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魔王退治よりも大変なオンナノコのからだ!俺、女の子になっちゃったの??全話一気読み

挿絵(By みてみん)

レベル1命の女神の聖域

魔王を追い詰めたのは、類まれなる才能を持つ17歳の勇者アキラと、賢者リリーメルだった。

二人はこの戦いが終わったら結婚することを誓い合っていた仲だ。しかし、魔王は最期のあがきとしてリリーメルに昏睡の呪いを放ち、彼女は深い眠りに落ちてしまう。このままでは、衰弱死を待つばかりだった。


愛する人を救うため、アキラは『命の女神』が住まうとされる聖域へと向かった。

魔物の侵略を阻むための防衛システムである機械天使たちの猛攻を一人で薙ぎ払い、瀕死の重傷を負いながらも、アキラはついに命の女神の元へと辿り着く。


アキラの悲痛な事情を聞いた命の女神は、まずは彼の傷を優しく癒してくれた。しかし、リリーメルの呪いを解く方法について尋ねると、女神はなぜか頬を染め、もじもじと恥ずかしそうに口を開いた。


「そ、その呪いを解くには……えっと、ゆ、勇者殿の『男としての……アレ』が必要なのです」


「アレ? アレってなんだ? 俺にできることなら何でもする! だから教えてくれ!」


「だ、だから、その……勇者殿の『男のすべて』が必要なのですよ」


「だから、何だってんだよ! はっきり言ってくれなきゃ分かんねぇよ!」


「だーかーらー! あんたの『男としての肉体』を丸ごと抜き取って彼女に移植するんだよ! つまり女の子になれって言ってんの! 女神にこんな恥ずかしいこと言わすなーッ!」


ドゴォォォォンッ!!


照れ隠しからか、逆ギレ気味に放たれた女神の強烈なアッパーがアキラの顎にモロにクリーンヒットし、勇者の体は数メートル後方へと吹っ飛んだ。


「……こほん。つまり、そういうことです」


「いやいや、待て待て! 呪いを解くのにって言っても、そんなことしたら俺の体はどうなっちまうんだよ!?」


「ご心配には及びません。私は命の女神。ちゃんと『女性』として生きていけるよう、お身体を完璧に再構築いたしますから」


「ぐぬぬぬ……ッ」


こうして、究極の二者択一を迫られたアキラの犠牲(?)により、リリーメルは無事に息を吹き返したのだった。


レベル2魔界旅立ち

静かに瞬きをして、ゆっくりと目を覚ますリリーメル。

それを見守っていたアキラは、安堵から思わず身を乗り出した。


「リリー、大丈夫か?」

「んー……あなたは?」

「俺はアキ……」

「アキラ?」


その時、ふっとアキラの脳裏に『命の女神』との会話がフラッシュバックした。


――数時間前。命の女神の聖域にて。


『勇者殿の《男のすべて》を移植した力で、彼女は目を覚ますでしょう。しかし、それは一時的に呪いを封じ込めているだけなんです。本当に呪いを解くには、魔王の本体を倒さなければなりません』

『なんだって? 魔王なら既に倒したぞ』

『魔王はやられる寸前、リリーメルさんに呪いをかけるとともに、本体を魔界に逃がしたのです。完全復活には数年はかかるでしょう。魔王が完全復活する前に、今度こそ倒すのです』

『しかし、リリーメルがこの状態では……』


女神はニコニコとした笑顔のまま、とんでもないことを言い放った。


『それこそが魔王の狙いです。勇者殿のような“脳筋”であれば、鍛えれば代わりはいくらでも用意できるでしょう。しかし、リリーメルさんのような優秀な賢者は、数年鍛えたところで魔王退治には到底役に立ちません』

『おい、今しれっと俺のことディスらなかったか?』

『ですので、そのリリーメルさんが蘇生したとなれば魔王にとっては計算外。魔王は一年ほどで復活すると思われますが、そこから力を蓄える前に倒すのです。勇者殿は女性になり、力や素早さが著しく落ちるでしょうが……まあ、脳筋は一年もあれば少しは役に立つようになるでしょう』

『ちょいちょいディスってくるな、この女神!!』


ギリッと歯ぎしりをするアキラに、女神は真剣な(しかしどこか楽しそうな)顔で念を押した。


『それと、リリーメルさんには、あなたが勇者であることはくれぐれもバレないようになさい』

『何故だ?』

『リリーメルさんの状態は極めて不安定です。もしそんな時に「勇者殿が女の子になった」なんて情報を与えれば、ショックでリリーメルさんの体と勇者殿の《男の要素》が恐ろしい副作用を起こす可能性があります』

『お、恐ろしい副作用とは……?』

『一つは、リリーメルさんの口から勇者殿の《光り輝くマッチョな魂》が物理的に飛び出し、猛ダッシュで逃げ去ってしまいます。そうなれば彼女は再び昏睡状態です』

『いや、光景がもはや地獄じゃないか! どういう原理だよ!』

『しかも、一度逃げた魂は捕まえるのが困難なので、再び呪いを抑えるためにはその辺のオークやゴブリンの“別のオスの魂”を引っ捕らえて詰め込む必要が出てきます』

『そ、そんなこと絶対に許せん!!』


想像しただけで身の毛がよだつアキラに、女神はさらに追い打ちをかけた。


『もう一つの可能性は、勇者殿の《男の要素》がリリーメルさんの体内で暴走し、リリーメルさんが屈強なボディビルダー体型になってしまいます』

『いや、だからどんな物理法則だよ! 愛しの彼女がマッチョになるなんてあり得るのか!?』

『本当はそうなったら命を落としかねないのですが、そこは命の女神たる私がチョチョイと調整しますので』

『もはや命の冒涜とも言える発言!!』

『ですので、リリーメルさんには絶対にバレないように行動を共にし、魔王を倒した暁にはまたここへ戻ってきてください。魔王の呪いがなくなった後のリリーメルさんから勇者殿の《男の要素》を取り出して、勇者殿に戻しますので』


――回想終わり。


(そうだ、俺がここでアキラだと知られると、リリーの口から俺のマッチョな魂が逃げ出すか、リリーが屈強な男になっちまう!!)


強烈なペナルティを思い出したアキラは、顔を青ざめさせながら必死で誤魔化した。


「えっと、俺……じゃなくて! 私は、えっと……アキニャンニャン!」

(って、咄嗟に変な名前を口走ってしまったーーッ!?)


