二話
帝都の大橋から見える景色が好きだった。
……後輩の兄貴は俺の親友だった。魔法がうまく使えない俺を庇ってくれたり、すごく優しい男だった。
魔導学園でも、上位に入る魔法の使い手。侯爵家という身分なのに鼻にかけない学園の人気者であった。
放課後、あいつとここでパンを食べながら見る夕日が好きだった。
そんなあいつは、俺が学食に誘ったせいで、デスゲームに参加することとなった。
『カーディス、お前のせいじゃねえって。絶対生き残ろうぜ!! 俺たちゃ親友だからな!』
そんなあいつもゲームが進むと――
『はっ? カーディスと俺が一緒にいるメリットないだろ? てめえは魔法が使えない雑魚だ』
そして、最後には――
『お、おい、なんで毒だと分かったんだ!? てめえ、その力は……。まて、お、俺はまだ死にたくな、お前が、学食に誘ったせいで……呪ってや――』
俺は橋の上で、あいつが好きだったパンをかじる。
人が死ぬ以上に、人が変わっていく姿を見るのが苦しかった。
……だが、それももう何も感じなくなっていた。
目を閉じる。
「公爵令嬢リディア――」
俺が今、生きている理由。
脳裏に彼女の言葉が思い浮かぶ――
『カーディス君? 良かったですわ。知り合いがいまして……。あの……私の顔に何かついていますか?』
『カーディス君、殺しては駄目です。私たちは貴族ですわ。ならば、誇りを持って行動しましょう。ふふっ、……あなたの幼馴染が羨ましいですわ。こんなに素敵な……あら、私ったら』
『私があなたを守りますわ。絶対に死なせません。絶対に死にません。ですので……、幼馴染のカレン様を助けに行きましょう!』
『カーディス君は軍師としての才能がありますわ。というよりも、戦いの才能があります。……? お世辞じゃないですわ。……それにしても、みんなと仲良くしたいですね……』
『カーディス君。初等部のノエルちゃんを殺したのは……仕方なかったです。あの子は……もう私たちの手には負えなかったわ』
『はぁはぁ……、私ね……、あなたに会えて、普通の、女の子として……とて、も、幸せで……、だから……ありが、と』
目を瞑るだけであの日の光景が蘇ってくる。
もう二度と戻りたくない地獄のような日々なのに、リディアと一緒にいた時間は色褪せない思い出として残っていた。
だが、同時にその思い出が俺の心を苦しめる。
デスゲームの生き残りはたったの一人だ。
俺は自分の手のひらを見つめる。薔薇の花のような形の痣がある。これは、リディアが最後に、俺に……託した魔力の結晶であった。
何かの力があるわけじゃない。ただ、リディアがいた証となる。
「一ヶ月、俺はこのデスゲームの運営を探った」
帝都のスラム、冒険者ギルド、騎士団、様々な組織を探った。どこもかしこも、関わりがない組織がないほど、デスゲームは帝都に根付いていた。
そして、帝国の皇室でさえ――
「なあリディア。こんな時、君だったらなんて言うんだろうな?」
騎士の格好をして仮面を被った運営スタッフ。その中でもきらびやかな鎧を着ている将校たち。
『お前らはゲームみたいに楽しめばいい』
『そうだ、犯罪にはならない。思う存分殺し合ってくれ』
『カーディス君、まさか君が最終決戦まで生き残るとは誰も予想していなかった』
俺はパンを全て食い尽くし、大橋から立ち去るのであった。
心に一つのことを胸に秘めて――
***
事件とは突然起こるものだ。
いつも通り、教室で授業の準備をしていたら、知らない生徒が俺の目の前にいた。
顎に衝撃が走った。
あまり痛くない。どう反応していいかわからない。
俺を殴った男は荒い息を吐いていた。
身なりが良い生徒。高位貴族。それも皇族の印が制服に付いていた。
「て、てめえが……、リディアを見殺しにしやがったんだ!! なんであの時助けなかったんだよ!! あいつは俺の女なんだよ――」
教室のど真ん中で起こった乱闘騒ぎ。
他の生徒は興味なさそうに俺を見ていた。
これが俺の日常だ。殺された人間に知人から責められる毎日。
ストレスのはけ口にされていたのだ。
リディアは、最終ゲームで俺を庇って……助からない状態に陥った。
学園で話したことなんて無かった。
リディアは高貴族であり、貧乏男爵家の俺とは身分違いであった。
俺が幼馴染と決別した時、リディアは俺とゲームをクリアすることを選んだ。
絶望の淵に立たされた俺たちは本音で語り合う。
リディアは俺にとって大切な……仲間だった。
誰にもそれを汚されたくない。
いつもなら無言で暴力を受け入れる。
再び拳が飛んでくる。
俺はその拳を掴んだ。
「いっつっ!? て、てめえ犯罪者の分際で――皇族の俺を――」
犯罪者か……。笑いたかった。
だけど、笑うことなんてもう忘れてしまった。
「……貴様がリディアが言っていたしつこい男か。婚約は断っていたはずだ。……魔法で盗撮はもうしないのか?」
「お、お、おい!? お、俺は、そんな事――」
「俺はリディアに頼まれた事が色々あるんだ。……伝言をくれてやる」
「な、なんだ、てめえ底辺のくせにやる気か?」
皇族の男は、俺から暴力の気配を察したのか、魔法障壁を身体に張り付けた。
そして、超至近距離からの上級火魔法を唱えていた。
この帝国は魔法が全ての魔法絶対至上主義だ。
上級火魔法が発動しようとした瞬間――、
パリンッ、という音が教室に響いた。
上級火魔法ごと叩き壊し、魔法障壁を突き破り、男の腹に俺の拳をめり込ませた。
いつしか慣れてしまった暴力。暴力を振るっている自分が大嫌いなのに、暴力が俺を救ってくれた事実。リディアは暴力を振るった俺を肯定してくれた。
「――――ッ!?!?」
男は俺の攻撃が通じるとは思っていなかったようだ。人を殴るなら殴られる覚悟を持て。
それでも、男は倒れながらも構築した魔法を俺に放とうとする。
倒れた男の顎を蹴りぬいた。
教室がパニック状態となった。悲鳴をあげて逃げ惑う生徒。俺に魔法杖を向ける生徒。
「え? あ、あいつなんで反撃してんだ?」
「ていうか、警備隊呼べよ!?」
「バカ、近づくな殺されるぞ!!」
「ナイフで首切られちゃうよ!」
そんな中、俺は自分の席へと座る。
こんなもの茶番だ。デスゲームの勝利者の行動なんてどこかで配信でもされているだろう。
きっとこの教室の中で運営側の人間がいるだろう。
ほら、気配を張り巡らせると動揺していない奴が数人いる。
それに小さな監視カメラが常にどこかにある。
俺の行動なんて筒抜けだ。殺した知人の元で苦しむ姿を見ているんだろ?
こんな面白いおもちゃを警備隊に渡すわけない。
心の奥底から怒りが湧き上がってきた。
どうにも止められない。
『えへへ、カーディス君……、私ね……、最後に、キスしてみたいな。……好きな人と初めてのキスを……。カーディス……大好き』
俺がキスをした瞬間、息を引き取ったリディア。
俺は心に誓ったんだ。
必ず、俺は、このゲームの運営者をぶち殺すって―――




