第五十四話 聖女は人間側に憤る
「そんなことはない。あちらの行動を読めなかったのは俺の落ち度だ。お前の処遇はまだ決まっていないが、決して悪いようにはしない。約束する」
「……ありがとう」
そう、礼の言葉を口にすれば、彼は首を横に振って続けた。
「礼を言われるようなことじゃない。お前を勝手に巻き込んでおいて、失敗すれば処分するなどということは、俺の信条に反しているというだけだ」
……甘いというべきか、優しいというべきか。
いや、今あたしを殺すのは早計だと判断したのだと考えることもできる。然るべき時の交渉の手札にだってなり得るだろうし。
そう、素直に尋ねて彼を困らせるのは本意ではないから、代わりに別の質問をする。
「ところで、勇者の目的は何? 向こうで、手に負えないくらいの社会問題が起きてた記憶はないんだけど」
少し待ってみたが、返答がなかなか返ってこない。話せないのならそう言ってくれたら、と口にしようとしたところで、一つの予感が頭によぎる。
「……まさか、あたしの奪還が目的なんてことないでしょ?」
「その、まさかだ」
嫌な予感ほど当たる、とはよく言ったものだ。頭を抱えながら、あたしは半ば呻くようにして言う。
「あたしが侵攻防止のための人質だってこと、向こうは当然知ってるのよね……?」
「ああ、とうの昔に通達済みだ」
予想はしていたけど、いざ言葉にされると何とも言えない苦い感情が湧く。
「あたし、人間側から遠回しに死ねって言われてるわけ? それとも会議室には、すぐに殺されることはないだろう、なんて楽観的な考えの連中しかいなかったのかしら。死体だけでも連れ戻せたらそれで良い、みたいに思ってるわけじゃないと良いんだけど」
あたしを犠牲にしてまで何とかしたい──もとい、魔族のせいにしたい問題があるなら、辛うじて分かる。いや、分からないけど、先例が山ほどある。
それならまだしも、魔王の手の内にあるあたしの救出のために動くなんて、考えなしでいるのもほどほどにしてほしい。
苛立ちを抑えぬまま考え事をしつつ、何となく前へ視線を遣れば、微妙な顔をしたレオンが目に入った。
……ちょっと、言い過ぎたかもね。
少なくとも、あたしを軟禁している相手の前で発する言葉ではなかった自覚はある。
最近の彼との会話は、昔のそれと似たような雰囲気で行われていたものだから、気が緩んでいたのだろう。
こほん、と軽く咳払いをして、あたしは口を開く。
「ごめんなさい、口が滑ったわ。さっきも言ったけど、あたしのことは気にしないで、やるべきことに専念して頂戴。でも、あんまり無理しちゃダメよ」
へにゃりと笑って、そう付け足した。敵の救出対象である、あたしが言うのも変な話だけど……まあ、今さら気にすることでもないだろう。
「ああ。ありがとう」
そう言って薄っすらと、しかし確かに、彼はあたしに笑顔を向けた。心臓が大きく跳ねたのを、何とか誤魔化す。
笑顔ひとつ。たったそれだけで、ひどく満たされた気分になったのが、ちょっぴり切なかった。




