第四十二話 聖女は魔王の名を尋ねる
「特に大きな理由はないわ。ただ、アナタと喋ってみたかっただけ」
本心だ。難しそうな顔で──いや、顔の上半分は仮面で覆われていて見えないから、雰囲気でと言ったほうが正確だ──何やら思案しているレオンに、伝わっているかは別として。
どうにかして、あたしの言葉の探ろうとしているらしい彼に眉を下げ、こう付け加える。
「でも、そうね……魔界について、もっと知りたいわ。教えてよ」
「魔界について?」
困惑の滲む声色で発されたそれに、あたしは大きく頷いた。
「ええ。あたしが知っても問題ない範囲で、どう?」
「まあ、構わないが……」
「ありがとう! 何かあたしにできるお礼はある?」
被せるようにして言ったあたしに、彼は頭を振って言う。
「構わない。こちらの都合で、お前には不自由な思いをさせてしまっているのだ、お前の希望はできる限り叶えさせてほしい。対価など、必要ない」
「対価ねえ。お礼って、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……まあ良いわ。聞かせて」
レオンの言い分に思うところはあるけれど、こんなことについて議論していたって仕方がない。時間は有限だ。
「カミラから聞いた後かもしれないが、魔界では力が全てだ。強い者が権力を握り、欲するものを手にすることができる。とはいえ、何の規則も秩序も存在しないわけではない。詳細は省くが、それぞれの一族の持つ権限や、保障された特権があって、それらが絡まり合った上で均衡を保っている。また、衝突が生じた際は──」
彼の話に、頷きながら耳を傾ける。
こうしていると、何だか昔に戻ったようだ。こみ上げる懐かしさを噛みしめていれば、一通り話し終えたらしいレオンが、何か言いたげに視線を彷徨わせた。
「どうしたの?」
素直にそう口にすれば、彼は逡巡の後、小さな声であたしに尋ねる。
「……俺を、憎んでいないのか? お前から自由と魔法を奪い、この魔界のためだけに利用している俺を」
なんだ、そんなことか。
「別に。あたしも人間の魔界侵攻は反対だったし、事情が事情なんだから理不尽には理不尽で対応するのが吉でしょ。あたし、自分たちが先に理不尽を強いておいて、相手が同じことをしてきたら文句を言うような人間じゃあないつもりよ」
やっぱりレオンは聡明で、優しい人だ。
天秤の傾きを解し、より良い方を選ぶことができるけれど、選ばれなかったもう片方のことを決して忘れないような、そんな人。
胸の中が、温かな思いで満たされる。
それを大事に抱えながら、あたしの言葉に目を見開いている彼に、問いかけた。
「ねえ。アナタの名前を教えてくれない?」
「……レオンだ」
少し、迷うそぶりを見せた彼は、素直にそう名乗ることにしたらしい。
「良い名前。そして奇遇ね、あたしの友達にも、レオンって名前のとっても優しい人がいるんだ」
にこりと笑って、鎌をかけてみる。彼がどんな反応を示すかは、未知数だ。
「そうか」
レオンはそれだけを口にして、席を立った。一言も発さぬまま、扉へと向かう姿に、失言を悟る。
しかし、部屋を出る直前、彼はピタリと立ち止まった。
「また、本を届けさせる。今日話したことの補足になるだろう」
それだけ言って、レオンは影の裂け目の中へと消えてしまった。
お礼も言わせてくれないなんて……まあ良いわ。
彼との接点ができた、それで十分ということにしておこう。今は、まだ。




