第八話 窓枠から手が生えてた
休日のとある午前。子供たちに十時のおやつとして、アイスクリームにグラノーラをかけたものを出して食べさせていた。
母ちゃんはコーヒーで一息。ふぅ、この苦みがあれば、お昼寝までの三時間を乗り切れる。休日は長い、真面目に相手をしているとやられるから、ほどほどに頑張ろう。
録画していたレイアースの一話をつける。
「ママ〜しんちゃん見たい」
「プリキュア!」
「だまらっしゃい、レイアースを見なさい」
魔法や変身要素もあるし、プリキュアみたいなもんだろう。
長男はふらふらと歩き出した。うむ、まあ部屋の中に居るなら良いんだ。
妹はぶちぶち文句を言いつつ見入り始めた。よし、布教完了。
時々長男の様子を見つつ、食べ終えた器を洗う。後ろ側をするりと抜け、家の中の探索に出発した長男を認識しつつ、手が離せないため声だけかけておく。
「長男、いかないでー」
「イカナイデ!」
……言いながら、ふと思う。この「いかないでー」「イカナイデ!」のやり取り、一度じゃない。何度目だろう。
そういえば、ちょうど一ヶ月前も、こうして目を離した隙に、とんでもないことになったんだった。
――あれは、土曜日の午前のことだった。
よく晴れた日だったから、公園に行こうと三人分の水筒の準備をしていた。長男は私の背後を抜けて家の中の探索へ繰り出した。
「長男、いかないでー」
「イカナイデ!」
……足音的に台所に行ったな。じじが居るから、まあいいか。
さて、水筒の準備も終わった。長男を探しに行こう。
台所へ行く。
「お義父さん、長男いますか?」
「来てないぞ」
「あれ?わかりました」
どこだろう?茶の間のほうか?
「長男ー?」
「にーにどこー?」
居ない。返事もないし、奥の子供部屋か?最近は部屋の押し入れの中がお気に入りだから、そこか?
押し入れを見回す。居ない。
部屋の隅っこに挟まってる?居ない。
「長男?どこ?」
「――ヒーン……」
小さな泣き声がする。その方向を見ると、窓枠から手が生えていた。窓と網戸が、開いている。
「……はあ!?」
床に一列に並んだレゴブロックを蹴り飛ばし、窓際のハンモックを力任せにずらす。
窓から下を確認すると、地面から涙目の長男がこちらを見あげていた。
……いや、どうやって?
泣きべそをかいている長男を引き上げて土汚れを払い、服をひん剥く。
外傷を確認。背中と左膝の軽い擦過傷あり。
意識レベル確認。通常通り反応あり。
頭部を確認。外傷、発赤無し。
動きの確認。元気に地団駄ふんでる。
よし、とりあえず異常なし。頭部を打っている可能性も捨てきれないから、二十四時間観察に入ることとする。
よかった。
……いや、よくない。なんで窓から外に出てるんだ。
――とりあえず、叱ろう。
外へ出ても戻れなかったでしょう?
頭をぶつけていたらどうしていたんだ。
もし、そのまま外へ行ってしまったら。
ワカッタカナァ?
「にーに、ママに怒られて泣いてるね」
そんな妹の冷静な声で我にかえる。目の前にはぐちゃぐちゃに泣きじゃくっている長男。ああ、顔面が汁まみれだ。やりすぎた。
「ゴメンね長男。でも、ママも心配だったんだよ。窓から外に出ちゃ駄目だよ。分かった?」
「ひぐっ……ワガッタァ……」
まあ、分かっていたとしてもまたやるだろうから、とりあえずじじばばに伝達。
「長男が窓から外に出ました。今後大人が居ない時は、窓のロックを掛けるようにお願いします」
「あらら、出ちゃったの。わかったわ」
「痛いのが分かったなら今度から出ないだろう」
お義父さん、出るのが子供なんです。
今回は一階で、地面までの高さも1.5メートルほどだったから良かったものの、もし下がコンクリートだったり、二階だったらと思うとゾッとする。大人が気をつけて環境整備をしていかなければいけない案件だ。
仕事中のパパにもメールをしておく。
二時間後に返信があり、
『頭には何もないの?赤くなってるとか腫脹とか?』
『落ちたのどうやって気付いたの?泣いてたの?外にいたの?』
『足の骨折とかは大丈夫なの?』
と連投があった。
頭には腫れはない。傷も無い。動きに変なところは無く、いつも通りに飛んだりはねたりしてる。言葉も変わらず。と返信すると既読だけついた。仕事に戻ったようだ。
そこでよくよく考えたら、窓枠に座ってそのまま下に降りた可能性が高いことに気づいた。
土がついてたのは足裏と膝と手だけだったし。
家の外に出たのはこれが初めてでは無いものの、久しぶりだったから油断していた。
今では、窓という窓にはきちんと補助ロックが取り付けられている。
子供時代が長く続く長男だからこそ、環境を整えなければいけないと強く思った出来事であった。