「アキニャンニャン……? あなたが、私を助けてくれたの?」

不思議そうに首を傾げるリリーメルは、ハッとして周囲を見回した。

「そうだ、アキラは!? アキラはどこ!?」


「え、えっと! アキラは、仕留め損なった魔王を追って、一人で魔界に向かったんだ! 私たちも魔界を目指して旅立とう!」


かくして、勇者(中身)と賢者の、絶対に正体がバレてはいけない魔界への魔王討伐の旅が幕を開けたのだった。


レベル3魔界入り口

魔界への入り口。そこはなぜか、歩き始めたばかりの初心者でも安心して戦える「親切設計」なスライムやコウモリばかりが出るエリアだった。


「いっけー! アキニャンニャンちゃん! 私が後方から防護魔法プロテクト回復魔法ヒールでサポートするから、思う存分暴れてきて!」

「お、おう! 任せとけ!」


俺……いや、アキニャンニャンは、ひときわ弱そうな『はぐれプチデビル』に向かって大剣を振り下ろした。

しかし、元・最強の勇者だった頃の感覚で力任せに踏み込んだせいで、女性の身体になった今の筋力と絶妙にバランスが噛み合わない。


「スカッ」


「うおっ!? 身体が軽いというか、踏ん張りが効かねぇ!?」

「隙ありギヤー!」

「ひゃあっ!?」


体勢を崩したところに、プチデビルの鋭い爪が容赦なく迫る。

『キィィィン!』という甲高い音と共に、リリーメルがかけてくれたプロテクトが直撃を防いだものの――爪の衝撃の余波は、私の着ていた旅の服の胸元を一直線に引き裂いてしまった。


「あ、痛っ……くはないけど、服が……」

「大丈夫!? アキニャンニャンちゃん!」


慌てて駆け寄ってくるリリーメル。彼女は私の破れた胸元を見た瞬間、ピタリと動きを止めた。

そして、信じられないものを見るような目で、私の顔と胸を交互に見つめる。


「……アキニャンニャンちゃん。あなた……まさか、ノーブラ……?」

「え? あ、いや、これはその……」


(ヤバい!!! そもそも昨日まで男だったから、ブラジャーなんてつける概念がなかったんだよ!!)


「……えっと、そう! 解放感? ほら、風を感じるプレイスタイルというか……その方が素早さが上がる気がして!」


必死の言い訳だった。しかし、賢者リリーメルの目は誤魔化せなかった。彼女の瞳は、かつて魔王軍の幹部を睨みつけた時と同じくらい、スッと冷たく細められた。


「……ありえません」

「えっ」

「女の子がノーブラで魔界をうろつくなんて、言語道断! 将来胸が垂れちゃいますし、そもそも防御力以前にエチケットの問題です! 今日はもうレベル上げ中止! 街に戻りますよ!」

「えええええ!?」


かくして翌日。

私は冒険者たちが集う街の、フリフリでレースの気配が充満する『女性用下着専門店』に放り込まれていた。


「ほら、バンザイして! まずはサイズ測るから! 店員さん、メジャー貸してくださーい!」

「ちょ、まっ、ここで!? 店員さん見てるって!」

「女の子同士なんだから恥ずかしがらないの! ……んー、アンダーとトップの差が……意外とあるわね。あの脳筋のアキラみたいにガサツかと思ったら、結構いいスタイルしてるじゃない」

「(そのアキラだっつーの!)いや、あの、リリーさん……これ、俺……じゃなくて私、自分でやるから!」

「ダメ! 初めてのブラはちゃんと先輩の私が見立ててあげる! ほら、激しく戦ってもズレないスポーツタイプか、この寄せて上げる勝負下着、どっちがいい?」

「(男のすべてを譲った上に、胸まで寄せ上げられるのかよ……っ!)」


魔王を倒すための果てしない道のりは、まず「正しいブラの付け方」から始まるのだった。


レベル4魔界平野

魔界入り口でのスライム乱獲から数日。アキニャンニャンとリリーメルは、少しだけレベルの高い敵が出る『魔界平野』へと足を踏み入れていた。


「よし、あそこのゴブリン三匹、いけるわよ!」

「おうっ! はあっ!」


レベルが上がり、少しだけ女性の身体の動かし方に慣れてきた私は、軽快なステップでゴブリンたちを討伐した。息を整え、剣を鞘に収めようとしたその時だった。


ツー……。


ふいに、太ももを温かいものが伝い落ちる感覚があった。

足元を見ると、地面にポタポタと赤い雫が落ちている。


「え……?」

「どうしたの!? どこか怪我したの!?」


私の足元を見たリリーメルが血相を変えて駆け寄ってくる。


「いや、そんなはずは……。攻撃は全部避けたし、痛みもないぞ……? もしかして、見えない魔法攻撃でも食らったのか!?」


(ヤバい、致命傷か!? いつやられた!? 魔界平野、恐るべし……っ!)

元勇者として周囲への警戒をMAXに引き上げた私だったが、足元の血と、私の服の様子を確認したリリーメルの顔からは、スーッと緊張感が抜け落ちていった。


そして、呆れたような、怒ったような顔で腰に手を当てた。


「……ってこれ、生理じゃないの! なんで準備してないのよ!」

「え? せ、生理?」


(せ、生理ぃぃぃ!? いや、知識としては知ってる! 知識としては知ってるけど、まさか自分にそのイベントが発生するなんて微塵も想定してなかった!!)


「な、なんでって……あっ、えっと……初めてだったので!」

「は? え? この歳で初潮……?」


私の苦し紛れの言い訳に、リリーメルは目を丸くした。


「そ、そう! ほら、私ってちょっと特殊な環境で育ったから! 遅咲きっていうか!」

「……まあ、種族とか生活環境で年齢差あるって言うし……。って、感心してる場合じゃないわよ! 本当に何の準備もしてないの!?」


リリーメルが慌ててポーチから布や見慣れないアイテムを取り出し始めたその時。


「うっ……」


ドクン、と下腹部に重たい鉛を乗せられたような鈍痛が走った。

それと同時に、身体中の血が引いていくような嫌な冷えと、強烈な吐き気が込み上げてくる。


「うう……なんか、お腹の下のほうがズーンって重くて……気分、悪くなってきた……」

「あーあ、顔面蒼白じゃない。初潮でいきなりそんなに重いなんて可哀想に……。冷えは絶対ダメよ!」


リリーメルは急いで自分のマントを脱ぎ、へたり込んだ私の腰にぐるりと巻き付けてくれた。


「とりあえず今日はここまで! 街に戻りましょ。ブラジャーの次は生理用品ね。もう、使い方からお腹の温め方まで、私が一から色々教えてあげるわ!」

「すま、ない……リリー……」


(くっ……! 魔王の呪いよりも、未知のダメージすぎる……! 女の人って、毎月こんなデバフと戦ってたのか……っ!)


