第八十四話 聖女は吸血鬼について知る
「ご存知の通り、俺たち吸血鬼は比較的人間との関わりが多い種族です。ですが、多くの人間が抱いているであろう俺たちへの印象と、実際の生態とには少々錯誤があるのです」
勇者による侵攻以外で、ほとんど接することがない以上、人間から見た魔族への認識と実際のそれとの間に、大なり小なり錯誤が生まれるのは当然のことだろう。
吸血鬼への典型的なイメージを思い浮かべつつ、話の続きに耳を傾ける。
「まず、吸血の対象が人間である必要はありません。それどころか吸血という行為自体、本来は必要としないのです」
寝耳に水である。あまりにも、想像以上に重大な錯誤だった。
啞然としているあたしに向けて、デクスターは追加で説明をくれた。
「もちろん、吸血が無意味というわけではありません。血液を通じて、俺たちはその中に含まれる魔力を己のものに転換することができるのです」
魔力は血流に乗って体内を巡るわけだから、理にかなっている。
生まれ持ったものに加えて新たな魔力を得られるというのだから、寿命を無視すれば理論上は際限なく成長できるってことよね。
そう思えば、人間の抱く彼らへのイメージよりもよっぽど恐ろしいと考えることもできる。吸血することが生命維持に直結しているだけなら、規模が大きな蚊と思えば良いわけだし。
あたしの、我ながら失礼な思考を他所に、デクスターは淡々と言葉を紡ぐ。
「ですが、良いばかりでもありません。他人の魔力を吸収した後は、多くの場合魔力酔いに苦しめられることになりますから」
「魔力酔い?」
耳馴染みのない言葉に首をかしげる。だが確かに、他人の魔力を己のものと融合させるなどという行為に副作用が何もないという方がおかしい。
「酒を飲んだときと似たようなものです。アルコールによるそれと比較して、症状もその程度も個体差がありますが。珍しいものでは、しばらくの間陽光に極端な拒否反応を覚えるようになる、ニンニクを食すとアレルギー反応を起こす、といった症例もあります」
なるほど、人間の間で吸血鬼の弱点として有名だったものたちは、副作用、それも珍しいものに過ぎなかったというわけだ。だけど、覚えのあるものが一つ欠けているような。
「銀に触れたら火傷する、みたいな事例はないの?」
「俺の知る限りはありません。ああ、ですが偶然銀製の武器で倒された者ならおりますよ」
これはたまたまだったのか。珍しい事例だったり、偶然の産物だったりするものが弱点として伝えられているあたり、人間が彼らに勝利した数はひどく少ないんだろう。それにしたって、断定するのが早すぎると思うけど。
知っていたけど、人間っていい加減よね。
そんなことを考えながら、あたしはデクスターの次の言葉を待った。




