三話
帝国冒険者ランキング11位、ラスト・ディアボロス。
第二フロアの『鬼ごっこ』というゲームで、同じチームになった大人だ。
帝都で有名な魔法剣士であり、裏稼業を営んでいるとも言われていた人間だ。
『いいか、俺はガキが嫌いなんだよ。仕方なくチームを組んでるだけだ』
『ちっ、青臭い事言ってんじゃねえよ。てめえ、殺されてえのか? はんっ、死んだ奴の事なんて忘れろ』
『……全体を俯瞰して見ろ。魔力が弱くても急所をつけばいい。信じられる奴を見極めるんだ。俺みたいなやつはすぐに裏切るぞ。そろそろ行くか……』
『――俺も焼きが回っちまったか。こんなクソガキを、庇って、はん……、わ、るくない、時間……、死ん、だ、息子、みた……だ……った――』
おせっかいな大人が沢山いた。
俺を残してみんな死んでいった。
それでも大人たちは俺に知識と経験を残してくれた。
運営がとてつもなく巨大である事は理解している。
アリが象に立ち向かうのと同じだ。
それでも――立ち向かうと俺は決意したんだ。
***
(直系じゃないとしても、皇族の人間を殴ったのに、何もお咎めがない、か……)
自席から見渡す教室は、今日もいつもどおりの風景を俺に見せる。
騒がしいクラスメイト。恋バナをしたり、ゲームの話を楽しそうにしたりしている。
昨日の俺の暴力事件は無かったかのように過ごしていた。
強い違和感と慣れ親しんだ空気感。ほんの微かだけど、あのデスゲームの序盤に似ていた。
……魔導学園の生徒は高い戦闘能力を持っている。あのデスゲームでは、魔導学園というだけで、かなり有利に進められた。
授業で習った魔法を実践で使う。初めは躊躇があった。しかし、成功を体験すると人は変わり始める。
いつしか、魔法で人を殺すことを慣れてしまう。殺すことを楽しんでしまう。
「やっぱ俺があのデスゲームに出たかったな〜」
……デスゲームはこいつらにとって他人事であり、娯楽だった。
同級生が死んだとしても、一瞬だけ涙を見せれば終わりだ。
……人は簡単に死ぬし、簡単に殺せない。
「てかさ、魔導検定2級の俺があのデスゲームやったら、マジで全員ぶち殺せるぜ」
「ちょっと不謹慎よ、あんた。やめなさいって」
「あん? お前、カーディスの事気を使ってんのか? ああ、あいつの事好きだったもんな。あいつ人殺しのクズだぜ?」
「はぁ……、違うから。……クラスメイトが死んだのに不謹慎でしょ。そんなのもわからないの」
「……ははっ、わかってるよ。でも、あんな事二度と起こらねえだろ? 不幸な事故みたいなもんだよ」
クラスのひょうきんものと話しているのは……セリカの女友達『マルローズ』だった。
幼馴染のセリカを通して、俺はマルローズと仲良くなった。
帝都の街を三人でよく歩いた。時には後輩も乱入しててんやわんやの大騒ぎだったな。
……そんな思い出は砂のように崩れ落ちた。
マルローズは一瞬だけ俺を見た。その目には嫌悪感が入り混じっていた。
『――大丈夫、私は分かっているわ。あなたは悪くない。運営が全て悪いのよね。全部忘れて幸せに生きればいいのよ』
デスゲームの後、教室で再会したマルローズの言葉だ。
綺麗な言葉だった。だが、マルローズは明らかに俺を軽蔑していた。
……心に響かない言葉っていうものを何度も聞いた。
俺の苦しみは誰にも渡さない。誰にもわからない。あの空間にいた奴しかわからない。
……唯一生きている人間で俺の気持ちをわかるとしたら、運営側の下っ端だろう。
アイツらは容赦なく殺されていったんだから。
俺にこっそりアドバイスをくれた下っ端は次の日殺されていた。
「……」
頭を軽く振って切り替える。
人間の心理は不思議なものだと思った。
今朝からクラスメイトの俺を見る目が少し変わった。
デスゲームから戻ってきた俺は、クラスメイトからサンドバックのように殴られて、罵声を浴びせられていた。
俺は人を殺したろくでなしで、クラスメイトを見殺しにした残酷な男だからだ。
クラスメイトはあのデスゲームを見ているはずなのに、自分の都合の良い物語に変えてしまう。
そんな俺を、やっと生きている人間だと認識したようだ。
深呼吸をして心を落ち着ける。
もう、何も感じない。
無駄な繋がりは、これから起こるであろう俺の復讐には必要ない事だ。
その時、教室に入ってきた後輩『メル』。メルは女友達のマルローズのところへと向かった。
「あっ、遅いよ、メルちゃん」
「う、うん、遅れてごめんなさい。え、えっと……」
「大丈夫よ、私が横に付いてるもん。昨日、おうちで喋った感じでいいと思うよ」
「すーはーっ、う、うん、で、でも……」