魔物との戦闘ダメージはゼロなのに、HPとメンタルをゴリゴリに削られたアキニャンニャン。

魔界の平野に、元最強勇者の力無い呻き声が響き渡るのだった。


レベル5魔界砂漠

生理痛の試練から数日後。私とリリーメルは、さらに手強い魔物が生息するという『魔界砂漠』へと足を踏み入れていた。


見渡す限りの砂丘。そして頭上には、魔界特有の淀んだ太陽が容赦なく照りつけている。


「ふぅ……しかし、暑いなあ。肌がジリジリ焦げてる気がする……」

私は額に浮かんだ汗を手の甲で雑に拭いながら、たまらずぼやいた。


すると、隣を歩いていたリリーメル(日傘代わりの魔法障壁を展開済み)がピタッと足を止め、信じられないものを見るような目で私の顔を覗き込んできた。


「ちょっとアキニャンニャンちゃん。あなた、まさか日焼け止め塗ってないの?」

「え? ひやけどめ?」

「……いや、よく見たらあなた、そもそも普段からメイクしてないわよね?」


痛いところを突かれ、私はたじろいだ。

「えっ? 冒険にメイク!? いやいや、これから砂まみれになって魔物と殴り合うんだぞ!? どうせ汗と砂でドロドロになるし、意味ないじゃん!」


(そもそも男だった頃は、日焼けなんて『歴戦の勲章』くらいにしか思っていなかった! 洗顔だって水でバシャバシャやって終わりだぞ!)


しかし、リリーメルはビシッと私に指を突きつけて一喝した。


「当たり前でしょ! いろんな過酷な場所に行くからこそ、その環境にあったメイクやスキンケアが必要なの!」

「な、なんだってー!?」


「いい!? 砂漠の紫外線は、放置すれば『永続の防御力ダウン&スリップダメージ』をもたらす凶悪なデバフよ! 将来シミやシワになったら、回復魔法でも治せない呪いになるんだからね! それに、乾燥で唇が割れたら呪文の詠唱だって噛むでしょ!?」

「う、嘘だろ……!?(回復魔法で治せないダメージだと!? 魔王の呪いよりタチが悪いじゃないか!)」


リリーメルは呆れ果てたようにため息をつくと、魔法のポーチから見慣れない小瓶やパレット、スポンジなどを次々と取り出し始めた。


「魔物と戦う前に、まずは環境への対策。これが女の子の冒険者の基本よ。いい? 日焼け止めはこまめに塗り直す! ベースメイクは汗や砂に強いウォータープルーフの耐久バフ一択! 砂漠の乾燥から肌を守る保湿コーティングも必須!」

「ひ、ひええ……!」


「さあ、そこに座りなさい! 今日は魔界砂漠用・絶対崩れない鉄壁メイク講座よ!」

「いや、あの、前方にサンドワームが三匹ほどこっちを見てるんだけど……」

「無視なさい! 今は紫外線の方が厄介よ!」


かつて数々の魔王軍幹部を大剣一本で打ち倒してきた元・最強の勇者は今、ちんまりと砂丘の上に正座させられ、賢者様にペチペチと化粧水を叩き込まれるのだった。


下着、生理、そしてメイク。

魔王を倒して愛しの彼女を救うための道は、どこまでも女の子の未知なる試練に満ちている。


レベル6魔界オアシス

照りつける魔界砂漠の太陽の下、汗と砂埃にまみれながらも、アキニャンニャンは迫り来るサンドワームを叩き斬っていた。


「ふぅ……! さすがに砂漠での戦闘は体力がゴリゴリ削られるな……」

「アキニャンニャンちゃん、見て! あそこにオアシスがあるわ!」


リリーメルが指差した先には、枯れた大地には似つかわしくない、透き通った泉と青々とした木々のオアシスが広がっていた。


「助かった……! 砂埃で全身ベタベタだし、少し休憩して水浴びしようぜ!」

「そうね。魔物が来ないか見張りながら、交代で入りましょうか。アキニャンニャンちゃん、先に入っていいわよ」

「よっしゃ! 行ってくる!」


私は装備を乱暴に脱ぎ捨てると、一直線に冷たい泉へと飛び込んだ。


(くぅ〜っ! ヒンヤリして最高に気持ちいい! 男だった頃は、討伐の後はこうやって水浴びで汗を流すのが最高だったんだよな!)

「ザバーッ! ゴシゴシゴシ! プハァッ! よしっ、終わった!」


私は頭から豪快に水をかぶり、顔と脇を適当に擦って、ものの30秒で岸へ上がった。


「おーいリリー! 終わったぞ! 次、どうぞ!」

「……え?」


見張り台の岩場にいたリリーメルが、信じられないものを見るような顔でフリーズした。


「……早すぎない!? カラスの行水以下よ!?」

「え? だって汗流したし、スッキリしたぞ?」

「バカ言わないで! 髪はキシキシに絡まってるし、背中にまだ砂がついてるじゃない! ちょっと待ちなさい、もう見てられないわ!」


怒り心頭のリリーメルは、ズンズンとこちらへ歩いてくると、なんとその場で自分のローブを脱ぎ始めた。


「えっ!? ちょっ、リリー!? なんで脱いで……」

「一緒に戻りなさい! 私が洗い方を一から教えてあげるから!」


(なっ……!?)


本来なら、ここで『謎の光』や『都合の良い湯けむり』が発動してすべてを隠蔽してくれるはずなのだが――残念ながらここは無法地帯・魔界。そんなお行儀の良い自主規制システムは一切導入されていなかった。


愛しの彼女のパーフェクトな素肌が、魔界の淀んだ太陽の下で容赦なく私の視界に飛び込んでくる。


(ヤバいヤバいヤバい!! 男のすべてを譲ったとはいえ、元・男としての理性が死に絶えたわけじゃないんだぞ!?)


