第五十九話 魔王は贖罪を用意する
エラの存在は俺の全てであり、この座を受け入れたのも彼女をこの腕に抱くためだ。
だから他の何を犠牲にしようと、あの男に彼女を渡すことだけは、許せそうになかった。
己の行いの責任をとる必要がある、と言った舌の根の乾かぬ内に何を、と言われれば返す言葉もない。
エラをあちらへ引き渡すことを拒むのは、そんな醜い独占欲ゆえであることも否定しないが──それだけでもない。
あの男の元で、彼女自身が幸せになれるとは到底思えないからだ。
『エレノア……ああ、“兄上”の婚約者か』
『違う! あたしがそう見なされてるのは知ってる。でも正式に婚約したわけじゃないし、あたしはあのハズレくじと結婚するつもりなんてないんだから!』
あの時、エラが中庭で発した、当時の俺からすれば有り得ないようなカーティスへの評価を、今もはっきりと覚えている。
その驚愕も、同時に生まれた不可思議な安堵のことも。
思えば俺は、あの頃から既に、彼女のことを想っていたのだろう。
当時、自覚していなかったこは幸運だったのかもしれない。一時の甘い夢を追った、無力な第二王子によって、エラの持つ「優しいレオン」の幻想を粉々に打ち砕かれることが防げたのだから。
また、彼女がカーティスを嫌っていたのは当時に限った話ではない。
デクスターの報告では、エラは「無理やり婚約を結ばれそうになっていた」と語っていたという。それがあの式典を指さずして、何を指すというのだろう。
エラを攫ったあの日も、彼女はどこか浮かない表情をしていたはずだ。俺の、見間違いでなければだが。
以上のことから、カーティスと彼女が婚約するという点において、俺の勝手な独占欲と、エラの望みは一致していると考えて良いはずだ。
しかし勇者一行を、俺の命と引き換えることなく止める手立ては今のところ、ない。
だから俺は、刺し違えてでもカーティスを殺してみせる。
一行の中でも、彼以外の人間の攻撃性は高くない。カーティスさえ倒せば、俺の部下たちならば制圧は余裕だろう。
俺が命を落とすことすら、好都合だとも捉えることもできる。デクスターに話したように、彼らが魔界へ侵攻する理由が一つ、無くなるからだ。
カーティスの死後、新たな勇者が覚醒する心配はない。魔界への侵攻というのは、国を挙げた大きなイベントのようなものだというのが、その理由だと俺は推測している。
装備へふんだんに金をかけるなり、豪奢なパレードを催したりと、大規模な支出が多いため、国庫は大きな負担を強いられるのだ。
これまでその代の勇者が倒された後、後進がすぐに選ばれることがなかったのは恐らく、これが理由だろう。
よって、彼さえ倒せば新たな勇者に身構える必要はない。かつ、カーティスさえ消えれば、エラを連れ戻そうとする動きも下火になるだろう。
そうして晴れて、魔界は一時の安寧を得る。その間に、当初の計画であった、魔族の結界魔法の精度向上の計画を進めるようデクスターに指示を出さなければ。俺が教えられる内容も、記録に残しておく必要がある。
また、部下たちが万が一、生き残るであろう勇者の仲間の取り押さえに手こずり、彼らがエラを連れ戻すべく足掻こうとした場合にも備える必要がある。
それの解決案も、考えた。
彼女の死を、偽装すれば良い。
攻め込んできた者の側の人質が命を落とすことは、自然なはずだ。
己に、そのつもりは小指の先ほどもないけれど。
そうして死んだことになった彼女には、今度こそ自由な人生を生きてほしいと、そう思う。
カミラもデクスターも、エラのことを気に入っているから、その生活が脅かされる心配はない。
……俺の勝手な都合で、縛り付けてしまったことへの、せめてもの贖罪だ。それすら、俺の自己満足なのかもしれないけれど。
これが、俺に考えられる最善の構想だ。
方向はまとまった。休息時間を終えればすぐに、詳細をデクスターに伝えなければ。
もちろん、彼女にも。
そして俺は数時間後、カミラに一つの伝言を託した。
「明日、離宮へ行く」
俺の言葉を受けた彼女が、黙って深く頭を下げるのを一瞥して、俺はその場を後にした。




