第四十五話 魔王は報告を受ける
渦巻く感情を抑えつつ、執務室に向かって影の中を瞬時に移動する。
室内に足を踏み入れたと同時に、デクスターがこちらの方を向いた。彼の手に握られていた羽ペンから、インクが一滴紙上に落ちるのが視界の端に映る。
半拍遅れてそれに気づいたらしいデクスターは、わざとらしく頭を抱えてみせた。
「……だから、急に出てこないでください」
「俺の部屋にどう入ろうが俺の勝手だろう」
「俺の仕事部屋でもあるんですよ!」
軽口もそこそこに、自身の椅子に腰を掛ける。報告書を手に取り、軽く目を通した俺は、その内容へ僅かに眉をひそめた。
それを察知したらしいデクスターは、俺の前にやって来て口を開く。
「報告書の通りですよ。勇者及びその仲間たちは森の結界を抜けて、魔界内に入ってきたようです」
いくら勇者が強大な可能性を秘めているとはいえ、無謀と称しても良いほど早い侵攻だ。つい最近選ばれたばかりの勇者が、一体どれほどの実力を持つというのだろう。
俺と対峙するどころか、他の魔族に殺されても全く不思議ではない。
しかし、俺の思考を察したらしいデクスターは、それがですね、と続きを語り始める。
「狼男の若い衆が喧嘩をふっかけた結果、命からがら逃げ帰る羽目になったとのことで」
「狼男が?」
若い者たちだったとはいえ、魔族の中でも高い戦闘能力を保持する彼らが敗北した。その事実には、少なからず動揺させられる。
「成る程……この結果は、なるべく迅速に広めてくれ。命を落とす者の数は、少ないに越したことはない」
「ええ、既に伝令を飛ばしています。動きがあればまた報告させていただきますよ」
自身のほとんどすべてを把握されているというのは厄介な反面、やりやすくもある。
「助かった、感謝する」
素直に礼の言葉を口にすれば、とんでもありません、という謙遜とともに、胡散臭いことこの上ない笑みが返ってきた。
露骨に無視をした俺を気に留めるそぶりも見せず、彼はそういえば、と続ける。
「お茶会の方はどうだったんです?」
分かりやすく好奇心を滲ませたデクスターを、軽く睨んで言う。
「仕事中にする話にしては不適切だろう」
「そんなもの、今更でしょう? それに聖女の出方次第では、仕事の方にも関係してくる可能性もありますし」
心底楽しそうに笑って放たれたその返答には、確かに一理ある。彼は十中八九、楽しんでいるだけなのだろうが。
「安心しろ、エラにはこちらの邪魔をする意図はない」
そう言い切った俺に、デクスターは笑みを深めた。
「おや、断定されるんですね。珍しい」
「詳細はカミラにでも聞いてくれ。彼女も俺と同じことを言うはずだ」
「ふふ、楽しみにしておきます」
踵を返した彼に、まだ用があったことを思い出した俺は、再度口を開く。
「待て、……本を追加で用意してくれ。魔界で出版されたものをだ」
目をぱちくりとさせたデクスターは次の瞬間、愉しそうに笑って頷いた。