顔から火が出るほどパニックになる私をよそに、リリーメルは私の腕を引っ張って強引に泉の浅瀬に座らせた。


「いい!? 髪っていうのはね、ただ濡らすだけじゃダメなの! まずはしっかり水で予洗いをしてから、シャンプーをしっかり泡立てて、指の腹で『頭皮』をマッサージするように洗うの!」

「ひゃんっ!? あ、ちょ、くすぐった……!」

「声が変よ! ほら、次はトリートメント! 根本にはつけず、毛先を中心にしっかり揉み込んで、数分放置! その間に身体を洗うわよ!」


リリーメルは魔法のポーチから『もこもこ泡立てネット』を取り出すと、尋常ではない速度でホイップクリームのような濃密な泡を作り出した。


「男の人みたいに、ゴシゴシ手で擦ったら肌が傷むでしょ! 身体は『泡』で撫でるように優しく洗うの! ほら、腕を上げて!」

「あ、あの、リリーさん……背中とかはありがたいけど、その、前の方は自分で……」

「ダメ! さっき適当に済ませてたでしょ! 特に胸の下や首筋とかは、汗や砂が溜まりやすいんだから、もっと丁寧に……って、ちょっとアキニャンニャンちゃん、なんで顔が真っ赤なの? ここ冷たい泉なのに……まさか砂漠の熱で日射病!?」


(日射病じゃねえよ! 自分が女の身体になってるってのに、大好きな彼女に全身を隅々まで泡まみれで洗われてるんだぞ!? 熱くもなるわ! これ以上ない究極の拷問だよ!!)


「そ、そこはマジで自分で洗うから! 洗い方わかったから! 頼むからやめてぇぇぇ!!」


「暴れないの! ほら、耳の後ろも! 足の指の間も!」


強敵ひしめく魔界のオアシスに、謎の光に守られることもなく、元最強勇者の情けない悲鳴が響き渡った。

魔王討伐への道は険しい。だが、女の子としての「水浴びの作法(と理性の維持)」は、それ以上に過酷な試練だった。


レベル7魔界森林

照りつける太陽の砂漠を抜け、私とリリーメルはうっそうとした木々が生い茂る『魔界森林』へと足を踏み入れていた。


「シールド! アキニャンニャンちゃん、右の茂みから来るわ!」

「おおっ! はぁっ!!」


リリーメルの的確なサポート魔法を受けながら、私は飛びかかってくる凶暴なウルフの魔物を斬り捨てた。

しかし、森林エリアは敵が強いだけでなく、地面には木の根が這い回り、茨が群生するという最悪の足場だった。


「ふぅ……倒したけど、最悪だ……」


激しい戦闘と悪路のせいで、私の履いていたズボンは見るも無惨な姿になっていた。

裾は木の枝に引っかかって千切れ、膝はすりむけてボロボロ。中途半端に布がまとわりついて、絶望的に動きづらい。


「こんなボロ布引っ掛けてたら、次の戦闘で足がもつれて命取りになるな。ええい、邪魔くさい!」


私はズボンのボタンを外し、その場でバサッと脱ぎ捨てた。

上半身は少し大きめのチュニックシャツ。そして下半身は……当然、下着パンツ一丁である。少し長めのシャツの裾から、先日リリーメルに見立てられた布面積の少ない可愛い下着がチラチラと自己主張している状態になった。


「よし、これで身軽になった! 風通しもいいし最高だな! さあリリー、このまま一気に奥に進もうぜ!」


大剣を肩に担ぎ、まるで歴戦の戦士のようにズンズンと歩き出そうとした私の背中に――


「スットォォォォォォップ!!!!」


魔界の木々を揺らすほどの、リリーメルの悲鳴のような怒号が響き渡った。


振り返ると、顔を真っ赤にしてワナワナと震えるリリーメルが立っていた。

「あ、あなたねぇ……っ! いくらなんでも、その下半身パンツ丸出しの『彼シャツ』みたいな状態で、魔界を練り歩くつもり!?」

「パンツって言うな! これはあれだ、機動力を極限まで高めるための軽装アーマーだ! ほら、男の戦士だって、よく腰布一丁の蛮族スタイルで戦ってるだろ!?」


「あなたは女の子でしょうが!!」


リリーメルは私の肩をガシッと掴み、ガックンガックンと激しく揺さぶった。


「いい!? 女の子の防御力ゼロと、脳筋男の防御力ゼロは意味が違うの! そんな生足を出してたら、木の枝や毒虫で足が傷だらけになるでしょ! それに……モンスター相手だろうと、そんな無防備な姿を晒すなんてハレンチすぎます!」

「ハ、ハレンチって……相手は魔物だぞ? ゴブリンにパンツ見られたところで、別に減るもんじゃ……」

「私の精神(MP)がゴリゴリ減ってるのよ!! 大好きなアキラが見たら泣くわよ!!」


(いや、そのアキラ本人がやってるんだけどな……!)

と喉まで出かかったが、それを言えば『光り輝くマッチョな魂』が口から飛び出して大惨事になるため、ぐっと飲み込むしかない。


「もう! 動きやすいのがいいなら、せめてこれを履きなさい!」


リリーメルが魔法のポーチから引っ張り出してきたのは、ピタッとした黒い『レギンス』と、それを隠すための『ショートパンツ』だった。


「ほら、これなら伸縮性抜群で足も動かしやすいし、露出も防げるでしょ! いい? 下着が見えないように工夫する『重ね着』は、女の子のおしゃれと身嗜みの基本の『キ』よ! さあ、今すぐそこで履く!」

