ヤシチお願いします! この狼の皮被ったICBMを止めてください~!!
なんて思っている間にもう接敵。突撃の勢いそのままにギンはゴブリンのうちの一体の喉を噛み切り、噴き出した血飛沫をかいくぐって次の一体を頭突きで跳ね飛ばす。トラックに撥ねられたような勢いで飛んでいったゴブリンは木に叩きつけられ、青黒い血のあとをべったりと残して地面へ落ちていく。
え? なにこの一方的蹂躙。なんて思わず呆然としているうちに、ギンはさらに二体のゴブリンを爪と牙で葬り去る。グロ注意な映像に気を取られている暇もありゃしない。そこに参戦してきたヤシチが残った一体のゴブリンの首を〈風刃〉で跳ね飛ばしたらもう戦闘終了。
……あれ? 弱すぎませんかこのゴブリン? 前に見たゴブリンとはレベルとか種類とかが違うんでしょうか? 今更ながら〈鑑定〉してみると『ゴブリン:ランク3:レベル2』との結果。ついでに『状態:死亡』というのも出た。ちょっとは〈鑑定〉のレベルも上がってきたのかな?
それはともかく、苦戦必至だと思って慌てて作戦とか考えてた私の立場は?
いや無事ならそれに越したことはないんですが! というか、普通の生物も倒してしばらく時間をおいたら光になって消えていくんですね! 割とどうでもいい豆知識だけど!
よくよく冷静に考えてみれば、東方面でゴブリンに遭遇したのはランク2のトンボ君たちで、ランク3のゴブリンに為す術なくやられても不自然ではない。相手は集団だったし、けっこう戦い慣れている様子だったからレベルもそれなりに高かったろうし。
でも、ギンとヤシチはランクがゴブリンより上で、しかも戦闘訓練を重ねてレベルも上げているし戦い慣れてもいる。
……うん、ある意味こっちも当然の結果だ。とりあえず、無傷での勝利を素直に祝ってあげたほうがよさそうだ。うん……よくやった! 訓練相手以外とでは初戦闘になるのに、見事な勝利だったね! おめでとう!
ただ、それはそれとしてギン。あれほど無闇やたらに敵に突っ込むなと言い続けてたのに、さんざん止まれと言ってたのにも関わらず突撃していった件については、あとでしっかり説教するからそのつもりで! 本当に心配したんだから!
その後、何度か遭遇した生物もギンとヤシチはまったく苦戦することなく倒し、気も済んだのか意気揚々とダンジョンの入口まで引き上げてきた。
相手はほとんどがランク2だったし、唯一のランク3(ゴブリン除く)だったスモールホーネットもギンの〈咆吼〉一つで硬直してぼとぼと落ちたところを踏み潰すだけの簡単なお仕事だ。
あ、落ちる前にヤシチが何体かくちばしで胴体真っ二つにしてたっけ……どうやって、とは聞かないでください。見てるこっちも加速したヤシチが通り過ぎた直後、何体かのハチが上下真っ二つに分かれたとしかわからなかったもので。
君は五○衛門か? 「またつまらぬものを切ってしまった」とか内心でひっそりキメてたのか!?
まぁ、とにかく無事戻ってきたくれたことについては、本当に心の底からよかったと思っています。送り出す時は正直気が気じゃなかったし。もしギンたちの身になにかあったらと思うと……何度一緒に行けばよかったと思ったことか。
一緒に行っても足手まといにしかならないのは承知の上だけどね! むしろ足を引っ張ってギンたちに余計な怪我を負わせることになりかねない、と何度も自分に言い聞かせてようやく思い留まりましたとも。
ともかく、入口まで戻ってきたギンたちを非常扉を開けて迎え入れる。本当にお疲れ様! 怪我がないのは見てわかってたけど、疲れてない? お腹空いてない? ってよく見たら二体とも返り血っぽいもので汚れてるじゃない! 特にギン、まともに浴びるのは避けたみたいだけど青黒いゴブリンの血が点々と!
