第三話 本日は毛刈り日和です。
特別支援学校への入学前。
長男の髪を、バリカンでガッツリ刈り込んだ。
それから、はや半年。
その間、私は長男の髪をどうにかこうにか整えてきた。
お昼寝している隙に、耳周りをジョキン。
学校のバスを待つ私の車内で、襟足をジョキン。
お風呂場で油断しているところを、梳きバサミでジョキン。
そう。
長男は、髪を切るのが大の苦手なのである。
そして、そんな長男の髪質。とにかくすごい、くるっくるの天然パーマ。もっじゃもじゃ。
どれくらいもじゃもじゃかというと、「外国の子どもかな?」と思うくらい。
妹も同じく、くるっくるの天然パーマである。
二人そろって、見事なもじゃもじゃ。
一体、どこから遺伝したんだ?
私は、毛先が緩やかなカーブを描く程度。
旦那はいつも髪を刈り込んでいるので、そもそも天然パーマなのかどうかすら分からない。
義父母もストレートヘア。
なのに、我が家の子どもたちだけが、なぜか異様にくるくるしている。
ずっと不思議だった。
ところが先日。
実家に帰ったとき。
判明した。
兄である。
兄は昔から、ずっと髪を短く刈り込んでいた。
だから私は、兄も普通のストレートヘアだと思っていた。
ところが、結婚してから嫁さんが兄の髪質に気づいたらしい。
「これ、天然パーマじゃない?」
どうやら、それまで短く刈っていたせいで、本人も家族も気づいていなかったらしい。
そこで嫁さん、美容院に連れて行き、「このクセを活かす髪型にしてください」とオーダー。
そして先日の実家で見た兄の髪が、長男と妹とまったく同じ、もっじゃもじゃ。
…………。
ガッデム。
お前か。
ということは。
長男と妹の、この見事な天然パーマ。私の家系由来じゃねえか。
いや、待て。
私、今まで六年間も気づかなかったのか?
…………あ。
長男の多動で、それどころじゃなかったわ。
兄の髪型なんて、見てる余裕なかったわ。
そりゃ気づかん。
実家に帰っても、長男を追いかけるのに必死だったもんな。
まさか六年越しに、実家で遺伝子の犯人が現場検証に引っかかるとは。
それにしても。
なんでそこだけ、強烈に受け継いだんだ。私は毛先がちょっとカーブする程度なのに。
遺伝子って、たまに妙なところで本気を出す。
そして今。
そんな遺伝子の本気を、頭の上にこれでもかと乗せている男がいる。
もっじゃもじゃの長男である。
さて、半年前にバリカンで刈り込んで以来、騙し騙しでなんとか整えてきたが、そろそろ限界だ。
というわけで。
本日の毛刈り作戦、開始である。
まずは、パパへの最終確認。
「これから長男の毛刈りを実施する!用意はいいかー!!」
「はいはい」
よし。
気合いは十分だ。
「半年前には涙と鼻水とよだれで汁まみれになりながらも逃走を図った!今回はガッシリとホールド頼むよ!」
「そうだね」
前回の惨劇を振り返りつつ、今回の作戦を確認。
「お風呂場よーし!シャワー後のタオルよーし!パナソニック製の、よく切れるバリカンよーし!ごみ袋よーし!長男よーし!」
「あいよー」
準備万端。 逃走対策も万全。
さあ、半年ぶりの――
毛刈り、開始である。
すっぽんぽんの長男を、パパがガッシリとホールド。その目の前に、バリカンを持った私が立つ。
前回は、バリカンを見た瞬間に逃走を図った長男。今回も、きっと大変な戦いになる。
そう覚悟していた。
ところが。
「…………?」
長男が、笑ってる。
「…………??」
え? なんで?
「長男、ほら。髪切るよ〜。怖くないよ〜」
猫なで声で、バリカンを頭の後ろからそっと押し当てる。
ウィィィィィン……。
長男が、少し身をよじる。
嫌なのは嫌らしい。
でも、そこまで。
…………。
「What's?」
どうした長男。何があった。半年前の君はどこへ行った。
とりあえず、この好機を逃してはならぬ。
理由は分からない。なぜ今日は大丈夫なのかも分からない。だが、そんなことはどうでもいい。
今なら、刈れる。
私は一気に腕を動かした。
ウィィィィィン……。
ジョリジョリジョリ……。
足元に、どんどん積み上がっていく長男のもじゃ毛。
パパにホールドされながら、長男は時々嫌そうに身をよじる。
「もうちょっとだよ〜」
「我慢してるな」
パパも驚いたように、長男の顔を覗き込む。
そして、最大の難関。耳周り。ここを特に嫌がっていた長男だが。
ウィィィィィン……。
すんなりクリアー!
「おお、すごいな」
パパから、もう一度声が上がる。
よし。
これはいける。
「せっかくだから、ツーブロック風にしようかな」
頭頂部付近だけ長めに残す余裕まで出てきた。
……余裕って素晴らしい。
そして、毛刈り終了。
涙目の長男が、鏡を見る。
そして、にっこり。
「おま、まじか」
思わず笑ってしまう。
半年前は、バリカンを見ただけで逃げようとした。それが今日は、嫌がりながらも最後までここにいてくれた。泣き叫ぶこともなく、ちゃんと髪を切らせてくれた。
なんだか、胸の奥がじんわりする。
大量のもじゃ毛を片付けたあと、シャワーを浴びる。
長男はキャラキャラと笑い声をあげ、パパと一緒にご機嫌で部屋へ戻っていった。
「…………」
その後ろ姿を眺める。
半年前は、涙と鼻水とよだれで汁まみれになっていた。
今日は、笑っている。
「成長って、突然来るんだねぇ」
排水溝に残った最後のもじゃ毛を拾いながら、母ちゃんはちょっとだけ感慨深くなった。
そういえば、義父の髪の毛。
たまに向きがずれてることがあるんだよね。
中身どうなって……
……いえ、何でもないです。捜査は自己責任で。




