第八十二話 聖女はファーストキスを待つ
そして、生み出した裂け目へ腕を突っ込んだレオンは、少しの間何かを探るようなそぶりを見せた。やがて引き抜かれたその手は、一人の男性の首根っこを掴んでいる。
気絶しているらしい彼はまさしく、先ほどレオンの影に呑み込まれた結界師だった。
そうよね、裂け目に放り込まれてそのままだったわよね。
取り出せる位置に留まっていたようで何よりだ。
レオンはカーティスにしたように、手早く結界師へと例の手錠をかけた後、デクスターへ引き渡した。それを荷物のように背負った彼は、にこりといつもの笑みを向けて言う。
「ありがとうございます。並びに改めてまして、お邪魔してしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
既に申し訳なくなさそうな色を失った顔に、氷柱を叩き込んでやりたいという衝動を、あたしは何とか堪えることに成功した。デクスターは、あたしに感謝してもしきれないと思う。
「俺の落ち度だと言っただろう、礼も詫びも良い。さっさと戻れ」
「かしこまりました。すぐに戻りますが」
そう言い残して、彼はすぐさま部屋を出て行った。パタンと扉が閉まった音がするのと、レオンは頭を抱えるのは、ほぼ同時だった。
多分、キスを邪魔されたことへの苛立ちだの、それとは別に、その責が自分自身にあったことへの腹立たしさだの、その全てに対する羞恥だの、といった感情たちの発露だろう。あたし自身、羞恥は感じていないわけじゃない。
しかし彼には悪いけど、その様子は面白いという感想が勝ってしまう。
笑い声がこぼれそうになるのを抑えて、あたしは彼に問いかけた。
「レオン、その……やり直す?」
先ほどのあたしのプロポーズなんて目じゃないくらい、ムードも何もあったものではない提案だという自覚はある。
いや、未遂に終わったあのキスにムードがあったのかと問われたら怪しいところではあるかもしれないけれど。いや少なくとも、今よりはずっとマシだった。
とはいえ、ファーストキス──になりかけた瞬間──をあんな形で記憶し続けるのも、同様にレオンの思い出にもそう刻まれるのも業腹なので、せめてキス自体は成功させておきたい。
そんなことを考えて発したその言葉にしかし、レオンは首を横に振った。
「お前さえ良ければ、やり直す機会をくれないか。プロポーズはお前からもらったんだ。最初の口づけは、俺から贈らせてほしい」
真摯なその言葉に、あたしは眉を下げて返答する。
「もう、本当にズルいんだから。そんなこと言われちゃ断れないじゃないの。いいわ、とびっきりロマンチックなのを待ってるんだから」
「約束する」
間髪入れずに頷いたレオンに、絶対だからね、と念を押して、あたしは笑った。




