第三十九話 魔王は聖女を閉じ込める
影の中をしばらく進めば、目的地──魔王城の離宮へと辿り着く。かなりの時間をかけて整備したこの場所には、とりわけ頑丈な結界を張っており、俺の許可した存在以外はネズミ一匹近寄ることが叶わない。
再度裂け目を開いて室内に足を踏み入れ、部屋の端に据え付けてあるベッドに向かって歩く。腕の中のエラを、そっと寝かせてその腕をとり、腕輪型の魔道具を嵌めた。
かつて俺の命を奪いかけたそれを研究し、改良したものだ。絶対に彼女の負担にはならないよう、魔力の巡り以外の何にも影響を与えることはない。
異常もなく定着したことを確認して、手を離す。空いた右手で、その頬をするりと撫でる。
柔らかく滑らかなそれを、数度往復した。
このまますべてを奪ってしまえば良いと、囁く声が聞こえる。
エラを己の手中に収めるために、俺は魔王になった。そうだろう?
今、この劣情を抑え込んだとして、いずれ彼女は俺を受け入れてくれるのか?
胸の内を渦巻く幾つもの考えが、彼女の肌へ手を伸ばせと喚く。
ごくり、と唾を飲み込んだ俺はしかし、ベッドへと背を向けた。
部屋の扉を開き、後ろ手に閉じる。外には既にカミラが待機していたので、一つ頷いて見せれば、心得たとばかりに深い礼が返ってきた。
後は、彼女に任せておけば良い。着替えも、化粧を落とすことも完璧にこなしてくれるはずだ。
振り返ることなく廊下を歩きつつ、詠唱を口にする。開いた裂け目へ入り、数歩程度進んですぐに出た。出口の先には、俺の執務室がある。
「うわ、急に出てこないでくださいよ。心臓に悪い」
「お前の心臓は止まったところで直ぐに動き出すだろう、デクスター」
その言葉とは裏腹に、のんびりとトマトジュースの入ったグラスを揺らす彼──側近のデクスターは、そういう問題じゃないんです、とぼやく。
自分の部屋にどう入ろうと俺の勝手なのだから、彼に文句を言われる筋合いはないのだが。
「にしても、お早いお帰りですね。夜まで、下手したら朝まで離宮から出てこないと思ってましたよ」
「……」
事情を全て把握しているがゆえに、絶妙に痛いところを突く。
とはいえ理由を説明する義理はないので、沈黙でもって返答することにした。鼻で笑われる未来が容易に想像できる。
──この手で彼女に醜い傷跡を刻むことが、彼女に嫌悪の表情を向けられることが、ひどく恐ろしい。
思えば、「レオン」の偶像を壊されまいとした時点で、俺にエラを汚すことなど不可能だったのだろう。
顔から仮面をむしり取りつつ、そう自嘲した。




