第五十三話 聖女は勇者の侵攻を知る
「まあ良い、話そう。──勇者が選ばれ、魔界への侵攻を進めている」
「え……?」
驚いた、まさかそんな手段に出るとは。小心者の陛下のことだから、あたしが攫われた時点で歯向かうことはしないと思っていた。
厳重な警備のされていたあたしを、堂々と攫えるような相手と対峙するなんてこと、避けようとするに決まっている。
挑んだって、勝算は低い上、自分で言うのも癪だけど、貴重な聖女を殺される可能性だって──そこまで考えたところで、ふと思い至る。
もしかして、彼が言い出しづらかったことって。
「あたし、死ぬの?」
「違う!」
食い気味に返された否定の言葉に、反射的に縦に頷いた。遅れて、最悪の予想が外れていたことへの安堵が胸を満たす。
でも、それならあたしがここにいる意味が無くなってしまうのではないか。
忙しく思考を右往左往させていれば、多少気を落ち着かせたらしいレオンが改めて口を開いた。
「俺はただ、今まで通りの頻度でここを訪れることが困難になると言いたかっただけだ。俺の答えられることなら何でも答えると言った手前、心苦しいが」
「そんなこと気にしないで良いのに」
今は絶対に、あたしなんかに構っていられるような状況じゃないはずだ。それなのに、対面で伝えようとしてくれるあたり、彼はやっぱり誠実な男だと思う。
「そんなこと、か」
「何か言った?」
どことなく表情を曇らせたレオンが、小声で何かを呟いた気がしたのだけど、生憎上手く聞き取れなかった。
重要な内容ならと思って聞き返したけれど、いつの間にか彼は、常の通りの表情に戻っている。
「いや、何も」
何かは言っていたと思うけど……まあ、良いか。それよりも今は、聞きたいことがある。
すぐにでも仕事に戻ってもらうべきだとは思うけど、聞かないでいたらきっと後悔するだろうから。
軽く息を吸って、吐く。
「ねえ、あたしを攫った目的って、魔界への侵攻の抑制だったんでしょ? 勇者が既に境界を越えたなら、アナタの目論見は外れたわけよね。なら──」
──あたしは、用済みなんじゃないの?
先ほどから胸につかえていたその言葉を、震える唇から吐き出した。冷静であるよう気を配っていたつもりだけど、この分では恐れを隠しきれていなかったかもしれない。
ぎゅ、とスカートの布地を強く握り、足元へと視線を落とした。
仮面越しにとはいえ、彼の顔を直視する勇気はどうやら、湧いてくれそうにない。
そんなあたしに、彼はどこまでもまっすぐな声色で言った。