「……二体とも、とりあえず身体洗ってこようか?」
にっこり笑って声をかけると、なにか不穏なものを感じたようにギンがぶるっと身体を震わせました。ヤシチはギンを見捨ててさっさと池のほうへ。
あ、池を汚すのはあんまり気が進まないので、水甕の水を使ってもらえる? 側にひっそり控えていたジンガにヤシチを手伝ってくれるよう頼むと、ズシンズシンと足音を響かせて池の方角に向かっていく。
「さて、ギン? まずはギンも身体を洗ってきれいにしようね? その恰好のままじゃ小屋に入れないよ?」
あくまでも穏やかににこやかに声をかけているのに、なぜかギンの尻尾が後ろ足の間に入り込んでいます。おかしいな? どうしてこんなにプルプル震えてるんだろう? 別に怒ってもいないし、威圧的な行動も表情も見せていないよね?
「どうしたの、ギン? 身体を汚してきたことでなんて怒らないよ? あれだけ戦えば汚れるのは当然なんだから。そんな理不尽なことで怒ったりなんてしないよ? それとも、ギンにはなにか私に怒られる心当たりがあったりするのかな?」
かな、かな? と続けたくなったけどそこは自重。一応、ギンも人の話を聞かないで突っ込んでいったのが悪いことだと理解はしているみたいだし。
うっすら涙目になってプルプルしているギンにさらに追い打ちをかけるのも気が引ける。
「……本当に心配だったんだからね、ギン。もし突っ込んでいった先に強い敵がいて、ギンやヤシチが大怪我したらどうしようって。お願いだから、あんなに怖い思い何度もさせないで。ギンやヤシチがいなくなってしまったら、私、当分は立ち直れそうにないよ? 自分のことを責めて何ヶ月もカビが生えそうになるくらい落ち込み続けるよ?」
軽く撫でたギンの首にぎゅっと抱きついて小声で告げる。もし本当にそんなことになったら何ヶ月かで済む自信もない。
軽く一年や二年は自分のことを責めながら鬱陶しいくらいに暗く落ち込み続ける日々が続きそうだ。ジンガにどれだけ心配をかけるかと思うと申し訳ない気もするが、それでも簡単には立ち直れそうにない。
ギンはピスピス鼻を鳴らしながら、抱きつく私にそっと頭を寄せてくれる。首から手を離すと、ごめんなさいと言いたげなギンの目と目が合った。うん、反省してくれているならいいんだよ。次はもう心配かけないでね?
「じゃあ、身体を洗ってこようか? そういえば一度もシャンプーしたことなかったもんね。きっちりしっかり洗ってあげるから、覚悟しておくように!」
笑顔で告げた途端、なぜかダッシュで逃げようとしたギンを寸前で両腕ホールドする。なぜ逃げる? 私は親切で言ってあげているのだよ? というか密着すると乾きかけたゴブリンの血がかなり強烈な臭気を放っているのがわかる。
これ、一部は私の服にも付いているよね……自在にチェンジできる服でよかったと今心の底から思いましたとも。
嫌がるギンを〈身体強化〉をフル活用してヤシチとジンガのいる池のほとりまで引きずっていく。〈身体強化〉様々というか、ギンが本気で抵抗していたら私なんて軽く吹っ飛ばされていただろうから、ある程度力のセーブはしてくれてたんだろう。
しかし遠慮なんてしないが! ついでに〈身体強化〉のレベル上げにもなるだろうから一石二鳥だ!
池のほとりに着いたところでジンガにギンを預け、DPを使って動物用シャンプー(異世界・永続:100p)を作成。って高!? いやでもギンのふさふさの毛並みのためだったら惜しくなんてない!
薄いブルーの半透明のボトル(ポンプ式)に入って出てきたシャンプーを横に置き、ギンをホールドし直してジンガに大甕の水をかけてもらう。私ごとやれぇ、ジンガ!! なんてノリノリで言ってたら、ものすごい滝行みたいな勢いで水かけられましたが!
濡れたギンをジンガに手伝ってもらって泡まみれにして洗う。ヤシチ? とっくに身体を洗い終わって離れた草の上で涼しい顔してましたよ。
いや、手伝ってもらおうにも身体のサイズ的に無理があったからいいんだけど! ギンが逃げ出そうとするたびに目で威嚇して大人しくさせてくれているだけで十分助かりましたし!