「う、うす……」


結局、私はうっそうとした魔界の森の中で、賢者様に説教されながら見慣れないレギンスを引っ張り上げるハメになった。


「(くっ……下半身がピチピチして絶妙に落ち着かない……! でも確かに、これなら茨に引っかかっても痛くないな……)」


下着の付け方から始まり、生理の乗り越え方、メイクの基礎、そしてレイヤード(重ね着)の概念まで。

魔界の奥地へ進むにつれ、最強の勇者はどんどん「正しい女の子の冒険者」へと強制的にレベルアップさせられていくのだった。


レベル8魔界沼地

森林を抜けた私たちを待っていたのは、見渡す限りの泥水と悪臭が広がる『魔界沼地』だった。


「うわあああ! マッドフロッグの泥吐き攻撃、モロに食らった! 口の中に泥がぁぁぁ!」

「ちょっとアキニャンニャンちゃん、油断しすぎ! ああっ、私のローブまで泥跳ねが!」


なんとかカエルの魔物の群れを退けたものの、私とリリーメルは文字通り「泥人形」と化していた。


「最悪……。ねえアキニャンニャンちゃん、今日って国王陛下に『魔界探索の進捗』を報告する定期謁見の日よね?」

「あ、ヤバ。そうだった。魔王討伐のスポンサー様を待たせるわけにはいかないな」

「こんなヘドロの匂いをさせたまま王城に入ったら不敬罪で首が飛ぶわ! 街に戻って、フルコースで磨き上げるわよ!!」


かくして、王都の高級宿屋に戻った私たちは、リリーメルによる『強制・淑女の身嗜みフルコース』を受けることになった。


「いい!? 沼地の泥は毛穴に入るの! 洗顔の前にクレンジングオイルで念入りにマッサージして! 髪も今日は泥落とし用と保湿用の『2回洗い』よ!」

「ひええ……戦いより工程が多い……っ!」


なんとか泥を落とし切った私を待っていたのは、さらに過酷な試練だった。


「さあ、着替えるわよ。謁見用のドレス、一番似合いそうなのを選んでおいたわ」

「ドレス!? 動きにくいだろそんなの! いつもの旅の服じゃダメなのか!?」

「バカ言わないで。王族にお目通りするのに冒険者の土気色装備なんてマナー違反よ! ほら、腕を上げて! コルセット締めるわよ! ふんっ!!」

「ぐぇっ!? 息っ、息ができない……っ!! 内臓が口から出る!!」

「女の子はね、気合で内臓の配置をズラしてくびれを作るの! メイクも砂漠の耐久仕様とは違うわ。今回はお城のシャンデリアの下で映える『上品なツヤ感と血色感』を重視したフォーマルメイクよ!」


一時間後。鏡の前に立っていたのは、フリルのついた上品なドレスに身を包み、ほんのりと頬を桜色に染めた、見違えるほど可憐な美少女(中身は元・脳筋勇者)だった。


「(……誰だこれ。俺の面影が1ミリもねぇ……)」

「ふふん、私の完璧なプロデュースね。さあ、お城へ向かうわよ!」


王城へ続く大通りを歩いていると、当然のように周囲の視線が集まった。賢者として名高い美女リリーメルと、見慣れない美少女のコンビは悪目立ちしすぎる。


「へえ、見ない顔だね。そこの可愛いお姉さんたち。今からお城? そんな堅苦しいとこやめてさ、俺たちと酒場に行かない?」


絵に描いたようなチャラい冒険者の男二人が、ニヤニヤしながら道を塞いできた。

男だった頃の私なら、肩がぶつかっただけで「あぁん? ぶっ飛ばされてぇのか三下?」とガンを飛ばして終わる話だ。


「おい、邪魔だ。さっさとそこをどかねぇと、そのヘラヘラした顔面をカチ割るぞ」

凄みを効かせたつもりだった。しかし、声帯が短くなった今の声では、ただの「ちょっと気が強いツンデレお嬢様の可愛い威嚇」にしか聞こえない。

「おっ、おっかないねぇ! そういうツンツンした子、嫌いじゃないよ〜」と男たちが逆に喜んで手を伸ばしてきたその時。


「アキニャンニャンちゃん」

リリーメルが私の前にスッと立ち、男たちに向けて『絶対零度の冷たい微笑み』を向けた。

「ごきげんよう。私たちは王族の招きを受けておりますの。もしこれ以上道を塞ぐというのでしたら……あなた方を『王室への反逆者』として、この場で消しフレアにしてもよろしくて?」

杖の先端に特大の炎魔法をチラつかせたリリーメルの迫力に、男たちは「ヒィッ!」と悲鳴を上げて逃げていった。


「いい、アキニャンニャンちゃん。女性がナンパをあしらう時、あんな風にヤンキーみたいに凄むのは三流よ。相手を勘違いさせないよう『絶対的な無視』か『冷酷な笑顔で社会的地位を盾に殺意を放つ』のが淑女の護身術よ」

「(……淑女の護身術、物騒すぎないか?)」


なんとか王城に到着し、私たちは重厚な扉を抜けて王座の間へと進み出た。

「よくぞ戻った、賢者リリーメルよ。して……そちらの見慣れぬ美しい娘は?」


玉座に座る国王が私を見て目を細めた。

(よしっ、ここは元勇者としてビシッと挨拶を決めてやる!)


「はっ!」

私はいつもの癖で、右の拳を左胸に当て、片膝を床に強く突き立てる『騎士の礼』をしようと勢いよくしゃがみ込んだ。


「ビリッ!」

「あっ」


ドレスのタイトなスカートの裾を思い切り踏み抜き、あわや太ももが全開になるかというギリギリのところで、リリーメルが私の足の甲をヒールの踵で『ゴスッ!』と力一杯踏みつけた。

「ぐぎゃっ!?」

「……こ、この者はアキニャンニャンと申します! アキラが別命を受けている間、私の護衛を務めてくれている、たいへん『お転婆』な戦士でして!」


リリーメルは顔を引きつらせながら私の首根っこを掴み、無理やり立たせると、スカートの端を両手で持たせた。


「(カーテシーよ! スカートを軽くつまんで、片足を斜め後ろに引いて、優雅に膝を曲げてお辞儀しなさい! 早く!)」

「(か、かーてしー!? 何その足腰をプルプルいじめるスクワットみたいな体勢!?)」


慣れないヒールと、締め付けられたコルセットのせいで息も絶え絶えになりながら、私はガクガク震える足でなんとか『淑女のお辞儀』のポーズをとった。


「お、お初にお目にかかりましゅ……。アキニャンニャンで、ございます……」

「ほう! 美しいだけでなく、初々しく奥ゆかしい娘よ! アキラには悪いが、余の妃に迎えたいくらいだな、ガッハッハ!」

「(……男のすべてを譲った上に、王様の愛人にされそうになってるんだけど!? 誰か助けて!!)」


泥まみれの戦闘よりも、コルセットとマナーという見えない鎧に締め付けられたお城での謁見は、アキニャンニャンのHPを限界まで削り取るのだった。


レベル9魔界氷山

王城での謁見という精神を削るイベントを無事に(?)乗り切った私たちは、リリーメルの便利なワープ魔法で攻略済みの沼地エリアを一気にすっ飛ばし、新たな未踏破地域へと足を踏み入れていた。


目の前にそびえ立つのは、見渡す限りの銀世界――『魔界氷山』である。


「ぶるっ……! な、なんだここ、信じられないくらい寒いな!」

「魔界の気候は極端ですからね。さあ、気をつけて進みますよ」


容赦なく吹き付けるブリザードの中、私は「寒い時は動いて熱を作る!」という男時代(元勇者)からの脳筋理論に従い、剣の素振りをしたり、無駄にその場でジャンプしたりしながら歩を進めていた。


(よし、いつもならこれで血が巡ってポカポカしてくるはず……って、あれ?)


