第九話 鬼のパンツ
久しぶりの、休日なのにパパと母ちゃんの休みが合った日。かつ晴天。これは、出かけるしかない。
薄く開けた車の窓から、秋の冷涼な空気が流れ込む。温かな日差しが燦々と降り注ぎ、稲刈りを終えた田んぼの上では、アキアカネが大挙して飛んでいた。
ぽかぽか陽気の絶好のお出かけ日和……いや、やっぱり暑いな。汗滲んできたし。クーラーをつけよう。
隣の座席には妹が陣取っている。日差しが眩しいようで、しかめっ面で北の方向を睨みつけている。珍しく無口だ。
後部座席には長男とパパ。楽しそうな声がする。
「おーにーのパンツ!パーンツー!スゴイゾー!」
「ふふ、長男歌ってるのか」
「うん、上手だね」
「まぶしいー……まだ公園着かないの?」
「まだまだだね」
「うー」
なんでもない、ただの移動時間。でも、子供たちと会話がある、ということが奇跡のようなひとときに感じる。
まあ、厳密に言うと長男とのやり取りは会話ではないんだけど。
「ほら、長男。鬼のパンツは?」
「スゴイゾー!」
「ははっ!強いぞー!だろう?」
「パンツ!」
そんな会話をBGMにして車は農道を進んでいく。後ろを振り返れないけど、きっと二人は笑顔を浮かべているはずだ。
隣からの鋭い視線には、頭を撫でることで対応する。ほら、機嫌なおしたまえ。もうすぐ着くから。
そしてやってきました、丘陵公園。
周りは、キャリーワゴンに子供やテント物品を乗せた家族連れで溢れかえっていた。みんなガチ装備すぎて怖いんだが。
我々は昼前に帰るライトユーザーなので、水筒とおやつ、着替え、貴重品のみ携えて公園内に繰り出す。
ハロウィンの装飾を施されたイングリッシュガーデンを抜け、一面のコスモス畑を進み、噴水広場でおやつを食べる。
パパに変形自転車を頑張って漕いでもらい、園内をぐるりと周る。
「降りるー!」
こら、妹よ、君が乗りたいと言い出したのだから大人しく座ってなさい。長男はにこにこ顔で風を楽しんでいた。
大型遊具で子供達を遊ばせる。長男はふわふわドーム、妹はローラー滑り台がお気に入りだ。二人とも名前を呼べば親のもとに帰ってくることができるようになった。安心して遊ばせることができる。
帰り道でパパが並び立つテントを見ながらぽつりと呟いた。
「俺たちもさ、ああいうポップアップテントを買おうか。キャリーワゴンにテントとお弁当を積めば、一日公園で過ごせるよね。お昼寝もできるし」
「ああ、良いね。今度見繕っておくよ。ちなみに、大人が昼寝をしたら子供達は逃げ出すぞ」
「……やだなぁ、俺が昼寝するわけ無いじゃないか」
「まあ、そういうことにしておこう」
……驚いた。君がこんなに前向きなことを言うなんて。
長男も、今回の公園では人出が凄いのに驚くほど落ち着いて楽しんでいた。妹も最初は母ちゃんにしがみついて怯えていたが、一時間後には迷子になりそうなほど歩き回っていた。
うん、なんか、普通の一日だった。
嬉しいなぁ。
長男がパニックになって地面に転がり、頭を打ちつけることも無い。突然走り出して、ボール遊びの合間に割り込むことも無い。遊具の順番待ちで、他の子を押し倒すことも無い。
帰りたくないと抵抗する長男の両手首をつかんで、無理やり連れて帰ることも無い。手首に痣ができてしまい、親としての罪悪感に苛まれることも無い。
手首をがっしり捕まえていなければ、一緒に歩くことも難しかった。
軽く手を繋いで歩くことが、ずっと遠かった。
でも今、目の前では長男とパパが手を繋いで歩いている。
普通って、素晴らしい。
そして帰りの車の中で、また長男が歌っていた。
「ときどきこわいばーこわかぴかいさーかいさん!おばかきかいさ!おばかきかいさ!れいぞうこー!!」
「……なにこれ?」
「パパ、長男なに歌ってるかわかる?『おばけなんてないさ』だよ」
「え!?どこが!?」
「おばけと冷蔵庫があるから」
「あはは!私も歌う!おばかきかいさー!」
「いえーい!」
「……ええ?これは分かんないなぁ」
「そう?」
まあ、慣れだよ、慣れ。