マルローズとメルが俺を見ていた。
そして、メルが俺に向かって手を伸ばす。
「あ、あのさ――」
メルの兄貴は、俺の同級生で親友だと思っていた『あいつ』だ。
大橋でパンを一緒に食べたあいつ。親友だったあいつ。
だが、あいつはゴブリン並みの外道であった。
言葉で信用させ、人を騙し、弱いものには強く、強いものには媚を売る。
このゲームがなければ知らなかった事実だ。
「カーディス、話を聞いてあげて……」
マルローズがメルの背中をそっと押す。
昨日の雰囲気と違う。兄を殺した、と罵倒をする感じではない。
それでも俺は警戒を解かなかった。警戒しなければ死ぬ、それは大人たちに教わったことだ。
「え、えっとね、先輩……、わ、私ね、思ったんだ。今まで言い過ぎたかなって……」
教室が静まり返っていた。誰もが後輩の言動に注目していた。
「昨日、マルローズ先輩と話していたら、色々昔の事思い出して……、もう死んだ人は帰ってこないけど、先輩は生き残ったんだもんね。……ひ、人を殺しちゃったけど、し、仕方なかったもんね。――だから、私、先輩が立ち直るまで、先輩と一緒に支える事にしたんだ」
マルローズが俺の肩をポンポンと叩く。
「にしし、そうだよ。みんな応援してるよ! だって、唯一生き残った勝利者でしょ? 私達以外に心配してる人は沢山いるよ? ねえ、今度みんなで会おうよ……。ねっ?」
目の動きと魔力の循環で人の感情がわかるようになった。
彼女たちは俺の心配なんてしていない。自分が他人からどう見られているか気になるだけだ。
そして、思わず声がこぼれ落ちていた。
「……俺を支える?」
「う、うん、やっと私お兄ちゃんはいなくなった事に向き合えたんだ」
昨日までの後輩は、毎日のように俺を罵倒していた。
それこそお前が死ねと言わんばかりに。
この落差はなんだ?
「ま、また昔みたいに一緒にいたいな……、ね、ねえ、私達――」
「――消えろ」
俺は言葉をかぶせて後輩に伝えた。
どうやら、後輩たちは理解していないらしい。所詮映像越しにしかわからない。
あの地獄は……ゲームじゃないんだ。俺はこの手で人を殺したんだ。
「え、え? せ、先輩?」
俺は席を立つ。
マルローズは俺の後を追おうとしていた。
「ちょっと、メルちゃんが勇気を出して全部水に流そうとしているんじゃん! あんた男としてどうなの! ていうか、その態度はちょっとないよね?」
「そうだそうだ! メルちゃんが可哀想だろ!」
「マジ鬼畜じゃん」
「うわー、ダッサ、逃げてやんの」
クラスメイトもざわつき始めた。
だが、俺には関係ない。
マルローズもメルも俺にとって他人だ。
……だが、俺は少し思うことがあり立ち止まった。
自分の席に戻りカバンをごそごそと探る。
二人は怪訝な顔で俺を見ていた。
カバンから取り出したのは金貨の山だった。勝利者としての賞金のほんの一部。
俺は低く通る声で、この場にいる全員に伝えた。
「……ゲームをしよう」
積み上がる金貨。顔色が変わるクラスメイトたち。貴族の子息令嬢といっても、この量の金貨を見たことがないだろう。
教室に広がる緊張感。それはあのデスゲームと似ていて懐かしい気持ちとなった。
「勝ったらこれをくれてやる。ゲーム内容は『一週間俺に話しかけない』だ。これは教室の後ろに置いておく――」
俺は辺りを見渡す。
大金を目の前にして生徒たちは浮足立っている。
マルローズは俺に意識なんて無くなった。金にしか目がいっていない。
メルは戸惑って、俺に話しかけてこようとしたが、慌てて口を塞いだ。
全体を俯瞰して見るんだよな、おっさん。
この中で冷静な生徒が五人。感情の乱れが全く見られない。
その時、教室を包む魔力を感じた。清々しいのに、神秘を感じさせるのに、とんでもなく邪悪な思惑で動く魔力、それは――
『ザザッ―――――――ピッ。――了承しました。ゲームの誓約が結ばれました』
俺は全身の毛が逆立つのを感じる。
頭から直接響く、忘れられないアナウンスの声――
ゲームは終わっていない。
たった一言しか流れなかったその言葉にどれだけ重みがあるか、俺にしかわからないだろう。
お前らは残酷で面白いゲームが見たいんだろ?
なら、俺がいつか舞台に引きずり下ろしてやる。
敵が勇者だろうが、聖女だろうが、皇帝だろうが、悪魔だろうが、魔王だろうが、神だろうが――
「俺は、お前等を絶対に許さない」
小さな一人の人間の力だと思って侮ってろ。一人の人間の執念を思い知らせてやるさ。
俺はリディアが好きだった歌を口ずさみながら、騒然となった教室を出ていった――




