第五十七話 魔王は覚悟を決めている
sideレオン
「陛下、少し休まれてはいかがですか」
顔を上げれば、目の前には動く書類の山──違った、デクスターがいた。その端から見える顔色は、いつにも増して青白く見える。
己と同様、このところずっと続いている激務が堪えているのだろう。心なしか、声にも覇気が欠けているように感じたし、言葉の内容もおよそ彼らしからぬものだ。
「お前がそんなことを言う日が来るとはな。明日は槍でも振るんじゃないか?」
俺の言葉に、彼は大袈裟にため息を吐いてみせた。
「茶化さないで下さい。俺はこれでも真面目に言っているんです。今貴方に倒れられて一番困るのは、他でもない俺ですから」
「……」
前言を一部撤回しよう。この男の中身は、少なくともいつも通りらしい。安堵のような呆れのような感情のままに、俺も深く息を吐き出した。
癪だが、彼の言い分にも一理ある。
「分かった、少し休ませてもらおう。すぐ戻る」
「次に伝令が帰ってくるまでしばらくありますから、ゆっくりして下さって大丈夫ですよ」
頷きを一つ返して、寝室へ向かおうと裂け目を開きかけた俺はしかし、デクスターの次の言葉に詠唱を止めた。
「……具体的には、お茶会一回分程度の時間があります」
「茶会で気晴らしをしてこいと? 生憎だが彼女には既に、しばらくの間招待に応えられないと通達してある」
「しばらく、ですか」
含みを持たせたその呟きに、俺は眉をひそめた。その変化をよく分かっているはずの彼はしかし、飄々とした態度を崩すことなく続ける。
「知っての通り、勇者一行は驚異的な速度で成長しています。分析の結果、勇者は己の攻撃性を高めることに集中しており、後のメンバーは戦闘能力こそ低いものの、結界の展開や治癒魔法、味方の魔力を底上げするといった特性を保持していることが判明していますね」
「何が言いたい」
全て、数日前に共有したばかりの情報だ。わざわざ再度口にした理由に見当がつかずに、内心首をひねりつつ、口を開く。
「勇者以外の者たちの能力は、厄介なことに間違いはない。だが、予想されている最終的な守備も、計算上俺ならば突破が可能だ。既に一度話しただろう」
「そうですね。それに否やはありません。守りを突破し、勇者に致命傷を与えるまでは良いのです。ですが……貴方は、勇者の攻撃をどう躱すおつもりなのですか?」
いつもと同じような声色でかけられた言葉だった。その中に確かに宿る、俺の身を案じる情から目をそらして、言う。
「“魔王”が死ねば、彼らの目的は一つ、潰えるだろう」
「……やはり、そのおつもりなのですね」
遅れて返ってきた返答は、少し震えて聞こえた。胸が軋むような心地がする。
その双方を無視して、俺は今度こそ寝室へ移動するべく、影の扉を開けた。