「ガタガタガタ……ッ!」


10分後。私の身体は温まるどころか、奥歯がカチカチと鳴るほど激しく震え上がっていた。

手足の先から感覚がスッと抜け落ちていき、愛用の大剣の柄を握る指先すら思うように動かない。関節には、油の切れたブリキのおもちゃのような致命的な違和感があった。


「グルルルルッ……!」

突如、雪の壁を突き破り、巨大なフロストベアが襲いかかってきた。


「シールド! アキニャンニャンちゃん、右よ!」

「お、おうっ! はぁ……っ!」


リリーメルの声に合わせて迎撃しようと踏み込む。しかし、脚がもつれて全く力が入らない。


「うわっ!?」

雪に足を取られて無様に転倒した私の頭上を、フロストベアの巨大な爪がかすめ飛んだ。すぐさまリリーメルが放った炎魔法フレアが直撃し、魔物は光となって消滅する。


「ふぅ……。ちょっとアキニャンニャンちゃん、どうしたの!? さっきから動きがガチガチよ!」

「ご、ごめん……ッ。なんか、いくら動いても体が全然温まらなくて……ッ。手足が、氷みたいに冷たいんだ……」


私がガタガタと震えながら両手を擦り合わせているのを見て、リリーメルはハッとしたように目を丸くし、そして呆れたように深いため息をついた。


「あなた……まさか、氷山に来るのに『冷え性対策』を何もしてないの?」

「ひえしょう……? なんだそれ、この氷山のボスが使ってくる新しい氷属性のデバフか?」


「……」

リリーメルのこめかみに、ピキッと青筋が浮かんだのが見えた。


「デバフみたいなものだけど、相手は魔物じゃなくて自分の身体よ!!」

「えっ!?」

「いい!? 女の子はね、あのアキラみたいな脳筋の男と違って、熱を生み出す『筋肉の量』が圧倒的に少ないの! だから一度身体の芯まで冷えちゃうと、いくらその場でバタバタ動いたって絶対に温まらないのよ!」


(な、なんだってーー!? 筋肉が少ないと、自家発電システムが機能しないのか!?)


「しかも、命を守るためにお腹周りの内臓に血液を集中させるから、手足の先からどんどん血流が悪くなって凍りつくの! それが『冷え性』よ!」

「(俺の最強の自己バフ『気合』が完全に無効化されている……!)」


リリーメルは魔法のポーチをガサゴソと漁ると、見慣れないモコモコのアイテムをいくつも取り出した。


「いいこと!? 女の子の防寒の基本は『三つの首』! 首、手首、足首の太い血管を絶対に外気から守ること! そして、一番大事なのはお腹を冷やさないことよ! さあ、これを着なさい!」


渡されたのは、分厚い裏起毛のタイツと、モコモコのレッグウォーマー。そして極めつけは、伸縮性のある分厚い布の筒――


「は、はらまき……? いやいや、いくらなんでも腹巻きはカッコ悪すぎるだろ! 勇者の、いや、戦士のプライドが……!」

「四の五の言わない! 服の下に着るんだから見えないでしょ! 生理の時もお腹は温めなきゃダメだって教えたばかりじゃない!」

「ひゃんっ!?」


冷え切った私のお腹に、リリーメルが容赦なく分厚い腹巻きをスポッと被せた。

そして水筒から、湯気の立つ生姜たっぷりのホットスープをカップに注いで手渡してくる。


「……ッ!」

スープを一口飲んだ瞬間。腹巻きで守られたお腹を中心に、ジンジンと温かい血液が全身の末端へと広がっていくのが分かった。


「(くっ……! カッコ悪いけど、めちゃくちゃ温かい……! 生き返る……!)」


「どう? 少しは血色が戻ってきたわね」

「あ、ああ……。すまんリリー、助かった。女の子の身体って、気温にまでこんなにシビアだったんだな……」


ホッとして息をつく私を見て、リリーメルは「本当に手のかかる子なんだから」と優しく微笑みながら、私の冷え切った両手を彼女の温かい両手でギュッと包み込んでくれた。


(うおおおおお!! 物理的な温かさとは別の熱で顔が沸騰しそうだーーっ!!)


心と身体、別の意味でオーバーヒートしそうになりながら、アキニャンニャンは魔界氷山という過酷なフィールドの「本当の恐ろしさ」を噛み締めるのだった。


レベル10魔界城内

長かった魔界の道のりを経て、私とリリーメルはとうとう最終目的地である『魔界城』の内部へと足を踏み入れていた。


「ふんっ! はぁっ!!」


私のレベルはここに来て十分に上がっていた。女性の身体の動かし方にもすっかり慣れ、迫り来る上級悪魔たちを、かつての勇者時代と遜色ない動きで次々と薙ぎ払っていく。


「すごいわアキニャンニャンちゃん! その調子よ!」

「おう! このまま一気に魔王の寝首を掻いてやるぜ!」


勢いづく私だったが、この魔界城には一つだけ厄介な仕様があった。

強力な結界が張られているため、リリーメルのワープ魔法を使っても『城の入り口』までしか戻れないのだ。つまり、一度城の奥深くまで進んでしまうと、気軽には街の宿屋や安全地帯に帰れない。


城の探索を始めて数時間が経過した頃。私はある重大な『限界』を迎えていた。


(ヤ、ヤバい……。朝お茶を飲みすぎたせいか、猛烈にトイレに行きたくなってきた……っ!)


