第四十四話 魔王に聖女は眩しく映る
困惑しながらもそう口にしたものの、すぐに思い至る。
そうだ。エラは、こういう人だ。
他人に悪感情を抱かない、なんてことは決してないものの、いつだってまっすぐに前を向いて歩けるのが、エラだ。今のそれだってきっと、例外ではない。
そんなことを考えていた俺に、エラは深く頷いて言う。
「ええ。あたしが知っても問題ない範囲で、どう?」
「まあ、構わないが……」
「ありがとう! 何かあたしにできるお礼はある?」
被せるようにして発せられたそれに、俺は首を横に振った。
「構わない。こちらの都合で、お前には不自由な思いをさせてしまっているのだ、お前の希望はできる限り叶えさせてほしい。対価など、必要ない」
「対価ねえ。お礼って、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……まあ良いわ。聞かせて」
あまり納得はしていない様子だったが、こればかりは譲れない。
「カミラから聞いた後かもしれないが、魔界では力が全てだ。強い者が権力を握り、欲するものを手にすることができる。とはいえ、何の規則も秩序も存在しないわけではない。詳細は省くが、それぞれの一族の持つ権限や、保障された特権があって、それらが絡まり合った上で均衡を保っている。また、衝突が生じた際は──」
頷きながら話に耳を傾けてくれるエラは、心なしか満足げな様子だった。
俺の手で、彼女を少しでも喜ばせることができたかもしれない、というだけで心が満たされる。
その一方で、口に出しこそしていないが、抱いているであろうエラの「魔王」への恨みを思うと、途端に胸の奥が軋む。
──痛みを憶える資格すら、ないのだが。
「……俺を、憎んでいないのか? お前から自由と魔法を奪い、この魔界のためだけに利用している俺を」
気がつけば、そう口にしていた。憎んでいないはずがないだろう。
彼女を手中に収めるだけで満足することなく、どこまでも欲しがる己の貪欲さには恐怖さえ覚える。
しかしエラは俺に、からりと笑って言うのだ。
「別に。あたしも人間の魔界侵攻は反対だったし、事情が事情なんだから理不尽には理不尽で対応するのが吉でしょ。あたし、自分たちが先に理不尽を強いておいて、相手が同じことをしてきたら文句を言うような人間じゃあないつもりよ」
エラはどこまで、眩しい存在なのだろう。ともすれば、焼かれてしまいそうなほどの輝きこそ、俺が焦がれて仕方がない彼女の在り方だ。
そんな、当然のことを痛感させられる。
「ねえ。アナタの名前を教えてくれない?」
唐突に投げかけられた問いに、どう返せば良いか少し悩む。
「……レオンだ」
エラに嘘を吐きたくはなくて、結局素直にそう口にする。
「良い名前。そして奇遇ね、あたしの友達にも、レオンって名前のとっても優しい人がいるんだ」
彼女の中にはまだ、優しい「レオン」が生きているのか。それが嬉しくて、だがどこか虚しくもある。
あれほど俺が守ろうとした思い出の中の己が、憎らしいとすら思えてくる。
「そうか」
その言葉だけを絞り出して、席を立った。一直線に扉へ向かった俺はしかし部屋を出る直前、立ち止まって言う。
「また、本を届けさせる。今日話したことの補足になるだろう」
そう口にするので、精一杯だった俺は、すぐさま裂け目を開き、中へ飛び込んだ。