やっとのことでギンを洗い終わった時には、日が傾いてうっすらあたりが朱に染まり始めておりました。
大型犬のシャンプーは大変って本当だったんだね……ああ、犬じゃなくて狼か。一度小屋に戻って取ってきた布でギンの身体をわしわし拭い、ついでに自分の顔や頭もざっと拭く。ちょっと冷えてきた気もするので、あとでお湯を沸かしてしっかり拭く予定。お風呂に入りたいという欲望もわいてくるけど、どう考えてもDPの無駄にしかならない気がするし。
いやね、現代風のシャワーとかなら頻繁に利用しようって気にもなるけど、それだとシャワー室&給湯設備で500ポイントは吹っ飛んでしまうんですよ。
身体がすっぽり入る桶なら10ポイントで作れるけど、お湯を沸かして運んで入れて……という手間を考えるとほとんど利用しなくなる未来しか見えません。だって普通に生活してる分には身体が汚れることなんてないんだよ? 今回が例外だったというだけで。
というわけで毎度のごとくお風呂は諦めて、小屋に戻って沸かしたお湯で身体を拭いてから夕食の支度を始める。
なんかものすごく疲れたけど、半分習慣になってしまっているので作らないほうが落ち着かない。でも、これくらいの贅沢なら許されるよね? と思ってリンゴ酒を再び作成しました。今度は飲み過ぎないように気をつけて大事に消費する予定。
ええ、本当に気をつけないと……口当たりが軽いからついつい飲み過ぎちゃうんですよ。
今日の夕食はちょっと気張ってジャガイモのポタージュとガレットの二品。ミキサーはないけど布があるから、ボウルで裏ごしすればポタージュにするのは難しくない。ちょっと手間はかかるけど。
ガレットは裏ごししたジャガイモのペーストを少し練ってから加えてもっちりとした食感を狙ってみた。付け合わせにするリンゴは薄くスライスしてから、油を加えたフライパンで軽く炒めておく。
うむ、リンゴ酒も加えれば十分に欧風料理で通用する夕食の完成だ! 材料はジャガイモとリンゴオンリーだけど。
いいんです、栄養とか気にしなくていい身体なんだから。そして皿を両手に持って小屋を出ようとしたところでまた扉を開けられないことに気づき、外で待機していたジンガに開けてもらうところまでがお約束。
うん、本当にジンガは紳士だ。さらに前回のことを綺麗に忘れて、また足で扉を開けようとしていた私は淑女失格だ。
淑女……ダンジョンマスターには特に必要のない称号かな、ハハッ。
なんだか社会人として最低限取りつくろう必要もなくなったおかげか、世間で女子力などと称されている正体不明の力がどんどん失われて行ってる気もする昨今です。
かわりに増大していっているのは生活力? 野武士力? 巨大な狼を力ずくでホールドして滝行ついでにシャンプーできるのはむしろ後者だろう。
……いいんですよ。こんな状況で可愛い女の子やってたって、待っているのは野垂れ死にの道だ。服とかお化粧とか構ってられる状態じゃないし、虫こわ~いとか毎日シャンプーもできないなんて~とか言ってたらあっという間にDP使い果たすっての、ケッ。
野武士けっこう。人前に出るようになってから取りつくろう方法を考えます。その頃にはすっかり地になってて手遅れかもしれないけどな!
などと考えながら夕食を摂っていたらもうすっかり夜だ。ぐだぐだ考え込んでてもランプの油と時間の無駄なので、さっさと寝ることにしましょう!
シャンプーのおかげでギンの毛皮からなんかいい匂いがしているので今晩は一緒に寝ることを許してつかわす! いつも一緒に寝ているけど!
最近ベッドの足のあたりからミシミシ音が聞こえてきている気がするけど、あえて気づかないふりをしてます……いいんだ、どうせこれ以上ギンの身体が大きくなったら、もう一緒には寝られそうにないんだし。
ギンとヤシチのダンジョン地上部の探索が上手くいったこととリンゴ酒効果で、今日はいい気持ちで眠りにつけそうです。あ、ちゃんとお酒は一杯だけで我慢しておきましたよ?
ずるずる酒量が増えていってアル中への道一直線なんてのはさすがに私も遠慮したいのです。
それまでにどれだけのお酒(とDP)を消費するかなんて考えるだに恐ろしいけどね……




