第38話 夏休み明け
≪斗亜SIDE≫
夏休みはあっさり終わったが、オレは清々しい気分だった。
いつもであれば人が大勢いる場所にいたら、〝自身の制約2〟の【他人の願いを叶えたくなる衝動に駆られるようになる】による衝動がひどくなってそれに耐えないといけないというのに、今はそれがほとんどない。
ひと月ほど前に、柚乃の願いを[願望成就]できちんと叶えたおかげだな。
経験上、2カ月ほどは衝動に悩まされなくて済む――のだが、なんだかんだで週に一度はナズナか柚乃の願いを叶えている。
理由としては衝動が徐々に溜まってくるものだと考えれば、ずっと放置するよりもちょっとずつ解消しておいた方がいいと判断してだ。
面倒だし人の願いを叶えるとか普通に嫌だが、できれば2人以外の人間の願いを叶えていく方が衝動の解消も効率よくなるので、その方がいいというのは分かっているが、柚乃が異能犯罪対策課に探されている以上、夏休みの間はそれをしないと決めたのだ。
そのおかげで時間もたっぷりあったからオレ達は宿題を余裕で終えたのだが――
「なんで机に突っ伏してるんだ優木?」
教室の中で1人、優木だけ明らかに意気消沈しているのだ。オレが思わず声をかけてしまうほどの落ち込みぶりだ。
前世でよく長期連休明けの宿題が間に合わなかったやつがこんな感じになっていたが、優木もそんな感じなんだろうか?
「ううっ……。お仕事が忙しくて宿題が全然できてないし……」
やっぱり思った通りだったか。
「夏休み中ずっと〝吸血姫〟を探してたせいで、ろくに甘いものも食べられてないし、もう散々……」
お探しの吸血鬼なら、今はオレの影の中に潜んで護衛してくれていると知ったらどんな気持ちになるんだろうか?
さすがにそんな事は言えないし、オレは柚乃の事を知らないフリをすることにした。
「吸血鬼?」
「知らないん? 〝吸血姫〟は3年ぐらい前から噂になってる血を奪う異能犯罪者だし。あ、吸血鬼の鬼を姫って書いて〝吸血姫〟なんだけど、金髪で顔立ちが整ってるからお姫様みたいだからそう呼ばれ始めたらしいし」
柚乃が犯罪者と呼ばれるのは複雑な気分だが、実際に人を襲っている以上否定はできないから仕方ないな。
「それを捕まえるのに夏休み中街中駆け回って大変だったと」
「そうなん~。しかもあーしの[陰陽術・式神]はデメリットとして前準備が色々いるけど、その1つに食戒っていう肉や牛乳、卵などを一切口にしてはいけないってのがあるの。
食戒の期間をある程度とらないと[陰陽術・式神]の威力が落ちるデメリットがあるから、〝吸血姫〟を捕まえないことには、肉はおろか、牛乳とか使ったデザートも食べられなくって、それが今も続いてるんだし……」
宿題よりも甘いものが食べられていないことのほうが辛そうだな。
「別にいいじゃん。そのおかげで痩せたんじゃない?」
「こんな強制ダイエットとかマジ勘弁なんですけど!? 夏休みに行こうと思ってたお店も行けてないから、マジ最悪なんですけど!?」
「あははは!」
優木の友達が話に入ってきて、優木を慰めだした。いや、これ慰めるというより笑いものにしてるだけだな。
優木の[陰陽術・式神]は強力な反面、使おうと思ったら色々面倒くさそうだな。
・紙に特定の文字を書く
・一定期間の食事制限
・能力使用時に呪文を唱える
能力の使用にこれだけのデメリットというか前段階があるが、やはり食べ盛りの中学生に食事制限は辛いだろうな。
食べたいものを食べられないとかきつすぎる。
「(なんだか申し訳ないね)」
「(だからって捕まってやるわけにもいかないし仕方ないだろ。それにもう被害は出ないんだから、それで勘弁してもらうしかない)」
「(私にはもう斗亜ちゃんがいるから他の人を襲う意味もないしね)」
柚乃が小声でそう言いつつ、オレの首をこっそり噛みついて血を飲み始めた。
いくら陰に潜んでいて口だけこっそり外に出せるとはいえ、自分を探している相手の近くで吸血行動とか大胆だな。
「(う~ん、美味し!)」
「1カ月も〝吸血姫〟が見つからないどころか噂も出ないんだから、どこか別の街に逃げたっていい加減判断してほしいし……」
なんというか、対照的な様子の2人だな。
片や好きなものを好きなだけ飲んで嬉しそうにしているのに対し、片や好きなものを食べられずに宿題もできてなくて意気消沈しているのだから。
まあだからといって優木にしてやれることはないので、心の中で頑張ってくれとお祈りするしかないんだがな。
「優木、宿題はどうした!」
「ひ~ん! お仕事忙しかったんだから勘弁してほしいし!」
「まだ中学生のお前に夏休みが全て潰れるどころか宿題もできないほど仕事は割り当てられん! 仮にそんな事態が起きたら特例の連絡が入ってくるから、お前が宿題を忘れたのはただのさぼりだ」
「甘いものが全く食べられなくてストレス溜まってやる気が出なかったんだし!」
「言い訳になっていない言い訳をするな!」
あの後優木は結局教師に叱られていた。
よくよく考えたら中学生にブラック企業どころか、普通の社会人レベルの労働ですらさせるわけないわな。
時間はあったのにやらないならそれは自業自得だ。
「今日から毎日放課後に残って少しでもいいから宿題をしてもらうからな!」
「マジぴえん!?」
まあ頑張れや。
宿題をしてこなかった人間に対する処置としては妥当なところだ。
――ピンポンパンポーン
『笹崎斗亜さん、山本ナズナさんは至急、学園長室まで来てください。繰り返します。笹崎斗亜さん、山本ナズナさんは至急、学園長室まで来てください』
ん?




