第33話 満たされた衝動と溢れる想い
いつか来るであろう終わりを想像しながら、路地裏で座り込んで私は吸血衝動に耐えていた。
「ハァハァ、辛い……」
血が欲しい。
定期的に血をちゃんと飲まなきゃいけないのは分かっているけど、最近街の警戒が厳しいせいか警備の人間らしき人が目を光らせているせいで、人を襲えていない……。
「うっ……!」
ま、マズい。
血を飲みたい衝動が強くなってきたわ。
まるで体中の血が沸騰しておかしくなりそうになっていたその時だった。
「おい、少しいいか?」
少女の声が聞こえた瞬間、私は衝動的に動いていた。
理性が軽く飛び、気が付けば声の主に襲い掛かっていたの。
もっとも、一緒にいた他の子達に押さえつけられてしまったのだけど。
押さえつけられている最中、私の頭上でなにか話し声が聞こえてきたけど、それは頭に入ってこなかった。
「血が……」
欲しい。
これ以上我慢したら間違いなく狂ってしまう。
「ああ、ダメ……。血が、血が……」
血が欲しい。
血を飲まないとダメなの。
気が付けば屋上を移動していたけれど、そんな事はどうでもいい。
「血が、欲しいの……。〔血をちょうだい〕!」
誰でもいい。
この渇きを誰か癒して!!
そんな気が狂いそうな状態で、いつの間にか屋上に私と目の前の女の子だけになっていた。
さっきまで私を拘束していた人達は異能犯罪対策課と思わしき人と戦っている。
そんな状況の中、女の子はさっき私に襲われたはずなのにそれを全く気にした様子を見せず、無防備にこちらに近づいて来た。
「ほら、好きなだけ飲め」
あり得ない。
私が血を求める怪物だと分かってるとしか思えない物言いなのに、どうして私に近づけるの?
「ハァハァ、い、いいの? 死んじゃうよ?」
「どれだけ飲まれても死なないから安心しろ。お前が叶えた願いのせいだ」
その瞬間、私の頭は真っ白になって少女に覆いかぶさっていた。
「うっ……!」
少女の首を噛むと、そこから流れ出る血が私の口内を満たしていく。
ああ、美味しい……!
久方ぶりの甘美な味わいに思わず恍惚としてしまいそうなほどだった。
吸い殺してしまう勢いで思わず飲んでしまうが、その最中不思議な事に気付いた。
おかしい。
いくら飲んでも本当に死なない。
もう何十人分もの血を飲んでるはずなのにどうして?
いつもならとっくの昔に脈拍が弱くなり、これ以上飲めば死んでしまうと分かるからすぐに飲むのを止めるけど、この子は一切そんな兆候を見せない。
やせ我慢でもなんでもなく、いつまで経ってもこの子の様子は牙を突き立てる前と変わらなかった。
いつもなら飲む量が全く足りないけど、殺してしまわないように飲むのを止めないといけないのに、こんなにもお腹いっぱい飲むことは初めてだった。
はぁ、満足だわ……。
「ありがとうね。あなたのおかげで私は完全に満たされたよ」
身体の調子が今までになくいい。
今ならなんでもできそうな気がする。
そして何より、今まで感じていた吸血衝動が今は一切感じない。
最高の気分だわ!
「好き」
私は眠ってしまった少女を大事に抱えると、心の中で溢れる想いを口にしていた。
「大好きなの」
会ったばかりの見ず知らずの少女だけど、それはお互い様。
なのにこの子は初対面のはずの私を自分の身を差し出して救ってくれたわ。
誰も彼もが私の正体を知るや化け物のように見てくるのに、この子はそんな目をいっさい見せなかったのも惹かれてしまう要因なのかもしれない。
こんなのもう、男とか女とかそんなのは関係なく惚れてしまうのは仕方がないことだと思うわ。
「私、あなたと共にいたい。ずっとずっと一緒にいたいわ」
だから、邪魔する人達は排除しないと、ね。
≪ナズナSIDE≫
優木さんの仲間が大勢現れ、私も斗亜様も取り囲まれる状況になってしまいました。
これはマズイですね。
捕まるくらいであれば、正体がバレるのを覚悟して[百人一色]を使い、この街から去るべきでしょうか?
いえ、それは最悪の場合ですね。
なんとか今出している分身だけで、この場から離脱できる状況を作れればいいのですが……。
私がそう考え始めた時でした。
「この子は私の恩人だから、手を出さないでくれないかな」
斗亜様を大事そうに抱えている金髪の女性が、周囲を威嚇するように睨みつけていました。
「生憎だけど今日の狙いはあんただし。
〝路地裏の女〟の噂からその正体が〝吸血姫〟じゃないかって当たりをつけてたけど、ドンピシャだったってわけ」
「そうなんだね。でも残念。
少し前の私だったらもう終わってもいいって思ってたけど、今は違うの」
金髪の女性は斗亜様を優しく撫で始めました。
その姿に少しイラっとしてしまいます。
なに気安く私の斗亜様に触っているのでしょう……。
今すぐ取り返しに動こうとしたその時でした。
「私はこの子のために生きる。その障害になるのなら、もう誰が相手でも容赦しないわ」
ゾクッ。
金髪の女性から放たれる威圧感がこの場にいる全員にこう思わせたでしょう。
あれはヤバイ、と。
下手に近づけば間違いなく殺されかねないと誰もが分かるレベルですね。
まあ私には関係ありませんが。
普通であれば本能的に動くのを止めたでしょうが、殺されかねない程度で私の忠誠が怯むとでも?
「一人で盛り上がるのは構いませんが、そこの方達の狙いがあなたであるのなら、安全のためにもその方を私に預けて頂けますか?」
私は優木さんを含む周囲の異能犯罪対策課に聞かれないよう、小声で金髪の女性にそう言うと、彼女は少し悩む様子を見せました。
少なくとも斗亜様の迷惑にならないようにする理性は残っているようですね。




