レベル9魔界氷山
王城での謁見という精神を削るイベントを無事に(?)乗り切った私たちは、リリーメルの便利なワープ魔法で攻略済みの沼地エリアを一気にすっ飛ばし、新たな未踏破地域へと足を踏み入れていた。
目の前にそびえ立つのは、見渡す限りの銀世界――『魔界氷山』である。
「ぶるっ……! な、なんだここ、信じられないくらい寒いな!」
「魔界の気候は極端ですからね。さあ、気をつけて進みますよ」
容赦なく吹き付けるブリザードの中、私は「寒い時は動いて熱を作る!」という男時代(元勇者)からの脳筋理論に従い、剣の素振りをしたり、無駄にその場でジャンプしたりしながら歩を進めていた。
(よし、いつもならこれで血が巡ってポカポカしてくるはず……って、あれ?)
「ガタガタガタ……ッ!」
10分後。私の身体は温まるどころか、奥歯がカチカチと鳴るほど激しく震え上がっていた。
手足の先から感覚がスッと抜け落ちていき、愛用の大剣の柄を握る指先すら思うように動かない。関節には、油の切れたブリキのおもちゃのような致命的な違和感があった。
「グルルルルッ……!」
突如、雪の壁を突き破り、巨大なフロストベアが襲いかかってきた。
「シールド! アキニャンニャンちゃん、右よ!」
「お、おうっ! はぁ……っ!」
リリーメルの声に合わせて迎撃しようと踏み込む。しかし、脚がもつれて全く力が入らない。
「うわっ!?」
雪に足を取られて無様に転倒した私の頭上を、フロストベアの巨大な爪がかすめ飛んだ。すぐさまリリーメルが放った炎魔法が直撃し、魔物は光となって消滅する。
「ふぅ……。ちょっとアキニャンニャンちゃん、どうしたの!? さっきから動きがガチガチよ!」
「ご、ごめん……ッ。なんか、いくら動いても体が全然温まらなくて……ッ。手足が、氷みたいに冷たいんだ……」
私がガタガタと震えながら両手を擦り合わせているのを見て、リリーメルはハッとしたように目を丸くし、そして呆れたように深いため息をついた。
「あなた……まさか、氷山に来るのに『冷え性対策』を何もしてないの?」
「ひえしょう……? なんだそれ、この氷山のボスが使ってくる新しい氷属性のデバフか?」
「……」
リリーメルのこめかみに、ピキッと青筋が浮かんだのが見えた。
「デバフみたいなものだけど、相手は魔物じゃなくて自分の身体よ!!」
「えっ!?」
「いい!? 女の子はね、あのアキラみたいな脳筋の男と違って、熱を生み出す『筋肉の量』が圧倒的に少ないの! だから一度身体の芯まで冷えちゃうと、いくらその場でバタバタ動いたって絶対に温まらないのよ!」
(な、なんだってーー!? 筋肉が少ないと、自家発電システムが機能しないのか!?)
「しかも、命を守るためにお腹周りの内臓に血液を集中させるから、手足の先からどんどん血流が悪くなって凍りつくの! それが『冷え性』よ!」
「(俺の最強の自己バフ『気合』が完全に無効化されている……!)」
リリーメルは魔法のポーチをガサゴソと漁ると、見慣れないモコモコのアイテムをいくつも取り出した。
「いいこと!? 女の子の防寒の基本は『三つの首』! 首、手首、足首の太い血管を絶対に外気から守ること! そして、一番大事なのはお腹を冷やさないことよ! さあ、これを着なさい!」
渡されたのは、分厚い裏起毛のタイツと、モコモコのレッグウォーマー。そして極めつけは、伸縮性のある分厚い布の筒――
「は、はらまき……? いやいや、いくらなんでも腹巻きはカッコ悪すぎるだろ! 勇者の、いや、戦士のプライドが……!」
「四の五の言わない! 服の下に着るんだから見えないでしょ! 生理の時もお腹は温めなきゃダメだって教えたばかりじゃない!」
「ひゃんっ!?」
冷え切った私のお腹に、リリーメルが容赦なく分厚い腹巻きをスポッと被せた。
そして水筒から、湯気の立つ生姜たっぷりのホットスープをカップに注いで手渡してくる。
「……ッ!」
スープを一口飲んだ瞬間。腹巻きで守られたお腹を中心に、ジンジンと温かい血液が全身の末端へと広がっていくのが分かった。
「(くっ……! カッコ悪いけど、めちゃくちゃ温かい……! 生き返る……!)」
「どう? 少しは血色が戻ってきたわね」
「あ、ああ……。すまんリリー、助かった。女の子の身体って、気温にまでこんなにシビアだったんだな……」
ホッとして息をつく私を見て、リリーメルは「本当に手のかかる子なんだから」と優しく微笑みながら、私の冷え切った両手を彼女の温かい両手でギュッと包み込んでくれた。
(うおおおおお!! 物理的な温かさとは別の熱で顔が沸騰しそうだーーっ!!)
心と身体、別の意味でオーバーヒートしそうになりながら、アキニャンニャンは魔界氷山という過酷なフィールドの「本当の恐ろしさ」を噛み締めるのだった。




