閑話1 末路
≪スポンサーのおっさんSIDE≫
健康な身体になってから数日経ったが、骨折をすることもなければすり傷一つ負わずに済んでいる。
あの108番のお陰で日々の暮らしが楽しくなったものだ。
きちんと寝てるはずなのに疲れが取れず、毎朝起きる際に倦怠感があったが、それが今では嘘のようになく、他にもあった身体の違和感は一切なくなった。
108番が脅しのように警告してきおったが、私にはなんの代償も降りかかっていない。
〔健康な肉体にしてくれ〕という願いだったおかげか、肉体にダメージを負う代償を払わずに済んだのかもしれんな。
さすが私だ。
「主治医に制限されていた酒も今では飲み放題だ。さすがに飲み過ぎると翌朝に二日酔いになるのは避けられないがな。はっはっは」
私はいつものように気分よく酒を飲み続けた。
108番に願いを叶えさせて、完全に健康であると診断を受けた日から毎晩だ。
好きなだけ酒を飲め、食事の制限もなく自由に食べたい物を食べられる。
なんて素晴らしい日々だ。
そんな生活を続ける事数日。
108番のことも忘れかけたその時だった。
――バチンッ!
「なんだ?」
頭に電流が流れたかのような錯覚がした。
実際にそんな事が起きたわけじゃない。
ただ、そんな錯覚を起こす何かが起こったのだ。
「夜中だが、専属医のやつでも呼んで診させてみるか」
私はすぐに電話をかけて専属医を呼び寄せ、私の頭を含めた身体全体に何か異常はないか確認させた。
「特に異常はありません。健康な肉体そのものです」
「本当か? どこかおかしくなっていたりはしないのか?」
「そうおっしゃられましても、今ここで調べられる範囲では健康であるとしか……。
問診した限りでも、ご本人がとくに身体に不調はないとのことですし」
「だが、私が気づいていないだけで、何か無自覚の症状があったりするんじゃないのか?」
「確かにそれはあり得ることではありますが、さすがにこれ以上は専門の設備が整った場所での精密検査が必要になります」
「分かった。なら今すぐ行くぞ」
「はいっ!? 今からですか!?」
今の時刻は夜の9時だが関係ない。
私の健康が損なわれているかもしれないのだから、一刻も早く調べねばならない。
「お、お待ちください。もし胃などの検査もするとなると、少なくとも6時間は絶食していただかなければ、きちんと検査はできません。
幸いにも今は9時ですから、このまま絶食していただき翌朝検査するのが最適だと思われますが」
「ダメだ。調べられる範囲で今から調べ、時間が経ったら内臓の検査を――いや、内容物さえなければいいのなら、嘔吐薬や下剤を飲んで中身を無くせばすぐに調べられるだろ」
「それはとてもじゃありませんが推奨できません。嘔吐薬では危険で健康を害す恐れがあります。専門の設備が整った施設で、適切な準備をした上で検査するしかありません」
「そうか。健康に悪いなら仕方ないな。なら明日準備ができたらすぐに検査しろ」
「分かりました」
……おかしい。
さっきまで無性に身体を検査したくてたまらなかったのに、急にそんな気にならなくなったな。
分からん。やはり身体がどこかおかしいのか?
とにかく夜更かしは健康に悪いし、もう寝てしまうか。
◆
「どこも悪い所は見当たりませんね。健康な肉体そのものです」
「本当か? 誤診、ということはないのか?」
「それはないかと。50を超えているにもかかわらず、まるで20代の内臓を見ているようでしたし」
「血液検査は?」
「そちらも問題ありませんでした。コレステロール値、血糖値、肝機能、腎機能のいずれも基準範囲内でした」
「そうか……」
長年私の専属医を務めていて信頼のおけるこの男の言葉に、いつもなら感じない不安感を覚えてしまう。
本当にその結果に間違いがないのかを。
自宅に戻ってからもその不安が一向にぬぐえず、どうしても私は耐えきれなかった。
「セカンドオピニオンだ。他の医者にも調べさせよう」
そうして調べさせた結果、専属医と同じように健康な肉体であると言われてしまった。
だが何故か安心できなかった。
私は本当に健康なのか?
実はガンがあったりするんじゃないのか?
そう思うと毎日が不安でしょうがなかった。
身体は健康。
頭では分かっているはずなのに、何故か不安感がぬぐえないのはどういう事なんだ?
◆
あの晩から私は毎日専属医に軽い検査を行わせ、週に一度は血液検査や内視鏡で胃や腸の検査を行った。
本当は血液検査くらいは週一ではなく毎日やらせたかったが、毎日やっても意味がなく、逆に貧血や血管の損傷などによる健康被害の恐れがあると言われれば諦めるしかなかった。
だが専属医はさらに2人増やし、別々に検査を行わせて見落としが無いかの確認をしている。
しかし、これだけやっても不安はぬぐえなかった。
好きだった酒も止め、健康に悪そうなことは全て止めたというのに、どうしてこんなにも不安で堪らないんだ!
≪三人称視点≫
スポンサーのおっさんは〔健康な肉体にしてくれ〕という願いは叶えられた。
しかし108番への恩義を忘れた結果、彼に降りかかった代償は〝精神を病むほどの健康への不安〟だった。
確かに身体は健康だ。
だが〔健康な肉体にしてくれ〕という願いには精神までは及ばない。
ゆえに彼は健康という呪縛に縛られ、その不安感からまともな生活は送れなくなってしまったのだ。
願いを叶えられなければ、制限はあっても多少の酒を飲んだり趣味に時間を費やすことができたはずなのに、彼は残された人生を全て健康であるかの確認に費やす事になるのだった。