男だった頃なら、仲間が休んでいる隙にちょっと物陰や柱の裏に行き、「チャックを下ろして10秒で立ち小便」で済ませていた。魔物が出ても片手で剣を振れるし、何の問題もなかったのだ。


「ちょっとリリー、この部屋で5分休憩しよう! 私、見回りついでにそこのガーゴイル像の裏を確認してくる!」

「ええ、気をつけてね」


私は小走りで巨大なガーゴイル像の裏に隠れると、周囲に魔物がいないことを確認した。

(よし、ここなら死角だ! ズボンじゃなくてスカートだから、下着だけスッと下ろしてしゃがめば……)


「アキニャンニャンちゃん、何かいたのー……って、あなた何してるの!?」


背後からリリーメルの悲鳴が響いた。

見ると、半分しゃがみかけていた私の姿を、リリーメルが信じられないものを見るような目で凝視していた。


「えっ? いや、お花摘みっていうか……ちょっと用を足そうかと……」

「こんな野ざらしのダンジョンの床で!? 野良犬じゃないんだから!!」


リリーメルは猛ダッシュで駆け寄ってくると、私の頭にポカッと軽いチョップを見舞った。


「いった!? な、なんでだよ! 男の冒険者なんて、みんなダンジョンの隅っこで適当に済ませてるぞ!?」

「あなたは女の子でしょ!! いい!? 女の子のトイレはね、男の人の『チャックを下ろして終わり』とは訳が違うの!」


リリーメルは周囲をギロリと睨みつけると、怒涛の勢いで説教レクチャーを開始した。


「まず第一に『無防備な時間』が長すぎるの! しゃがんでいる間にスライムや毒虫に下半身を襲撃されたらどうするの!?

第二に『床の汚れ』! ダンジョンの床なんて呪いと雑菌だらけなのに、そこに大切な下着や服の裾が触れたら一発で状態異常デバフにかかるわよ!

そして第三に『衛生面』! 紙もないのに、どうやって拭くつもりだったの!?」


(なっ……!!)


「そ、そこまで考えてなかった……。ただ出せばいいかと……」

「ハァ……。結界のせいで街に戻れない長丁場のダンジョンでは、女の子には女の子の『野営トイレの作法』があるのよ。よく見てなさい」


リリーメルは魔法のポーチから、大きな黒い布のようなものを取り出し、パサッと杖を振った。


「まずは『防音と認識阻害の結界』を周囲2メートルに展開! 次にこの『すっぽりポンチョ』を頭から被って、外からはただの黒いテントに見えるように偽装するの!」

「おお……一瞬で簡易個室が……!」


「そしてここからが重要よ。服の裾やスカートを絶対に床に落とさないように、専用のクリップで胸元に全部まとめる! しゃがむ時は太ももを鍛えて空気椅子! 終わったら、水魔法の『アクア・クレンズ(清浄の雫)』と『ドライ(温風)』を使って、紙がなくても完璧に清潔な状態を保つ!!」


リリーメルの淀みない解説に、私はただただ圧倒されていた。


「(スライムの討伐より工程が多い……ッ! トイレに行くっていうだけで、結界魔法から姿勢制御、果てはウォシュレット魔法まで駆使するのか……!)」


「分かったわね? はい、ポンチョ貸してあげるから、私が結界の外で見張ってる間に済ませてきなさい」

「う、うす……」


私は大人しくポンチョを被り、見えない結界の中でプルプルと太ももの筋肉を震わせながら空気椅子状態になり、服の裾を必死に握りしめて用を足した。

無事に『アクア・クレンズ』で清浄を保ち、結界から出てきた時には、中ボスを一体倒したかのような疲労感で息が上がっていた。


「ふぅ……ふぅ……。女の子の冒険者って、マジで偉大だな……。尊敬するよ……」

「分かればよろしい。魔王の玉座はもうすぐよ、スッキリしたところで一気に行くわよ!」


目前に迫る魔王との最終決戦。しかし元・最強の勇者アキラ(現・アキニャンニャン)にとって、魔王のどんな凶悪な魔法よりも、女の子としての「長丁場のトイレ作法」の方がよっぽど恐ろしく、そして体力を消耗する大試練なのだった。


レベル11魔王対決

長く過酷な(主に女の子としての作法の)試練を乗り越え、私とリリーメルはとうとう魔界城の最深部、玉座の間へと辿り着いた。


そこには、玉座にどっかりと座る魔王の姿があった。

リリーメルの復活から約1年。魔王の身体は完全に修復されていたが、その肌には生気がなく、かつての圧倒的な魔力オーラは感じられない。女神の言った通り、力はまだ戻りきっていないようだ。これなら、女性の身体になった私でも存分に戦える。


私が大剣を構えようとしたその時、横にいたリリーメルが一歩前に出た。


「アキラ、アキラはどこ!?」

「む? アキラ?」


玉座の魔王が、怪訝そうに眉をひそめる。


「先に魔王を倒すために、魔界に向かっていたはずよ!」

「ふん……1年前に我を追い詰めたあの勇者か。残念ながら、ここへは来ていない」

「そんなはずないわ! アキラをどこへやったの!?」


必死に食ってかかるリリーメルに対し、魔王は顎に手を当てて少しバツが悪そうに答えた。


「うーむ、言いにくいが……あの脳筋は、お前という優秀な賢者がナビゲートしなければ、魔界を1人で抜けてこの魔王城まで辿り着くのは難しいと思うが」

「いいえ! アキラは確かに脳筋だけど、とても強いんだから!」


「(リリー……!)」

魔王相手に一歩も引かず、私の強さを信じて擁護してくれる愛しの彼女の姿に、アキニャンニャンの胸は熱くなった。やっぱりリリーは俺を信じて……。


「だ、だから、きっと……いや多分、ここに、来たと思うはずなのだけど……」

「(おーい、リリーメルさーん?)」


アキラがここに来ていないという魔王の極めて真っ当な(そして図星の)指摘に、リリーメルの声はみるみるうちに小さくなり、あからさまに自信をなくしていった。

私の中で感動の波がスッと引き、なんとも言えないモヤモヤした感情が渦巻く。


(くっ……否定しきれない! 実際、リリーのサポートがなかったら、日焼けと冷え性と装備の罠で、魔界平野あたりで野垂れ死んでた自信がある!)


