第七十一話 聖女は勇者を煽る
「じゃ、もう一度聞くわね。今すぐに抵抗をやめて侵略も諦めると誓うなら、命だけは助けてやっても良いけど、どうするの?」
あたしの言葉に、カーティスはゆっくりとこちらへ顔を向ける。焦点の定まらない虚ろな瞳と、イメージチェンジに失敗したような髪型との対比がアンバランスだ。
「エラ、お願いだ。目を覚ましてくれ……君は隣にいる魔王に洗脳されてしまっているんだよ」
二度も髪に被害を受けておいて、まだ言うのか。頑固だと称するべきか、はたまた単なる馬鹿だと言うべきか。
呆れを隠すことなく、あたしは言う。
「洗脳洗脳うるさいわね。あたしの記憶が正しければ、あの魔法をかけられた人間って、喜怒哀楽を顔に出さずに、ただぼんやりと命令に従うようになるんじゃなかった? それに、光魔法で治せるはずだけど」
あたしが洗脳されていると仮定すると、レオンはとんでもない精度の洗脳を、天敵である光魔法の使い手に気づかれることなくかけた上で、それを長時間持続させていることになる。
そんな化け物じみた存在が相手なら、カーティス一行はとうの昔に全滅していることだろう。
「魔法の特徴なんてよーくご存知でしょ、第一王子殿下? あたしが望んでレオンの隣に立ってることぐらい、ちょっと考えたらすぐに分かるはずよ」
そう煽るとすぐに、彼の顔は真っ赤に染まってゆく。
多少やりすぎたかもしれない、と思い始めた瞬間、カーティスはぽつりと呟いた。
「る……さい……」
「何?」
単に聞き返したつもりだったのだが、どうやらそれは最後の一押しになったらしい。
次の瞬間、彼は唐突にあたしを憎悪を孕んだ視線で貫き、吠えた。
「うるさいうるさいうるさいっ!!! エラ、お前は黙って僕に従っていれば良いんだ!」
ついに本性を出したわね。
三年前、レオンに暴力をふるっていた光景をあたしに見られたときですら、この男は一見すると穏やかな態度を崩すことはなかった。
それは無意識だったのかもしれないし、彼なりの矜持だったのかもしれない。
心底どうでも良いけれど。
腰の鞘から剣を抜き、猛烈な勢いでこちらへと駆けるカーティスの姿を、そんな冷めた気持ちで眺める。
戦闘は、冷静さを欠いた方が負けるなんて、当然の理すら忘れてしまったらしい彼は、剣の前に現れた裂け目に気づくことなく、前へ走り続けた。
当然、裂け目に触れた剣は影の中に呑み込まれ、その手から消える。
相当な重量のある物体を、唐突に失ったカーティスはバランスを崩したらしい。
あたしたちの眼前で、その身体は地に付した。




