7話 伊織のピンチ
「う……、頭が割れそう……」
朝、目を覚ました瞬間に襲ってきた激しい頭痛と倦怠感に、伊織はベッドの中で顔をしかめた。
額に手を当ててみると、驚くほど熱い。体温計を挟むまでもなく、一目で分かる高熱だった。
何か口に入れないといけないのは分かっている。しかし、起き上がって何かを作る気力は一ミリも無い。
(良悟くんに連絡……は、さすがに迷惑よね)
スマホを握りしめたまま、伊織はため息をついた。
その時、押し入れの引き戸が開き、ディルが眠そうな目をこすりながら姿を現した。
「伊織、腹減った。今日の飯は何だ?」
「ごめんねディル、ちょっと熱出しちゃって……」
ベッドに臥せったまま、伊織は掠れた声でディルを見上げた。彼は不思議そうに伊織の顔を覗き込み、「熱?」と首を傾げる。
「ディル……お願いがあるんだけど。近くのコンビニで、スポーツドリンクとゼリーを買ってきてくれない?」
「あ? おつかいかよ」
「お願い……。お財布はそこの机の上にあるから、それを持っていって。あ、ディルが食べたい物があったら、一個までなら一緒に買っていいからね」
「一個な。分かった」
ディルは机の上の財布を掴むと、そのまま部屋を出ていった。
伊織は安堵から再び睡魔に襲われ、そのまま意識を失うようにウトウトと眠りに落ちた。
ガチャリと玄関の扉が開く音で、伊織は目を覚ました。
「買ってきたぞ」
寝室に入ってきたディルが、コンビニのビニール袋をベッドの脇にドサリと置いた。
「ありがとうディル……助かった……」
伊織は身を起こし、袋の中を覗き込む。そこには頼んでいたスポーツドリンクとゼリーが入っていたが、それとは別に、明らかな過剰分の商品が詰め込まれていた。
「……っていうか、随分といっぱい買ったのね」
袋から出てきたのは、おにぎり一個、フライドチキン一個、アイス一個、プリン一個。
「え? だから、全部一個ずつだろ。一個と一個と、一個」
ディルは至って大真面目な顔で、指を折り曲げながら言い放った。
「はぁ……、一個までってそういう意味じゃなかったんだけど……。まぁ、いいわ……」
熱のせいで突っ込む気力も湧かず、伊織は再び枕に頭を沈めた。
ディルはおにぎりの包装をガサガサと剥きながら、ベッドの横にどっかりと腰掛けた。そして、苦しそうに息を吐く伊織の顔をじっと見つめる。
「熱ってそんなに苦しいのか? 人間って不便なんだな」
「うん……今日はご飯作ってあげられないかも、ごめんね」
「別にいい」
伊織は力なく目を閉じると、ディルがむしゃむしゃとおにぎりを頬張る音を聞きながら、また意識を飛ばした。
◇
どれくらいの時間が経っただろうか。外はすっかり暗くなっている。豆電球の光だけが部屋をぼんやり照らす中、伊織は目を覚ました。
昼間よりも明らかに熱が上がっている。身体は燃えるように熱く、指先一つ動かすのも億劫なほどの倦怠感が全身にまとわりついている。
(あー、これは……本格的にマズイかも……。薬の買い置きあったっけ……。お店にも明日休むって連絡しなきゃ……)
朦朧とする意識の中でスマホを手に取るが、力が全く入らず、ベッドの下へと虚しく落ちてしまった。
「ディル、おねがい、スマホ……あれ、ディル……?」
暗い部屋を見渡すが、ディルの姿はどこにもなかった。かすむ視界のまま、伊織はそのまま深い闇の中へと引きずり込まれていった。
◇
良悟が寝支度を整えていると、突如としてけたたましくインターホンが鳴り響いた。
「うおっ、なんだよこんな時間に」
時計を見ると夜の十時を回っている。良悟は警戒しつつ、ドアチェーンをかけたまま玄関の扉を細く開けた。
外の街灯に照らされていたのは、年の頃でいえば十三歳程度の、健康的な褐色肌をした見知らぬ少年だった。
「……どちらさん?」
良悟が不審そうに尋ねると、その少年は鋭い目で良悟を睨みつけ、言い放った。
「伊織の家のモノだけど」
「え? 美原さんの、家の者……?」
親戚の子か何かだろうか。良悟が困惑していると、少年は焦れったそうな早口で言った。
「伊織が壊れそうなんだけど、どうしたらいい?」
「壊れそうって、どういう事!!?」
その時、良悟の後ろからパタパタと足音が響き、玄関口にナホが顔を出した。
「ご主人、夜中に一体だれが――」
ナホの視線が、扉の隙間に立つ少年へと向けられる。
その瞬間、二人の視線がバチリと火花を散らすように交錯した。




