第八十話 聖女は魔王に口づける?
レオンにエスコートされるまま、影の中を進んだ先で裂け目が開き、知らない部屋が目に映る。
書類が大量に積まれた机に、何やら色々な資料の収まった棚が並ぶ空間その空間が、どうやら目的地であるらしい。
「着いたぞ」
レオンがそう言うと同時に裂け目が広がり、地面へと足が着く。
「ここって、アナタの執務室?」
「ああ。自由にしていてくれて構わない」
その言葉に甘えて、軽く室内を見渡しながら、ふと思う。
……あたしが居る必要、ないんじゃない?
流れで執務室まで連れてきてもらったは良いけど、本とレオンとの会話から齧った程度の知識ではきっと、いや絶対に、引き渡しの際に発生するだろう会談に向けての計画に意見するのは無理だ。
直近の人間側、それも内部の様子をよく知るあたしが傍にいるのといないのとでは、違うだろうから、全く無意味ということはないだろうけど。
「今更で申し訳ないけど、あたしがここにいても大丈夫なの? 邪魔にならないかしら」
浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、彼は首を横に振って言う。
「問題ない。お前の言葉は参考になるだろうし、邪魔になるようなことをされるとも思っていない。それに……」
「それに?」
濁された続きを促せば、彼は逡巡の後に再度口を開いた。
「お前と、離れたくないんだ」
レオンが、分かりやすく照れている。
表情こそあまり変わっていないけど、上ずった声と合わない視線から、それはあまりにも明白だ。
きっと、情けないとか、そんなことよりも仕事に集中すべきときであるのに、といったことでも考えているのだろう。
そんな彼を安心させるべく、あたしはふふんと笑ってみせる。
「あら、偶然ね。あたしもおんなじことを考えてたわ」
繋がれたままの手を、指と指を絡めるようにして握りなおせば、引きかけていた彼の耳の赤みが戻るのが見えた。
どうしよう、さっきからずっとレオンが可愛い。
こんなに奥手で可愛いっていうのに、攫って閉じ込めるくらいにはあたしのことが好きだというのだから、ズルいったらありゃしない。
空いている方の手を、そっと彼の頬へと伸ばす。拒否するそぶりは見えないので、包み込むようにしてその手を肌に添わせた。
「屈んでくれる?」
あたしの囁きに、レオンは大人しく従って膝を折る。目線が同じ高さになったその顔に、あたしは静かに唇を寄せた。
ちいさなリップ音が鳴った一拍後、ゆっくりと互いの距離は離れて──
「……おい」
いつの間にか腰に回されていた腕が、それを許さなかった。
腕の持ち主こと、怖い顔をした眼前のレオンを挑発するように、あたしは笑う。