もはやこれ以上「勇者アキラ(不在)」の株が下がるのを聞いていられなくなった私は、パンッと両手を叩いて空気を変えた。


「リリー! とにかく魔王を倒して、アキラを探そう!」

「そ、そうね。あの脳筋がそう簡単にくたばったりしないわ」

「…………」


(この1年で『脳筋』って呼ばれるの、すっかり定着しちゃったな……)

釈然としない思いを大剣の柄に込め、私は魔王を力強く睨みつけた。


「ふん、まあよい。目覚めたばかりとはいえ、女子供2人にやられるわけにはいかん。かかってこい!」


魔王が玉座から立ち上がると同時に、広間にどす黒い瘴気が吹き荒れた。


「行くわよアキニャンニャンちゃん! 『ホーリー・エンチャント』!」

「おうっ!」


リリーメルの聖なるバフ魔法が、私の大剣と身体を光のオーラで包み込む。

魔王が放つ漆黒の炎の弾幕。かつての私なら、大剣の腹で強引に弾き飛ばして真正面から突っ込んでいただろう。しかし、今の私は違う。


「はぁっ!」


しなやかな筋肉と、リリーメルに教わった女性特有の低い重心のステップ。そして、激しい戦闘でも邪魔な胸の揺れを完璧に抑え込む『スポーツブラ(防御力高)』の恩恵により、私は炎の隙間を踊るようにすり抜けた。


「小賢しい娘め! ならばこれでどうだ!」

魔王が床を殴りつけ、無数の氷の棘を下から突き上げてくる。


「アキニャンニャンちゃん、跳んで!」

「了解!」


私は迷わず高く跳躍した。空中に逃げた私を狙って魔王が極太のレーザーを放とうとするが、それより早くリリーメルの詠唱が完了する。


「させないわ! 『サンダー・ストーム』!!」


強烈な雷撃が魔王の視界を奪い、魔法の軌道を大きく逸らした。

(完璧なタイミング……! さすがは俺の自慢の賢者だ!)


落下しながら、私は大剣を上段に構えた。

冷え性対策の腹巻きで身体の芯はポカポカに温まり、肌は完璧なスキンケアで乾燥知らず。今の私に、一切のデバフ(状態異常)はない!


「これで……終わりだぁぁぁっ!!」


光を纏った大剣が、魔王の巨体を袈裟懸けに深々と切り裂いた。


「ぐああああああッ!! こ、この我が、よもや完全に復活する前に、見知らぬ小娘と賢者に敗れるとはーーーーッ!!」


断末魔の叫びと共に、魔王の身体は眩い光の粒子となって崩れ去った。

後に残ったのは、静寂を取り戻した玉座の間と、肩で息をする私とリリーメルの2人だけだった。


レベル12最後の聖域

魔王の身体が光の粒子となって完全に消滅し、玉座の間に静寂が訪れた。


「やった……! 終わったんだな」


私が安堵の息を吐いたその瞬間。

隣に立っていたリリーメルの身体が、ふわりと淡く発光し始めた。


「うう……っ、体が、熱い……!」

「リリー!?」


リリーメルは胸のあたりを押さえ、苦しそうにその場にしゃがみ込んだ。

間違いない。魔王を倒して呪いが解けたことで、彼女の体内に封じられていた『俺の男の要素』が、本来の持ち主ではない身体に対して強烈な拒否反応を起こし始めたのだ!


「やばい! リリー、しっかりしろ! 1年前にお前が目覚めた、あの『命の女神』の聖域までワープしてくれ!!」

「う、わ、わかったわ……っ!」


リリーメルが最後の力を振り絞って杖を振ると、視界が歪み、私たちは見覚えのある神聖な泉の前へと転移した。


「勇者殿、リリーメルさん。よくぞ魔王を倒してくれました。今度こそ世界に本当の平和が訪れましたね」


相変わらずのんきな微笑みを浮かべる女神が私たちを出迎えた。


「女神! 今はそれどころじゃないんだ! 早くリリーを助けてくれ!」

「安心なさい、ちゃんとわかってますよ」


女神はフフッと笑うと、苦しむリリーメルの前に進み出た。


「では、リリーメルさんから『勇者殿の男のすべて』を取り出し、勇者殿に戻しますね」

「……え? ど、どういう、こと……?」


苦しみながらも、女神のあまりにもぶっ飛んだ発言にリリーメルが目を白黒させる。


「事情は後で全部話す! それより今は、早くリリーを元に戻してやってくれ!」

「はいはーい。じゃあ、チョチョイとやっちゃいますねー」


女神が適当な詠唱と共に指を鳴らすと、泉から温かい光が溢れ出し、私とリリーメルを包み込んだ。

光の中で、私の身体からドレスが弾け飛び、元の勇者の装備へと変わっていく。縮んでいた骨格が広がり、筋肉が戻り、そして何より……失われた『男としての屈強な肉体』が完全な帰還を果たす確かな感覚があった。


光が収まった時。

そこには、完全に元気を取り戻したリリーメルと、1年前の姿に戻ったアキラが立っていた。


「……ア、アキラ、だったの……?」

「あ、ああ……。実はそうだったんだ。俺がアキラだって正体がバレると、魔王の呪いでリリーの体に良くないことが起こるって女神に言われて……ずっと黙ってたんだ。騙しててごめんな!」


俺は申し訳なさから、深々と頭を下げた。

しかし、リリーメルからは何の返事もない。


「……」

「リリー?」


恐る恐る顔を上げると、リリーメルは顔を真っ赤、いや、通り越してゆでダコのように真っ赤に染め上げ、ワナワナと全身を震わせていた。


彼女の脳裏に、この1年間の『アキニャンニャン』との冒険の日々が走馬灯のように駆け巡っていたのだ。


下着屋でブラジャーのサイズを測り、一緒に悩んだこと。

生理の仕組みや下着の洗い方を、手取り足取り教えたこと。

オアシスの水浴びで、全身を隅々まで泡まみれにして洗ってあげたこと。

極めつけは、魔界城のダンジョンで、手製のテントの中で……。


「……っ!! 記憶を、消してやるぅぅぅぅぅぅぅーーーッ!!」

「ぎゃあっ!?」


羞恥心の限界を突破したリリーメルは、愛用の賢者の杖を鈍器のように振り上げ、俺の頭にフルスイングで叩き込んできた。


「や、やめろってリリー! 痛い! 脳筋だからって痛くないわけじゃないから! マジで痛いってば!!」

「うるさいうるさいうるさい!! 私の乙女の純情と尊厳を返せこの変態勇者ーーッ!!」


ボコッ! バキッ! ドカッ!


「あはは、面白いので、傷の回復は私がしますよー。『フル・ヒール』!」

「ちょ、このポンコツ女神!! こら回復してないで止めろ! 助けろって!!」


神聖なる女神の泉に、俺の情けない悲鳴と、賢者様の杖が空を斬る音が響き渡る。

リリーメルに殴られ、死にかけたら女神に全回復させられ、また殴られる。

世界に平和は訪れたが、俺の平和はまだ少し先のようだ。


この地獄のような(しかし、どこか幸せな)エンドレスお仕置きタイムは、リリーメルの体力が完全にバテて息が上がるまで、永遠に続くのだった。


―― 終わり ――

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