レベル12最後の聖域
魔王の身体が光の粒子となって完全に消滅し、玉座の間に静寂が訪れた。
「やった……! 終わったんだな」
私が安堵の息を吐いたその瞬間。
隣に立っていたリリーメルの身体が、ふわりと淡く発光し始めた。
「うう……っ、体が、熱い……!」
「リリー!?」
リリーメルは胸のあたりを押さえ、苦しそうにその場にしゃがみ込んだ。
間違いない。魔王を倒して呪いが解けたことで、彼女の体内に封じられていた『俺の男の要素』が、本来の持ち主ではない身体に対して強烈な拒否反応を起こし始めたのだ!
「やばい! リリー、しっかりしろ! 1年前にお前が目覚めた、あの『命の女神』の聖域までワープしてくれ!!」
「う、わ、わかったわ……っ!」
リリーメルが最後の力を振り絞って杖を振ると、視界が歪み、私たちは見覚えのある神聖な泉の前へと転移した。
「勇者殿、リリーメルさん。よくぞ魔王を倒してくれました。今度こそ世界に本当の平和が訪れましたね」
相変わらずのんきな微笑みを浮かべる女神が私たちを出迎えた。
「女神! 今はそれどころじゃないんだ! 早くリリーを助けてくれ!」
「安心なさい、ちゃんとわかってますよ」
女神はフフッと笑うと、苦しむリリーメルの前に進み出た。
「では、リリーメルさんから『勇者殿の男のすべて』を取り出し、勇者殿に戻しますね」
「……え? ど、どういう、こと……?」
苦しみながらも、女神のあまりにもぶっ飛んだ発言にリリーメルが目を白黒させる。
「事情は後で全部話す! それより今は、早くリリーを元に戻してやってくれ!」
「はいはーい。じゃあ、チョチョイとやっちゃいますねー」
女神が適当な詠唱と共に指を鳴らすと、泉から温かい光が溢れ出し、私とリリーメルを包み込んだ。
光の中で、私の身体からドレスが弾け飛び、元の勇者の装備へと変わっていく。縮んでいた骨格が広がり、筋肉が戻り、そして何より……失われた『男としての屈強な肉体』が完全な帰還を果たす確かな感覚があった。
光が収まった時。
そこには、完全に元気を取り戻したリリーメルと、1年前の姿に戻った俺が立っていた。
「……ア、アキラ、だったの……?」
「あ、ああ……。実はそうだったんだ。俺がアキラだって正体がバレると、魔王の呪いでリリーの体に良くないことが起こるって女神に言われて……ずっと黙ってたんだ。騙しててごめんな!」
俺は申し訳なさから、深々と頭を下げた。
しかし、リリーメルからは何の返事もない。
「……」
「リリー?」
恐る恐る顔を上げると、リリーメルは顔を真っ赤、いや、通り越してゆでダコのように真っ赤に染め上げ、ワナワナと全身を震わせていた。
彼女の脳裏に、この1年間の『アキニャンニャン』との冒険の日々が走馬灯のように駆け巡っていたのだ。
下着屋でブラジャーのサイズを測り、一緒に悩んだこと。
生理の仕組みや下着の洗い方を、手取り足取り教えたこと。
オアシスの水浴びで、全身を隅々まで泡まみれにして洗ってあげたこと。
極めつけは、魔界城のダンジョンで、手製のテントの中で……。
「……っ!! 記憶を、消してやるぅぅぅぅぅぅぅーーーッ!!」
「ぎゃあっ!?」
羞恥心の限界を突破したリリーメルは、愛用の賢者の杖を鈍器のように振り上げ、俺の頭にフルスイングで叩き込んできた。
「や、やめろってリリー! 痛い! 脳筋だからって痛くないわけじゃないから! マジで痛いってば!!」
「うるさいうるさいうるさい!! 私の乙女の純情と尊厳を返せこの変態勇者ーーッ!!」
ボコッ! バキッ! ドカッ!
「あはは、面白いので、傷の回復は私がしますよー。『フル・ヒール』!」
「ちょ、このポンコツ女神!! こら回復してないで止めろ! 助けろって!!」
神聖なる女神の泉に、俺の情けない悲鳴と、賢者様の杖が空を斬る音が響き渡る。
リリーメルに殴られ、死にかけたら女神に全回復させられ、また殴られる。
世界に平和は訪れたが、俺の平和はまだ少し先のようだ。
この地獄のような(しかし、どこか幸せな)エンドレスお仕置きタイムは、リリーメルの体力が完全にバテて息が上がるまで、永遠に続くのだった。
―― 終わり ――




