レベル10魔界城内
長かった魔界の道のりを経て、私とリリーメルはとうとう最終目的地である『魔界城』の内部へと足を踏み入れていた。
「ふんっ! はぁっ!!」
私のレベルはここに来て十分に上がっていた。女性の身体の動かし方にもすっかり慣れ、迫り来る上級悪魔たちを、かつての勇者時代と遜色ない動きで次々と薙ぎ払っていく。
「すごいわアキニャンニャンちゃん! その調子よ!」
「おう! このまま一気に魔王の寝首を掻いてやるぜ!」
勢いづく私だったが、この魔界城には一つだけ厄介な仕様があった。
強力な結界が張られているため、リリーメルのワープ魔法を使っても『城の入り口』までしか戻れないのだ。つまり、一度城の奥深くまで進んでしまうと、気軽には街の宿屋や安全地帯に帰れない。
城の探索を始めて数時間が経過した頃。私はある重大な『限界』を迎えていた。
(ヤ、ヤバい……。朝お茶を飲みすぎたせいか、猛烈にトイレに行きたくなってきた……っ!)
男だった頃なら、仲間が休んでいる隙にちょっと物陰や柱の裏に行き、「チャックを下ろして10秒で立ち小便」で済ませていた。魔物が出ても片手で剣を振れるし、何の問題もなかったのだ。
「ちょっとリリー、この部屋で5分休憩しよう! 私、見回りついでにそこのガーゴイル像の裏を確認してくる!」
「ええ、気をつけてね」
私は小走りで巨大なガーゴイル像の裏に隠れると、周囲に魔物がいないことを確認した。
(よし、ここなら死角だ! ズボンじゃなくてスカートだから、下着だけスッと下ろしてしゃがめば……)
「アキニャンニャンちゃん、何かいたのー……って、あなた何してるの!?」
背後からリリーメルの悲鳴が響いた。
見ると、半分しゃがみかけていた私の姿を、リリーメルが信じられないものを見るような目で凝視していた。
「えっ? いや、お花摘みっていうか……ちょっと用を足そうかと……」
「こんな野ざらしのダンジョンの床で!? 野良犬じゃないんだから!!」
リリーメルは猛ダッシュで駆け寄ってくると、私の頭にポカッと軽いチョップを見舞った。
「いった!? な、なんでだよ! 男の冒険者なんて、みんなダンジョンの隅っこで適当に済ませてるぞ!?」
「あなたは女の子でしょ!! いい!? 女の子のトイレはね、男の人の『チャックを下ろして終わり』とは訳が違うの!」
リリーメルは周囲をギロリと睨みつけると、怒涛の勢いで説教を開始した。
「まず第一に『無防備な時間』が長すぎるの! しゃがんでいる間にスライムや毒虫に下半身を襲撃されたらどうするの!?
第二に『床の汚れ』! ダンジョンの床なんて呪いと雑菌だらけなのに、そこに大切な下着や服の裾が触れたら一発で状態異常にかかるわよ!
そして第三に『衛生面』! 紙もないのに、どうやって拭くつもりだったの!?」
(なっ……!!)
「そ、そこまで考えてなかった……。ただ出せばいいかと……」
「ハァ……。結界のせいで街に戻れない長丁場のダンジョンでは、女の子には女の子の『野営トイレの作法』があるのよ。よく見てなさい」
リリーメルは魔法のポーチから、大きな黒い布のようなものを取り出し、パサッと杖を振った。
「まずは『防音と認識阻害の結界』を周囲2メートルに展開! 次にこの『すっぽりポンチョ』を頭から被って、外からはただの黒いテントに見えるように偽装するの!」
「おお……一瞬で簡易個室が……!」
「そしてここからが重要よ。服の裾やスカートを絶対に床に落とさないように、専用のクリップで胸元に全部まとめる! しゃがむ時は太ももを鍛えて空気椅子! 終わったら、水魔法の『アクア・クレンズ(清浄の雫)』と『ドライ(温風)』を使って、紙がなくても完璧に清潔な状態を保つ!!」
リリーメルの淀みない解説に、私はただただ圧倒されていた。
「(スライムの討伐より工程が多い……ッ! トイレに行くっていうだけで、結界魔法から姿勢制御、果てはウォシュレット魔法まで駆使するのか……!)」
「分かったわね? はい、ポンチョ貸してあげるから、私が結界の外で見張ってる間に済ませてきなさい」
「う、うす……」
私は大人しくポンチョを被り、見えない結界の中でプルプルと太ももの筋肉を震わせながら空気椅子状態になり、服の裾を必死に握りしめて用を足した。
無事に『アクア・クレンズ』で清浄を保ち、結界から出てきた時には、中ボスを一体倒したかのような疲労感で息が上がっていた。
「ふぅ……ふぅ……。女の子の冒険者って、マジで偉大だな……。尊敬するよ……」
「分かればよろしい。魔王の玉座はもうすぐよ、スッキリしたところで一気に行くわよ!」
目前に迫る魔王との最終決戦。しかし元・最強の勇者アキラ(現・アキニャンニャン)にとって、魔王のどんな凶悪な魔法よりも、女の子としての「長丁場のトイレ作法」の方がよっぽど恐ろしく、そして体力を消耗する大試練なのだった。




