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第336話 【傷心の姫と葵の作戦】




 場面は変わりましてリビングの談話室。


「取り乱してしまいまして申し訳ありませんの」


 先ほどまでアネモネはフラフラした足取りで椅子に座り、机の上で腕を組んで俯いたまま数分ほど沈黙していました。哀愁漂う後ろ姿はテオールですらかける言葉が見つかりません。


「ここ最近、胃潰瘍に悩まされていまして」


「…心中お察しします」


 葵は心の底から同情します。


(まさかここまで重症だったとは)


 どうやら姫様の葛藤は想像を超えるものだったようです。立て続けに二人の絆の深さを見せられては、妃としての立つ瀬がないでしょう。


「私はこれからどうすればよいのでしょう…」


 アネモネは窓から暗くなった夜空を見上げます。


「で、でも心配することないですよ?」


 見かねて葵は励ましの言葉をかけます。


「咲楽ちゃんは駆け落ちなんてする子じゃないし」

「その通りでございます」

「サクラお姉ちゃんはとても誠実な人だよ」


 続いてテオールとアクリも加わってくれました。


「表面上の肩書なんて些事なのです」


 それでもアネモネの弱り切った表情は変わりません。


「もはや王妃とは名ばかり…始めからハクア様の目に、私なんて映っていなかったのです」


 否定しようにも今の状況では弁解できません。

 三人はどう返すべきか悩みます。


「さて、私もさっさと寝るか~」

「…」

「すやすや」


 因みに他人事の英雄三人はマーペースに散っていきました。


(何を言っても気休めにはならないか…)


 葵は悩める姫を元気にさせる方法を考えます。


(大事なのはこれから先、どうすれば王子と王妃の関係が進展するかだ。そのためには二人で大きな困難を乗り越えないと)


 そして手に持っている企画書から一つの方法を思い付きました。


「話は変わるんですけど、お姫様は魔法は得意ですか?」


「魔法…ですの?」


 唐突な質問にアネモネは少し戸惑います。


「アネモネ姫は魔法技術を大きく進歩させたローラント家の貴族。ご本人は“土の魔法術士”という国家資格を持った、誰もが認める一流の魔法使いだ」


 代わりにテオールが教えてくれます。


「土の魔法…でしたら咲楽ちゃんに頼まれてる計画の相談にのってください」


 葵は考案中の企画を二人に打ち明けました。





 企画を聞き終えたアネモネとテオールは目を丸くしています。


「…そんなことが可能なのでしょうか?」


「…ふむ」


 勤勉な二人は気持ちを切り替えて企画内容を整理しました。


「なるほど…ハルカナ王国でチェスを流行らせた作戦が土台になっているのか。もし実現できれば新たな発展に繋がるだけでなく、あの問題に対する抑止にも繋がる」


 優秀な指揮官のテオールはこの企画に秘められた可能性を見出します。


「企画の要となるゴーレムは、あのキユハ様が考案されたものですね」


 アネモネは魔法理論の書類を捲ります。


「私にも理解できない部分がありますの」


 やはり伝説の英雄が生み出す魔法は難解でした。


「やっぱり私が役に立てることなんて…」


「いいえ、ここが正念場なんですよ、姫さま!」


 ですが葵はぐいぐいと押していきます。


「確かに世界を救う旅を乗り越えた二人の絆は強固です。でもお姫様はこれから、ハクア王子の記憶に残る思い出を作ればいいんですよ」


「…」


 その言葉でアネモネの瞳に生気が戻ります。


「ええ…この一大企画を成功に導けば、きっとハクア様は私のことを見直してくれるはずですの。英雄たちのようにっ」


 今日までアネモネはハクアから感情を引き出すことは無理だと思っていました。ですが英雄たちの関係性は、それが不可能ではない証明になったのです。


(そうと分かれば落ち込んでいる場合ではありませんの)


 自分の力でハクアの笑顔を引き出せるのなら何でもする覚悟です。


「こちらの魔法理論は必ず習得してみせますの。企画には是非ともローラント家が持つ技術と財力を活用してくださいまし」


「おお、頼もしいバックがついてくれた」


 いつの間にか葵とアネモネはすっかり意気投合していました。

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