第44話 油断
「油断したな」
「へっ?」
オレの後ろには誰もいなかったはずだ。
なのに突然声がしたと思ったら、いきなりビルの屋上に景色が変わっていた。
「えっ?」
周囲を慌てて見渡すが、ここがビルの屋上であることは間違いなく、そして周囲にはナズナと柚乃がいなかった。
「まさか〝吸血姫〟を仲間にしているとは思わなかったぞ」
後ろの黒ずくめの男以外。
今日は変な男に絡まれる日なのか、などと考えている場合ではない。
ナズナや柚乃と離れ離れにされてしまったのはかなりマズイ。
オレだけではこの不審者の男を対処するすべなんてないんだから。
「お前、誰だ?」
「ただの使いっ走りだ。名など無いよ」
「名乗るつもりがないんじゃなくて、名前自体ないのか?」
「ふん。貴様も似たようなものだっただろ?」
そんな投げ捨てるような物言いで察した。
「あんたも研究所の出なのか」
「まあな。かつてはA5と呼ばれてたが、今は俺をそう呼ぶ者すらいない」
「紙のサイズみたいな名前だな」
「お前が保護対象じゃなかったらビルから突き落としていたぞ」
わざわざオレをさらうくらいなのだから、この程度の軽口では危害など加えようとはしない、というかできないだろう。
もしオレがさらえと命じる奴なら、傷つけずに連れて来いって間違いなく言うだろうからな。
ビルの入り口はご丁寧にA5の背中だし、こいつをかわしてビルの中に逃げるのは無理だろうな。
そもそも屋上なら鍵がかかってるから開かないだろうし。
オレは半ば諦めながら少しでも今いる場所を把握しようと屋上のフェンスに近づくと、そこから先ほどまでいた公園が辛うじて見える場所だった。
「おーーーい!!!!」
「無駄だ。防音対策くらいしている。それに万が一こちらに気づいたとしても、貴様の仲間は今頃捨て駒達が死なばもろともの覚悟で足止めしてるから、こちらを気にする余裕はないだろう」
とっさに大声を出すも、A5は意味のないことは止めろと言わんばかりに首を横に振った。
口を塞いでもなければ、手足を拘束していないのだから逃げられないよう対策は十分なのか。
「オレをここに連れてきたのはあんたの能力か」
「そうだな。[転移無法]というエーテルギフトで、決めたポイントに転移できる」
「……え、話すの?」
「何がだ?」
「いや、だって、自分の能力をわざわざばらすとか何考えてるんだ?」
「別に好きでこんなことしてるわけじゃないからな。能力ばらして任務が失敗するならそれはそれで構わない」
「なんか投げやりだな」
「いずれお前もそうなる」
A5はそう言って首元を見せると、そこには茨のような模様が首を一周している刺青があった。
「俺の雇い主、いや、飼い主の命令にはこれのせいで逆らえなくなってるんだ」
「ファンタジー小説の奴隷紋みたいだな」
「みたい、ではなくまさしくそうだな。裏切ればこの刺青が反応して、最悪首を茨に絞殺される」
えげつないな。
だからこいつは雇い主への忠誠心なんて微塵もなく、こうしてペラペラと内情を話してくれるわけか。
「ところで、そういうことを話すことは裏切りにはならないのか?」
「この後同じ奴隷仲間になる相手に喋ることは裏切りとはならんだろ」
なんてガバガバなシステムなんだ。
まだ仲間になっていないのに、いずれ仲間になる相手ならオッケーとかおかしくないか?
だがせっかくなら話を聞けるだけ聞いた方が逃げやすくなるかもしれん。
他にも気になったことを聞いておくか。
「ちなみに雇い主は誰だ?」
「さすがにそれは言えんな。そこまで話せば裏切り判定になる」
そりゃそうか。
「じゃあいつまでも移動せずにここにいる理由は?」
「それは俺の[転移無法]の転移場所の切り替えにインターバルがあるからだな。AからBへの移動ならすぐに何回でもできても、BからCへ切り替える際には時間がかかる」
「ここが目的地ってわけではないと」
「こんな何もない屋上を目的地にする意味がないな。雇い主がこのビルの所有者で、ここに連れてくるよう言われたならともかく」
「なんで一気に目的地まで行かなかったんだ?」
「飛ぶ距離に限界があるからな。だいたい1キロってとこか」
「結構おしゃべり?」
「否定はせん。あと雇い主へのささやかな反抗ができるのは今くらいだしな」
なんか雇い主へのうっぷんが溜まってそうだな。
「そんなに雇い主が嫌いなら、ここは一つオレを逃がしてくれたりは……」
「無理だな。お前を連れて来いって命令には逆らえん」
でしょうね。
さて、どうするか。
逃げるチャンスがあるとすれば、まだ捕らえられていなくて、[転移無法]のインターバルを待っている今しかない。目的地に着いて奴隷にされたら完全にアウトだ。
……ふむ。ここからさっきまでいた公園はギリ見える位置か。
まあ何もしないでこのまま連れていかれるくらいなら、なんとか公園まで逃げられないか試してみるか。
――ダッ
「無駄だ」
「うわっ!?」
A5の背後にある屋上の扉へ走り出したら、あっさりと前を塞がれてぶつかり転んでしまった。
やはり片腕がないと腕を振って勢いをつけることができない分、速く走れないな。
向こうは大人でこっちは中学生の肉体という差もあるし。
一応走ってぶつかりにいったのに、こっちだけ倒れて向こうはびくともしないとか、どうあがいても身体能力でこいつを出し抜くのは難しそうだ。
「痛っ……!」
転んだ拍子に手をすりむいていたようで、そこからじんわりと血が出ていた。
「無駄な足掻きは止めておけ。怪我をするだけだぞ」
「だからってなんの抵抗もせずに大人しく連れ去られてたまるか」
このまま奴隷にされるなんて冗談じゃない。
連れてかれた先で、人の願いなんて叶えたくないのに無理やり願いを叶えさせられる生活を強いられることになるのは目に見えている。
「勇ましいな。だが俺1人相手にどうにもならないのに、この人数相手に逃げられるとでも?」
「は?」
そう言われて周囲を見渡したら、屋上のどこに潜んでいたんだよって言うくらい、何人もの人間がわらわらと出てきた。
「こいつらは俺と違って戦闘に適したエーテルギフトを持っている。お前がどうあがいたところで逃げることは――」
「見つけました」
「「「っ!?」」」
先ほどまで公園にいたはずのナズナが屋上のフェンスの上に立っていた。




